マリラ さん プロフィール

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マリラさん: 目覚めた朝には
ハンドル名マリラ さん
ブログタイトル目覚めた朝には
ブログURLhttp://monmo36.blog.fc2.com/
サイト紹介文不満と不安が蓄積し、徐々に心が不安定になっていった私の、離婚決意からの日々
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供20回 / 36日(平均3.9回/週) - 参加 2017/03/25 22:23

マリラ さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 夫の甘い考え。
  • 夫と話し合いの中で、ビックリした言葉がある。「迷惑しているのはこっちもだ!」そう言い放ったのだ。ならば、もっと早くにどうにかすれば良かったのに。しかし、その言葉にも「そんな簡単にいかないんだよ」そう言って逆上した。「いやいや・・・何もしていないよね! 何かしてから言ってよ」そう言うと、黙り込んでしまった。自宅と、義母たちが住んでいるマンションを売って全部現金化してから清算だ!私が困るのかと思ったよ [続きを読む]
  • ずっと足踏み状態。
  • 年末から、夫とは殆ど口をきいていない。1月の話し合い以降、目を合わすことさえ避けた。話し合いと言っても、夫の逆上だけで終わったようなものである。今更言われても困るといった感じでこの20年間、全く考えてもいなかったようだ。「20年も前からそんなことは言っていない!」なんとも的外れなことを言って怒ったのだ。「だったら10年前のマンション購入をしてからでいいよ」呆れた私は、そう言って鼻で笑ってしまった。何年前 [続きを読む]
  • 別居から離婚への変化
  • 昨年末、いま抱えている問題が解決しなければ別居したいと夫に打ち明けた。年が明け、1ヶ月が過ぎた頃「で、どうなの?」その後、解決する意思は全く無い様子。えっ、何が???といった感じの顔である。ここまでに至った経緯は沢山ある。細かい理由が長年蓄積しコレだよと一言では言えない。「コレもだよ」が正しいかも。いくつかある理由で夫に分かってもらえる理由を突きつけてある。やはり、引きこもりの義姉のことだ。10年前 [続きを読む]
  • 浮気よりも気になること。
  • 新婚旅行から帰宅後すぐに夫は海外へと出張に出た。広告代理店に勤める夫はカレンダーの撮影ということでモデルさんたちと一緒であった。現在ほど携帯が普及していなかったため、出張中は連絡が途絶えていた。しかし、決してマメではない夫が宿泊先のホテルからFAXを送ってきたのである。・・・・・変だなぁ・・・・FAXには、お土産に黒真珠のピアスを買ってくると書いてあった。交際中は、プレゼントなんて殆ど貰ったことなどない。婚 [続きを読む]
  • アレルギーを誘発させるほどのストレスとは。
  • ここのところ、体調が思わしくない。急に暑くなったせいか、気圧の変化が気になる。朝は目覚めがとても悪い。息子を起こした後は、目眩と頭痛に襲われ、そのまま昼近くまで、気を失ったように寝てしまうのだ。不調は数年前から。何度か病院で相談をしたことがあるが、更年期、鬱、運動不足、免疫力低下などこの年ではお決まりの診断。「 毎日、ノートに、どのような症状かを書いてください 」「 朝早く、同じ時間に起きて、10時前 [続きを読む]
  • 気配の無い家に。
  • 新婚旅行から帰宅。お土産を持って、夫の実家へ行くことに。義父は単身赴任中で不在であった。古いアパート。らせん階段を歩くと、部屋中に響いた。隣の部屋の物音も筒抜けである。義母の甲高い声が、廊下まで響いている。ところが、同じ部屋にいるはずの義姉の気配が全く無い。本当にいるのだろうか?猫が歩く足音が聞こえる。ニャーと鳴く声。しかし、義姉の気配は感じないのである。息を殺し、潜んでいるのだろうか。怖い!1時 [続きを読む]
  • 毎度残念な土曜日。
  • 10時過ぎに起床。トイレの後、着替えて新聞を取りにポストへ。のんびりと昼食を兼ねた朝食。夫の週末ルーティンが始まった。午後からジムへ。自ら希望して入会したわけでは無い。特に趣味も無い夫。週末は、撮りためたTV番組を1日中ダラダラと見て過ごす。見る番組が無いときは、ずっと本を読んでいる。トイレとタバコの時以外はソファを離れることは無い。私には目障りであった。仕方なく私が誘って、一緒に入会したのである。 ( [続きを読む]
  • 鈍感は罪である。
  • 夫は鈍感だ。ひとの心の中を忖度することが出来ない。20年の結婚生活で、このことは全く変わらなかった。指摘すれば「あぁ、なるほど」となる。しかし、その1度限り。次もまた、同じことを繰り返すのだ。新婚旅行中、懲りずに例のご夫婦に近づきフレンドリーに話しかける夫。相手のご主人が私に近づき「 どういうことですか? あれっ! 」と、半ば呆れ気味の様子。「 ごめんなさい。 病気かも 」そう言って、笑うしかなかった私 [続きを読む]
