逍遥亭主人 さん プロフィール

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逍遥亭主人さん: 天下の小論
ハンドル名逍遥亭主人 さん
ブログタイトル天下の小論
ブログURLhttp://take-ivy.hateblo.jp/
サイト紹介文其の詩を頌し、其の書を読み、其の世を論ず 東洋古典の箚記集です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供96回 / 93日(平均7.2回/週) - 参加 2017/02/13 18:38

逍遥亭主人 さんのブログ記事

  • 『荘子』 目的と手段を取り違えてはならない
  • 殷(商)を倒して天下を統一した武王の曽祖父である古公(大王)亶父(たんぽ)の有名な話である。『史記』などにもあるが、今回は、『荘子』から紹介したい。大王亶父が邠(ひん)という地にいた時、異民族である狄人が攻めてきた。戦いを避けようとして、大王亶父は皮帛や犬馬や珠玉を差し出したが、狄人は受け取らなかった。彼らは、領土を求めていたのである。そこで、大王亶父は、民に向かって言った。「領土を守るため [続きを読む]
  • 『荀子』 ?が無く能力が高い人間が一番の害悪となる
  • 学問をするということは、本来は、徳育が中心であった。それが、明治以降、知育に、その座を奪われた。第二次大戦後は、徳育は棄て去られ、知育と体育だけになった。体育大学はあるが、徳育大学はないのが、今の日本である。徳もあり能力もある、これが最善であろうが、そういった人材は得難い。それでは、徳と能力、どちらか一つを選ぶとしたならば、どちらを選ぶべきなのか。荀子の答えは明快である。徳さえあれば、能力 [続きを読む]
  • 『韓非子』 馬鹿をバカにする奴は馬鹿である
  • 人に対して礼儀を尽くさないとする。もし、その人が立派な人であるとするならば、それは大いに失礼なことである。もし、その人がならず者のような人間であるとするならば、恨みに思って仕返しをされるかもしれない。相手がどういう人であれ、礼を尽くしておいて害はない。にもかかわらず、そうしないということは、物の道理が分かっていない愚者としか、いいようがない。多くの場合、私たちは自分からみて劣っている相手に対 [続きを読む]
  • 『戦国策』 全員一致は恐ろしい
  • 『日本人とユダヤ人』(イザヤ・ベンダサン)によると、ユダヤでは全員が一致して賛成したことは、無効になるという。出来うるだけ、皆が同じであろうとすることを求める日本人とは、随分と違うものである。中国戦国時代の遊説家として有名な張儀と、荘子との交流で有名な恵施の逸話に、このようなものがある。当時、難所である函谷関の西には、大国である秦があった。そして、函谷関の東、関の東であるから関東には、趙、魏 [続きを読む]
  • 『韓非子』 第一線の重要性
  • 良い商品を作り、適切な価格設定をし、サービスも充実させ、広告宣伝をしても、ビジネスがうまくいかないという話である。ある酒屋がいた。良い酒を造り、正直に客に接し、幟も高く立てているのに、全く酒が売れないのである。折角の美酒は、いつも酢になってしまっていた。そこで、先輩に相談すると、お前のところの犬は猛犬だろうと言う。何故、猛犬が問題になるのですかと訊くと、「お客さんが怖がって寄り付かないから [続きを読む]
  • 『晏子春秋』 出来ないことを悩むより出来ることを考えよう
  • 西洋でも東洋でも、火星は不吉な星ということになっている。ある時、その火星が空に現れた。不安を感じた景公は、晏子に「何とかできないか」と尋ねた。晏子の答えが、実に素晴らしい。「来させることが出来るものは、去らせることができる。来させることが出来ないものは、去らせることが出来ない」火星を動かすことは出来ないが、政治を良くすることは出来る。火星のことを心配するよりも、政治を良くすることを考えたらど [続きを読む]
  • 『大学』 偽薬効果
  • 胃が痛いという人に、ただの水を胃に効く薬だといって与える。そうすると、胃の痛みが治まる、これが偽薬効果といわれるものである。 気のせいではなく、本当に効くらしい。ところが、薬を渡す人が、本当に薬だと信じて渡す場合と、ただの水だと知っていながら、つまりは嘘をついているという自覚をもって渡す場合では、その効果に大きな差が出るという。嘘をついている自覚を持ちながら渡した場合は、偽薬はその効果を発揮しな [続きを読む]
  • 『淮南子』 馬鹿と議論するな。はた目には、どちらが馬鹿かわからない。
