逍遥亭主人 さん プロフィール

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逍遥亭主人さん: 天下の小論
ハンドル名逍遥亭主人 さん
ブログタイトル天下の小論
ブログURLhttp://take-ivy.hateblo.jp/
サイト紹介文其の詩を頌し、其の書を読み、其の世を論ず 東洋古典の箚記集です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供80回 / 45日(平均12.4回/週) - 参加 2017/02/13 18:38

逍遥亭主人 さんのブログ記事

  • 『蒙求』 金持ちも良し、貧乏も良し
  • 東洋の、貧しさをかっこいいとする思想は素敵である。徒然草の第十八段に、次のような文がある。唐土に許由といひける人は、更に、身に随へる貯へも無くて、水をも手してささげて飲みけるを見て、なりひさごといふ物を、人の得させたりければ、或時、木の枝に懸けたりければ、風に吹かれて鳴りけるを、喧(かし)ましとて捨てつ。又、手に掬(むす)びてぞ水も飲みける。いかばかり心のうち涼しかりけむ。訳すと、中国の許由(き [続きを読む]
  • 『孟子』 人に頭を下げるのではなく金に頭を下げる
  • 明治の初め、武士の商法という言葉があったように、武士はその誇りからか他人に頭を下げることが出来なかった。もちろん、これでは商売が出来ない。三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎は、こういった元武士たちに、「人に頭を下げるのではなく、金に頭を下げるのだ」と教えたという。『孟子』にも、「他人に対して、かしこまって諂(へつら)い笑うことは、夏に農作業をするよりも大変だ。 同じ意見でもないのに、お説ごもっとも [続きを読む]
  • 『論語』 良心こそが最高の判断基準です
  • 「君子愛財、取之有道」(君子、財を愛す、之を取るに道あり)という言葉がある。ネットで調べてみると、『論語』の言葉であるとか、孔子の教えであるとか書いている人が多い。しかし、私の知る限り、『論語の』の中にはそのような言葉はない。孔子が、富を軽蔑せず否定もしていなかったことは、確かである。「もしも、こうやったら絶対に儲かって金持ちになれるという方法があれば、そのためにどんなに人に軽蔑されたって構わな [続きを読む]
  • 『孟子』 親は子供を教育してはならない
  • 親が自分の子供を教育することは、自然の摂理に反していると孟子は言う。人としての正しい道を子供に教え、子供がそれを守らなければ、どうしても怒ってしまう。怒りは、親子の情愛を薄れさせ、その関係を悪くしてしまう。また、親だからといって、常に正しい行いをするとは限らない。そうすると、子供からすれば、親の言動は不一致ではないかと、批判の心が生じる。 批判の心が生じれば、これも親子の関係にヒビが入る。親子の間 [続きを読む]
  • 『淮南子』 愛せず利せざれば、親しき子も父に叛く
  • (淮南子=これは、「えなんじ」と読みます)今や、年功序列といった人事制度をとっている会社はないであろう。しかし、年功序列をやめて、本当に会社は良くなったのだろうか。もしくは、年功序列をやめずにいたら、会社は悪くなったのであろうか。よく分からないし、はっきりしない。ということは、年功序列であっても無くても、それほど大きな違いは無かったのかもしれない。大きな違いが無ければ、年功序列の方が、多くの人 [続きを読む]
  • 『孟子』 心と身体はどちらも重要な筈です
  • 孟子は言う。くすり指が曲がって伸びないとする。決して痛い訳ではなく、不便な訳でもないとする。しかし、これをきちんと治療して貰えるとしたならば、どんなに遠くにでも行くだろう。それは、指が人並みでないことを恥じ憎むからである。ところが、指よりもずっと大事な筈の心が人並みでない場合、それを恥じ憎むということを、多くの人はしない、と。考えてみれば、孟子の言うように、整形やエステで身体的な美を追求する人は [続きを読む]
  • 『世説新語』 なぜ、部下から意見が出ないのだろうか?
  • 東晋の時代、劉簡という人がいた。剛直な人柄であった。ある時、意見を求められたが、何も答えなかった。上司である桓宣武(桓温)が、「何故、意見を言わないのか」と、問うた。それに対して、劉簡は、一言、答えた。「言っても、採用されないことが分かりきっているからです」社長「わが社はイエスマンばかりで困ったもんだ」社員「お言葉ですが、社長・・・・」社長「うるさい!口出しするな!」社長「もっと画期的なアイデ [続きを読む]
  • 『管子』 「今度、飯でも食おう」って言う人は本気なんだろうか?
