山里から ・写真と短い文で綴る田舎の生活 さん プロフィール

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山里から ・写真と短い文で綴る田舎の生活さん: 山里から ・写真と短い文で綴る田舎の生活
ハンドル名山里から ・写真と短い文で綴る田舎の生活 さん
ブログタイトル山里から ・写真と短い文で綴る田舎の生活
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/higasimino
サイト紹介文山里の自然と生活の一端を、短文と写真で記録しています。健康に感謝しつつ、日々、世界の平和と安全を願っ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供87回 / 77日(平均7.9回/週) - 参加 2017/02/07 07:18

山里から ・写真と短い文で綴る田舎の生活 さんのブログ記事

  • 野エンドウ三姉妹が一斉に
  •  いつもなら、遠慮深く、少しづつ間隔を開け気味に咲く、野エンドウ三姉妹が、絡み合いかねない勢いで、一斉に咲いている。「姉さんお先にどうぞ」なんて殊勝な顔をしているのは見当たらない。野山の草木に、自然が与えてくれた時間は限られている。熱を帯び始めた日の光の下、今年は、普段のライフサイクルを、なぞるだけで精一杯のようである。「照り付けてくれるはネー、日差しがきついよー」。 姉御って言われる謂れは [続きを読む]
  • 滝を見に行き、ケマンにあたる 
  •  日曜日の朝が、初夏の香りを漂わせている。今日は何も課せられた用件はないので、滝を見に行く気になった。穀雨の季節の晴天は文句なしの休日だ。 滝つぼ。近くへ寄るとスッと冷えた空気が漂っていて、爽やかである。 静かに落ちる滝 キケマン ムラサキケマン ベニシジミが一番輝く時期でもある [続きを読む]
  • 置いて行かれた花
  •  2日間、特集的な形でラクチンだった。あまり考えなくて済むから楽なのである。ラクチンの癖がついた訳ではないが、ことはついでということもある。かねて気になっていた、また巡って来た新しい春に、“留守になっている家”を 2、3、拾ってみてみた。 置いて行かれた花 ここには一株の水仙 スズラン水仙も負けずに大株に 遅がけの椿 橋のあるところ [続きを読む]
  • 花桃満開
  •  普段は、どうしてもやらなければならないこと以外はやらない方が、花桃のまわりの枯草を、野良仕事の恰好をして取り片づけていた。「今年はどうだ、一週間いや、10日は遅いのー。」「それでも見事に咲いたのい。花はいいもんだねー。」 ピンクと赤の木・花満開 花桃・赤 花桃・ピンク 白もあるでよ 赤い花の蕾 [続きを読む]
  • 時は今、ツルネコノメソウもキランソウも
  •  道端でしゃがんで花の写真を撮っていたら、後ろを、近所に住んでいる小母さんが、「ホーホー、ペッポー、ホー」と叫びながら、通って行った。地を這いながら、立っている人を煽るように、強風が吹いている。身を縮めて歩いていると、曲がり角で、目に入りにくい所でもある。人を認めても挨拶の言葉がとっさには出てこなかったのである。今は独り身。普段から、お呼ばれになった暁には、待っていてくれるのは閻魔さまのほうであ [続きを読む]
  • 今日の背中はベニシジミ
  •  蝶たちは、まだ宙を舞える時間が、実感的に不足しているのだろう。モンシロもモンキもシジミチョウも、飛び方が何ともせわしなく、低空飛行である。せかせか、せかせか、と動くところは、人とまったく同じである。「ああ、いのちはすべからく平等なんだ」と思わせられる光景である。 山里をにぎわかす、桃の蕾 ベニシジミの背中 空に悠然、レンギョウの花 大人になったヒメオドリコソウ [続きを読む]
  • 出来るだけ、身体になじむものを摂り
