遊歩 さん プロフィール

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遊歩さん: 青草のやうに
ハンドル名遊歩 さん
ブログタイトル青草のやうに
ブログURLhttp://aokusa856.blog.fc2.com/
サイト紹介文人事句を中心に自作の俳句に写真を添え、拙い文を書き綴っています。
自由文俳句の出来や用意をできる写真、いつまで質を保てるか分かりませんが、続けられるだけやってみようと思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供90回 / 114日(平均5.5回/週) - 参加 2017/03/07 01:33

遊歩 さんのブログ記事

  • 昼寝覚
  •       故郷の川の溢れて昼寝覚前回、結社、カルチャーセンターなどが主宰する「句会」のことを書いたが、今回は自宅で参加できる「インターネットによる句会」のこと。 一つは、現代俳句協会インターネット俳句会である。ネット登録でいつでも参加することができ、参加者が互いに作品を評価する互選方式で行われる。グレード制でG1とG2に分かれ、6月度のG1に出句された俳句は988句、G2は779句であった。約590 [続きを読む]
  • 梅雨
  •         目薬の口まで垂れり梅雨入穴前に、リタイア後に軽いストレスを持つのはいいことなのだと言うことを書いたが、お金のことになるとそのストレスはいらない。リタイア後は、年金に生活を依存する家が大半だろうと思う。その年金に関するデータを少し年金の種類は、全員が加入している国民年金から老齢基礎年金が、会社員などが加入していた厚生年金から、老齢厚生年金が支給されている。他に厚生年金基金などからの給 [続きを読む]
  • 扇風機
  •      こきこきと壊れてゆけり扇風機「オノマトペ」はフランス語で、擬音語、擬声語、擬態語をいう。川がさらさら流れる、風がびゅうびゅう吹く、葉がはらはら散るなど、日常にも多くのオノマトペを使っている。俳句にこのオノマトペをうまく使えば、いきいきとした句にもなる。「覚えておきたい極めつけの名句1000」にあげられている句 鳥わたるこきこきこきと罐切れば   秋元不死男 ひらひらと月光降りぬ貝割菜   [続きを読む]
  • かたつむり
  •    しづけさに一途なるもの蝸牛   かたつぶり妻の一日一万歩 のんびりとマイペースで生きるということは、リタイアした身であれ、現役であればなお更になかなか勇気のいることだ。 私たち人間は「世間の目」という本来とるに足らないものを、気にすることを心に植えつけられてしまっている。 だから、自分に負担のかからない、のんびりした生き方を しようとすると、なんだか罪 [続きを読む]
  • 青梅
  •    青梅や昔どの家も子だくさん「句会」のこと 俳句の世界にも仲間同士の集まりがある。 指導者を持たない集まりもあるが、多くは一人の指導者のもとに結集をする。 こういう集まりを「俳句結社」と言い、「句会」は結社の会員が自作の句を出し合い評価・批評し合うため、その結社の指導者のもとで行われるものである。 こうした結社は、大小合わせると1000 [続きを読む]
  • 三尺寝
  •    年金の暮しに慣れず三尺寝   三尺寝から弁当に枕してリタイア生活やりたいことは、辞める前にはいくつも思いつく。でもいざリタイアすると、結局いつでもできるからなにもやらない、なんとなくダラダラと生活してしまっている。そんなことに思いあたる人に処方箋を一つ「リタイア後は自分でストレスをつくる」リタイア後は、ストレスは労働していた頃に比べると雲泥の差、自分で気づけないほどストレスが軽いのだそこで自 [続きを読む]
  • あぢさゐ
  •    七変化藍を濃くして了ひけり   一輪のあぢさゐうつる手水鉢句会に出す俳句は、句会が開催される時期の季語を入れて詠んだものならば、制約や約束ごとは設けられないのが普通であるこのような自由な出句の方式を、当季雑詠という。この自由題方式に対し、あらかじめ用いる季語や言葉が決められているものを、「兼題」という例えば今の時期であれば、蝸牛、紫陽花などの季語が、よく兼題に選ばれる。兼題がある場合の良いと [続きを読む]
  • 父の日
