七尾のキツネさん さん プロフィール

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七尾のキツネさんさん: 毒親を持った子供の愚痴
ハンドル名七尾のキツネさん さん
ブログタイトル毒親を持った子供の愚痴
ブログURLhttp://7kitunesan.blog.fc2.com/
サイト紹介文自分の親が毒親だった事に勘付き始めてしまったので、ガス抜きにちびちび愚痴ろうと思い始めたブログ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供102回 / 183日(平均3.9回/週) - 参加 2017/02/15 00:59

七尾のキツネさん さんのブログ記事

  • 息苦しさ。
  • 親といると息苦しい。無関心な父親。自分の知らない事、自分の思う事、自分の都合、それらに反する事をいっさい認めようとしない母親。私に何も与えず、私の何も認めず、私を否定し侮蔑する。それでいてふたりとも揃って「放って於いても、お前は大丈夫」と私の現状に高を括っている。私の自己を否定しておいて、私の自己を肯定する事で親の責任からは逃れようとする。その矛盾がどれ程私を苦しめていることか。私の両親は知る由も [続きを読む]
  • 「あ、どうも」
  • 「あ、どうも」父親が私に声をかける際に使う言葉。殆ど私と会話を交わそうとしない父親が私と交わす言葉の実に9割程がこの「あ、どうも」である。そして大抵この「あ、どうも」で父親との会話は終わる。私はこの父親の「あ、どうも」が嫌いである。私と父親の関係性を如実に表しているのがこの「あ、どうも」だからだ。実に子供に対しこんな他人じみた言葉を馬鹿の一つ覚えのように毎回繰り返し、それで私との会話を済ます父親。 [続きを読む]
  • 母親との会話はストレスである。
  • 私にとって、母親との会話はストレスである。なぜなら私と母親との会話は常に「母親が私を否定する」ことで成り立っているからだ。母親が私に声をかける時は、決まって「〇〇した方が良いよ」「〇〇しなきゃダメよ」「〇〇やめなさい」「〇〇やりなさい」と、私の不備を指摘することから始まる。それが母親の素の会話のスタイルである。そして、素なので厄介な事に、母親に自覚はない。しかもこれの腹の立つところは、半分くらいは [続きを読む]
  • おっさん。
  • 父親との思い出が殆ど無い。父親と会話をかわす事も殆どなかった。父親はいつも子供のことに関して無関心で我関せずを貫いていた。何かを頼んでもいつも「仕事が忙しい」を理由に突っぱねる。しかもそれを自分の口では言わずに、いつも母親経由で伝えてくる。拒絶の言葉すら直接言ってこないほど、私に対し希薄な関係を貫いていた。大人になった私はある時、その事に対する不満を父親にぶつけた。父親から返ってきた言葉は概ねこう [続きを読む]
  • ようやく気づいた事。
  • 私の親は、「自分がやりたくない事、気乗りしない事」を可能な限り避けて通ろうとする人間だ。何かと理由、言い訳を探してはやらずに済まそうとする。そんな私の親は「私との時間」を作ることを可能な限り避けようとしていた。何かと理由、言い訳を持ち出してはやらない方向に持っていっていた。つまり私の親にとって「私との時間」というものは「自分がやりたくない事、気乗りしない事」なのである。最近ようやく、私はこの事実に [続きを読む]
  • 今更。
  • 大人になって、自分の親が毒親であると気付いた私にとって、親との話合いは不毛である。なぜなら、どんなに謝られようと、どんな言い訳をされても、今更遅いに尽きるからだ。もう子供には戻れない。子供の頃、あの貴重で僅かな時間に得られなかったものは、大人になった今となっては得られないのだ。にもかかわらず、この期に及んで言い訳のオンパレードを聞かされるのだ。それが不毛と言わずなんと言うのか。そもそも、その言い訳 [続きを読む]
  • 薄っぺらい綺麗事。
  • 大事なことを話してくれない、相談してくれない親。親曰く「心配かけたくなかった(いつもの言い訳)」らしい。いや、別に親の中だけで自己完結することならそれでも構わんけど、結果的に私にも関係してくることなら言えよ。しかも、後々になって「じつはこういう事があって仕方なかった」とか、取り返しがつかなくなってから言い訳としてそれを使うなよ。だったらその時に言えよ。「心配かけたくない」っていうなら最後まで隠せよ [続きを読む]
  • 子供にはどうすることも出来ない。
