拓海 さん プロフィール

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拓海さん: 断袖分桃
ハンドル名拓海 さん
ブログタイトル断袖分桃
ブログURLhttp://muchasgracias908.blog.fc2.com/
サイト紹介文ゲイ(男性同性愛)的な日本史。戦前の日本の男色史を主として。明治時代の男色流行は圧巻です。
自由文どうやら日本の男色文化を否定し続けて近代化・西洋化した結果、現在の有様になったようだ・・・。消された
歴史の中から、生き残ったものを挙げていきます。

注意:当ブログは現代では不適切と思われる表現が使われておりますが、そのまま掲載しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供86回 / 37日(平均16.3回/週) - 参加 2017/03/23 00:28

拓海 さんのブログ記事

  • 柳原伯爵への処分を審議
  • 不良華族事件と例の醜聞の続報・・・。  果然、問題の柳原伯    宗秩寮で審議さる      家庭不取締り等で〔一二・二○ 東朝〕 宮内省宗秩寮では過般来から宗秩寮審議会開会につき協議中のところ来る二十一日宮内省において全審議官を招集開会することになつた、議題中特に注目されてゐるのは伯爵柳原義光氏の身分上に関する問題であるがその理由としていはるゝところは家庭不取締と同時自身の行動に兎角面白からぬ事 [続きを読む]
  • 鹿児島の男色「尻突き」
  •  おまい(私)が一中にはいった年、尻突きの名で呼ばれる青年の射精法は禁止になり、中学生でこの嗜癖を実行したものは退学になることに決まった。理由はこの習慣は少年の体格を悪くし、陸海軍の学校の学科試験に及第しても体格検査で落とされる者が多くあったからだった。 それでもおまいたち(私たち)は知っていた。寄宿舎で夜半、少年たちの「堪忍かにっしゃったもし」と悲鳴が長い間聞かれたことを。それはこの声が他の“ニ [続きを読む]
  • オウム真理教事件と謎のビデオ
  •          注意!当該記事にはグロテスクな表現が含まれています。 捜査当局が、オウム真理教の施設から押収した膨大な資料の中に、オウムの“変態ホモセックスビデオ”があったとの衝撃情報が9日、本誌の取材で急浮上した。現職、元自衛官のオウム信者たちが、オウムに完全にコントロールされていたのも、このビデオで脅迫されていたからだという。さながらオウム版美人局事件とも言えるが、そのビデオの中身は捜査員が [続きを読む]
  • 若衆茶屋の繁昌(明暦・万治・寛文)
  •  若衆歌舞伎は禁圧されたが、俳優には美少年が多く、大いに若衆狂いの魂をとろかした。この風潮をみて乗り出したのが若衆茶屋である。あたかも遊女屋の如く色若衆を抱え、美少年に恋する変態男をひき寄せた。明暦・万治・寛文にはじまり、貞享・元禄にわたって大いに繁昌した。江戸では葭町、木挽町、湯島天神裏、麹町天神、塗師町、芝明神前、京都では宮川町、大坂では道頓堀にこの茶屋があった。『人倫訓家図彙』にいう。「狂言 [続きを読む]
  • 男娼の客町人となる
  •  万治・寛文は武士や僧侶が主な色若衆の客であったが、延宝・天和と勢力が下漸して、貞享・元禄に至っては、だんだん町人の世界になってくる。権威と金力が分離したばかりでなく、黄金の光はいちじるしく四民の間に輝いて、大尽の声は周辺を払う景況になって来たと共に、彼等のお客も武士でなくなる順序である。相手が豪商大賈にもせよ、武士でなくなれば町人生活、町人の好尚に添う方が利益である。投合し易いためにも小姓風でな [続きを読む]
  • 学生の暗面に蟠れる男色の一大悪風を痛罵す(明治42年)
  •  特に痛恨すべきは始め僧侶によつて伝へられたる此この風が武士に移り、今や学生界に根を張るに至つた一事である。/夫その原因は最大要件たる美少年が同窓の友であるのと、社会の眼が男女関係に酷にして同性関係に寛なるとである。現に世の父兄=寧ろ母姉の間には、男色などは夢にも知らぬお方が大分だいぶある。こんな事では取締も何も出来たものではない。/級と級との衝突、ピストル騒ぎ、刃物騒ぎ、決闘など学生間の、珍事の [続きを読む]
  • 血をすすり合う儀式・・・
