tempsperdu さん プロフィール

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tempsperduさん: がん患者のメメント・モリ
ハンドル名tempsperdu さん
ブログタイトルがん患者のメメント・モリ
ブログURLhttp://tempsperdu1215.blog.fc2.com/
サイト紹介文余命が1年半だとするなら、考えておきたいこと、読みたい本、見たい映画・絵画、聞きたい音楽は何か?
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 105日(平均3.5回/週) - 参加 2017/02/04 09:16

tempsperdu さんのブログ記事

  • 解放前のパウロ
  • 最上の生き方を求めて自分をもろもろの規則で律しその遂行が正しさの実現だと考える。もろもろの規則は歴史的に引き継がれてきたものでその厳格な解釈こそが学ぶ喜び。低次の満足を高次の満足で殺すことそうして自分の不純さをそぎ落とし純粋さに向けて自分を高める。はりつけで死んだ男を救い主だと信じる者たちは知性を訓練で鍛えていない暗愚な徒でしかないから一掃するしかないと思う。しかし、戒律で自分を縛るとその状態に反 [続きを読む]
  • ジャコメッティのドローイング
  • 一時視覚野に流入する神経繊維のうち網膜からの視神経が占める割合はおよそ4%に過ぎず残りの96%は逆に高次視覚野などから降りてくる内部情報だという。たとえばリンゴを見てリンゴだと了解するときその了解を成り立たせる情報量は実際のリンゴから網膜に来るものが4%で自分の過去の記憶から来るものが96%ということになる。リンゴから網膜に届くのは光の波動でその感受が感覚だがその感覚データには読み取りデータとしての内 [続きを読む]
  • セザンヌ「サントヴィクトワール山」
  • 印象派の絵はあまり近くから見るよりたっぷり距離をとって見る方が人物なら丸みが風景なら奥行がしっかりと浮き上がってくる。これは展覧会で試してみれば実際に体験できることだが原物を見る機会はそう頻繁にあるわけではないので好きな画家の作品は画集で見ることになる。では、原物と画集ではどの程度視覚体験としての違いがあるのだろう。印象派の場合、例えばモネなら画集は原物のもつ力の10分の1も再現できていないように感 [続きを読む]
  • フェルメール「牛乳を注ぐ女性」
  • フェルメールの作品は絵を見ているというより現実を見ているという感じがする。自分が暮らしている生活空間は使い慣れたものの機能が自分の一部といっていいようなこなれた場になっているがフェルメールの描く室内は人が住んで息づく場を再現していて絵を見ることがその場を味わうことになる。フェルメールは市井の人びとの日常を描いたといわれ確かに表現されているのはとくにドラマチックでもない日常の一コマだが細部まで丁寧に [続きを読む]
  • ストレスの根:執着⇒中庸より感動
  • 免疫力を下げる自分の中のストレッサーを反省的に捉えてみると共通している特徴は執着だということが分かる。自己啓発のための何箇条だとか行動の優先順位を決めるフォーマットだとかナルシスティックな美学だとかこういったものへの執着が結局、ストレスになっていた。その執着をキープさせたのは自己満足だろう。それなりの満足があったからつづけてきた。しかし、その満足に表面的な自我は納得しても無意識の自己は納得しなかっ [続きを読む]
  • ストレスの根:生産性に殉ずるという変な美学
  • 生産性の向上は仕事のうえで欠かせない。生産性向上のために効率を重視する。効率性の観点から時間を管理する。時間を味わうということをしなくなる。しだいに時間を味わうことができなくなる。無駄な時間を過ごすことに対して敏感になる。時間の無駄な使い方を許せなくなる。自分で自分を許さない。この自己処罰を美しいと感じる。この歪んだ美学がストレスを着実に生み恒常的に免疫力を下げつづける。生産性を高めたからといって [続きを読む]
  • ストレスの根:「ねばならない」というマインドセット
  • よく言われることだががんになりやすい人は「ねばならぬ」「すべきだ」といった義務感の強い規律遵守タイプが多いそうだ。これが事実かどうかは分からないが自分に関してはそういったマインドセットが確かに強い。ただ、そのマインドセットは一種の自己訓練に資してきたので悪いものだとは思えない。それでも、ある時期からは過剰なストレスを生むほどにまでなってそうなると自己訓練は自己処罰になっていたのだろう。このマインド [続きを読む]
