赤べこ さん プロフィール

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赤べこさん: 全国銘邸巡り
ハンドル名赤べこ さん
ブログタイトル全国銘邸巡り
ブログURLhttp://tami2520.blog.fc2.com/
サイト紹介文全国の名家(皇族、大名、豪商、豪農、実業家、政治家、学者など)のお邸を探訪してまいります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供32回 / 100日(平均2.2回/週) - 参加 2017/03/07 20:18

赤べこ さんのブログ記事

  • 17 根津嘉一郎 熱海別邸 (熱海の市街地に建つ熱海三大別荘の一つ)
  • 「起雲閣」の名の、大正、昭和の浪漫あふれる名邸宅。非公開の岩崎別荘、今はない住友別荘、そして起雲閣と熱海三大別荘の一つである。熱海に行った際には必ず見ておきたい名邸である。起雲閣は、大正8年(1919年)に、日本三大船成金の一人、内田汽船の内田信也氏がこの地に別荘を建てたのが始まりであった。大正14年(1923年)に内田氏から東武鉄道の根津嘉一郎氏に売却され根津熱海別邸となる。昭和4年に東側に金剛 [続きを読む]
  • 13 堀田正倫 邸 (佐倉藩最後の藩主のお屋敷)
  • 堀田正倫は最後の佐倉藩主でした。明治になると正倫は東京に住んでいたが佐倉に居を構え、国の基本となる教育と農業に発展を尽くそうとしました、そこに堀田正倫の住まいとして、1890年(明治23年)に建築されたのが今回探訪した堀田正倫邸です。今回は特別公開に合わせ佐倉に向かいました。堀田正倫邸は明治23年に竣工し、現存する明治時代の旧大名家の屋敷として貴重な建造物です。 現在は堀田家から佐倉市に寄贈され市の所有 [続きを読む]
  • 12 山本栄之助 邸 (葛飾柴又・帝釈天の隣の豪邸)
  • おなじみの葛飾柴又の帝釈天の隣接地は、故山本栄之助邸で現在は山本亭として葛飾区が一般開放している。山本亭となった山本栄之助邸は、書院造の日本家屋ですが西洋建築も取り入れた、和洋折衷の建物として特徴されます。山本栄之助氏は、カメラの部品メーカー「合資会社山本工場」の創立者で、氏の住居として大正12年の関東大震災を期に、現在地に移転しました。大正15年から昭和5年までに増改築を何度か行いましたが、建築当時 [続きを読む]
  • 11 徳川 昭武 邸 (水戸藩第11代藩主の大邸宅) 
  • 千葉県松戸市 江戸川を望む松戸の高台に建てた、水戸徳川藩の最後の藩主(第11代)徳川昭武の邸宅徳川昭武の実兄は、最後の将軍徳川慶喜です。明治維新から廃藩置県後の明治16年(1883年)に、水戸藩主だった徳川昭武は家督を10代藩主(長兄)慶篤の遺児の篤敬に譲り、松戸の戸定が丘に移り住んだ。その後に昭武の実子の武定が、明治25年(1892年)に子爵を授爵したことで、新たな華族家として松戸徳川家が創設された。そのお [続きを読む]
  • 10 吉田兼儔 邸 (柳川藩中老の隠宅)
  • 福岡県柳川市には堀川が巡らされており水郷の町であり、柳川藩の城下町でもある。百年銘邸9の立花邸は柳川藩主のお邸として全国的に有名で観光地にもなっている。また北原白秋の生家が立花邸の直ぐ近くにある。その立花邸と白秋生家のすぐ近くに旧柳川藩の家老補佐役の中老を勤めた吉田兼儔(よしだたねとも)の隠居所邸が残っている。今は、柳川市が建物の管理をし「旧戸島家住宅」として一般公開をしている。こちらの邸は [続きを読む]
  • 9 立花寛治 邸 (柳川藩主立花家の邸宅)
