MINT さん プロフィール

  •  
MINTさん: TOKYO GOSHUIN TOUR
ハンドル名MINT さん
ブログタイトルTOKYO GOSHUIN TOUR
ブログURLhttp://tokyogoshuin.blogspot.jp/
サイト紹介文東京都内の神社を巡って御朱印をいただいたことを記録しているブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供89回 / 169日(平均3.7回/週) - 参加 2017/02/24 03:08

MINT さんのブログ記事

  • 牛天神北野神社
  • 文京区春日にある神社。寿永元年(1182年)源頼朝公がこの地にあった岩に腰掛け休息したときに牛に乗った菅神(菅原道真)が現われ、2つの幸福を授けるとご神託を受け創建したとされる。文京区の資料によると境内にある太田神社は芸能の神・天鈿女命を祀っているが、かつて貧乏神といわれる黒闇天女を祀っていたらしい。福の神を招き入れるというご利益には興味深い話がある。ある晩に小石川に住む旗本の夢の中に貧乏神が現れ、「長 [続きを読む]
  • 世田谷八幡神社
  • 世田谷区宮坂にある神社。寛治五年(1091年)に源義家が奥州の内乱をとりしずめた際に、戦勝したのは八幡大神の加護によるものとして宇佐八幡宮より分霊を勧請したのが始まりとされる。江戸時代には徳川家康が朱印状11石を寄進。明治時代には郷社に列格し宇佐神社と称していたが、第二次大戦後は世田谷八幡宮に戻し、現在も世田谷の鎮守として信仰を集めている。世田谷線の宮坂駅近くにあり、一の鳥居をくぐるとすぐ右手に厳島神社 [続きを読む]
  • 鎧神社
  • 新宿区北新宿にある神社。社務所でいただいた資料によれば創建は醍醐天皇の時代(898〜929年)、理源大師の師弟である筑波の貞崇僧都、行基作と伝えられる薬師如来像が祀られ円照寺を創建。その際に寺の鬼門鎮護のためにこの社が創建されたとある。鎧にまつわる話はいくつかあって日本武命が天皇の命によって東国の平定に向かったときに甲冑六具を蔵めたという言い伝えや、平将門公が藤原秀郷によって討たれた際に人々がその死を悼 [続きを読む]
  • 牛嶋神社
  • 墨田区向島にある神社で本所地区一帯の総鎮守として知られる。由緒書の資料によれば明治維新前は牛宝明王院最勝寺が別当として管理していたが神仏分離後に牛嶋神社と「牛の御前」の社名を牛嶋神社と改めたらしい。社伝によれば貞観二年(860年)に慈覚大師が御神託により須佐之男命を郷土守護神として勧請し創建したとされる。後に天之穂日命を祀り、次いで清和天皇の第七皇子貞辰親王命が祀られた。三ツ目通り沿いに大鳥居がある [続きを読む]
  • 太子堂八幡神社
  • 世田谷区太子堂にある神社。略記によれば正確な文献資料がなく創建年代は不明とされているが、源頼義・頼家親子が戦勝祈願でこの神社に訪れたと伝えられるため、永承六年(1051年)以前にはこの地の守り神だったと推定されるとある。八幡さまなので御祭神は誉田別尊(応神天皇)で、現在も厄除、家内安全、交通安全、安産、商売繁盛、学業成就、五穀豊穣など多くの御神徳を備えた神さまとして仰がれている。鳥居をくぐって石段を上 [続きを読む]
  • 宮益御嶽神社
  • 渋谷区渋谷の宮益坂の途中に鎮座する神社。大和国吉野郡金峰神社の分祭社で創建は元亀元年(1570年)だが寛永年間(1624〜1644年)に再建したとされる。御祭神は日本武尊、秋葉の神、大国主神、菅原の神の四神で、大鳥信仰である「酉の市」が11月になると催される。渋谷駅から宮益坂を上り渋谷郵便局の手前まで来ると突然鳥居が現れる。ビルの谷間にある神社なので気にしないで歩いていると通り過ぎてしまうほどだ。一の鳥居をくぐ [続きを読む]
  • 平田神社
  • 渋谷区代々木にある江戸時代の宗教家平田篤胤を祀る神社で、明治元年(1868年)平田家邸内に邸内社として創建されたといわれる。明治十四年(1881年)に明治天皇よりの下賜金をもとに文京区小石川へ遷座。その後、昭和三十四年(1959年)に現在後に遷座した。小田急線の南新宿駅の近くの住宅街の中にあり鳥居をくぐってすぐ左手が手水舎、正面は拝殿となる。御朱印は通常の御朱印と神代文字の二種類があり、通常の御朱印は書き置き [続きを読む]
  • 十番稲荷神社
  • 港区麻布十番にある神社。もと末広神社(旧坂下町鎮座)および竹長稲荷神社(旧永坂町鎮座)が戦災で焼失していたものを昭和二十五年の復興土地区画整理により合併して現社名に改称した。末広神社は慶長年間(1596〜1615年)創建の村社で、竹長稲荷神社は創建が明らかでない無格社。現在は麻布十番の鎮守として、港七福神めぐりでは「宝船」のおやしろとなっている。麻布十番駅の出口からすぐの場所に鳥居があり石段を上りきった右 [続きを読む]
