さくら さん プロフィール

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さくらさん: うまし うるわし 日本 〜神社仏閣・史跡めぐり〜
ハンドル名さくら さん
ブログタイトルうまし うるわし 日本 〜神社仏閣・史跡めぐり〜
ブログURLhttp://beautifulsky1.blog.fc2.com/
サイト紹介文神社仏閣や史跡などの写真メインのブログです
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供10回 / 44日(平均1.6回/週) - 参加 2017/03/13 14:00

さくら さんのブログ記事

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  • 四天王寺
  • 和宗総本山 四天王寺         してんのうじ大阪府大阪市天王寺区四天王寺山号:荒陵山宗派:和宗本尊:救世観世音菩薩開基:聖徳太子創建:推古天皇元年(593年)日本書紀によると、排仏派の物部守屋と宗仏派の蘇我馬子の武力闘争において蘇我氏についた聖徳太子が、形勢不利を打開するために自ら四天王像を彫り、戦に勝利した場合には、天王を安置する寺を建立すると誓願し、その誓いを果たし建立したとされる。南から [続きを読む]
  • 石舞台古墳
  • 石舞台古墳いしぶたいこふん奈良県高市郡明日香村7世紀初頭の築造と推定されている。被葬者は蘇我馬子との説もある。墳丘はなく石室が露呈しているため墳形は不明だが、昭和8年(1933年)〜昭和10年に行われた発掘調査で堀の跡が見つかり、方形であったと推定されている。30数個の岩の総重量は推定約2300トン天井岩だけでも推定約77トン。古墳時代より崩れずこうして残っていることに、当時の土木技術の高さがうかがえます。横穴式 [続きを読む]
  • 源光庵
  • 源光庵げんこうあん京都府京都市北区鷹峯山号;鷹峰山宗派:曹洞宗本尊:釈迦如来開基:徹翁義亨創建:貞和2年(1346年)正式名称は鷹峰山寶樹林源光庵。貞和2年(1346年)に、臨済宗大徳寺の徹翁義亨が隠居所として開いたものである。その後、元禄7年(1694年)に加賀大乗寺の卍山道白により曹洞宗として再興された。現在の本堂はその時に建立されたもので、「迷いの窓」「悟りの窓」と名付けられた二つの窓がある。また、本堂廊 [続きを読む]
  • 東福寺
  • 東福寺とうふくじ京都府京都市東山区本町山号:慧日山宗派:臨済宗東福寺派本尊:釈迦如来開基:円爾創建:嘉禎2年(1236年)鎌倉時代、摂政の九條道家が九條家の菩提寺として造営。奈良の東大寺、興福寺の二字をとり東福寺とした。嘉禎2年(1236年)から建長7年(1255年)までの19年の歳月をかけて完成された。本堂 明治の火事で焼失。昭和9年(1934年)の再建。三門(国宝) 室町初期の再建。変額は足利義持の筆による。開山堂 [続きを読む]
  • 権現堂堤(幸手市)
  • 権現堂堤ごんげんどうつつみ埼玉県幸手市関東でも有数の桜の名所。利根川の分流である中川(旧権現堂川)の堤防に約1kmに渡り約1000本の桜並木が続く。桜の時期以外にも、水仙・紫陽花・曼珠沙華の時期にも美しい風景が楽しめる。 [続きを読む]
  • 千鳥ヶ淵
  • 千鳥ヶ淵ちどりがふち東京都千代田区皇居の北西側のお堀。桜の名所。靖国通りから千鳥ヶ淵戦没者墓苑までの約700mは千鳥ヶ淵緑道として整備されており、桜の季節にはライトアップされている。お堀の両斜面に咲き誇る見事な桜。この時期は貸ボートが大人気。春風に舞い上がる桜吹雪。一面の花筏 [続きを読む]
  • 正倉院
  • 正倉院しょうそういん東大寺の北西に位置する校倉造の高床式倉庫。もとは東大寺の正倉(倉庫)であったが、現在は宮内庁の管轄下に置かれている。東大寺大仏開眼供養会にかかわる品々や史料、聖武天皇、光明皇后ゆかりの品々も納められていた。他にも唐やペルシャからの輸入品も数多く見られ、シルクロードの至宝が残されている。これらの品々の一部は、毎年奈良国立博物館で開催される「正倉院展」で目にすることができる。宮内庁 [続きを読む]
  • 奈良公園
  • 奈良公園ならこうえん「奈良県立都市公園 奈良公園」「名勝奈良公園」として公的に定められた公園の範囲としては、春日大社境内や正倉院の敷地は含まれていないが、広義の意味で一般的に奈良公園といえば、東大寺・春日大社・興福寺等を含めた一体を指す。奈良県庁からの眺め。開庁日は屋上が展望フロアとして一般にも開放されています。周辺に高い建物が他にないため、最高の見晴しです。穴場スポット。奈良公園といえば、鹿。い [続きを読む]
  • 東大寺
  • 東大寺とうだいじ奈良県奈良市雑司町宗派:華厳宗大本山本尊:盧舎那仏開基:聖武天皇創建:8世紀前半若草山麓に建てられていた金鐘寺が東大寺の起源とされる。大仏の鋳造が始まったのは、天平19年(747年)。聖武天皇が大仏建立の詔を発したのは天平15年(743年)であったが、当時は都は恭仁京にあり、聖武天皇は離宮の紫香楽宮におり、紫香楽で建立が始められたが、天平17年(745年)にふたたび平城京に都が戻り、東大寺の地で改 [続きを読む]
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