  • ストレスの根:楽しさの否定
  • 強く印象に残った一節が自分を長い間、けん制してきた。「楽しみは、生物に生命を保存させるために、自然が考えだした手くだにすぎません。楽しみは生命が進んで行く方向を示すものではありません。しかし、喜びはいつも生命が成功したこと、生命が地歩を得たこと、生命が勝利をえたことを告げています」これはベルクソンの「意識と生命」にある一節だがこれに触発されて「楽しみ」は低いもの求めるべきは「喜び」ずっとそう思って [続きを読む]
  • ストレスの根:アンチ・ワークライフバランス
  • ワークライフバランスということばが嫌いだった。ワークとライフは分けることができないと思っていたし分けることがスマートなことだとは思えなかったし分けている人の仕事は信用できないとまで思っていた。週末にはしっかり休養をといった考え方にも賛成できなかった。がんが発覚するまでの数年は土日もほとんど仕事をしていた。なぜ、そんなふうになってしまったのだろう。休み明けの出勤が憂鬱で「サザエさん症候群」だった時期 [続きを読む]
  • ストレスの根:「黄金の午前」
  • 「黄金の午前」はトーマス・マンのことばで学生のころ誰だったかの本で読んで知ったのだが彼は午前を貴重なものとして執筆もその時間帯にしていたということだったと思う。ポール・ヴァレリも目覚めるとすぐに思考をはじめメモをとっていた。起きてしばらくは頭がよく働くという経験なら多くの人にあるだろう。睡眠が精神の疲労物質を除去してくれたかのようで思考がスムーズに動く感じがする。考えを整理したり総合したりするのは [続きを読む]
  • ストレスの根:戦闘モード
  • 朝、目覚めてから起床するまでに布団のなかでその日の課題とそれらをこなす段取りのイメージをする。起床後、テレビは見ない。新聞も読まない。その日じゅうに詰めたい考えにだけ意識を集中していたい。家を出ると速足で歩き駅の階段は大腿四頭筋のトレーニングといった感じで速く昇り速く降りる。ゆっくり歩いている人は邪魔な障害物としか見えていない。満員電車での移動中はi-podの音楽でバリアを張り思考の糸を守ろうとする。 [続きを読む]
  • ストレスの根を解く:気がせく
  • 好きで使っていた皿を割ってしまった。食器棚にしまうとき置く場所の手前で手を離してしまい床に落ちて割れた。皿をしまうことに気持が集中していなかった。次にやることに気持が行っていた。習慣的な行為なので過つことはないだろうと無意識にたかをくくっていた。皿をしまうときは皿をしまうことで成立する現在があるのにそのことに気持ちを向けることもなくただ早く片付けて処理しようとしたのはなぜだろう。そんなことに時間を [続きを読む]
  • ストレスの根:ミスの原因
  • コンピュータは計算ミスをしないロボットにもミスはない条件づけられた通りに動くから。人も訓練による習慣化で条件づけられていればミスはしないようになる。マシンになるからだ。実利を求める企業活動ではこのマシンが評価される。時間管理術とかコミュニケーション能力開発とか自己啓発に励むことで自らをマシン化するとプロモーションがスムーズにいく。そういう局面では自己のマシン化は必須だろう生活を維持するために。ただ [続きを読む]
  • ストレスの根:ミス
  • ミスを完全に防ぐことはできない。編集の仕事をしていたとき校正漏れのでることがあって印刷をしなおすといった事態になるとミスがでる原因を考え出ないようにする体制を作ろうとしたがうまく行かないため結局、ミスは出るものだということを前提にして仕事をするしかないという自分なりの結論に達した。ミスが出ればストレスが生じる。フォローが必要になるからでそのフォローはおおむね計算外なので計算のやり直しが必要になりそ [続きを読む]
  • J.S.バッハ:イタリア協奏曲グレン・グールド(ピアノ)
  • カナダの放送局がまだ若いグールドの様子を「オン・ザ・レコード オフ・ザ・ レコード」というドキュメンタリーにまとめていてその映像からは、嫌なものは嫌だし集中したいことには徹底的に集中したいというグールドの感性がよく伝わってくる。「オフ」のパーツにはチッカリングで練習をするグールドの様子が収められているがそれを見ているとグルードが弾いているというより音楽がグールドを動かしている、操っているバッハの音 [続きを読む]
  • 宮崎駿「風の谷のナウシカ」コミック版全7巻
