MINT さん プロフィール

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MINTさん: TOKYO GOSHUIN TOUR
ハンドル名MINT さん
ブログタイトルTOKYO GOSHUIN TOUR
ブログURLhttp://tokyogoshuin.blogspot.jp/
サイト紹介文東京都内の神社を巡って御朱印をいただいたことを記録しているブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供72回 / 124日(平均4.1回/週) - 参加 2017/02/24 03:08

MINT さんのブログ記事

  • 下高井戸浜田山八幡神社
  • 杉並区下高井戸にある神社。社伝によれば創建は長禄元年(1457年)太田道灌が江戸城を築く際に家臣柏木左衛門に命じて鎌倉の鶴岡八幡宮の神霊を勧請したのが始まりとされる。本殿は弘化四年(1847年)の再建であることがうかがわれ、明治二十五年に旧村内字四ツ割の稲荷神社(俚称田中稲荷)を合併したらしい。現在の拝殿・覆殿はは昭和三十四年に落成したものだが、昭和五十二年に境内末社を新築して整備の際に八幡神社の社号標を [続きを読む]
  • 北谷稲荷神社
  • 渋谷区神南にある神社。創建年代の詳細は不明だが文明年間(1469〜1487年)に渋谷村の名主長吉の先祖である讃岐太郎直高が駿河国から移住した際に勧請したと伝えられる。御祭神は宇迦之御魂命、大己貴大神、大宮比賣大神、神功皇后、大田大神で江戸時代には上渋谷村、上豊澤村の鎮守だったらしい。渋谷公園通りを上っていき渋谷区役所前の交差点を右に折れたところにある桑沢デザイン研究所に隣接している。表参道はJRの線路側にな [続きを読む]
  • 愛宕神社
  • 港区愛宕にある神社で慶長八年に徳川家康公の命により防火の神様として祀られのが創建とされる。火産霊命を主祭神として配祀は罔象女命、大山祇命、日本武尊、将軍地蔵尊・普賢大菩薩となっている。三代将軍家光公の前で四国丸亀藩の曲垣平九郎盛澄が騎馬にて正面男坂(八十六段)を駆け上って源平の梅を献上し日本一の馬術の名人として名を馳せたとされる「出世の石段」もよく知られる。表参道にあるその男坂の石段は下から見ると [続きを読む]
  • 王子神社
  • 北区王子にある神社で東京十社の中の一社にも数えられる。創建の詳細は不明だが、社伝によれば源義家の奥州征伐の折に当社で慰霊祈願を行ったと伝えられ、古くから聖地として崇められていたらしい。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、天照大御神、速玉之男命、事解之男命の五柱で総称して王子大神と呼ぶ。徳川家とも縁が深く江戸時代には王子権現という名称で江戸名所の一つとなった。JR王子駅の近くにあり、音無親水公園からも境内 [続きを読む]
  • 東伏見稲荷神社
  • 西東京市にあり西武新宿線の東伏見の駅名の由来にもなった神社。昭和四年に京都の伏見稲荷神社の分祀として創建。東伏見とはまさに東にある伏見という意味になる。公式サイトによると宇迦御魂大神、佐田彦大神、大宮能売大神の御三座で東伏見稲荷大神と総称するとある。大鳥居をくぐり石段を上っていくと大きな狐像と朱色の立派な門があり、そこをくぐって右手が手水舎。そして参道を真っ直ぐに進み正面に拝殿が構える。拝殿右手に [続きを読む]
  • 白山神社
  • 東京十社の一つにもなっている文京区白山にある神社。天暦年間(947〜957年)に加賀一宮白山神社を現在の本郷一丁目の地に勧請したのが始まりと伝えられる。御祭神は菊理姫命、伊弉諾命、伊弉册命の三柱で、永承六年(1051年)八幡太郎義家が奥州平定の途中に立ち寄り戦勝を祈願したとも言われている。小高くなった住宅街の中にある神社で表参道から鳥居をくぐり石段を進むと左手に手水舎があり、正面ではなく右手に拝殿がある。駐 [続きを読む]
  • 末廣神社
  • 日本橋人形町にある神社。江戸時代初期に遊郭街の吉原(葭原)がこの地にあった元和三年から明暦三年まで葭原八力町の地主神・産土神として信仰されていた。延宝三年(1675年)の社殿の修復の際、末廣扇が見つかったことから末廣神社と名付けられたという。明暦の大火で吉原が浅草に移転した後は跡地の難波町・住吉町・高砂町・新泉町の四ヶ所の氏神として信仰された。境内は狭いが鳥居、手水舎、参道、狛犬とすべて揃っており、正 [続きを読む]
  • 松島神社