  •    父の日の鏡の中に父の顔明日は父の日 日本で父の日が知られるようになったのは、1950年頃、当時認知度は低く、一般的な行事として知られるようになったのは1980年代、ご多分にもれずデパートなどの販売戦略で父の日をイベント化したことがきっかけだそうだ。 私の父親は長い療養の上、若くして亡くなっているので、記憶に濃いものはないが、いくつかの句を詠んでいる。 [続きを読む]
  • 茄子の花
  •    待つ人の増えし来世や茄子の花「言葉を聞いただけですべてものごとがわかったつもりで いる。それはほんの一部をわかっただけにすぎないのに」 言葉でさえすべてのことを伝えるのは限界がある。 まして俳句はたった17数の文字で、思いが表現できるわけがない、伝わるわけがない。 では、なぜ俳句という文芸が成立するのか、それは「季語」というものが [続きを読む]
  •    麦秋の四人で掛けるこだま号私たち世代は今、思うことができる自由な時間を得ており、 その時間はそれぞれの思いで、自適に送っている。 人それぞれではあるが、その時間の使い方の選択肢に、事情がない限り、「旅をする」は、ほぼ皆にあると思う。 ここでは並の旅ではなく、ライフワークとして旅をしている人のことが書かれたものがあったので、項目のみ紹介する。 相当にご年輩の方々の [続きを読む]
  • 池田澄子
  •    急ぐこと諦めたからかたつむり先日、俳句の新しい形、工夫としての「口語」の俳句について書いたが、口語的俳句の名手といえば、池田澄子さんである。   じゃんけんで負けて蛍に生まれたの ご本人はこう言われている  これらの口語の句を作り始めた時、コレは俳句じゃないと  総スカンを受けそうで少し怖かった。 [続きを読む]
  • アマリリス
  •   アマリリス壊れさうなるオルゴール  いつまでも馴染めぬ暮しアマリリスアマリリスの花言葉は「輝くばかりの美しさ」らしいが、これは俳句でいうところのつきすぎ。 取り合わせ、二物衝撃風の「失いし恋」でいかがだろうか  あなたを捨てた男のためなんかに泣いては駄目。次の男があなたの  笑顔に恋するかもしれないでしょ。  メイ・ウエスト(米国の女優) [続きを読む]
  • 蝸牛
  •    君はまだそこに居たのか蝸牛俳句における「口語」の効果 所属する句会等に約束ごとがあればそれは別であるが、俳句、文芸が新しい表現を追求するのは、当然のことだと思う 歴史上もいろいろな新しい形の句が発表され、それらのことも俳句が長く続き、さらに愛好者が増えている要因のひとつになっているのであろう。その形、工夫の一つである口語を取り込んだ表現をみてみる。  着崩るることなき雛や夜が来る  [続きを読む]
  • さくらんぼ
  •    ことのほか病は軽しさくらんぼさくらんぼのうた そよそよ風が吹いてます 青い葉っぱが揺れてます 葉っぱの陰からさくらんぼ でたりひっこんだりかくれんぼ2、3歳児向けの歌らしい。手遊びがついたり、お遊戯がついたり・・サクランボが収穫される地域の保育園や幼稚園では、良く歌われているとのこと。さて、こんな愛らしいさくらんぼ。俳句の大先生方はどう詠んだか  茎右往左往菓子器のさくらんぼ   高浜虚子  [続きを読む]
  • 夏燕
  •    夏つばめ母の溜めをり紐や紙燕は、季語として冬を除けば各季節に登場する その燕は、どのようにそれぞれの季節を現わしているのかみてみる。 「仲春」 燕(つばめ)  子季語 乙鳥、乙鳥(おつどり)、玄鳥、つばくら、つばつくめ、 つばくろ、飛燕、濡燕、川燕、黒燕、群燕、諸燕、夕燕 燕来る、 初燕  燕は春半ば、南方から渡ってきて、人家の軒など [続きを読む]
  • 祭笛
  •    次の世も長男なるか祭笛長男あるある 1.責任感が強い  何事も最後まで責任を持ってやり遂げる能力を持っている。 2.人に対して思いやりがあり優しい  やさしい心の持ち主で、基本的に人に対して親切に接する。 3.何でもひとりで解決しようとして頑張る  人に頼ることができない性分なので、ひとりでなんとかし [続きを読む]
  • 夏歌