  •  また、これは見つかれば軽くて営倉、重くて退校の処分に遇うのだが、夜みんなが寝静まってから左翼の方の寝台へ遊びに行くこともやはり東京から来た先輩に教わった。「仲間」の仕事というのは、これが一番主なことであったのだ。(中略) そして生徒の間にすぐに一番の勢力を占めたのは、他の中学校を流れ歩いて来たごろつき連中だった。この連中はみな一人ずつごく年少のそして顔の綺麗なのをその親しい友人に持った。彼等はお [続きを読む]
  • 『続獄中記』より 大杉栄
  • 畜生恋 僕はいつも独房にばかりいて、雑房の方のことはよく知らない。雑房というのは、詳しく言えば雑居房だ。六人も八人も十人も、あるいはもっと多くの囚人が六畳敷か八畳敷かの一室にとじ籠められている。定員四名、現在十二名、というような札が、監房の入口にかけられてあるのも珍らしくはない。 多くは同じ性質の犯罪、たとえば泥棒は泥棒と、詐偽は詐偽と一緒に置かれて、数カ月乃至数カ年の間、仲よく泥棒や詐偽の研究を [続きを読む]
  • 太平洋戦争末期、トラック島の男色蔓延
  •  1944(昭和19)年4月、本土から病院船がやって来て、女性たちが乗って内地に帰還しました。病院の看護婦さん、施設の事務や電話交換、タイプ打ちなどをしていた女性たちはみないなくなってしまった。すると施設部では、またたく間に公然と男色にふける者が続出するようになった。 女性で島にいるのは先住民のカナカ族だけ。だから工員たちは彼らの部落に忍び込むのですが、カナカ族の男は「蕃刀」というものを持ち歩いて [続きを読む]
  • 海老名弾正回顧録
  •  予よが生活した頃の熊本は、実に不快な所であつた。洋学校の生徒は、土曜日の午後、熊本に家のある者は、帰宅したが、往復が甚だ危険であつた。熊本は、鹿児島と共に、男色の盛んな所で、洋学校の生徒は道にて、襲撃される恐れがあつた。随つて、我等は容易に外出せず、やむを得ずして外出する時には、隊をなして外出して、襲撃を妨ぐ用意をしたものである。海老名弾正先生 渡瀬常吉 1938年現代人には信じられない話である [続きを読む]
  • 寄宿舎の男色を防ぐために(明治42年)
  •  自分が親しく交際をした或ある文科学校の一教授の話に依よると欧羅巴ヨーロッパに於おいても青年の間に男色が行おこなはれるさうである。一室に一人の生徒或あるいは少人数の生徒を寝せしむるときには他人の目に掛らないやうに窃ひそかに罪悪を犯すことが出来る。所が一室に五、六十乃至ないし七、八十名の生徒を一緒に寝さすときには生徒同士で監督をすることになるからして悪いことをすることが出来ない。それで男色の弊を防ぐ [続きを読む]
  • また週刊誌に撮られた武藤貴也代議士
  • また議員宿舎に……武藤貴也は男に尻を撫でられお持ち帰り(文春オンライン)まだ議員やってたのか・・・。無所属で次も再選狙ってるとか野心家だな・・・。記者に何聞かれてもシラを切り通すって・・・・・。しかし、別に不倫してるわけでもないのに、またこんな記事書かれて写真まで撮られるって、お気の毒すぎる・・・・。ストレスで髪真っ白になってしまってるし。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 色若衆 男娼の盛衰
  •  寛永度に女歌舞伎が風俗壊乱の罪科を以て禁制され、承応度に若衆歌舞伎が停止された。女歌舞伎に代って興ったものだけに、この少年俳優も風俗壊乱者であった。そこで少年俳優の前髪を剃除することを条件として辛くも興行を許されたから、彼等の風采は著しく変化した。前髪を剃除した額口は真青な月代を残し、野良額(やろうびたい)という例の体裁にならなければならなかった。これからは野良歌舞伎と言われもした。少年俳優は若 [続きを読む]
  • 寺小姓 男小姓の一生
  •  自分が熟聞しているのは、東叡山の寺小姓の事に就ての話である。寺小姓といえば大抵旗本御家人の子供で、それも次三男であった。手習学問のためという名前で寺入りをさせる。勿論手習学問もさせる。抹茶、立花、香道その他の雑芸までも躾ける。親達は学芸を目的に不自然な行儀をさせて顧みないのかと思うとそうではない。目的は別にある。七八歳から寺へ引取って、本人の好むままに衣服調度を与え、その上望みのままに何の稽古で [続きを読む]
  • バテレンの男色批判に憤然とする大内義隆