  • 日本橋人形町にある神社。創建年代は不詳だが鎌倉時代の元享(1321)以前に柴田家の祖先が移り住み勧請したと伝えられる。御祭神は稲荷大神、伊邪那岐大神、日前大神、北野大神、手置帆負神、彦狭知神、淡島大神、八幡大神、猿田彦神、琴平大神、天日鷲神、大宮能売神、大国主神と非常に多い。正徳三年(1713年)町名が松島となり、武家屋敷造営のために各地から大工、左官、家具職人など技を持つ人が集められて、町の中心にあった [続きを読む]
  • 東山稲荷神社
  • 下落合氷川神社の近くにあるおとめ山公園に隣接する神社。かつてこの地を統治していた清和天皇の皇孫源経基が延長五年初午の日に京都稲荷山より勧請したのが始まりとされる。別名、藤稲荷神社や富士稲荷神社とも言われ、源家一族の守り神として厚く信仰されたが、時代の流れとともに武家だけでなく庶民の信仰も厚くなり、「知恵と勇気」を授ける福徳の神として関東一円に信仰が広まったとされる。場所はおとめ山公園を目指して入口 [続きを読む]
  • 下落合氷川神社
  • 新宿区下落合の新目白通り沿いにある神社。創建は明らかではないが第五代孝昭天皇の御代(約2,400年前)とも、それより古いとも言われる。江戸時代の資料によれば非常に広い境内の一角から湧き出る泉があり、神様の姿をした砂が吹き出たと伝えられる。その頃から下落合村の鎮守で薬王院が別当寺だったようだ。御祭神は素盞鳴尊、稲田姫命、大己貴命の三神で、江戸時代は当社を女体の宮、豊島区高田にある高田氷川神社を男体の宮と [続きを読む]
  • 月見岡八幡神社
  • 新宿区上落合にある神社で、月見岡という名前は旧境内地にあった涌井に月光がきれいに映っていたことが由来らしい。創建は詳細不明だが源義家が奥州征伐の際に参詣したと伝えられ、明治39年に北野神社、昭和2年には浅間神社と富士塚を合祀。御祭神は応神天皇、神功皇后、仁徳天皇となっている。場所が大きな通りから少し入った住宅地にあってわかりにくいのと、境内に保育園が併設されている関係で鳥居のところにある鉄の門が閉ま [続きを読む]
  • 素盞雄神社
  • 荒川区南千住にあり、町屋地区・南千住地区・三河島地区の61カ町に氏子を持つ神社。境内に松尾芭蕉が「奥の細道」の旅へ出発する際に詠んだ「行く春や鳥啼き魚の目は泪」の矢立初めの句碑がある。創建は延暦十四年(795年)小塚にあった奇岩が光を放ち二神が翁に姿を変えて現れて神託を授けたため、これを祀ったのが始まりとされる。国道4号線(日光街道)側とは別に南側にも鳥居がありそこをくぐって正面に拝殿を見ながら右手に手水 [続きを読む]
  • 椙森神社
  • 日本橋堀留町にある神社。平安時代に平将門の乱を鎮定するため藤原秀郷が戦勝祈願をした場所と言われ、室町時代には太田道灌が雨乞い祈願のために山城国伏見稲荷の伍社の神を勧請して祀ったことでも知られる。江戸時代には江戸城下の三森(烏森神社、柳森神社、椙森神社)の一つとして稲盛稲荷とも言われていた。また富興行(富くじ)をしのんで建てられた富塚の碑があることでも有名で現在も境内に残る。なお古くからあった社殿は [続きを読む]
  • 荻窪八幡神社
  • 杉並区上荻にある神社。創建は不詳ながら寛平年間(889〜898年)、第五十九代・宇多天皇の時代に創祀されたと伝えられる。文明九年に太田道灌が石神井城を攻略するにあたり、社前に一株の槙樹を植栽。すでに樹齢500年を迎えるが現在も御神木「道灌槇」として境内に残る。その他、境内の樹木はすべて都の指定樹林として保護されている。杉並会館の向かい側が東側から入る表参道になるが、青梅街道側から入る北参道もあり大灯籠など [続きを読む]
  • 鳩森八幡神社
  • 渋谷区千駄ヶ谷にある神社。江戸時代には江戸八所八幡宮の一社としても数えられ将軍家からも崇敬を受けた。創建は貞観二年(860年)に慈覚大師(円仁)が関東巡錫の際に鳩森のご神体を求める村民の強い願いによりこの地に神功皇后と応神天皇の御尊像を作り正八幡宮としたことに由来する。表参道は東側だが北側にも鳥居がある。表参道から進むと右手に手水舎、正面に社殿がある。手水舎の右手には立派な能楽殿があり、大祭りには実 [続きを読む]
  • 水天宮
  • 日本橋蛎殻町にある神社で福岡県久留米市の久留米水天宮の分社。御祭神は天御中主神、安徳天皇、建礼門院、二位の尼で日本橋七福神巡りの弁財天も祀られている。水天宮と言えば安産や子授けのご神徳があることで有名だが、水難除けや芸能祈願などにもご利益がある。本来は第九藩主・有馬頼徳公の屋敷神として祀られたもので、庶民の参拝は許されなかったが、毎月5日の縁日に屋敷が開放されたため「なさけ有馬の水天宮」という言葉 [続きを読む]
  • 小網神社
