Julie さん プロフィール

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Julieさん: 毒の雫
ハンドル名Julie さん
ブログタイトル毒の雫
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/julie_neko
サイト紹介文毒親から受けてきた毒を一滴一滴絞り出しながら完全解毒を目指しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供21回 / 195日(平均0.8回/週) - 参加 2017/03/09 12:55

Julie さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 母を気持ち悪いと思った瞬間
  • 母子家庭の場合、母親が子供を八つ当たりの矛先にしたり、はたまた相談相手やカウンセラー代わりにしてしまうことが多い。しかし子供の方からすれば、そんな能力もないのに時には黙って受け止め時には優しくなだめなければならないのだから、たまったもんじゃない。自分の限界以上の事をさせられるので感情や思考がパンクし、アダルトチルドレンと呼ばれる大人になったり精神疾患を抱えたりするのである。私と母親もまさにそんな関 [続きを読む]
  • 妊娠、出産と聞くと沸き上がる複雑な感情
  • すっかりブログ放置。まぁ、ブログなんてそんな位置にあるぐらいが精神衛生上良いと思う。と、言うのも毒親と連絡を絶って数ヶ月が経ち、自分の精神状態が非常に良ろしいのでブログをすっかり忘れていた。次に顔を合わせる時の事を考えると恐怖がこみ上げるが。。。私は既婚子ナシである。自ら選んで子ナシなのであるが、それでも妊娠や出産の知らせを聞くと心がざわつく。私が子供を持たない選択をしたのは多々理由があるが、やは [続きを読む]
  • 恐怖の外食
  • 外食するとなると、母は、「あなたは何を食べたい?」と聞く。しかし私がそれに対し素直に「ラーメン」などとと答えると、母の機嫌が一気に悪くなる。それは母が求めていた答えでは無いから。なので正解は、「私は何でも良いから、お母さんが食べたいもので良いよ。」であった。しかし外食の本当の恐怖はここから始まる。レストランで出された物が、母の好みではなかった場合、母の顔が鬼の形相になるのだ。そして、「あなたはこれ [続きを読む]
  • 私が母のカウンセラーだった
  • 祖父母の家を出て、母と兄と私の3人暮らしになった。私は再び転校。その頃から、兄の私に対する暴力はさらにひどくなっていった。包丁を持って殴りかかって来ることもあり、逃れるためにファミレスで一晩過ごさなくてはならない事も度々あった。兄という暴れまわる敵がいたゆえに、当時の私と母は仲が良かった。一生懸命頑張るシングルマザーと、それを支える娘、という周りから見たら理想的な関係。そうした周囲からの「お母さん [続きを読む]
  • 写真の行方
  • この季節になると、ふと思い出す事がある。それは写真についてである。この時期は卒業、入学などの人生の節目であり、写真を撮る事が多い。写真館などではないが、私や兄も写真を撮ってきた。しかし母の家には、私と兄の幼少期の写真しかない。私たちが大きくなってからの写真はダンボール箱に入れられ、押入れの奥底に眠っている。兄も私も結婚しているが、式の写真なども全てぐちゃちゃにダンボール箱の中に入っている。それとは [続きを読む]
  • 私は私、母は母。
  • 解毒を目指す上で参考になればと思い、こんな本を読んだ。「私は私、母は母。」表紙にある言葉がグッと心に来たので購入に至ったのだが、結果としては読んでよかった!いろんなタイプの母親のケースが取り上げられており、自分の場合にバッチリ当てはまる物はないもののところどころで「うちと一緒だ」と思い共感できるものがある。そのうちの一つのケースでは、表面上は普通の親子のやりとりなのだが、母親のある言葉をきっかけに [続きを読む]
