逍遥亭主人 さん プロフィール

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逍遥亭主人さん: 天下の小論
ハンドル名逍遥亭主人 さん
ブログタイトル天下の小論
ブログURLhttp://take-ivy.hateblo.jp/
サイト紹介文其の詩を頌し、其の書を読み、其の世を論ず 東洋古典の箚記集です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供104回 / 180日(平均4.0回/週) - 参加 2017/02/13 18:38

逍遥亭主人 さんのブログ記事

  • 『論語』 イエス・バット法
  • 庭で揺れてるスモモをみればあなたの姿が目に浮かぶ会いにゆこうと思ってみてもあまりに遠い二人の距離(あいだ) 「あの娘が好きだ。今すぐでも会いたいと思う。でも家が遠くて・・・」こんなことを言っている内は、本当は好きじゃないのだ、と孔子は言う。論語というと、ただただ固くて面白くない本というイメージだが、こんな粋な話も載っている。本来、孔子は愛(仁)や情を最も大切にした人であり、決して堅物ではない。 ところ [続きを読む]
  • 『論語』 ルールだけではうまくいかない
  • ルールと罰による統治はうまくいかない、という。人は、ルールの不備をかいくぐり、ルールに抵触さえしなければ、それでよしと考えるからである。大事なことは、徳と礼儀だというのが、孔子の考えである。この徳治主義で、現代の社会や組織を統治していくことは、実際は難しい。これは、多くの人の共通認識であろう。しかし、昨今、何でもかんでもルール化しようとする傾向が強い。こうなると、孔子の徳治という考えを改め [続きを読む]
  • 『老子』 誰もが納得することは真理ではない
  • 自分が正しいと思うことが、他人から受け入れて貰えないことは多い。自分が間違っている場合もあるだろう。何度も反省することは必要だと思う。しかし、本当の真理や道理は、分かって貰えないことの方が多いのではないか。もしくは、口では分かったと言いながら、実際の行動に移さない人も多い。老子によれば、優れた人物は真理を聴けば、すぐにそれを実行に移そうとする。中程度の人物は、理解は示すが行動には移さない。 [続きを読む]
  • 『列子』 休みたいとか遊びたいとか
  • 子貢「先生、勉強ばかりで少々疲れてきました。しばらく休みたいのですが・・」孔子「生きている間、休むなどということは出来ない」子貢「それでは、私はいつまでたっても休めないのですか?」孔子「休めるよ。あの墓を見てごらん。死んで墓に入れば休むことが出来る」子貢「・・・なるほど。死とは偉大なことだったんですね。君子にとっては休息であり、小人にとっては苦しみからの解放なんですね」孔子「分かったよう [続きを読む]
  • 『列子』 休みたいとか遊びたいとか
  • 子貢「先生、勉強ばかりで少々疲れてきました。しばらく休みたいのですが・・」孔子「生きている間、休むなどということは出来ない」子貢「それでは、私はいつまでたっても休めないのですか?」孔子「休めるよ。あの墓を見てごらん。死んで墓に入れば休むことが出来る」子貢「・・・なるほど。死とは偉大なことだったんですね。君子にとっては休息であり、小人にとっては苦しみからの解放なんですね」孔子「分かったよう [続きを読む]
  • 『論語』 やはり不言実行の方が恰好いい
  • バブルの時代は、日本にとって日本人にとってどんな意味があったのだろうか。もちろん、一言で語れるものではない。ただ、それまでの常識もしくは正しいとされてきたことが、大きく否定された時代であったことは、間違いないと思う。卑近な例でいえば、アピールすること、自分を主張することが正しいという考え方が広まった時代であった。それ以前の、僕たちが受けた教育は、男は喋るな!というものであった。しかし、バブル [続きを読む]
  • 『論語』 やはり不言実行の方が恰好いい
  • バブルの時代は、日本にとって日本人にとってどんな意味があったのだろうか。もちろん、一言で語れるものではない。ただ、それまでの常識もしくは正しいとされてきたことが、大きく否定された時代であったことは、間違いないと思う。卑近な例でいえば、アピールすること、自分を主張することが正しいという考え方が広まった時代であった。それ以前の、僕たちが受けた教育は、男は喋るな!というものであった。しかし、バブル [続きを読む]
  • 『出典 多』 今の世に大事なことは「忖度」ではなく「折檻」でしょう