  • 麻布氷川神社
  • 港区元麻布にある神社。創建は天慶五年(938年)源経基が天慶の乱(平将門)を鎮定するため東征した際に現在の麻布一本松付近に勧請したのが始まりとされる。万治二年(1659年)に現在の地に遷座し江戸氷川七社の一つとして崇敬された。明治四年、氷川大明神から「郷社 氷川神社」に改称。現在も麻布周辺の鎮守として崇敬を集めている。麻布十番駅から元麻布方面の坂を上りきったところに境内がある。鳥居をくぐると左手に手水舎、 [続きを読む]
  • 菅原神社(松原)
  • 世田谷区松原にある神社。創建は寛文五年(1665年)に当地に寺子屋を開いていた石井兵助直慶が勧請したのが始まりとされる。世田谷の天神様とも呼ばれ松原地域の鎮守として崇敬を集め、明治期には村社に列格。もともとは天満宮と言われたが明治七年菅原神社とあらためた。鳥居をくぐるとすぐ左に絵馬殿があり中には大絵馬が掲げられている。その先に手水舎が並び、参道を進み正面が拝殿となる。拝殿手前には一対の狛犬がいて右手奥 [続きを読む]
  • 洲崎神社
  • 江東区木場にある神社。元禄十三年(1700年)桂昌院(徳川五大将軍綱吉公の生母)が崇敬した江戸城中紅葉山の弁財天を護持院(現護国寺)隆力の進言により当地に遷座して創建された。明治時代の神仏分離までは洲崎弁天神社と言われ江戸時代は目の前が海岸だったらしい。海岸に浮かぶ弁財天だったことから文人墨客の参詣を集めていたと言われる。寛政三年(1791年)に襲来した高潮で多くの死者を出したらしく、幕府はこの社の西のあ [続きを読む]
  • 亀有香取神社
  • 葛飾区亀有にある神社。創建は鎌倉時代建治二年(1276年)、当時この地が下総国葛西御厨亀無村と呼ばれ、香取大神宮の神領地であったことから村の鎮守様として本宮の分霊がお祀りされた。御祭神は経津主大神で、相殿にお祀りされている武甕槌大神はいずれも武神として古くより崇敬されていた。現在は勝負・開運厄除の神様、スポーツ振興の神様として広く崇敬されている。亀有駅から5分ほど歩いた環七沿いに大きな鳥居が見えるが正 [続きを読む]
  • 大塚天祖神社
  • 豊島区南大塚にある神社で御祭神は天照皇大御神。創建は鎌倉時代末の元亨年間(1321〜1324年)に領主である豊島氏が伊勢の皇大神宮を勧請したのが始まりとされる。明治6年に神仏分離で天祖神社と名前が変わるまでは神明社・神明宮と呼ばれ江戸時代には十羅刹女堂も境内に祀られ、巣鴨村(現在の豊島区の半分)の鎮守として崇敬されてきた。大塚駅南口を出て鳥居のかたちをした商店街を進むと右手に鳥居が見える。鳥居をくぐるとす [続きを読む]
  • 三島神社
  • 台東区下谷にある神社。公式サイトによれば創建は弘安四年(1281年)の元寇の役の際に河野通有が大山祇神社(三島大明神)に戦勝祈願して勝利した帰陣の夢の中で神託を受け武蔵国豊島郡に三島大明神を勧請したのが始まりとされる。慶安三年(1650年)に徳川家光公から移転を命ぜられ金杉村(現在の台東区根岸)に遷座、さらにその地は宝永七年(1710年)に幕府の御用地に指定されたため浅草小揚町(現在の台東区寿)に遷座した。し [続きを読む]
  • 駒込富士神社
  • 文京区駒込にある神社。創建は本郷村の名主が天正元年(1573年)に、現在の東京大学(本郷)がある場所に富士浅間社を勧請したのが始まりとされる。その後、その地が加賀前田家の上屋敷に充てられたため寛永五年(1628年)に現在の場所に移したらしい。社伝によれば、延文年間(1356〜1361年)にはこの地に富士塚があったらしいが、元々は前方後円墳だったという説もある。拝殿は富士山に見立てた山頂付近にあり、江戸時代には富士 [続きを読む]
  • 上高田氷川神社
  • 中野区上高田にある神社で御祭神は素戔鳴尊。享徳二年(1453年)にこの地の村人たちが武蔵大宮の氷川神社から勧請して創建されたと言われる。長禄年間(1457〜1460年)太田道灌がしばしば当社に詣で松一株を植栽したと伝えられ、昭和十二年に枯死するまで御神木として存在していたという。太平洋戦争による戦禍は免れたものの戦後の混乱の中、境内の整備は進まなかったらしい。由緒書きによれば念厚い氏子により昭和二十九年に神楽 [続きを読む]
  • 代田八幡神社