  • 人形町に近い日本橋小網町にある強運厄除、金運アップのご利益があると有名な神社。御祭神は倉稲魂神、市杵島比賣神(弁財天)、福禄寿で銭洗い弁天としても知られる。創建は文正元年(1466年)、辺りで悪疫が流行していた際に網師の翁を稲荷大神と崇めれば悪疫は消滅するとご神託があり、それに従って村人が神社を建てたのが始まりとされる。第二次世界大戦の際に当神社の御守を受けた兵士が全員生還したり、東京大空襲の中で社殿 [続きを読む]
  • 七社神社
  • 北区西ヶ原にある神社。寛政五年の火災により古文書等が焼失したことにより創建年代は不明だが翌年の秋分の日には社殿が再建され、この日を大祭日としている。江戸時代まで七柱の神を祀っていたことから七所明神と呼ばれ、古くから子宝・子孫繁栄のご神徳があるとして崇敬を集めていたらしい。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命、天児屋根命、伊斯許理度売命、市寸島比売命、仲哀天皇、応神天皇でもともとあった一本杉神明宮は明治二 [続きを読む]
  • 鳥越神社
  • 台東区鳥越にある神社。創建は白雉二年(651年)に日本武尊が東国平定の途中、白鳥村と呼ばれていたこの地に滞在。その時に村民が白鳥明神として奉祀したことが始まりとされる。その後、前九年の役の際に源頼家が白い鳥に浅瀬を教えられ軍勢を渡すことができたことから、鳥越大明神と改めたと伝えられる。蔵前橋通り沿いにある鳥居をくぐると参道は真っ直ぐではなく左に折れ、その角に手水舎がある。そこから拝殿までは一直線だが [続きを読む]
  • 浅草神社
  • 台東区・浅草寺本堂の隣にある神社。御祭神は土師真中知命・桧前浜成命・桧前竹成命で三神を祀る神社なので三社さまと呼ばれている。浅草・三社祭とは浅草神社例大祭が正式名なのだが、三社権現社としての歴史が長く、明治の神仏分離令まで三社の名称が使われていたことから通称の三社祭の方が有名。鳥居をくぐると右手に神楽殿、左手が手水舎、正面が社殿という配置で、途中で二対の狛犬が出迎える。また拝殿右奥には境内社の被官 [続きを読む]
  • 新宿諏訪神社
  • 東京・高田馬場駅から歩いて戸山公園近くにある神社。創建は約1,200年前、弘仁年中(810〜820年)に小野篁朝臣が、大国主命、事代主命を祭祀したのが始まりとされる。江戸時代初期に徳川義直公が、信濃国の諏訪神を勧請・合祀して諏訪神社に改称。その後、三代将軍徳川家光公が社殿を造営、家綱公が鷹狩りの手鷹を奉納するなど徳川家に縁がある。大鳥居をくぐるとすぐ左手に手水舎があり、その水は何百年も湧き出ている霊水で眼病 [続きを読む]
  • 福徳神社(芽吹神社)
  • 中央区のコレド室町に隣接する神社。創建は不詳だが貞観年間(859〜876年)には既に鎮座していたとされ、当時の村名から福徳神社と称した。また二代将軍徳川秀忠公が慶長十九年に参詣した際にクヌギの皮付き鳥居に春の若芽が出ているのを見て、芽吹神社という別名を名付けた。高層ビルに囲まれながらも境内はオープンな造りで赤い鳥居をくぐるとすぐに手水舎と社殿が見える。手水舎の奥は庭園風になっているが、さらに進むと複数の [続きを読む]
  • 太田神社
  • 東京・大田区にある神社で那須与一公の守本尊が祀られている。創建年代は不詳だが古くは家運八幡宮と呼ばれていて、勝負事や良縁成就、家運興隆にご利益があるとされる。御祭神は誉田別命(応神天皇)で奥津彦命、奥津姫命、宇迦御魂命、高麗命が合祀されている。住宅街の中の高台にあり、鳥居をくぐると長く続く石段を上る。階段を上りきると右手に境内社の稲荷神社があり、その隣が手水舎という配置になっている。一対の狛犬の先 [続きを読む]
  • 徳丸北野神社
  • 板橋区徳丸に古くからある神社で御祭神は菅原道真公。社宝『天神宮紀』によると一條院正暦年中(990〜994年)に里人の徳麿(とくまろ)の夢に大神様が現れお告げ通り梅の古木に祈願したところ疫病の流行が鎮まったという。長徳元年(995年)に京都の北野神社の分霊を勧請し創建。以降、1,000年以上も徳丸郷の鎮守社として地域の信仰を集めている。重要無形民俗文化財に指定されている「田遊び」と呼ばれる五穀豊穣を祈願して行なわれる [続きを読む]
  • 猿江神社
  • 都営新宿線の住吉駅近く江東区猿江にある神社。神社としての創立年代は不詳だが康平年中(1058年)には稲荷社がすでにあったとされる。源頼義・義家の家臣であった猿藤太がこの地で力尽き、地元の漁師が塚を建てて手厚く葬ったところ、豊漁が続いたため猿藤太の「猿」と当時この地が入江だったことから「江」を合わせて猿江の社名になったと伝えられる。東京大空襲で深川地区が焼け野原になった際も奇跡的に焼け残り錦糸町駅から社 [続きを読む]