  • 最近では「忖度」といった死語も復活しているようなので、ついでに復活して貰いたい言葉が「折檻」である。檻とは、欄檻(欄干)の檻であり、折檻とは、欄干を折ることである。知っている人は多いと思うが、元々は、下が上を諌める意味である。前漢成帝の時代に、朱雲という臣が成帝を強く諌め、激怒した成帝は朱雲に死刑を命じた。兵が朱雲を連れ出そうとしたのだが、欄檻に取り付き動こうとしない。それを無理やりに連れ出そ [続きを読む]
  • 『荘子』 目的と手段を取り違えてはならない
  • 殷(商)を倒して天下を統一した武王の曽祖父である古公(大王)亶父(たんぽ)の有名な話である。『史記』などにもあるが、今回は、『荘子』から紹介したい。大王亶父が邠(ひん)という地にいた時、異民族である狄人が攻めてきた。戦いを避けようとして、大王亶父は皮帛や犬馬や珠玉を差し出したが、狄人は受け取らなかった。彼らは、領土を求めていたのである。そこで、大王亶父は、民に向かって言った。「領土を守るため [続きを読む]
  • 『荀子』 ?が無く能力が高い人間が一番の害悪となる
  • 学問をするということは、本来は、徳育が中心であった。それが、明治以降、知育に、その座を奪われた。第二次大戦後は、徳育は棄て去られ、知育と体育だけになった。体育大学はあるが、徳育大学はないのが、今の日本である。徳もあり能力もある、これが最善であろうが、そういった人材は得難い。それでは、徳と能力、どちらか一つを選ぶとしたならば、どちらを選ぶべきなのか。荀子の答えは明快である。徳さえあれば、能力 [続きを読む]
  • 『韓非子』 馬鹿をバカにする奴は馬鹿である
  • 人に対して礼儀を尽くさないとする。もし、その人が立派な人であるとするならば、それは大いに失礼なことである。もし、その人がならず者のような人間であるとするならば、恨みに思って仕返しをされるかもしれない。相手がどういう人であれ、礼を尽くしておいて害はない。にもかかわらず、そうしないということは、物の道理が分かっていない愚者としか、いいようがない。多くの場合、私たちは自分からみて劣っている相手に対 [続きを読む]
  • 『戦国策』 全員一致は恐ろしい
  • 『日本人とユダヤ人』(イザヤ・ベンダサン)によると、ユダヤでは全員が一致して賛成したことは、無効になるという。出来うるだけ、皆が同じであろうとすることを求める日本人とは、随分と違うものである。中国戦国時代の遊説家として有名な張儀と、荘子との交流で有名な恵施の逸話に、このようなものがある。当時、難所である函谷関の西には、大国である秦があった。そして、函谷関の東、関の東であるから関東には、趙、魏 [続きを読む]
  • 『韓非子』 第一線の重要性
  • 良い商品を作り、適切な価格設定をし、サービスも充実させ、広告宣伝をしても、ビジネスがうまくいかないという話である。ある酒屋がいた。良い酒を造り、正直に客に接し、幟も高く立てているのに、全く酒が売れないのである。折角の美酒は、いつも酢になってしまっていた。そこで、先輩に相談すると、お前のところの犬は猛犬だろうと言う。何故、猛犬が問題になるのですかと訊くと、「お客さんが怖がって寄り付かないから [続きを読む]
  • 『晏子春秋』 出来ないことを悩むより出来ることを考えよう
  • 西洋でも東洋でも、火星は不吉な星ということになっている。ある時、その火星が空に現れた。不安を感じた景公は、晏子に「何とかできないか」と尋ねた。晏子の答えが、実に素晴らしい。「来させることが出来るものは、去らせることができる。来させることが出来ないものは、去らせることが出来ない」火星を動かすことは出来ないが、政治を良くすることは出来る。火星のことを心配するよりも、政治を良くすることを考えたらど [続きを読む]
  • 『大学』 偽薬効果
  • 胃が痛いという人に、ただの水を胃に効く薬だといって与える。そうすると、胃の痛みが治まる、これが偽薬効果といわれるものである。 気のせいではなく、本当に効くらしい。ところが、薬を渡す人が、本当に薬だと信じて渡す場合と、ただの水だと知っていながら、つまりは嘘をついているという自覚をもって渡す場合では、その効果に大きな差が出るという。嘘をついている自覚を持ちながら渡した場合は、偽薬はその効果を発揮しな [続きを読む]
  • 『淮南子』 馬鹿と議論するな。はた目には、どちらが馬鹿かわからない。
  • 僕が何らかの主張をする。そこには反対する人間がいる。お互いに自分が正しいと信じていればいるほど、歩み寄りは難しい。そこに、第三者が現れて、「それはあなたさんが違うでしょう」とか言われて、反対者の意見が採用されてしまう。何故そうなるかといえば、第三者が優れているからではなく、争いの当事者ではないからである。自分から先を切って発言をせずに、最後の最後になって言い出すのは卑怯者でないかと、よく思ったもの [続きを読む]
  • 『管子』 臣なきを患えず、財なきを患えず
