Empty Study さん プロフィール

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Empty Studyさん: Empty Study
ハンドル名Empty Study さん
ブログタイトルEmpty Study
ブログURLhttp://emptystudy.blogspot.jp/
サイト紹介文本のない書斎の書評ブログ/読書感想/青空文庫/ミステリー/日本文学
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供164回 / 94日(平均12.2回/週) - 参加 2017/02/12 10:05

Empty Study さんのブログ記事

  • 「明日は天気になれ」 坂口 安吾
  • エッセイ集。獅子文六と交流があったことが書かれている。わたしは安吾のカタカナ使いに獅子文六を思い出していたので、また獅子文六はもっと後の時代だと勝手に思っていたのでこれには少し驚いた。短いエッセイが100話あるので少しづつ楽しんだ。「明日は天気になれ」http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card45935.html [続きを読む]
  • 「木枯の酒倉から」 坂口 安吾
  • 安吾の処女作。であるのだが、これまでに読んだ作品の中ではもっとも難解であった。もっとも、分かりやすさというのはその作品の良し悪しを決める決定打にはならないし、わたしの理解が不足しているという点は否めない。主人公が狂人のような不思議な男と出会い、その男が語りだすという話なのだが、誰が話しているのががわかりにくい。あえてそうしているのかもしれない。なぜかラテンアメリカ文学のような感じを受ける。荒唐無稽 [続きを読む]
  • 「文づかひ/文づかい」 森 鷗外
  • 「文づかひ」とは、文、つまり手紙を届ける「遣い」のことであった。主人公が姫から預かった手紙を届けるという筋書きは分かったものの、細部を理解するのがなかなか難しい。姫は親の決めた結婚が嫌で、その手紙によってそれを免れた、ということになると思うが、解説など読むと、どうやら結婚相手が嫌というより結婚そのものが嫌で、仕事に就くことでそれを回避した、ということらしい。女性の自立や新しい時代の生き方のようなこ [続きを読む]
  • 「D・D・Tと万年床」 坂口 安吾
  • 安吾の「明日は天気になれ」を読んでいて、D・D・Tの話が出ていたのでこちらも読んだ。D・D・Tというのは薬品の名前だが、おそらくは強力な殺虫剤であろう。わたしは安吾の部屋の写真がとても好きだが、このエッセイを読むととてもここには住めないな、と思わされる。蜂もカマキリも蝶も蝉も蛾も蠅も、私の部屋へ来たが最後、翌日は屍体をさらしてしまうから、死屍ルイルイ、これだけは、すこし、きたない。けれども、その屍体にた [続きを読む]
  • 「黒蜥蜴」 江戸川 乱歩
  • 明智小五郎シリーズ。「黒蜥蜴」という女の賊が登場するが、テイストとしては二十面相のシリーズに近い。殺人事件の推理をするのではなく、怪盗と騙し合いをするのである。子供向け作品ではないと思うのだが、相変わらず変装やら身代わりの人形やらのトリックを用いている。本格的なものを期待すると肩透かしを喰らうが、乱歩のこれはもはやこういうものとして楽しむべきなのだろう。二十面相は人を殺さないが、黒蜥蜴は人殺しも平 [続きを読む]
  • 「駈込み訴え」 太宰 治
  • 再読。最初に読んだのはおそらく「人間失格」の文庫本に収録されていたもの。最後に語り手がユダと名乗るのが印象的であった。なんとなく分かっていても、鮮やかだと思う。読み返してみて、こんなに疾走感のある作品だったかと驚いた。はじめて読んだときと全く印象が違って、面白かった。キリスト教には詳しくないのだが、ユダの愛の解釈は太宰のオリジナルなのだろうか。この作品はキリスト教史というよりユダをモチーフにした「 [続きを読む]
  • 「めくら草紙」 太宰 治
  • なんにも書くな。なんにも読むな。なんにも思うな。ただ、生きて在れ! ようやく「晩年」の作品をすべて読んだ。少しづつ読んだのでかなり時間がかかった。どうも読むのが疲れるのだ。ひとつわかったことがある。作家の作品はまず代表作をいくつか読むのが良い。そうして気に入った作家については、初期の作品や枝葉の作品を追っていくのが良い。太宰治の作品を書かれた順に読もうとしていたが、これはどうやらあまりいい方法では [続きを読む]
  • 「陰火」 太宰 治