  • 始めて会ったばかりなのに、親しそうにしてくる人間とは付き合わない方がいい。長い間会っていなくても、こちらを忘れない人間とは付き合った方がいい、という。それほど親密でもない人から、「今度、飯でも食おう」とか「今度、誰それを紹介してあげよう」とか言われることがある。こういったことを言う人は、大概、世間的に偉いとされている場合が多い。 しかし、実際に、そういったことがあった例はほとんどない。だから、こ [続きを読む]
  • 『春秋左氏伝』 賄賂の上手い処理方法
  • 賄賂を断ったことで有名なのは、何といっても後漢の楊震であろう。楊震という名前は聞いたことがなくても、「天知る、地知る、我知る、汝知る」という四知という言葉を、知っている人は多いだろう。賄賂を持ってきた男が楊震に、「これを受け取られても、誰にも知られることはありません」と言ったのに対して楊震は、「誰も知らないなどということがあるだろうか!天が知り、地が知り、我が知り、汝が知っているではないか!」と喝 [続きを読む]
  • 『列子』 類に貴賤なし
  • 日本人は、宗教的にいい加減な民族だと批判されることがある。生まれたならお宮参りで神社に行き、教会で結婚式を挙げ、死んだら仏になるなんて話を聴けば、敬虔なキリスト教信者といった立場の人からすれば、許し難いほどいい加減かもしれない。しかし、いい加減ということは、良く言えば寛容ということである。浅い理解かもしれないが、キリスト教やユダヤ教といった一神教は、その根本の部分で寛容という精神から遠いように思 [続きを読む]
  • 『論語』 天才と馬鹿を教育することは出来ない
  • ある人材育成のセミナーに出席した時のことである。セミナーの最後に、出席者の一人が講師達に質問した。「人材は、優秀な2割、平均的な6割、そして駄目な2割に分かれると聞きましたが、この駄目な2割に対する育成は、どう考えればよいのでしょう?」講師達は、それぞれに様々な見解を述べた。これは、難しい問題だと思う。そこで、『論語』に書かれていることを紹介したい。上知と下愚とは移らず。つまり、天才と馬鹿とは教育 [続きを読む]
  • 『中庸』 相手の立場に立つとはどういうことか?
  • 私たちは、親として自分の子供に対し、上司として部下に対し、年長者として後輩に対し、そして、一人の人間として友人たちに対して、様々な期待や望みをもつ。しかし、立場を変えて考えたとき、例えば、自分が子供に「こうあって欲しいな」と思うように、自分の親に接しているだろうか?部下に対して「こうあって欲しいな」と考えるように、自分自身が自分の上司に仕えているだろうか?親の言うことは聞かずに、子供には従順 [続きを読む]
  • 『論語』 人生にもマネジメントにもノウハウはない
  • 僕が若い頃には「ノウハウ本」というものが流行った。「・・・する法」とか「こうすれば・・・出来る」とかいった本である。しかし、結局のところ、その内容の浅さや、ノウハウと言いながらも実際は役に立たないことが分かってきて、すたれてしまった。時代は繰り返すのか、ここ数年、またノウハウ本ばかりが目につくようなってきた。いつまで続くのだろうか?マネジメントの目的は目標の達成である。しかし、その手段に正解は無 [続きを読む]
  • 『孟子』 構成員に犠牲をもとめる組織は潰れます
  • 中国から日本へ向かう船で、孟子の書を積むと沈没するとの言い伝えがある。孟子の思想はあまりにも革命的であり、天皇制を重んじる日本には合わないとされたのである。「国民が一番貴く、次が国家であり、君主は最後だ」というのが孟子の思想である。であるから、国家のためにならなければ、当然、君主を替えても構わないし、国民のためにならなければ、当然、国家を替えても構わないと、考える訳である。2500年近く前に、既にこの [続きを読む]
  • 『列子』 人は自分の見たいように世の中を見る
  • 人は、何らかの現象を見たとき、その理由を考える生き物である。どうして、そうなっているのだろうと考え、解釈し、納得する。例えば、ある金持ちを見た時、きっと一生懸命働いたから金持ちなんだろう、と考える。人によっては、きっと悪いことをしたから金持ちなんだ、と考えるかもしれない。それぞれに違った理由を思いつくのは、人の持っている人生に対する仮説や法則といったものが、違うからだろう。良く事実を見なさいと言 [続きを読む]
  • 『蒙求』 人前で緊張しないような人間は一流にはなれない
  • 私の仕事の中心は、人前で喋ることである。数人の場合もあれば、多いときは数百人が対象になる場合もある。始めて講師として演壇に立った時、膝ががくがくと震えて止まらなかったことを、今でも覚えている。緊張しなければ、あがらなければ、もっとうまく出来るのにと、よく思ったものである。しかし、ある時、師匠ともいうべき人に、こう教えられた。人前で緊張しないような人間は駄目だ。緊張するのが当たり前であって、緊張 [続きを読む]