  • 立花寛治邸は、福岡県柳川市にある旧柳川藩主立花家の屋敷。柳川市へは、福岡から約50キロ南に位置する町で、福岡の天神から西鉄で45分で行くことができる。城下町として、水郷の街として名高い街で水郷めぐりは柳川観光の目玉である。柳川は、戦国時代に蒲池氏の城下として生まれ、安土桃山時代は田中氏となり、江戸時代は立花氏の城下町となった。立花j家は、徳川家康に認められた立花宗茂が、棚倉(福島県)藩主に取 [続きを読む]
  • 8 高取伊好 邸 2  (能舞台のある大邸宅)
  • 高取邸は、明治28年から工事に着手し完成は39年で、約10年の歳月をかけたといわれている。高取伊好氏は、能に造詣も深く邸の中には本格的な能舞台もしつらえてある。2階の和室の角部屋で廊下も畳敷きで庭がよく見え直ぐ近くの玄界灘の海もよく見えるこちらは1階角部屋でにわをよく見渡せる客用玄関を入り左側が洋室の応接室になる 豪華な造りである。この時代のお邸は和洋折衷が流行ったのでしょうか?日本家 [続きを読む]
  • 8 高取伊好 邸 (唐津の石炭王のお邸)
  • 佐賀県の北に位置する唐津市は、人口12万5千人の中都市である。福岡市博多駅から1時間20分で到着する。佐賀県ではあるが福岡市のエリアになり、福岡への通勤圏にもなる。 昔から栄えた城下町で、いまでも唐津のシンボルである唐津城が健在である。天保の改革を行った水野忠邦が城主を勤めた時期もあった。城下町であるため、歴史的な建造物や旧跡が多く、街は全体は落ち着いた町にみえる。唐津には、炭鉱王となった高取伊好 [続きを読む]
  • 7 伊藤伝右衛門 邸  2(炭鉱王が残した贅を尽くした美の邸宅)
  • 建物は大きすぎてカメラに収まらない。敷地面積2300坪 建物面積300坪 庭園は国の名勝庭園に登録されている。建物は飯塚市の有形文化財に指定されている。伝右衛門は、二人目の妻に1911年(明治44年)に伯爵柳原前光の娘・燁子(あきこ−白蓮)を迎え入れる。大正の三美人の1人と言われた方で25歳の若き花嫁を迎えることになった。そのために日本建築の粋を集めて改築したのが、この「旧伊藤伝右衛門邸」です。 [続きを読む]
  • 飯塚市の中央駅となる新飯塚駅は、JR博多駅から福北ゆたか線で45分で着く。飯塚市は福岡県の真ん中に位置し、その昔は筑豊炭田の中心地区であった。飯塚で有名な人物に炭鉱王の伊藤伝右衛門がいる。伊藤伝右衛門といえば、NHK朝ドラ「花子とアン」に登場する炭鉱王のモデルとなった人物で、大正天皇の従妹柳原白蓮を二度目の妻にしている。その伊藤伝右衛門と柳原白蓮が暮らした贅を尽くした大邸宅を探訪した。 新飯 [続きを読む]
  • 6 鳩山一郎 邸 2 (東京・音羽御殿)
  • 鳩山家が文京区音羽に居を構えたのは、明治24年(1891年)で、洋館が完成したのは大正13年(1924年)です。その後平成7年(1995年)に最新技術を駆使した大規模修復工事を行い、当時の面影を忠実に再現するとともに、記念館と集会機能を備えて鳩山会館となり一般に公開しています。敷地は約2,000坪もあり、当時としては珍しい鉄筋コンクリート造のイギリス風洋館です。庭には、バラや四季折々の花々が咲き誇り、平和の象徴である鳩 [続きを読む]
  • 6 鳩山一郎 邸 (音羽御殿は元総理大臣のお邸)
  • 東京メトロ江戸川橋で降りて音羽通りを5分も歩けば、元内閣総理大臣鳩山一郎邸の門前に到着する。 鳩山由紀夫元総理や邦夫元総務相、威一郎元外相の実家であり鳩山御殿としても有名である。いまは鳩山会館として一般公開している邸宅なのだ。門の入り口付近はビルやマンションなど高層の建築物が建ち並ぶ。その間を縫って巾6メートルぐらいの坂が邸宅までの長いアプローチである。大きな桜や、丁度今盛りの紅葉が見ながら [続きを読む]