  • おれはいまに大作家になるのであるから、この小説もこののち百年は世の中にのこるのだ。するとお前は、この小説とともに百年のちまで嘘つきとして世にうたはれるであらう、と妻をおどかした。 「誕生」「紙の鶴」「水車」「尼」の4遍から成るが、「尼」は間の抜けた如来が登場するなどコミカルさがあり、少し違う感じの印象を受けた。「紙の鶴」では苦しみから逃れるため終始何かで気を紛らわそうとする様子がいじらしい。「陰火 [続きを読む]
  • 「四月馬鹿」 織田 作之助
  • 武田さんのことを書く。 ――というこの書出しは、実は武田さんの真似である。 武田麟太郎氏を偲ぶエッセイ。 四月一日の朝刊を見ると、「武田麟太郎氏急逝す」という記事が出ていた。 私はどきんとした。狐につままれた気持だった。真っ暗になった気持の中で、たった一筋、「あッ、凄いデマを飛ばしたな」 という想いが私を救った。「――今日は四月馬鹿(エープリルフール)じゃないか」 そうだ、四月馬鹿だ、こりゃ武田さ [続きを読む]
  • 「夜行巡査」 泉 鏡花
  • 再読。鴎外の「高瀬舟」を読んで思い出したので読んだ。泉鏡花はわたしには難しいのだが、この作品は比較的わかりやすい。どのような状況においても冷徹に職務を全うする巡査。道徳よりも私情よりも職務上の規則を行動の指針とする。とにかく融通がきかない。憐れみをかけれやるべき民の些細な風紀の乱れを厳しく咎め、自分にとって憎き相手である男を助けて命を落とす。「夜行巡査」http://www.aozora.gr.jp/cards/000050/card897 [続きを読む]
  • 「高瀬舟/高瀬舟縁起」 森 鷗外
  • 訴えるものに泉鏡花の「夜行巡査」を思い出した。罪人を島へ送る高瀬舟。あるとき乗せた弟殺しの喜助は、他の罪人とは様子が違っていた。晴れやかな表情を浮かべる喜助に同心が話を聞く。喜助のポジティブさに驚かされた。わたしなどは、罪人となった時点で人生終わりのような気がしてしまうが、喜助は牢に入れば飯が食えることを喜び、遠島となれば、生まれて初めて手にした二百文を元手に島で商売をするのを楽しみにしているとい [続きを読む]
  • 「矢田津世子宛書簡」 坂口 安吾
  • 矢田津世子への手紙。冒頭に「御手紙ありがたく存じました。」とあるので返事であろう。僕の存在を、今僕の書いている仕事の中にだけ見て下さい。僕の肉体は貴方の前ではもう殺そうと思っています。昔の仕事も全て抹殺。手紙というのは小説やエッセイとは違う。ひとりの相手へ綴った手紙をこのような形で消費(あえて「消費」と言おう)することに恥ずかしさを覚えないわけではない。人の手紙を読むということは罪なものである。し [続きを読む]
  • 「貝の穴に河童の居る事」 泉 鏡花
  • 河童が人間に復讐する話なのだが、「復讐」という深刻さはあまりなく、ユーモラスな作品である。人外のものがいろいろ登場する。「口へ出して言わぬばかり、人間も、赤沼の三郎もかわりはないでしゅ。翁様――処ででしゅ、この吸盤(すいつき)用意の水掻(みずかき)で、お尻を密(そっ)と撫(な)でようものと……」「ああ、約束は免れぬ。和郎たちは、一族一門、代々それがために皆怪我をするのじゃよ。」「違うでしゅ、それで [続きを読む]
  • 「私の小説」 坂口 安吾
  • 「私の小説」ということについて書いてくれ、と言われたそうだ。「作品がすべて」ということを安吾はたびたび書いている。作家にとつて小説は全てであり、全てを語りつくしてをり、それに補足して弁明すべき何物も有る筈はない。有り得ない。文学は全てのものだ。わたしはブログなど書いているから、これこれこういったきっかけでこの文章を書いたのだとか、実はこういう考えの過程があったのだとか、あまり上手でないがつまりはこ [続きを読む]
  • 「玩具/『玩具』あとがき」 太宰 治
  • 私は夜、いつも全く眼をさましている。昼間、みんなの見ている前で、少し眠る。私は誰にも知られずに狂い、やがて誰にも知られずに直っていた。幼い頃の記憶。あるいは嘘。この感覚、少しわかる気がする。 これは未完の作品らしい。あとがきは「玩具」「魚服記」「地球圖」「猿ヶ島」「めくら草紙」「皮膚と心」「きりぎりす」「畜犬談」について。「玩具」などは、散文詩とでもいふべきもののやうに思はれる。「めくら草紙」は、 [続きを読む]
  • 「雪国」 川端 康成