  • 社員研修などで講師を務めれば、僕は先生という立場になる。では、受講者と比べて、どれだけ優れているかといえば、これは疑問である。 しかし、受講者は、その立場として、先生の指示に従わなければならないし、それが当然と考えている。同じようなことを言っても、先生が言った方が偉そうに聞こえる。先生と受講生が議論になっても、最終的には先生が勝つことになる。そういった立場を続けていると、自分が偉いように思えてく [続きを読む]
  • 『列子』 メラビアンの法則
  • (今回はとても有名な話です。多分、高校で習った筈です)心理学者のメラビアンによると、人の感情は、「態度や表情」「話し方」「話の内容」の三つで他者に伝わるという。そして、伝わる感情の全体を100%とした時、「態度や表情」が55%、「話し方」が38%、「話の内容」は7%に過ぎないらしい。要は、人の気持ちというものは、話の内容以上に、話し方や態度・表情に表れるということであろう。列子によれば、それはカモメに [続きを読む]
  • 『孟子』 過ちて改めざる、是を過ちと謂う
  • アルフレッド・スローン(元GM会長)によれば、「51パーセントの確率で正しいことをしていれば、そのうちヒーローになれる」という。人は間違うのである。問題は、スローンの言うように間違う確率と、間違った後の対処である。昨今の社会を騒がす事件を見ると、企業のトップたちがよく頭を下げている。見るからに、本心からとは思えない。弁解はするが、間違いを認めようとはしていない。いくら謝っても、間違いを認めなければ改 [続きを読む]
  • 『論語』 人のふり見て我がふりなおせ
  • 部下や同僚や上司の批判を口にする人がいる。「あいつには困ってしまう」などと愚痴る人がいる。もちろん、聴いていて当っているなと、思うこともある。また、そうは思えない場合もある。思えない場合の方が、多いように感じる。批判している側とされている側、そんなに変わりはないのではないか。時には、批判される対象者の方が優れているのではないか、と感じることもある。五代目古今亭志ん生は、「他人の芸を見て、あいつ [続きを読む]
  • 『戦国策』 善と正義とは全く違ったものである
  • 跖(せき)の狗(いぬ)、堯(ぎょう)に吠ゆるは、跖を貴んで堯を賤(いや)しむるに非(あら)ざるなり。跖とは、盗跖(とうせき)と言い、古代中国の大悪党である。堯とは、聖人であり、古代中国における名君の代表である。大悪党である盗跖の飼い犬が聖人である堯に吠えるのは、盗跖が善で堯が悪だからではない。堯が、自分の飼い主である跖の敵だから吠えるのである。これが、跖の飼い犬にとっての正義である。人に危害 [続きを読む]
  • 『荀子』 仁者は必ず人を敬する
  • 人を、善い人、悪い人に二つに分けたとする。善い人に対して敬意を示さないということは、こちらが人でなしの獣ということになる。悪い人に対して敬意を示さないということは、獰猛な虎を馬鹿にするようなものである。つまり、どのような人に対しても敬意を示すことが大事で、そうでなければ、身に災厄が及ぶ。まことにもっともである。そもそも、人の善悪や賢不肖などといったことは、簡単には分からないものである。それなのに [続きを読む]
  • 『論語』 酒は飲んでも飲まれちゃならぬ 
  • 儒学、論語、道徳などという言葉を聞くと、堅苦しいイメージしかない。聖人君子といえば、遊びもなければユーモアもなさそうである。しかし、実際はそうでもない。儒学は、キリスト教のような意味での清廉潔白さを求めてはいない。金持ちが天国に入るのは、駱駝が針の穴を通るよりも難しい、などとは言わない。情欲を以て異性を見ただけで、姦淫の罪になる、などとは言わない。『論語と算盤』でも有名な、日本資本主義の父であ [続きを読む]
  • 『蒙求』 不労所得へのアンチテーゼ
  • 西郷隆盛は、征韓の論争に敗れて鹿児島へ帰る際、家屋敷を買った時と同じ値段で売ったという。不動産屋が、「今では随分値上がりしています」といっても、商人ではないから儲けるつもりはないと断ったらしい。時苗(じびょう)という人も、似たような人である。時代は、後漢最後の皇帝である献帝の時代、つまりは三国志の時代の話である。時苗は若い時から清白で、悪を憎んでいたという。この人が、寿春という地の令、つまりは県 [続きを読む]
  • 『蒙求』 金持ちも良し、貧乏も良し
  • 東洋の、貧しさをかっこいいとする思想は素敵である。徒然草の第十八段に、次のような文がある。唐土に許由といひける人は、更に、身に随へる貯へも無くて、水をも手してささげて飲みけるを見て、なりひさごといふ物を、人の得させたりければ、或時、木の枝に懸けたりければ、風に吹かれて鳴りけるを、喧(かし)ましとて捨てつ。又、手に掬(むす)びてぞ水も飲みける。いかばかり心のうち涼しかりけむ。訳すと、中国の許由(き [続きを読む]