七尾のキツネさん さん プロフィール

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七尾のキツネさんさん: 毒親を持った子供の愚痴
ハンドル名七尾のキツネさん さん
ブログタイトル毒親を持った子供の愚痴
ブログURLhttp://7kitunesan.blog.fc2.com/
サイト紹介文自分の親が毒親だった事に勘付き始めてしまったので、ガス抜きにちびちび愚痴ろうと思い始めたブログ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供48回 / 72日(平均4.7回/週) - 参加 2017/02/15 00:59

七尾のキツネさん さんのブログ記事

  • 続・親にとって私とは……
  • 昔から事ある毎に、「お前は長男だから」「家を継ぐのはお前だから」と言われ、家族内の年中行事で面倒事を押し付けられた。反面、以前も綴った事だが姉は何れ嫁いでいなくなるからと、何かと可愛がられるのに対して、家を継ぐ私は後でいつでも可愛がれるからという理由で、何もしてもらえなかった。(尚、今も可愛がられているのは相変わらず姉の方である)子供の頃、私はそれを所謂長男の宿命と思い受け入れていた。そればかりか [続きを読む]
  • 親にとって私とは……
  • 私の親は、自分が気の進まない事は何か理由(言い訳)をつけてやらないようにする。そしてそこには子供の私と時間も含まれていた。だから家族旅行も行かないし、誕生日も片手間で済ましていた。そのくせ、私には「文句言わずにさっさとやれ」と平気で言い、母の日だから、父の日だから、と自身に対しては祝福を強要した。親にとって私とは何なのか?私と過ごす時間は不要なのか?そんなに面倒くさがり手を抜きたがるなら、なんで私 [続きを読む]
  • 子供が親から期待されない、とは。
  • 私は親から期待されずに育った。親から期待されないという事は、私の事(才能、将来性)が信用されていないという事に他ならない。そして信用されていない子供と言うものは親から正当な評価が得られない。物事の評価は信用の上で成り立っている部分が多い。それ(前提)がはじめから無いのだから当然である。正当な評価が得られない子供は無気力になる。人は基本的に、正当な評価の得られない事を続けることが出来ない生き物だから [続きを読む]
  • 私の父親は子供の私と極力言葉を交わそうとしなかった。大人になった私は父親と会話を避けるようになった。身近にいながら子供の時でさえ話すことのなかった人間と大人になって話そうと思えるわけがない。私の母親は感情的に自分(母親)の要求を子供の私に押し付けていた。大人になった私は感情的に私の要求を母親にぶつけるようになった。感情的に振る舞う人間とは話し合いが成り立たないことを知っている(身をもって教えられた [続きを読む]
  • 子供が親の異常を認めることは難しい。
  • このブログの紹介文にもあるように、私は最近、自分の親が毒親であることに気付いたとなっていますが、実のところ、子供の頃に全くそれに気付いていなかったかといったら、そうでもなかったりします。今にして思えば、薄々勘付いていたよな、って思う節が多々あります。ただそれは飽く迄も、今になって振り返ってみての話です。当時の私はやはり気付いていなかったと言えます。では何故、勘付きながらも気付けなかったのか?それは [続きを読む]
  • 私は親の手伝いが嫌いだ。
  • 私は昔から親の手伝いをするのが嫌いである。なぜなら私の親は褒めるということを殆どしない。(手伝いの内容によるが)事前にしっかりとやり方等をレクチャーしない。文句、ダメ出しはしっかりする。いや、寧ろ必ずする。要するに私の親はやらせるだけやらせて文句を垂れるスタイルで子供に手伝いをさせるのだ。つまり、手伝っては貶され、手伝わなかったら怒られる。私にとって手伝いとは、やろうがやるまいが貶されるもの。所謂 [続きを読む]
  • 子供の教育とは未来のその子への投資である。
  • 子供の価値観で正しいと思っていたことが、大人になってみると誤りであったと気付くことがある。もしもそれに子供の頃気付いていれば、そう考え、後悔に浸ることがある。毒親に育てられた私はその思いが特に強い。親に怒られたことが些細な事でしかなく、親に怒られなかった事が重大だった。親の都合で怒られ、子供の行く末は蔑ろにされていた。そんな私が思うに、教育とは子供の未来を見据えて施されるべきものだと思う。よく躾の [続きを読む]
  • 苦労が報われないことを教え込まれた子供時代。