  • 祖父母の家を出て行くきっかけ
  • まだ私たちが祖父母と暮らしていた時の事であるが、また兄が家で荒れ出した。きっかけはささいな事であったと思うが、とにかく大声を出し暴れていた。すると見かねて止めに入った祖母を兄が押し返し、祖母がその場に倒れた。孫からそんな仕打ちを受けるとは思ってもみなかった祖母はショックを受け、その日から一週間近所に住んでいた伯父(つまり祖父母にとっての長男)宅に泊まった。おばあちゃんにそんな事をするなんて!と当時の [続きを読む]
  • 転校生は孤独
  • 父親に殺されかけた私と兄を連れ、母はとりあえず実家に身を寄せることにした。兄は受験で受かった私立の中学にそのまま入学し、祖父母の家から通った。私は祖父母の家の学区の公立小学校へ編入した。中途半端な時期の転校生であったため、クラスに馴染むのには時間がかかった。家庭内も混乱の時であったし、私の方も友達を作っていく気分ではなかったのかもしれない。なかなか友達ができなくて学校で寂しい日々だったのだが、母親 [続きを読む]
  • 忘れたくても忘れられないお風呂での出来事
  • ある時、まだお風呂に入っていないという何でもない理由で父親が怒りを爆発させた。その時もだいぶ酔っていたのできっかけは何でもよかったのだろう。素直に言うことを聞かないと、もっとひどいことになる事を短い人生経験で理解していた私は、すぐに脱衣所に向かい服を脱いだ。素直にさっさとお風呂に入って寝れば、これ以上殴られることはないだろう、と思っていた私だったが、この度は違った。父親が脱衣所にやって来て私の髪の [続きを読む]
  • お父さんもあなたを溺愛していたのよ
  • 母親は現在一人暮らし。祖父母から毎月生活費をもらって悠々と暮らしている。それなのに実家にはめったに顔を出さない。その祖父母も高齢になり、日常生活にも色々と支障が出てきた。つい先日、祖父が病院の先生から、緑内障が進んでおりあと数年で失明する、と言われた。いかんせん大病したことのない祖父である。失明すると言われた精神的なショックが大きい。そんな祖父に娘である母が放った言葉は「訪問介護頼んだら」というも [続きを読む]
  • ナメられた、とは。
  • 私は周りよりも早く、22歳で結婚した。無意識のうちに親から逃れて自分の家庭を持ちたかったのもあると思われるが私にとっては、大好きで一緒に暮らしたいと感じ相手もそう思ってくれる人が、たまたまその時期に現れたのだ。それまで私は自分の異性関係を母親や兄にひた隠しにして生きてきた。ゆえに、「交際している人がいる」と親に打ち明けた時の反応たるや壮絶なものであった。このあたりから、母親に対するなんとも言えない恐 [続きを読む]
  • 父の不倫
  • 母親が拒食症だった原因については多々あるだろうが、そのうちの一つは父親の浮気だった。開業医である父親と、その医院で働いていた女性。当時まだ20代だった母にとってどれだけの苦痛、傷になったことだろう。父親の手帳を見て、浮気相手と父親が会っている現場に子連れで乗り込んだのだそう。その後、とびきり高い指輪を買ってもらったと母親は武勇伝のように語っていた夫に対する感情が冷めてしまった母親は、ますます娘である [続きを読む]
  • 拒食症
  • 小学校低学年くらいの頃、母親が子供たちと一緒にご飯を食べなくなったことがある。帰りが遅い父親を待っているのでもない。「お母さん、ご飯食べないの?」兄と私は何度も聞いたが、こたえは「ううん、お母さんは今はお腹いっぱいなの」であった。今思えば、当時の母は拒食症だったのだ。ガリガリにやせた母親を見るのは子供ながらに辛かったので、たまに食事をとる母を見ると「お母さんがご飯食べてる!!!」と兄と一緒に喜んだ [続きを読む]
  • ファミレスへの憧れ
  • 裕福な家庭であったため、家族で連れだっての外食も多かった。特にフレンチやイタリアン、お寿司などであり、ファミレスというものには行ったことがなかった。学校のクラスメイト話によく出てくるファミレスがあり、私はそこで食事をすることに強い憧れを覚えた。和食なのか洋食なのかはよく分からないが、友達みんなが一度は行っており、自分だけが知らないお店。ある時、家族が揃う食卓でそのレストランに行ってみたい、という事 [続きを読む]