  •    夏燕サザンに変へる着信音「昭和の夏の歌ランキング」というのを見つけた選出方法など不明だが、ラインナップに納得したので載せてみる。 1. 勝手にシンドバッド       サザンオールスターズ 2. シーズン・イン・ザ・サン    TUBE 3. 夏の扉             松田聖子 4. 17才             南沙織 5. 世界でいちばん熱い夏      プリンセスプリンセス 6. 夏色のナンシ [続きを読む]
  • 水中花
  •    過ぎし日の青き錯覚水中花「昔のものは木を薄く削ったものや紙などで作られており、水に浮かべると花のように開き、彩色した花や魚などが現れた。今は下部に錘をつけグラスの中でまっすぐに開くようにしてある。江戸 時代は杯などに開かせたので、酒中花ともいう。」 歳時記の説明には、これぐらいしか書かれていない「水中花」だが 実際に発表された俳句をみると、この季語にはなにやら見た目だけとは [続きを読む]
  • 麦の秋
  •    古里の畑千枚の麦の秋   麦秋の波の向こふに母のこゑ   パンクせる自転車押しぬ麦の秋   麦の秋小さき駅の切符切り   麦秋の西へ傾く飛行船   私の故郷は、福岡県久留米市である。 前にこのブログで筑後川の菜の花を、夏目漱石の句で自慢をさせていただいたが、今回は麦秋、麦畑の自慢を福岡出身の俳人吉岡禅寺洞の句の解説を通して、自慢させていただく。  麦秋の人々の中に日落つる    吉岡禅寺洞 [続きを読む]
  • 冷奴
  •    何ごとも常と変はらず冷奴絹ごし豆腐は、豆乳をきめの細かい絹のような布でこしたものを、絹ごし豆腐だと思っていた。木綿豆腐は、豆乳をこすときに木綿を使用することが名前の由来になっているが、絹ごし豆腐は絹でこされているわけではないらしい絹ごし豆腐は豆乳とにがりを容器に入れて固めたもので、水分を多く含んでおり、食感が柔らかく絹のようにきめ細かいことから、絹ごしと呼ばれるようになったということ。その固 [続きを読む]
  • ソーダ水
  •    沈黙がちよつと切ないソーダ水 「ソーダ水」は、比較的イメージを自由にもてる季語。 ソーダ水を前にして句を詠む人、またその句を読んだ人は、ソーダ水になにを思ったか拾ってみた。  若き日を懐古している。むろん、味などは覚えてはいない。 ただそのころの甘酸っぱい思いがふっとよみがえり、やがて その淡い思いは、ほろ苦さに変わっていく。 歳をとること、とったことに、思いが重なる。 ソー [続きを読む]
  • 麦秋
  •    麦秋や近江のやうな蒙古斑   二番線越しに広がる麦の秋   村ぢゆうに風の騒めき麦の秋麦の秋は秋の文字を含みながら、夏の季語。麦の穂が熟すこの時期を、実りや収穫のシーズンである秋になぞらえて使っている。竹の春(秋の季語)や、竹の秋(春の季語)なども、このなぞらえをした悩ましい季語だ。実景を詠むことはもちろん「むぎあき」「ばくしゅう」と読んで、この季節の印象、心象を詠むことも。小津安二郎映画に [続きを読む]
  • 老い
  •    籐椅子に並び均しく老いにけり芭蕉は50歳で亡くなった。 平成の今、90歳を超えてなお元気な俳人は沢山おられる。その俳人たちが、芭蕉の経験し得なかった「老い」というものを、「夏の季語」でいかに詠んでいるか、まとめたものがあった。   涼しかり力尽きるといふことも     後藤比奈夫力尽きて死を受け入れることを「涼し」という。 力尽きるまでに、どれだけの満足を感じること [続きを読む]
  • 瓜きざむ
  •   瓜きざむ妻は貧しき頃のままわがままに生きるわがままを漢字で書くと「我が儘」あるがまま、思うがまま、願うがままの生き方を貫くということ。ところで私たちはわがままはいけない、ダメと教えられてきた子供の頃は特によくそのことで叱られ、大人になっては、集団の論理が先行し、自分の思うままというのは規律を乱す違反行為ととして罰則がついて回った。その結果、わがままはネガティブな意味に傾いてしまったのだ。だがも [続きを読む]
  • 茨の花
  •    野仏の開かぬ片目花いばら句会のたのしみ私の参加している句会のご婦人方はいきいきとしている。そのご婦人方、句会に参加する以前は、「○○さんの奥さん」「誰それちゃんのお母さん」としての立場でしか、社会と接していなかった方が、多かったのではなかろうかいま、参加の句会では、誰しも「○子さん」と呼ばれている。つまり、奥さんでもお母さんでも、女も男も老いも若いもなく、句会では作品を通して、自分個人なので [続きを読む]