  • 世田谷区代田にある神社。神社の由緒書によると天正十九年(1591年)代田地区(旧下代田、本村、中原、大原)の鎮守の神様として宇佐八幡宮より勧請して祀ったのが始まりとされる。御祭神は応神天皇(誉田別命)で現在も代田の発展とともに自然崇拝、先祖崇拝を基調に厚く信仰されている。境内には大きな二本の御神木があって縄で結ばれている。環七沿いに大きな鳥居があるので場所はわかりやすく、歩道橋の途中からも境内に入れる [続きを読む]
  • 下高井戸浜田山八幡神社
  • 杉並区下高井戸にある神社。社伝によれば創建は長禄元年(1457年)太田道灌が江戸城を築く際に家臣柏木左衛門に命じて鎌倉の鶴岡八幡宮の神霊を勧請したのが始まりとされる。本殿は弘化四年(1847年)の再建であることがうかがわれ、明治二十五年に旧村内字四ツ割の稲荷神社(俚称田中稲荷)を合併したらしい。現在の拝殿・覆殿はは昭和三十四年に落成したものだが、昭和五十二年に境内末社を新築して整備の際に八幡神社の社号標を [続きを読む]
  • 北谷稲荷神社
  • 渋谷区神南にある神社。創建年代の詳細は不明だが文明年間(1469〜1487年)に渋谷村の名主長吉の先祖である讃岐太郎直高が駿河国から移住した際に勧請したと伝えられる。御祭神は宇迦之御魂命、大己貴大神、大宮比賣大神、神功皇后、大田大神で江戸時代には上渋谷村、上豊澤村の鎮守だったらしい。渋谷公園通りを上っていき渋谷区役所前の交差点を右に折れたところにある桑沢デザイン研究所に隣接している。表参道はJRの線路側にな [続きを読む]
  • 愛宕神社
  • 港区愛宕にある神社で慶長八年に徳川家康公の命により防火の神様として祀られのが創建とされる。火産霊命を主祭神として配祀は罔象女命、大山祇命、日本武尊、将軍地蔵尊・普賢大菩薩となっている。三代将軍家光公の前で四国丸亀藩の曲垣平九郎盛澄が騎馬にて正面男坂(八十六段)を駆け上って源平の梅を献上し日本一の馬術の名人として名を馳せたとされる「出世の石段」もよく知られる。表参道にあるその男坂の石段は下から見ると [続きを読む]
  • 王子神社
  • 北区王子にある神社で東京十社の中の一社にも数えられる。創建の詳細は不明だが、社伝によれば源義家の奥州征伐の折に当社で慰霊祈願を行ったと伝えられ、古くから聖地として崇められていたらしい。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、天照大御神、速玉之男命、事解之男命の五柱で総称して王子大神と呼ぶ。徳川家とも縁が深く江戸時代には王子権現という名称で江戸名所の一つとなった。JR王子駅の近くにあり、音無親水公園からも境内 [続きを読む]
  • 東伏見稲荷神社
  • 西東京市にあり西武新宿線の東伏見の駅名の由来にもなった神社。昭和四年に京都の伏見稲荷神社の分祀として創建。東伏見とはまさに東にある伏見という意味になる。公式サイトによると宇迦御魂大神、佐田彦大神、大宮能売大神の御三座で東伏見稲荷大神と総称するとある。大鳥居をくぐり石段を上っていくと大きな狐像と朱色の立派な門があり、そこをくぐって右手が手水舎。そして参道を真っ直ぐに進み正面に拝殿が構える。拝殿右手に [続きを読む]
  • 白山神社
  • 東京十社の一つにもなっている文京区白山にある神社。天暦年間(947〜957年)に加賀一宮白山神社を現在の本郷一丁目の地に勧請したのが始まりと伝えられる。御祭神は菊理姫命、伊弉諾命、伊弉册命の三柱で、永承六年(1051年)八幡太郎義家が奥州平定の途中に立ち寄り戦勝を祈願したとも言われている。小高くなった住宅街の中にある神社で表参道から鳥居をくぐり石段を進むと左手に手水舎があり、正面ではなく右手に拝殿がある。駐 [続きを読む]
  • 末廣神社
  • 日本橋人形町にある神社。江戸時代初期に遊郭街の吉原(葭原)がこの地にあった元和三年から明暦三年まで葭原八力町の地主神・産土神として信仰されていた。延宝三年(1675年)の社殿の修復の際、末廣扇が見つかったことから末廣神社と名付けられたという。明暦の大火で吉原が浅草に移転した後は跡地の難波町・住吉町・高砂町・新泉町の四ヶ所の氏神として信仰された。境内は狭いが鳥居、手水舎、参道、狛犬とすべて揃っており、正 [続きを読む]
  • 松島神社
  • 日本橋人形町にある神社。創建年代は不詳だが鎌倉時代の元享(1321)以前に柴田家の祖先が移り住み勧請したと伝えられる。御祭神は稲荷大神、伊邪那岐大神、日前大神、北野大神、手置帆負神、彦狭知神、淡島大神、八幡大神、猿田彦神、琴平大神、天日鷲神、大宮能売神、大国主神と非常に多い。正徳三年(1713年)町名が松島となり、武家屋敷造営のために各地から大工、左官、家具職人など技を持つ人が集められて、町の中心にあった [続きを読む]