  • 『孟子』 目引き袖引きして人は嘲笑う
  • 日本の社会は、宗教的な規律、つまりは神の規律や法といったもので動いてきた社会ではない。社会を律していたのは、お互いの人間関係であり、その基本となるのは「恥」という考え方だったと思う。 人から見て恥ずかしいことをしない。これが、倫理の基準であった。みっともないことをすれば、周囲から目引き袖引きして嘲笑われたのである。 それが、ここに来て大きく変わってきているようである。考えてみれば、最近、「恥」とか「 [続きを読む]
  • 『晏子春秋』 差別用語は誰が決めたんだろう
  • 上に立つ者が、「私は偉いんだ。お前らとは違うんだ」というオーラを出されると、部下たちは何も言えなくなってしまう。 これを、部下が瘖(音読み「いん」、英語「dumb」)になるという。部下が瘖になれば、上司は何も聞くことができない。これを、上司が聾(音読み「ろう」、英語「deaf」)になるという。 組織の構成員が聾瘖(deaf and dumb)では、物事がうまく行く筈がない。不祥事が生ずる会社や組織は、間違いなくこうなっ [続きを読む]
  • 『荘子』 大泥棒に学ぶ理想的なリーダーの姿
  • 日本で大泥棒といえば、石川五右衛門だが、古代中国では、盜跖(とうせき)である。 ある時、子分が盜跖に尋ねた。「泥棒にも道というものがあるのでしょうか」 盜跖は答えた。「当り前だ。何をするにしても道が無いということは無い」そして、続けて言うには、 盗もうとする部屋に何があるのかを当てるのが、聖だ。入る時に先頭に立つのが、勇だ。出る時にしんがりを務めるのが、義だ。うまくいくかどうかを見分けるのが、知だ。 [続きを読む]
  • 『論語』 部下の仕事の邪魔をする管理者が実は多いのです
  • 「情熱を持って自ら学ぼうとしない者は、進歩しない。悩み苦しまなければ、発展はない。一例を挙げたならば、後の三つは自ら意見を返すようでなければ、教えても仕方がない」 啓発という言葉の元になった、孔子の言葉である。啓発を広辞苑でひくと、「知識をひらきおこし理解を深めること」と書かれているが、孔子の言ったことは、単なる啓発ではなく、自己啓発もしくは自発性ということになる。孔子は、自発性の無い者を教育する [続きを読む]
  • 『論語』 品性に欠けた人間を管理者にしてはならない
  • 著名な経営学者であるドラッカーは、Integrity(高潔さ、真摯さ、品性)に欠ける者にマネジメントを委ねてはならないと述べた。(僕が昔読んだ本では、Integrityを「品性」と訳してあったが、最近の本は「真摯さ」と訳しているようである。「品性」の方が原文のニュアンスに近いのではないかと、僕は思う) では、品性に欠けるとはどういうことなのか?孔子の言葉が、もっとも適確だと僕は思っている。「周公旦(孔子がもっとも尊 [続きを読む]
  • 『国語』 贅沢することだけが成功の尺度ではありません
  • 魯の季文子という人は、宰相として、宣公、成公の二君に仕えたが、極めて貧しい生活を送っていたという。それを見て、仲孫它(ちゅうそんた)という若者が、言った。「あなたは国で一番の権力者なのに、絹を着る妾もいなければ、穀物を食べる馬もいない。皆はあなたのことをケチだといっています。また、宰相がこのようなことでは、みっともなくて国の栄光を損なってしまいませんか」 季文子は、これに對えて言った。「私も贅沢 [続きを読む]
  • 『老子』 平凡に生きるのが実は一番難しいかもしれない
  • 老子の思想は、世俗を超越しているようであって、実は処世訓として素晴らしい。器に水を一杯にして、こぼすまいと心配するくらいなら、一杯にしなけば良い。刃物を鍛えて鋭くし過ぎれば、かえって長持ちしない。財宝が蔵に満ち溢れたならば、それを守りきることは難しい。偉くなって傲慢になれば、他人からの恨みをうけることになる。功成り、名を遂げたならば、早々に身を退けることが、道理にかなっている。 逆説的ではあるが、 [続きを読む]
  • 『孟子』 安倍首相が尊敬する吉田松陰という人
  • 司馬遼太郎の『世に棲む日日』によると、『吉田松蔭は友人のために死のうとした日本人最初の人物であり、誠実ということにおいて人間ばなれした人物である』とのことである。 ペリーの艦隊で渡米を企てるが失敗した松陰は、野山の獄という監獄に幽閉された。その獄中で、他の囚人達は、松陰と交わることによって、彼の人格に感銘を受け、当時まだ二十四歳の吉田を尊師と呼んだという。この囚人達を相手に、どういう時でも勉強する [続きを読む]