  • 僕が何らかの主張をする。そこには反対する人間がいる。お互いに自分が正しいと信じていればいるほど、歩み寄りは難しい。そこに、第三者が現れて、「それはあなたさんが違うでしょう」とか言われて、反対者の意見が採用されてしまう。何故そうなるかといえば、第三者が優れているからではなく、争いの当事者ではないからである。自分から先を切って発言をせずに、最後の最後になって言い出すのは卑怯者でないかと、よく思ったもの [続きを読む]
  • 『管子』 臣なきを患えず、財なきを患えず
  • 社員研修などで講師を務めれば、僕は先生という立場になる。では、受講者と比べて、どれだけ優れているかといえば、これは疑問である。 しかし、受講者は、その立場として、先生の指示に従わなければならないし、それが当然と考えている。同じようなことを言っても、先生が言った方が偉そうに聞こえる。先生と受講生が議論になっても、最終的には先生が勝つことになる。そういった立場を続けていると、自分が偉いように思えてく [続きを読む]
  • 『列子』 メラビアンの法則
  • (今回はとても有名な話です。多分、高校で習った筈です)心理学者のメラビアンによると、人の感情は、「態度や表情」「話し方」「話の内容」の三つで他者に伝わるという。そして、伝わる感情の全体を100%とした時、「態度や表情」が55%、「話し方」が38%、「話の内容」は7%に過ぎないらしい。要は、人の気持ちというものは、話の内容以上に、話し方や態度・表情に表れるということであろう。列子によれば、それはカモメに [続きを読む]
  • 『孟子』 過ちて改めざる、是を過ちと謂う
  • アルフレッド・スローン(元GM会長)によれば、「51パーセントの確率で正しいことをしていれば、そのうちヒーローになれる」という。人は間違うのである。問題は、スローンの言うように間違う確率と、間違った後の対処である。昨今の社会を騒がす事件を見ると、企業のトップたちがよく頭を下げている。見るからに、本心からとは思えない。弁解はするが、間違いを認めようとはしていない。いくら謝っても、間違いを認めなければ改 [続きを読む]
  • 『論語』 人のふり見て我がふりなおせ
  • 部下や同僚や上司の批判を口にする人がいる。「あいつには困ってしまう」などと愚痴る人がいる。もちろん、聴いていて当っているなと、思うこともある。また、そうは思えない場合もある。思えない場合の方が、多いように感じる。批判している側とされている側、そんなに変わりはないのではないか。時には、批判される対象者の方が優れているのではないか、と感じることもある。五代目古今亭志ん生は、「他人の芸を見て、あいつ [続きを読む]
  • 『戦国策』 善と正義とは全く違ったものである
  • 跖(せき)の狗(いぬ)、堯(ぎょう)に吠ゆるは、跖を貴んで堯を賤(いや)しむるに非(あら)ざるなり。跖とは、盗跖(とうせき)と言い、古代中国の大悪党である。堯とは、聖人であり、古代中国における名君の代表である。大悪党である盗跖の飼い犬が聖人である堯に吠えるのは、盗跖が善で堯が悪だからではない。堯が、自分の飼い主である跖の敵だから吠えるのである。これが、跖の飼い犬にとっての正義である。人に危害 [続きを読む]
  • 『荀子』 仁者は必ず人を敬する
  • 人を、善い人、悪い人に二つに分けたとする。善い人に対して敬意を示さないということは、こちらが人でなしの獣ということになる。悪い人に対して敬意を示さないということは、獰猛な虎を馬鹿にするようなものである。つまり、どのような人に対しても敬意を示すことが大事で、そうでなければ、身に災厄が及ぶ。まことにもっともである。そもそも、人の善悪や賢不肖などといったことは、簡単には分からないものである。それなのに [続きを読む]
  • 『論語』 酒は飲んでも飲まれちゃならぬ 
  • 儒学、論語、道徳などという言葉を聞くと、堅苦しいイメージしかない。聖人君子といえば、遊びもなければユーモアもなさそうである。しかし、実際はそうでもない。儒学は、キリスト教のような意味での清廉潔白さを求めてはいない。金持ちが天国に入るのは、駱駝が針の穴を通るよりも難しい、などとは言わない。情欲を以て異性を見ただけで、姦淫の罪になる、などとは言わない。『論語と算盤』でも有名な、日本資本主義の父であ [続きを読む]
  • 『蒙求』 不労所得へのアンチテーゼ
  • 西郷隆盛は、征韓の論争に敗れて鹿児島へ帰る際、家屋敷を買った時と同じ値段で売ったという。不動産屋が、「今では随分値上がりしています」といっても、商人ではないから儲けるつもりはないと断ったらしい。時苗(じびょう)という人も、似たような人である。時代は、後漢最後の皇帝である献帝の時代、つまりは三国志の時代の話である。時苗は若い時から清白で、悪を憎んでいたという。この人が、寿春という地の令、つまりは県 [続きを読む]
  • 『蒙求』 金持ちも良し、貧乏も良し