  • 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。ノーベル文学賞受賞、そのタイトルと冒頭はあまりに有名だが、恥ずかしながら初読である。長編小説と思い込んでいたのだが、案外短い。読んでいて辛い。「雪国」というタイトルからはどうしたって悲哀の物語しか想像できないが、思った以上だった。冒頭の指の部分の生々しさに驚く。教科書に載らないわけだ。ガラスの上で重なる女と火の凄 [続きを読む]
  • 「大望をいだく河童」 坂口 安吾
  •  昔、池袋にすんでいたころ、小学校の生徒に頻りに敬礼されて、その界隈を遠廻りに敬遠して歩かねばならなくなったが、僕に似た先生がいたに相違ない。 戦争中、神田の創元社へよく遊びにでかけたが、日大生に時々敬礼された。何先生が僕に似ているのか気にかかった。安吾はいろいろな人に間違われたらしい。安吾の風貌は特徴的だと思っていたから少し意外だった。むかし小林秀雄は酔っ払うと僕に向って、ヤイ、河童、と言った。 [続きを読む]
  • 「ロマネスク」 太宰 治
  • 「仙術太郎」「喧嘩次郎兵衛」「嘘の三郎」の3篇から成り、それぞれ独立した話のようであるが、「嘘の三郎」で3人が出会う。いくらでも深読みはできるが、表面のユーモアだけでも面白い。太郎は不思議な力を持つ子供だった。仙術を身につけて、鼠や鷲や蛇に姿を変えた。「津軽いちばんのよい男になりたい」と願うとその通りになった。しかし仙術の本が古すぎたために、それは「昔風のいい男」であった。ふらりふらり歩きながら太 [続きを読む]
  • 「彼は昔の彼ならず」 太宰 治
  • こっちへ来給え。このひがしの方面の眺望は、また一段とよいのだ。実際に景色を見ながら案内するような文体が面白い。主人公の男は大家である。親の財産で不自由なく暮らしているが、今度家を貸した人物がどうも一筋縄ではいかない。端的に言うと、家賃を払わないのである。彼はまともに働いてもいないようだし、奥さんもしょっちゅう変わるのだが、主人公の男は彼を天才だと思い勝手に期待する。僕はどうも芸術家というものに心を [続きを読む]
  • 「魔術師」 谷崎 潤一郎
  • 「私」は恋人と一緒に、魔術師がいるという公園を訪れる。この公園というのがあらゆるものをごった煮にした歓楽街のような様相で、ある意味醜悪である意味美しいような奇怪な場所である。この美しい魔術師は性別も国籍もはっきりせず、したがって「美女」というわけではないのだが、きわめて「悪女」的である。魔術師が犠牲を求めると、観客たちは喜んでその奴隷になる。「私」も恋人の静止を振り切って、魔術師の前へと進む。聖人 [続きを読む]
  • 「人魚の嘆き」 谷崎 潤一郎
  • 谷崎のフットフェティシズムは有名だが、わたしに若しもフェティッシュというものがあるとすればそれは人魚である。実在しない対象へのフェティシズムというのは可笑しいかもしれないが、わたしにとって人魚というものは、幼少期から始まって今に至ってもなお特別なモチーフなのである。もちろん人魚であれば何でも良いわけではない。美しくなければいけない。ただ単に美人だというのでなく、憧れよりは畏怖を感じさせる存在である [続きを読む]
  • 「随筆銭形平次 19 探偵小説このごろ」 江戸川 乱歩
  • 野村胡堂と江戸川乱歩の対談。野村 わたしはね、こう思うんだ。探偵小説は盲目的本能の安全弁だと。探偵小説を読んでいる人は兇悪な犯罪はやらない。先生に毒入りウイスキーを贈って殺した東大小石川分院の蓮見。あんな犯罪は一見探偵小説をまねたようで、しかし決してあの犯人は探偵小説を読んでいないね。探偵小説は想像力を養うのに役立つよ。想像力をもっていないということは恐ろしいことで、ああすれば、こうなるということ [続きを読む]
  • 「双生児」 江戸川 乱歩
  • 強盗殺人によって死刑宣告された男。しかし男は過去にも別の殺人を犯していたことを告白する。双子の兄を殺して入れ替わるというのは「パノラマ島奇談」を彷彿とさせるが、こちらの作品はもっとあっさりしている。兄となって富と妻を手に入れた「私」は、指紋の違いから入れ替わりがバレてしまうのではないかと恐れる。そして反対に兄の指紋を利用して、弟の方に犯罪の罪を着せることを思いつく。兄の日記についていた指紋を利用し [続きを読む]
  • 「黒手組」 江戸川 乱歩
  • 「黒手組」という盗賊に誘拐された娘を取り戻すべく、明智小五郎が手腕を振るう。明智は娘と身代金を見事取り返したが、事件の真相については語れないという。そもそも誘拐事件はなかった。娘は恋人と駆け落ちしたのだ。そして書生の牧田がそれを利用した。娘からの手紙を隠し、世間を騒がせている「黒手組」の名を借りて身代金を要求した。だから身代金をわたしても娘は戻らなかったのである。 娘が戻り、明智に感謝する父は、何 [続きを読む]