  •  野山にやわらかな空気がただよい、植物たちの生育環境が整って来た。ひとしきり、先駆けである花で楽しませ、やがて、新芽・新葉のときを迎える。身体にやさしい山菜の時期のはじまりである。 自分で採る機会はなかなかないけれど、今山里の近くには≪道の駅≫があり、地元の?名人“たちが様々な種類の食材を提供してくれる。いい所に住んでいる。いい時代なのである。連れはいるし、「幸せだなー」。 山里のシデコブシ [続きを読む]
  • 祭囃子に雨が降る
  •  ここ数年、祭りの太鼓が山から下りて来て、町内を廻り始める時間になると、決まったように雨になる。何が、或いは誰が、そんなに天気の神様の機嫌を損ねてしまったのかはわからない。ひとしきり降り、ひとしきり青空を見せ、上がった気温と蒸し蒸しする空気とで、祭りの参加者をくたびれさせる。格別祝う事とてない山里の民へ、深く計り知れない思いをでもプレゼントしているのかしら。祭りの時ぐらい、狐の嫁入りではないけれ [続きを読む]
  • キンポーゲは賑やかに
  •  いつの頃に始めたのかは定かではないが、何かにつけ、「昨年の今頃は・・」などと過去を引き合いに出して考えることがある。事に当たって、いちいち考えるのが面倒になって、はしょりたい時である。よくよく考えてみれば、直感的に判断すれば済むことなのであるが、体が慢性的に疲労漬になってしまっていると、瞬間的な脳へのエネルギー補給が間に合わないらしいのだ。≪年≫は生かせればいいのであるが、良いことばかりとは行 [続きを読む]
  • 予定外があったり、なかったり
  •  高齢化が進んでいる山里でも、ユートピアとの往来法を編み出した達人の話はまだ聞かない。長年月一緒に暮らした方のなかには、やむを得ず住み家を違えなければならない仕儀におちいっても、なお同じ世界での生活を希望してやまない方も当然いらっしゃる。不足はなにも幼い命との別れのみとは限らない。時折聞く、胸痛む話は切ないものである。 ハルトラノオ 槍先が重たくて、スズメノヤリ キチョウ [続きを読む]
  • 山里のコミュニケーション
  •  「ハルトラノオが咲いてたよ」、「あそこのオーレン満開だよ」。道端での会話は年期の入った定形であるから、100パーセント間違いなく伝わる。言葉に合わせて、一寸目線を動かしたり、首あるいは体をほんの少し振るそぶりにも、決まり事みたいなものがあり、間違いようがないのである。それは代をまたいだ伝承の技といってもいい。≪明日行ってみよう≫。≪明後日予定しよう≫。ああ、忙しいな。 カタクリ  [続きを読む]
  • 定まらぬ空につい動かされて
  •  黄色がかっているが、まだ幼いスジグロシロチョウだろう。つい住み家を出てみたけれど霧雨が降っている。 雨が激しくなり、ピンクの椿がじっと雨粒に打たれているのに耐えられなくなったようである。葉陰にさっさと緊急避難。 さわやかさが売り物のはずのニリンソウの花びらに、あせって淀んだ色が浮かんでいる。咲き方間違えたオマケをつけて。 [続きを読む]
  • 山里でも実は
  •  はしたないから、誰も顔には出さなかったが、山里でも実は、半月ぐらい前から、8,9の土日には、いくらかなりと桜の花の下を逍遥できるだろう、と踏んでいた。が、実際のところは、かろうじて陽気は追いついたものの、花はまるっきり空振りである。 どの顔も、どの顔も、不満顔である。黙っているものの、思いは同じ。≪あと一週間先だな!!≫ ホダ木の置いてある所 コブシ 囃子方  [続きを読む]
  • 予測以上に暖かく
  •  一気に気温が上昇し、「熱いな」という言葉が口をついて出た。暖かくなる予報が出ていたので、そのつもりでは居たのだが、体には予想以上に負担に感じたようである。思わず知らず、動作が緩慢になる。「お茶でも飲むか」。今日は自然が与えてくれた休息日である。日曜日に解放されることが少ないので、シンから休まって嬉しい日となった。 ヒイラギの花準備中 同じく青木も「負けないよー」 ダイコ [続きを読む]