  • 毒親被害というのは回避するのが難しい。なぜなら毒親と言うのは素で毒親だからだ。意図的に毒親をしているならばその意図をなくせば済むのだが、素でやってるものは改善が難しい。なぜなら毒親自身が自分の行動のまずさを認識できていないからだ。幾ら指摘しても改善されないのだ。認識できていないから。本人が認識できていない事を解ってもらうことほど難しい事はない。まして毒親というのは自分が子供よりも絶対的に上であると [続きを読む]
  • 放置主義。
  • 私は親からほったらかしにされる事が多かった。何も与えられず、何もしてもらえず。人によってはこれを放任主義と思うかもしれない。しかしながら私の親は決して放任主義ではない。なぜなら放ったらかすと同時に、抑圧を加えていたからだ。あれはするな。これもするな。あれはダメ。これもダメ。恐らく抑圧に関しては人一倍する親だったと思う。これが何を意味しているのか。つまるところ、私が受けたほったらかしというのは、例え [続きを読む]
  • 拒絶反応。
  • 私の親は常に私に自分の意見を押し付けてきた。私の意見は常に否定され、親に従うよう教え込まれた。それはまさに親の命令に絶対遵守を強いられていたと言っても過言ではない。おかげで私は親の要求全般に対し拒絶反応を示すようになった。親からの要求は私にとって苦痛であると身体に刻み込まれてしまったのだから仕方がない。実際、理不尽に強いられ、自分の意見を黙殺することを強要されるのは苦痛以外の何物でもない。私の中で [続きを読む]
  • 親が子供に時間を割く事の重要性。
  • 私の親は面倒くさがりである。常に《やらずに済む》理由を探している。「金が無い」「忙しい」「どうせ〇〇だから」「他所とうちは違う」兎に角あらゆる理由を付けては《やらずに済まそう》とする。そんな親の《やらずに済ましたい》ものの一つが私(子供)との時間であった。誕生日……「うちは貧乏だから」「お前はもう大人だから必要ない(小4の時に)」「そんな事をする余裕はない」etc.クリスマス……「うちは貧乏だから」「 [続きを読む]
  • 親の不幸自慢。
  • 私の親は事ある毎に自身の不幸話を自慢げに話す。「こんな辛い思いをした事がある」「あんな苦労をした」「とても大変な思いをしている」「この先、不安が尽きない」現在・過去・未来 と常に自分は苦労している旨をアピールしてくるのだ。事ある毎に。こうした子供の前で自身の不幸自慢を頻繁にする親は、それがどれだけ子供にとってストレスになるのかを考えて欲しいと思う。子供の立場からすれば、これは常に「親は辛いんだから [続きを読む]
  • 自由があるから不自由を受け入れられる。
  • 私は親によって不自由を強いられてきた。我慢を強要されてきた。だからいつも心の中で思っていた。いつかこの苦労は報われて自由を手にすることができるのだと。成長した先には自由が待っているのだと。それは祈りにも似た感情であった。私は救いが欲しかったのだ。辛い現実に耐える理由が欲しかったのだ。そんな私はいつしか不自由と言うものを受け入れられない(拒絶する)思想を持つに至ってしまった。世の中には見飽きるほどに [続きを読む]
  • 子供をやる気にさせたければ……
  • 私の親が私に何かをやらせようとした時、よく使うのが「不安を煽る」という手法である。「これをやっておかないと後々苦労する」「あれをやらないと後悔する」「今やっておかないと大変なことになる」やられた私からすれば、これははっきり言って悪手以外の何物でもない。なぜならこれは子供が物事を行う際に、常に何かにおわれれいると感じながら常に不安に怯えながら常に失敗を恐れながら事にあたるようになってしまうからだ。「 [続きを読む]
  • 嫌味の積み重ね。
  • 「大変だ」「忙しい」「お金がかかる」「ほんと面倒」私の親は私のいるところで態とらしくこの手の小言を厭味ったらしく口にする。「お前のせいで苦労している」「お前は親に迷惑をかけている」と言わんばかりに。何かをする度に、何かがある度に、時には何もなくても、年がら年中言われ続けた。その結果、私は親に頼み事をするのは悪いことであると考えるようになった。いや、刷り込まれてしまった。そんな私は極力ものをねだらな [続きを読む]
  • 呪いと絶望。
  • 幼い頃から、常に親への気遣いを強要されていた私。それがどんなに擦っても剥がれ落ちぬ程に染み付いてしまった私。そんな私は親といると心休まる事がない。骨髄反射で常に親の顔色を窺ってしまうから。自分の思いは胸のうちにしまい込んで、親の都合を考えてしまうから。やめようと思っても、やめなきゃと解っていても、やめられない。子供の頃からの刷り込みとはそういうものだ。そして、そんな愚かな自分に心が痛む。それでも気 [続きを読む]
  • 毒親は思考がお花畑理論の時点で詰んでいる。だから厄介なのである。