  • 子供を持たない選択
  • 私たちには子供がいない。いない、というよりは、持たないという決定をした。何か崇高な目的があるわけでも、経済的に困窮している訳でもない私が、なぜ子供を持たないのか。それはやはり親に関係がある。毒親に育てられた自分もまた毒親になる可能性が高いので、不幸な子供を増やさないため。そして、自分の親に孫を抱かせてたまるかという復讐心からである。正直そんな風に今だに毒親に振り回されている自分にガッカリもしている [続きを読む]
  • ダウンタウンのごっつええ感じ
  • 億ションに暮らしていた当時、時おり父親と母親が二人だけでマンション内にあるバーに飲みに行く事があった。その時間だけ、普段禁じられているテレビ番組を見る事ができた。ダウンタウンのごっつええ感じ、という大人気の番組だ。低俗で下品だという理由で禁止されていたのだが、両親がバーで飲んでいる間だけこっそり見れるのだ。見つかったら怒られるというスリル、番組そのものの面白さの虜であった。今日はバーに行かないのか [続きを読む]
  • 額に流れる汗と血
  • 2つ上の兄が小学校に上がるにあたって、一軒家を売り払いエリート学区内にある高級マンションに移り住んだ。プールやジム、レストランなどが完備されており、いつでもコンシェルジュがサービスしてくれる地域でも有名な億ションだった。きっと表向きは誰もが羨ましがるような、いわゆるキラキラした一家だったのだと思う。億ションに住み、ベンツに乗り、ブランド服に身を包み、子供は進学塾に通いエリートコースを歩む準備をする [続きを読む]
  • 毒親に自覚無し
  • 先日、母親が我が家にやって来た。たまには関心を示さないと「お母さんのことなんて、死ねば良いと思っているのだろう」と泣いて爆発するので、来たいと言えば迎え入れるようにしている。母が飛行機に乗る際に暇つぶしのために買った本があり、もう読み終わったのであげると言って来た。一冊は、日本史の本。もう一冊は、人前でのスピーチのハウツー本。そして3冊目が、アナウンサーの小島慶子さんの「解縛、しんどい親から自由に [続きを読む]
  • 一軒家
  • 生まれてから4年間は、父親が購入した一軒家で暮らしていた。バブル期とはいえ30そこそこで一軒家と高級車を所有していたのだから、やり手の男だったのだろう。私は小さかったのでその家での記憶は少ないが、今でも間取りは覚えている。一階にリビングとダイニング、台所があり、少し急な階段を上がると両親の寝室と子供があった。物心ついた時から父親は時折怒りを爆発させる気性であり、何かと理由をつけては私や兄を家の外に裸 [続きを読む]
  • 両親の結婚
  • 私は、昭和が終わりかけていた頃、開業医の父親と主婦の母親の間に生まれた。両親はお見合い結婚。母は大学卒業後すぐに結婚したいわゆる箱入り娘である。バブル絶頂期の二人の結婚式は、それは豪華だったそう。ちなみに父親にとって母は10数人目のお見合い相手。逃してなるものかと必死だったと祖母は語る。母親の方はと言うと父が4人目のお見合い相手であり、もう3人もすでに断ったのだから。。。という周りの圧力に屈して結婚を [続きを読む]
  • 毒親からの解毒
  • いつからこんなにも「毒親」という言葉を見聞きするようになったのだろう。初めてその単語にふれたとき、あまりにもしっくりくる表現に驚いた。自分の親が自分にとっては毒である、という事実。悲しいね。「毒親」という言葉を通して、同じように苦しんでいる人がたくさんいることも知った。ああ、自分だけではなかったのだ。というわずかな安心感。それぞれがその苦しみから逃れようと必死なのだ。毒親に苦しみ苦しめられている私 [続きを読む]
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