  • 梅か桜か、いえいえ蜜蜂の蘭、キンリョウヘン
  •  予定が立てられていたのだろう。予定を変えられなかったのであろう。満開と報じられている地を離れ、山間地の桜を見に来られた多摩ナンバーの車の方がいらした。土曜の休日とて、少し早めに“モーニング”を取っていた時のことである。おそらく、まだ暗いうちの出立だったにちがいない。着いた所が、どこをとってもいささか間延び加減の田舎で、どれだけかは救われる結果になったかな。他人のことながら、気になってしょうがな [続きを読む]
  • あららマクロだけ
  •  猩々袴が咲きだしたであろうとの予感があったので、急いでカメラを持って出た。暖かな日なのでゆるゆる気分。つい緩み過ぎたようである。持って出たのはマクロ一本。気に入ろうが入るまいが、選択の余地がない。風雲急を告げるような雲行きに惑わされたのである。いい事か悪いことか、いつまでたっても不惑に届かないのである。ああ。 ショウジョウバカマ ギシギシ押し出し まだ一本の立たされん坊 [続きを読む]
  • 曙の頃には出立し
  •  「お隣、また入院だって」「今度は永いかもってよ」。いささか心配である。お帰りまで、しばし時間を要すようである。とりあえず、空、山、川、野の神様に、心を励ますメッセージを発送していただくようお願いである。 ニリンソウが咲いてきた ピンクの芝桜も晴れ晴れ、容姿に自信?、ちょっぴり得意顔 森か霞か 光か闇か [続きを読む]
  • まかされるとすぐ勘違い
  •  田舎の組織では、どこへ行っても、慢性的な人材不足である。人が少ないのでやむを得ないと云えばやむを得ないのであるが、そこから起こる“悲喜こもごも”に、関係者が頭をを悩ませる事態が生じること多々である。仕事をまかされる立場になると、たちどころに勘違いを起こし、≪まかされている=皆に責任を負っている≫のに、≪まかされている=自分の好き勝手が出来る≫と思い込んでしまい、その結果、あらぬ所業に出ることが [続きを読む]
  • 芽吹きの頃は
  •  草木の芽吹く頃は、人のバイオリズムにも微妙な影響が及び、気づかぬうちにバランスを崩したりする人もいたりする、と言われている。稀には思わぬ生長をもたらすこともあるようで、山里の山の神様にあらせられては、大いなる“気づき”の時をお迎えになられたようである。アンテナの感度向上と、的確な指摘力の向上が著しい。従来の、うかうかは夢の時代の産物と化しそうな勢いである。 春蘭 背中美人 [続きを読む]
  • いなか道はのんびりだったけれど
  •  かっては、いなか道というと、ゆっくり歩いたものであるが、いつの間にか、それがそうでなくなって来ている。ゆっくり連れ立って歩く対象がいなくなってしまって、のんびり、ゆっくりの材料がきわめて乏しくなってしまっているのである。世の中の出来事は、反応的にすぐ決めるのでなく、時間をしっかりかけて、しばらく寝かせておいた後に決定とした方がいい場合が少なくないのであるが、現代は時の流れにも効率を求めている。 [続きを読む]
  • 里の行事と生理現象
  •  春祭りが近づいたが、担ぎたがる男どもも、囃子たがり屋の女どもも、どうも気勢が上がらない。何所からとはなしに、秘かに、「ちょっと負担だのし」「そうだのん」と語る声が聞こえて来るようになっているのである。はて、さて、どうしたものか。 沈丁花満開 白い水仙 変わり雛 [続きを読む]
  • 連鎖的に
  •  家の造作に手を入れると、連鎖的に、あちこち手を加えた方がいい所が出て来る。スタート時点が同じなのでやむを得ないのであるが、煩わしったらありゃしない。実のところ、取り掛かる前から分かっていて、そのためになかなか踏ん切りがつかなかったのであるが、気骨の折れること、おびただしい。 一寸派手かしら? 中腰のヒマラヤユキノシタ、重たいわ 雨の止みまに1 雨の止みまに2 [続きを読む]