  • 東洋の、貧しさをかっこいいとする思想は素敵である。徒然草の第十八段に、次のような文がある。唐土に許由といひける人は、更に、身に随へる貯へも無くて、水をも手してささげて飲みけるを見て、なりひさごといふ物を、人の得させたりければ、或時、木の枝に懸けたりければ、風に吹かれて鳴りけるを、喧(かし)ましとて捨てつ。又、手に掬(むす)びてぞ水も飲みける。いかばかり心のうち涼しかりけむ。訳すと、中国の許由(き [続きを読む]
  • 『孟子』 人に頭を下げるのではなく金に頭を下げる
  • 明治の初め、武士の商法という言葉があったように、武士はその誇りからか他人に頭を下げることが出来なかった。もちろん、これでは商売が出来ない。三菱財閥の創始者である岩崎弥太郎は、こういった元武士たちに、「人に頭を下げるのではなく、金に頭を下げるのだ」と教えたという。『孟子』にも、「他人に対して、かしこまって諂(へつら)い笑うことは、夏に農作業をするよりも大変だ。 同じ意見でもないのに、お説ごもっとも [続きを読む]
  • 『論語』 良心こそが最高の判断基準です
  • 「君子愛財、取之有道」(君子、財を愛す、之を取るに道あり)という言葉がある。ネットで調べてみると、『論語』の言葉であるとか、孔子の教えであるとか書いている人が多い。しかし、私の知る限り、『論語の』の中にはそのような言葉はない。孔子が、富を軽蔑せず否定もしていなかったことは、確かである。「もしも、こうやったら絶対に儲かって金持ちになれるという方法があれば、そのためにどんなに人に軽蔑されたって構わな [続きを読む]
  • 『孟子』 親は子供を教育してはならない
  • 親が自分の子供を教育することは、自然の摂理に反していると孟子は言う。人としての正しい道を子供に教え、子供がそれを守らなければ、どうしても怒ってしまう。怒りは、親子の情愛を薄れさせ、その関係を悪くしてしまう。また、親だからといって、常に正しい行いをするとは限らない。そうすると、子供からすれば、親の言動は不一致ではないかと、批判の心が生じる。 批判の心が生じれば、これも親子の関係にヒビが入る。親子の間 [続きを読む]
  • 『淮南子』 愛せず利せざれば、親しき子も父に叛く
  • (淮南子=これは、「えなんじ」と読みます)今や、年功序列といった人事制度をとっている会社はないであろう。しかし、年功序列をやめて、本当に会社は良くなったのだろうか。もしくは、年功序列をやめずにいたら、会社は悪くなったのであろうか。よく分からないし、はっきりしない。ということは、年功序列であっても無くても、それほど大きな違いは無かったのかもしれない。大きな違いが無ければ、年功序列の方が、多くの人 [続きを読む]
  • 『孟子』 心と身体はどちらも重要な筈です
  • 孟子は言う。くすり指が曲がって伸びないとする。決して痛い訳ではなく、不便な訳でもないとする。しかし、これをきちんと治療して貰えるとしたならば、どんなに遠くにでも行くだろう。それは、指が人並みでないことを恥じ憎むからである。ところが、指よりもずっと大事な筈の心が人並みでない場合、それを恥じ憎むということを、多くの人はしない、と。考えてみれば、孟子の言うように、整形やエステで身体的な美を追求する人は [続きを読む]
  • 『世説新語』 なぜ、部下から意見が出ないのだろうか?
  • 東晋の時代、劉簡という人がいた。剛直な人柄であった。ある時、意見を求められたが、何も答えなかった。上司である桓宣武(桓温)が、「何故、意見を言わないのか」と、問うた。それに対して、劉簡は、一言、答えた。「言っても、採用されないことが分かりきっているからです」社長「わが社はイエスマンばかりで困ったもんだ」社員「お言葉ですが、社長・・・・」社長「うるさい!口出しするな!」社長「もっと画期的なアイデ [続きを読む]
  • 『管子』 「今度、飯でも食おう」って言う人は本気なんだろうか?
  • 始めて会ったばかりなのに、親しそうにしてくる人間とは付き合わない方がいい。長い間会っていなくても、こちらを忘れない人間とは付き合った方がいい、という。それほど親密でもない人から、「今度、飯でも食おう」とか「今度、誰それを紹介してあげよう」とか言われることがある。こういったことを言う人は、大概、世間的に偉いとされている場合が多い。 しかし、実際に、そういったことがあった例はほとんどない。だから、こ [続きを読む]
  • 『春秋左氏伝』 賄賂の上手い処理方法
  • 賄賂を断ったことで有名なのは、何といっても後漢の楊震であろう。楊震という名前は聞いたことがなくても、「天知る、地知る、我知る、汝知る」という四知という言葉を、知っている人は多いだろう。賄賂を持ってきた男が楊震に、「これを受け取られても、誰にも知られることはありません」と言ったのに対して楊震は、「誰も知らないなどということがあるだろうか!天が知り、地が知り、我が知り、汝が知っているではないか!」と喝 [続きを読む]