  • 私の親は常に何事も「自分(親)は正しい」という前提で物事を考える。例え間違いを指摘しても、「〇〇という事情があったから仕方がない。親が悪いのではなく〇〇という事情があった事が悪いのだ」という理屈で自分達を正当化する。理由や事情が有ったからと言って、犯した過ちが許されるとは限らない。そんな当たり前の事も私の親は理解できていないのだ。いや、それすら「自分(親)は正しい」理論にはめ込み、そこに自分達は当 [続きを読む]
  • 結局は親本位。
  • 「お前は私を困らせたいのか」少し前、母親と口論になった際に言われたことである。この言葉を聞いて、私は私の母親が私の事をどう思っているのか、どう思って来たのか、を改めて確信するに至った。結局、母親は自分(親)がかわいいのだ。だから母親『が』困ることを子供にして欲しくないのだ。母親が困るから子供を叱りつけて、母親が困るから子供に改善を望む。子供の都合や気持ちはそこにない。ただ母親の迷惑にならないように [続きを読む]
  • 善意を口にして子供に心的負荷をかける親。
  • 「お前は心配しなくていい」「お前に心配をかけたくない」事ある毎にこの手の言葉を連呼する親。これらは親の「お前(子供)の為に苦労している」アピールでしかない。「お前(子供)は知らず知らずのうちに親に気苦労をかけているんだぞ」と暗に示しているに過ぎない。そして子供はそれにしっかり気付いてしまうもの。親が安易にこの手の言葉をあびせる度、子供は親に「心配をかけている」「迷惑をかけている」「苦労をかけている [続きを読む]
  • 私の親にとって「良い子」とは……
  • 「私(親)は苦労しているんだからお前(私)はもっと我慢しろ」私の親が私を屈服させるために使う常套理論である。無知な子供時代は素直に従っていた私。それが「良い子」というやつだと思っていた。だが今となっては、言われたところで「……あ、はい……で?」としか思わない。なぜならそれが親の傲慢でしかない事に気付いたからだ。親の「私(親)は苦労しているんだからお前(私)はもっと我慢しろ」がまかり通るなら、私の「 [続きを読む]
  • 莫迦は莫迦に気付けない。
  • 莫迦な親に育てられた子供は、莫迦な価値観を植え付けられるので、莫迦になる。莫迦な子供は親が莫迦であることに気付けない。なぜなら莫迦だから。そして自分が莫迦に気付けない。少なくとも社会という荒波に出て莫迦じゃない人間のコミュニティに身を投じるまでは。↓↓↓ランキングにご協力を↓↓↓にほんブログ村 安心・安全野菜内側からスッキリ爽快!気になるニオイに【レディーズローズ】 [続きを読む]
  • 親の言葉の重み。
  • ―――前回の続き。何事も「ダメ」から入る親にそだてられた子供は褒められるという経験が希薄になりがちである。頑張っても辿り着けるのが「普通」である。取り立てて普通を褒める必要性は基本的にないのだから当然だ。逆にダメ出しされる経験は豊富である。何せ「ダメ」な事を前提にして物事を考える親である。ダメ出しはその前提を作り出す手っ取り早い方法だからだ。そして、褒められるのが希薄で、ダメ出しは豊富。そんな子供 [続きを読む]
  • 僅かな違い、されどそれは重大な違い。
  • 「お前はダメだから頑張れ」と「お前は出来るのだから頑張れ」果たしてどちらが頑張れるか?私は専ら前者の言葉をかけられ続けた。結果、積極性の欠ける人間に育った。当然である。前者はどんなに頑張っても辿り着けるのは「普通」や「並」である。夢や希望を懐けるわけがない。ちょっとした言い方の違いで子供の将来性は失われる。親はそれを知るべきだし、忘れてはならないと思う。↓↓↓よろしければ押してください↓↓↓にほん [続きを読む]
  • 愛情は割増で返ってはこないもの。
  • 子供は親から貰った分の愛情しか返せない。大した愛情を注がずに親への愛情を子供に求めるのは、親の傲慢である。そして親が子供に親の愛情を注げるのは、子供が子供の時だけだ。子供が子供でいられるのは僅かである。その僅かな時間の間に子供への愛情を注ごうとしない、出来ない親が毒親である。↓↓↓ランキングにご協力を↓↓↓にほんブログ村 NURO 光にお申し込みでPS4プレゼント!レディーズローズで [続きを読む]
  • 子供の欠点は子供の責任に非ず。
  • 私は口下手である。会話が苦手である。他者から暗いと言われたことがある。所謂コミュ障である。子供の頃、これら、否、これら以外にもあらゆる自分の欠点は、すべて私自身に問題があり、すべての原因が私にあり、私がすべて悪いと思っていた。親からは「お前『は』おとなしいから」などと原因は私のあるのだと聞かされてきた。だからこれらの弊害にぶち当たる度に、私はその改善方法を自分の内に求めてはその答えが見つからずに苦 [続きを読む]