  • 「習い事」や「学校のテスト」などで好成績を収め、ご褒美に何か買ってもらう。そんな経験をした事がある人は多々いると思います。私も何度かそういった形で親におねだりをした記憶があります。というのも、以前 書いた事ですが私の親は誕生日だのクリスマスだのを適当に済ませ、更にはプレゼントの類などは何かと理由を付けて私に与えてくれないような人なので、こうしたGive and Take方式でねだらないと何も得られなかったんです [続きを読む]
  • 期待されず育った私。
  • 私は親から実質、何の期待もかけられずに育った。過度な期待で重圧をかけられるのも大変だと思うが、なにも期待されないのも辛いものである。想像してみて欲しい始める前から、「どうせダメだろうけど頑張りな」「私達の子供だから期待できないね」と言われ続ける事を。幼い頃からこんなこと言われ続けたら、自分に自信なんてもてる訳がない。実際、私は自分に自信がない。何事も、まず初めに「私には無理だろ」と考えてしまうし、 [続きを読む]
  • 因果応報。
  • 最近、思うことがある。良くも悪くも親が子供にしてきたことは、最終的に子供から親にやり返されるものなのではないかと。私はよく親の意向に沿わないことで、親からヒステリックな態度で頭ごなしに否定されていた。力関係で勝る親に対し、私は常に恐怖と共になくなくそれに従ってきた。私が大人になって親との力関係が逆転した今、私は親に対し、気に入らないとよくキレ気味で拒絶するようになった。自分がやられて嫌だった事を、 [続きを読む]
  • 愛情を装う親のエゴ。
  • 私は生まれた時から今に至るまで、親による「自分(親)本位」により育てられてきた。(いや、事ある毎に「跡取り」だ「長男」だと言われていた事を考えると、そもそも生まれる前からそうだったのかもしれない)ともあれ、何かにつけて親の都合最優先。心配は親が安心したいだけ。お節介は親が「自分達が親としてちゃんとしてる」と思いたいがため。子供の為と口では言っていても、実際は親自身のためにしているパフォーマンスに過 [続きを読む]
  • 今を生きることの重要性。
  • 遥か未来のことばかり気にして今を生きることをしない。それが私の親である。私の親は昔から、やれ年金だの、やれ保険だの貯金だのと、将来のことばかり口にしていた。そうして今を極力切り詰めて何もせずに過ごしていた。これまで綴ってきたように、私はそのおかげで子供時代に何もしてもらえず、何もさせてもらえず、何も得られないまま大人になってしまった。そんな子供の成長を犠牲にしてまで得た未来で今、私の親は相も変わら [続きを読む]
  • 自由の扱い。
  • 自由とは責任を持つことである。自由に振る舞うということは、その結果、生じる事象を受け入れる覚悟を持つことに他ならないから。では、親が子供に自由を与えないという事はどういう意味を持つのだろうか?私は思う。それは親が子供の行いに対する責任を持ちたくないからなのではなかろうか、と。親は子供に責任がある。子供の責任を被らない為の手っ取り早い方法が、子供が責任を負うような事柄から遠ざける事であるからだ。子供 [続きを読む]
  • 私は私が嫌いである。
  • 私は私が嫌いである。なぜなら私という人間は、私の嫌いな親に似ているからだ。無論、内面的な事である。私はこれまで親に対する愚痴をこぼしてきた訳だが、一番腹立たしいのがそれが自分にも当てはまってしまうことだ。だが仕方がない。何せ私は、私の嫌いな親を見て育ったのだから。(結果的にしろ、意図的にしろ)外の世界を極力見せまいとする親の教育方針上、それしか見られずに育てられてしまったから。そして、私は過去を振 [続きを読む]
  • 陰口を叩く親をみて育った子供は……。
  • 私の母親はよく陰口を叩く人間である。「〇〇さんのところは〜」「△△さんのは〜」「あのうちは〜」挙句の果てには身内のことまで。母親は器量の小さな人間なので、他人を悪く言うことで自分を大きく見せたかったのだろう。人としてどうなのかはこの際どうでもいい。最早、私は母親のそういった事はどうしようもないと諦めている。ただそのおかげで私の人格が歪んだことに対しては愚痴りたく思う所存なのだ。母親はこの陰口を、子 [続きを読む]
  • 親に向き合ってもらえない子供の悲劇。
  • 私の親は私のことを見ようとしない。私と向き合おうとしない。常に自分(親)の考えを是として、それを私に押し付けてくる。心配していると言いながら、実際は親の思う「良い状態」というやつを押し付けるだけ。私が何を思い、何に悩んでいるのか、などはお構いなしだ。だから、こちらが望んでも居ないのに、勝手なおせっかいをするし、それを恩着せがましくドヤ顔で私に押し付けてくる。それを拒否する私を蔑んだ目で見てくる。挙 [続きを読む]
  • 信仰心。