  •  王は快活に彼らと語り、彼らの航海やインドやヨーロッパのことについて二こと三こと訊ねた後で、パアデレたちが自領内で説くことを熱望している新しい教えについて彼らが語ることを聴きたいと言った。 そこで、パアデレはイルマンフェルナンデスに命じて、かねて日本の言葉に翻訳しておいた例の帳面から、宇宙の創造とデウスの十戒とを読み聞かせた。偶像崇拝の罪と日本人が陥っていたいろいろな誤りとを説いているうちに、ソド [続きを読む]
  • 東京防衛軍を新設、司令官は飯村中将
  • [昭和20年6月29日 毎日(東京)] 本土決戦に必勝を期する陸軍では本年二月、本土に軍管区制を布き、四月には更に総軍司令部を創設し、また過般中国、四国両地方に軍管区を新設するなど、大東亜戦争の最終段階に処して着々必勝態勢の整備、強化を図りつつあるが、今回本土防衛のうち最も重要なる帝都の防衛強化のため東京防衛軍司令部を新設することになり、この旨、二十八日、陸軍省から次のごとく発表され、同時に同軍司 [続きを読む]
  • 繁華街で米兵のギャング続発
  • [昭和20年9月12日 朝日] 連合軍の帝都進駐による事故発生は、警視庁当局の発表にも見られるように全般的に極めて平穏と認められるが、九日頃から全く悪質な、いわばギャング張りともみられる事件が銀座、大森方面に発生しているから、都民も充分な注意が肝要。 九日午後七時ごろ、大森区新井宿二ノ一七三番地附近道路で大森区馬込町東一ノ一四一九芝区議岩田幸左衛門氏(三三)が現金千五百円を、やや遅れて同番地附近で [続きを読む]
  • 南方熊楠と羽山蕃次郎との交接(明治32年)
  •  さて一年ほど建て国の中学校の寄宿舎で小生しょうせいの麁族そぞくに有名な美少年、羽山蕃しげ次郎といふものを尋ねた。古歌にも「筑波山は山しげ山蕃しげけれど思ひ入いるにハさハらざりけり」と有る如ごとく、小生に思ひ入いれて、これを恋ひ出せしが一向面には出さず、ある日雪ふり風すさみて、他の学生、皆正月休みに帰郷し、この少年一人風の心地にて閉居へいきょし、炬燵こたつにあたり居る所へ尋ねゆき、同人臥しながら、 [続きを読む]
  • 男色の連理樹(明治45年)
  •  支那には男色の連理樹さえあり。董斯張の『広博物志』巻二○にいわく、「呉の潘章は、少わかくして美なる容儀あり。時の人競いてこれを慕う。楚国の王仲先、その美名を聞き、故とくに来たり求めて友となる。よって同ともに学ばんことを願い、一見して相愛し、情夫婦のごとく、同衾共枕す。好交やむことなく、のちともに死す。しかして家人これを哀れみ、よって羅浮山に合葬す。塚の上にたちまち一樹を生じ、柯条枝葉、相抱かざる [続きを読む]
  • 美しい男同志の恋(大正4年)
  • ▽雑司ヶ谷墓畔の悲劇 空どんよりと打曇うちくもつた、夏の終おわりの或ある日の午後の事、四時過ぎの光線が埃ほこりの白い青葉の上に時々照てらしつけてゐた。此処ここ雑司ヶ谷ぞうしがやの共同墓地に悄然しょうぜんと立つた老人の夫婦がある。それから、十分間ほど経つて同じく年寄としよつた夫婦の者が、数名の若い者に抱かれるやうにして、急いで其処そこにやつて来た。此この二ふた組の夫婦は、いづれも似たり寄つたりの身姿 [続きを読む]
  • 同性愛を隠すために・・・
  • これは今は亡き某検察官の著書にあった話で、この検事が担当した昭和末期に大阪で起こった贈収賄事件に関するものである。つまり今から30年以上前の話だ。通称「阪大ワープロ汚職事件」である。「府職員が公金を私的流用している」という告発状が地検特捜部に届いたのだ。担当したのはこの検事で、捜査を進めるてゆくとその件とは別の意外な構図が徐々に表に現れてきた・・・。ワープロ機器販売会社社長が、大阪大学事務局長の口座 [続きを読む]
  • 世界大百科事典『男色』
  •  男性の同性愛。とも読む。人間社会には太古から男色は存在したと考えられる。古代の神話や伝統の多くに、例えばギルガメシュとエンキドゥ(《ギルガメシュ叙事詩》)、ホルスの腿間にペニスを挿入したセト(《ホルスとセトの争い》)、イエスがだれよりも親密な交わりをもったヨハネ(《黄金伝説》)など、男色を疑わせる話がある。またR・バートンの《千夜一夜物語》英訳本の巻末論文にはの一節があって、古今東西のおびただし [続きを読む]