公教会の諸聖人 さん プロフィール

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公教会の諸聖人さん: 公教会の諸聖人
ハンドル名公教会の諸聖人 さん
ブログタイトル公教会の諸聖人
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/catholics
サイト紹介文公教会(カトリック教会)の諸聖人の伝記を掲載します
自由文公教会(カトリック教会)の諸聖人の伝記を掲載していきたいと思います。他にカトリックの教理についても FBにも投稿中です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供40回 / 40日(平均7.0回/週) - 参加 2017/02/27 04:24

公教会の諸聖人 さんのブログ記事

  • 聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ 下男の解雇の取り消しを頼み込む
  • 『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ、13◆、モリモンド村のお医者さん(4) あるときのことでしたが、小学校時代の学友が同じ村に働いていたので、パンプーリ先生は、いろんなことをこの人に頼んでいました。その例をあげますと、ある日、その友だちに自分の財布を渡していいました、「あのね、○○さんを診察しましたらね、八名も子どもがいて、とても貧しい家族でした。パンも通い帳で [続きを読む]
  • 聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ ◆、モリモンド村のお医者さん(3)
  • 『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ、12◆、モリモンド村のお医者さん(3) ある日のことです。パンプーリの靴は破れ、とてもみられたざまではなかったのです。なんとその靴はかれのものではなく、誰かととりかえたものでした。このことについて問われると、かれは、冗談のようにこういうのでした、「わたしは馬車でいきますが、あの人は歩いていくので、わたしより靴をすり減らすのはあ [続きを読む]
  • 聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ ◆3、モリモンド村のお医者さん
  • 『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ、10◆3、モリモンド村のお医者さん ミラノから約二十七キロぐらい離れた所に、モリモンドという村があります。ここは、かれがこれまで住んでいたトルリーノ村から約十五キロ離れた所で、ここでは、非常に広い面積に農家がぽつん、ぽつんと散らばっていました。道路はガタゴト道で、その上あの当時自動車というものがなかったので、医者は一頭だての [続きを読む]
  • 聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ 大学時代
  • 『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ、7◆、その生い立ち(5) 当時は大学生の鉱的道徹の餐成のために当市の司敏が大学飽サークルをはじめていましたので、エミリオは喜んでこれに参加するようになりました。その当時の大学の環境では、信仰を失なった大学生がカトリックの大学生を攻撃し暴力を使ってまで信仰を捨てさせようとしていました。そのためカトリックの大学生も団結して自分の [続きを読む]
  • 聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ  ◆、その生い立ち(3)
  • 『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ、5◆、その生い立ち(3) このトリブールシオ村には、学校がありませんでした。それで六才になったエミリオは、小学三年生になるまで一キロ離れたとなり村の学校に毎日通うようになりました。この村には、小学校は三年までしかなかったので、四年と五年のためにトルリーノから四キロも離れたカゾラテ村の小学校まで毎日通うことになりました。もちろ [続きを読む]
  • 聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ  ◆、その生い立ち(2)
  • 『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ、4◆、その生い立ち(2) さて、母が亡くなってから三才の小さなエルミニオは、母方の叔父ジョバンニ・カンパーリ家に引きとられました。生家から約三キロメートルほど離れたトルリーノ村にある叔父の家は、立派な信者の家鷹で、叔父とその妻は、いつくしみにあふれる心をもってエルミニオを迎え入れました。この家には、割に大きな土地があったので [続きを読む]
  • 聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ(1897ー1930)
  • 『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ、2◆、略歴聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ(1897ー1930) 聖リカルド・パンプーリは、1897年、北イタリアのトルブールシオ村に,11人兄弟の10番目に生まれた。 かれは、パビア大学で医学を勉強中兵役のため、一時勉学を中止し、最前線で衛生兵をつとめた。兵役をとかれてのち、1922年に医者の免許を得て開業していたが、貧しい人には愛の奉仕を行 [続きを読む]
  • 聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ ◆1、その生い立ち
  • 『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ、3◆1、その生い立ち リカルド・パンプーリ。これはこの聖人の修道名です。かれは、一八九七年八月二日、北部イタリアのパビヤ南から十キロ離れたトリボールシオという小さな村にインノチェンテ・パンプーリと、アンシェラ・カンパーリの間に生まれました。かれは、男九人、女二人の十一人兄弟の中で十番目でした。 生まれたその翌日洗礼を受けまし [続きを読む]
  • 目次
  • フェイスブックにおいてあるグループに投稿・連載しています。そのかたわらで、こちらでもブログを営んでいます。=目次=1、地獄に関して2、聖リカルド・パンプーリ [続きを読む]
  • 『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ
  • 『聖なる医者 聖リカルド・パンプーリ』企画:デルコル神父、文:江藤きみえ◆、序 偉人の生涯を述べるのは、たやすいことではありませんが、聖人の伝記となると、なおさらむずかしくなります。それは、聖人の生涯には自然的なことと超自然的なことが密接にまじりあっているからです。 聖人たちは、わたしたちよりすぐれた生活をし、わたしたちを超越しているだけではありません。もし、それだけでしたら、世間一般の偉人のよう [続きを読む]
  • 地獄について この無視された真理 ◆4、聖ドン・ボスコが見た出現
  • 『地獄について この無視された真理』アロイジオ・デルコル神父、24◆4、聖ドン・ボスコが見た出現 この出現は夢の形になっているが、聖ドン・ボスコは特別な恵みによって、この出現をうけた。1868年5月3日の夜である。その前にも悪魔はガマの姿をとってドン・ボスコを長い間苦しめていたが、今度は、守護の天使と思われる道案内者が、かれを起していった、「さあ立って、わたしといっしょに来なさい」と。 こうして、ふたり [続きを読む]
  • 地獄について この無視された真理 ◆2、地獄の回想
  • 『地獄について この無視された真理』アロイジオ・デルコル神父、22◆2、地獄の回想「現代の危機を告げるファティマの聖母の啓示」ルチア修女の手記、カバッソ・志村共訳編、ドン・ボスコ社発行、94-98ページから。 数日の後、わたしたちが牧場へ行った時、ヤチンタは岩の上に座って深く考え込んでいました。「ヤチンタ、遊びに来てちょうだい」とわたしは言いました。「遊びたくない」「なぜ?」「なぜって、わたしは考える [続きを読む]
  • 地獄について この無視された真理 ◆2、地獄の回想
  • 『地獄について この無視された真理』アロイジオ・デルコル神父、22◆2、地獄の回想「現代の危機を告げるファティマの聖母の啓示」ルチア修女の手記、カバッソ・志村共訳編、ドン・ボスコ社発行、94-98ページから。 数日の後、わたしたちが牧場へ行った時、ヤチンタは岩の上に座って深く考え込んでいました。「ヤチンタ、遊びに来てちょうだい」とわたしは言いました。「遊びたくない」「なぜ?」「なぜって、わたしは考えるこ [続きを読む]
  • 地獄について この無視された真理 ★3、現代教会の歴史から
  • 『地獄について この無視された真理』アロイジオ・デルコル神父、22★3、現代教会の歴史から◆1、異端説を教える現代の人 以上は、古代の教父たちのわずかな例にすぎないが、この伝統的な教えは、あとで疑いもなく尊重され、いつも教会において認められている。 最近になっで、超進歩的な神学者たちは、悪魔にだまされ、傲慢にも、キリストご自身の教えをゆがめ、悪魔も地獄もないなどと教えはじめてきた。かれらはこういう [続きを読む]