  • 無垢なるものは支配欲も承認欲求も自己実現の欲求もすべての欲望に働きかけてそれらの攻撃性・排他性を無力化し世界を統一する原理たりうるのではないかいや、そうなってほしいそんな祈りに似た思いがこの作品に通底している。映画でこの作品に興味をもったのでコミックも読んでみたのだが映画はコミックでいえば1、2巻をフォローしているだけで話としてはイントロに過ぎない部分しか描いてない。コミックで展開されるストーリー [続きを読む]
  • メールの返信
  • 親しい人から受け取ったメールへ返事を書かなければという意識が起床したときから頭にあってそれがコーヒーを淹れているときも洗濯をしているときもやっていることへの集中度を下げている。なぜメールの返事を書くといったことが自分の気持ちを圧迫するのだろう?「なすべきこと」とラベリングされたボックスに入っているから。そのボックスに入っていればどんな内容のことでも効率的な遂行が義務になる。本当は親しい人へのメール [続きを読む]
  • テッド・チャン「商人と錬金術師の門」
  • テッド・チャンはあるテーマに興味をもったらそれについての思考実験を物語という形でやり抜きその結果を無駄のまったくない表現で彫琢する。どの作品を読んでもそこに込められた思考の厚みを感じることができ再読、三読でも新たな発見を得られる。「商人と錬金術師の門」はタイム・トラベルをテーマにしている。タイム・トラベルはアインシュタインが時空連続体を数式で表わして以来理論的には可能だと分かり具体的なタイムマシン [続きを読む]
  • プルースト 人生を構成する自我の音符
  • ある人を待っていて約束の時間は過ぎているのにその人が来ないときなにか事故でもあったのではないかと不安になりその不安が事故にまつわる空想を生んで苦しい思いをする。しかし、その人は遅れはしたものの結局やって来て事故などなかったことがはっきりすると空想は妄想だったと判って安心する。これはいっときの不安が安心を得た経験のよくある一例だがこの経験における自我の変化をプルーストならどう見るだろう。常識的には、 [続きを読む]
  • プルースト 死の恐怖を乗りこえる5
  • プルーストは「失われた時を求めて」なにを発見したのか?「死んでしまえば<時>は肉体から去ってゆく」生きているということは肉体である、ということで死ぬことは肉体の消滅だがそれは「時」が去ること「時」の働きかけが止むことだ。私たちが一人ひとり異なるのはそれぞれが違う過去をもつからで個人とは実質的には過去の総体だがその過去が現在という物質的な場で肉体を通して未来に向けて変化していく。この物質的な場をつく [続きを読む]
  • プルースト 死の恐怖を乗りこえる4
  • ある感覚を通して過去が現在によみがえるこの体験をプルーストは次のように分析している。「私は過去を現在に食いこませることになり、自分のいるのが過去なのか現在なのかも判然としなくなっていた」この体験はまず過去と現在という常識的な判断を停止させている。「そのとき私のなかでこの印象を味わっていた存在は、その印象の持っている昔と今とに共通のもの、超時間的なもののなかでこれを味わっていたのであり、その存在が生 [続きを読む]
  • プルースト 死の恐怖を乗りこえる3
  • プルーストは紅茶にひたしたマドレーヌの味や皿に当たるスプーンの音など現在と過去に共通する感覚によって過去がそのままに再現されるのを体験する。「かつて聞いた音や、かつて呼吸したにおいが、同時に現在と過去のなかで、現実的ではあるが現在のものではなく、観念的ではあるが抽象的ではないものとして、ふたたび聞かれたり呼吸されたりすると、たちまちふだんは隠れていた事物の恒久的な本質が解き放たれ、私たちの真の自我 [続きを読む]
  • プルースト 死の恐怖を乗りこえる2
  • プルーストは死をどういうものだと思っていたのだろう。死と恐怖についてこんな一節がある。「いつかは肉体を持たないときが来るけれども、それさえ、いつかはアルベルチーヌを愛さなくなるということが以前にひどく悲しく思われたのと比べれば、けっして同じような悲しみには見えなかった。」プルーストにとって死とはまず肉体の消滅だ。この死をプルーストはアルベルチーヌという女性への愛の消滅と比較している。彼女を愛してい [続きを読む]
  • プルースト 死の恐怖を乗りこえる1
  • プルーストを読みはじめたときまず感じたのは表現が技巧的で誇張が多いということだった。しかし、詩的な描写がときおり出てきてその華麗さは息をのむほどに素晴らしくつい読みつづけてしまった。そして、誇張の多い技巧的な表現に慣れてくるとしだいにそれが当たり前になって技巧は気にならなくなった。そればかりか、やがて誇張も感じなくなりプルーストは感じたままをむしろできるだけ忠実に表現していると思うようになった。自 [続きを読む]