  • 私の親は信仰心が厚い。どれくらい強いのかというと、子供との時間を作ることよりも神頼みを優先するくらいの信仰心である。家族旅行、誕生日、クリスマス等、子供とのコミュニケーションは平気で怠るくせに、初詣、厄払い、墓参り等は神事的行事はきっちりこなす。寧ろ、そっちを優先する。しかも形式にこだわって細かいことまで気にしながら。はっきり言って、子供の身としては面白くない。いや、信仰心を持つことが悪いとは思わ [続きを読む]
  • 私の親にとって子供との時間とは……
  • 子供の頃。ゴールデンウィークや夏休みといった長期休暇で、旅行に連れて行ってもらったことは殆どない。忙しい、金に余裕がない、暇がない、疲れるだけ、と迷惑そうに拒否されていた。誕生日プレゼント、小学校の中学年くらいからもらえなくなった。頼み込んで、どうにか了解をとりつけた時でも、千円札を渡され好きなものを買えと言われたりした。(尚これは中学生の頃)貰えていた時も、事ある毎に「お金がかかるわ」と愚痴られ [続きを読む]
  • 親と子供の会話の重要性。
  • 私は人との会話が苦手である。というか、人と話す事に恐怖を懐いている。たぶんそれは、幼少期の親との会話が原因だろう。まず父親とは殆ど会話がなかった。会話の経験(練習)が普通の人の半分しかない。経験値が少なく会話に対して不安を懐いているというのがあるだろう。次に母親との会話。母親は感情に流されやすい。ヒステリックなところがある。自分が気に入らない事は基本認めない。まして力関係で劣る子供相手には尚更であ [続きを読む]
  • 何もないところに興味は生まれない。
  • 私の親はよく「やりたいこと、興味を持った事があったら何でも言いなさい。やらしてあげるから」と言っていた。これだけ聞けば実に良い親だと思うし、事実 私は子供の頃はそうなのだと思っていた。だが違った。何故って?そりゃ、簡単な理屈だ。私の親は、やりたいと思う、興味を持とうとする、その機会をそもそも子供に与えようとしなかったからだ。知識、経験、体験、何かに触れる機会がなければそもそも何にも興味など持たない [続きを読む]
  • 無知。
  • 大人になって自分の親が毒親であると気付いた要因の一つに、「親の知識が乏しい事に気付いた」というのがある。子供の頃は気付けなかった。(いや、実際には薄々感づいていたが確信を持てなかったと言うべきか)なぜなら子供の世界は余りにも狭すぎて、曲がりなりにも社会の一部で大人たる親の全体像を見渡すことは出来ないからだ。だが自分が大人になって社会に出てから再び親を見返した場合、そこは如実に表れて見えるというもの [続きを読む]
  • 自分の親が毒親であることに子供は気付けない。
  • 私は子供の頃、親に逐一干渉されて育った。そして私の親は探究心のない人間である。必然的に私の行動は否定され、制限される。更に私の親は基本的に面倒くさがりである。そんな人間なので、子育ても手抜きがちであった。端的に言うとほったらかしという事になる。この2つが組み合わさった私の育った環境がどういうものか解るだろうか?何もさせてもらえず、何もしてもらえない、それが私の育った環境なのだ。最低の環境。そして最 [続きを読む]
  • 結婚願望。
  • はっきり言って私には結婚願望というものが無い。思えば昔から無かったと思う。理由は単純である。私は私が子供の頃過ごした家庭環境に魅力を感じていないからである。端的にいうとその環境が嫌いだからである。わざわざ自分の好かん環境を望んで作ろうとする人間が何処にいようか。それに私はそんな詰まらなく嫌いな家庭しか知らないので、子供ができようものならその子に自分と同じ思いをさせてしまうのは必然。わざわざ不幸な子 [続きを読む]
  • 口先だけの「心配している」
  • 「心配している」私はこの言葉を親から聞かされるたびに思ってしまう。「恩着せがましい」と。たぶんこういうのを親不孝と呼ぶのだろう。だが仕方がない。そう思ってしまうのだから。なぜって?これまでも綴ってきた通り、私の親は私に極力労力を注がない人間だからだ。その言葉に行動が伴わない事を思い知っているからだ。実際、口で「心配している」と言いつつ何かするなんてこと殆ど無い。あったとしてを、事前にわざわざ私に行 [続きを読む]
  • 悪い事が起きないからと言って、それが良い事とは限らない。
  • 「良い子にしていれば良い事が起きる」子育てで親が子供を諭す際によく使う言葉だ。思えば私はこの言葉をかなり早い段階から信じなくなった。なぜなら私の親は私が迷惑をかけぬよう素直に言う事を聞き良い子にしていると、増長して一層私を放ったらかしにしていたからだ。反対に親の意に反することをすると変わらずヒステリックに叱りつけられた。要するに良い子にしても良いことは起きず、悪い子(親から見て)にしたら悪いことが [続きを読む]