なぁ さん プロフィール

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なぁさん: ちょっとそこまでお散歩に
ハンドル名なぁ さん
ブログタイトルちょっとそこまでお散歩に
ブログURLhttp://sanpo.da-te.jp/
サイト紹介文仙台での暮らしを楽しむ。 アラフィフ夫婦二人のそんな日常をつづります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供9回 / 64日(平均1.0回/週) - 参加 2017/02/21 20:44

なぁ さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 妊活しやすい社会へ
  • 今は「妊活」という言葉が使われていますが、私が妊活していた10数年前は「不妊治療」という言い方しかありませんでした。「不」というマイナスなイメージから一新、明るく言いやすい言葉になったと思います。「妊活」という言葉は、ジャーナリストの白河桃子さんが提唱したそうですが、お笑いの森三中の大島美幸さんが芸能活動をお休みするときの会見で使ったときが印象的です。私が病院に通い始めたときは、週4日の派遣の仕事を [続きを読む]
  • 他人のせいにするか、自分で完結するか
  • 私の不妊の原因は子宮内膜症です。子宮内膜症はまだまだ解明されていないのですが、自分がなぜ子宮内膜症になってしまったのかを考えると、若いときの私の、あの頑張り(我慢)が悪かったのではないか、あのようなライフスタイルが悪かったのではないかという、推測でしかないけれど反省することばかりです。すべては自分のせい、落ち込むだけです。orz他人のせいにできたらどんなに楽なことか。。。 [続きを読む]
  • 母を思って、自分を嘆く
  • 私の母は現在要介護1の認定です。震災の後、4/7の大きな余震で停電のなか無理に動いたことで、右手首と頚椎を骨折しました。幸い手術まではいたらず、手はギブス、首はコルセットで固定してでよかったのですが、当時71歳の母はしばらく入院しているうちに体力がかなり落ち、痛いからとリハビリは中途半端で、とうとう手は動きにくくなってしまいました。 [続きを読む]
  • 仲間に会えた
  • 学生からの友人で、子どものいない夫婦二人くらしの友人がいました。学校を卒業しても仲良くしていたし、結婚して住んでいる場所は離れてしまったけれど、ときどき電話したり、2〜3年に一度は会っていました。あるとき、彼女から乳がんだと知らされました。手術して治ったかに思えたのですが、震災の翌年に亡くなってしまったのです。数年前まで住んでいたマンションに、子どものいない夫婦二人くらしの人がいらして、震災の前年 [続きを読む]
  • 3月になると思い出す、震災のこと
  • 3月になると、少し前からみると明るくて、寒くても春はもうそこまで来ているような陽気になりました。ただ、どうしても思い出してしまうのが6年前の東日本大震災です。3.11の震災が起きたとき、私は仙台の中心街のビルでパートの仕事をしていました。ただごとでない揺れに、机の下に隠れて揺れの収まるのを待っていましたが、すごく長い時間に感じられました。全員の無事を確認してから解散となりましたが、公共交通機関はすべて止 [続きを読む]
  • 現在の私
  • 転勤族の夫婦には近くに遊べる友だちがいないので、夫が休みの土日祝は一緒にいることが多いです。なので私が仕事するにも平日昼間のみを探さなければなりません。年齢が年齢なだけに正社員の仕事はほぼ皆無です。パートも仕事が限られてしまいます。ようやくみつけた仕事をしていた時期もありましたが、主婦のパートでは103万の壁と言われるように収入が限られます。月8万円程度の収入ですが、忙しさにかまけて日々の家事が疎かに [続きを読む]
  • 久しぶりに
  • かなり長いこと放置したまま、約6年ぶり、久しぶりに見てみたら、まだあった! ひっそりとここに佇んでいました。その間も訪問者があったようで、ありがとうございます。ブログ復活しようかな、そう思っています。放置していた6年間にあった変化。誰もが忘れもしない、東日本大震災。週末農業は続いていますよ。(^^)にんじんだって育てています。ブログを始めた頃は妊活お休み中でしたが、震災の少し前に終了することを決め、今は [続きを読む]
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