  • 新婚旅行で知ったこと。
  • 結婚式から数日後、仕事の都合で遅れた新婚旅行へと向かった。夫は英語が話せない。私も得意ではなかった。それでもお構いなしの夫は、日本語が話せないレストランを選んだり、日本人が少ないツアーを選んだ。冒険心が強い・・・のでは無い。私が少しだけ話せるかも・・・それだけの理由だった。マイアミ空港でスーツケースが消えてしまったときの、トラブル対処も。バスの時間やレストランへの道を尋ねることも。全て私任せだった [続きを読む]
  • おかしな人たちに囲まれて。
  • そもそも、この結婚式と披露宴は、必要だったのだろうか。改めて不愉快になっていた私である。私たち夫婦の仲人さんは、少し変わった人だ。何度かお目にかかったが、そのたびに、延々と自分自身の話をする。どこにもオチは無く、ひたすら自分のことを・・・。出産後、子どもを連れて遊びに行ったときも、相変わらず自分の世界に入っていた。子どもには、全く興味の無い様子だった。ひとり、世界中を旅しながら写真を撮り、帰国する [続きを読む]
  • 初めましての義父と。
  • 「 初めまして、Y子です。 」招待客と見間違うほど、よそよそしい姿の義父であった。式場の待合室の外では、両家の親戚が入り乱れ、待合室では、誰ひとり席に着いていなかった。待合室の前にある椅子。そこに、ぽつんとひとり。義父が居心地悪そうに座っていた。夫に紹介され、初めての対面だ。こわばった顔で立ち上がり、「あぁ・・・初めまして。すみません」そう言うと、両手をピンと伸ばしたまま、直立不動であった。散々、夫 [続きを読む]
  • 土曜日の夫は。
  • 気圧の変化に、とても弱い私である。夜中に吹いた強い風のせいで眠れぬ夜を過ごした。そのせいで、この2日間、頭痛に悩まされ、体調が優れなかった。週末は、ただでさえストレスである。お昼近くまで寝て、TV・・・午後からスポーツクラブ・・・「 夫の土曜日 」 が始まった。私は、わんちゃんにごはんをあげる。息子を起こし、掃除機を掛け、洗濯物を干す。そして、早々に家を出て、、近くのカフェで早めの 「 おひとりさまランチ 」 [続きを読む]
  • 引きこもりの理由に。
  • ・・・親戚には20年以上会っていないので、そこで何を言われるかどうか分からない。そのため、結婚式には出席させられない。・・・義姉の結婚式への欠席理由であった。どうやら、寝たきりではないらしい。私自身も、親戚とは頻繁に会うことは殆ど無い。遠く離れた親戚なら、20年以上会わないなんて、よくあることではないか。しかし、夫と義母は、頑なだった。この時から少しずつ、義姉のことが分かってきた。高校の卒業を控えた頃 [続きを読む]
  • 義父と義姉の問題に。
  • 結婚式が近づくにつれ、ひとり悩んでいた。まだ一度も、義父と義姉に会ったことが無かったのだ。単身赴任中の義父は、私たちに何の興味もないのだろうか。結婚式には来るのだろうか。仲人さんとの食事会と同じように、呼んでいないなんてこともあるかもしれない。そもそも、自分の息子が結婚することを知っているのだろうか。夫に聞いてみたが「お袋が言っている」それだけだった。義姉はどうなのだろう。引きこもりという言葉が、 [続きを読む]
  • 結婚式の憂鬱は。
  • 着々と進む結婚式の準備。気乗りしない私は、お色直しは無しにして欲しいと式場の人にお願いした。20年ほど前のホテル挙式のプランには、あまり自由度が無く、お色直しの回数と、着用できるドレスの枚数も決まっていた。私は、真っ白なウェディングドレスだけで、式と披露宴を過ごすことを、式場の人に懇願した。しかし、説得され、もう1着ドレスを着用することとなった。憂鬱だった。私にとって、この結婚式は、全く意味のないも [続きを読む]
  • 仲人さんとの食事会の日に。
  • 夫はどうやら、見栄っ張りのようだ。そのため、話を誇張したり歪曲したりする。嘘つきと詰られるほどではない。外見も実直そうな好青年だったので疑う者はいなかった。どうやらそれは、義母も同じだった。おしゃべりで愛想が良く、親切で人当たりも良い。20年以上もひきこもった娘がいるなどとは誰も想像だにしない。私もこの時点では、長い引きこもりだとは思わなかった。仲人さんとの食事会に、義父は来なかった。まだ一度も挨拶 [続きを読む]
  • 結婚式への不安は。
  • 「結婚式、早くしようよって言ったんでしょ! 当たり前だよねぇ。 女性なんだから、色々準備あるよね」夫の友人たちは、笑いながら私にそう言うと、そばで照れる夫をからかっていた。その言葉に、始めは理解が出来ずただ黙っていただけだった。すぐに「違う」と否定したかったけれどその場の雰囲気を壊すことは出来なかった。やんわりプロ-ポーズを断った記憶はいつの間にか消されていたようだ。結婚式は、むしろ、夫がやりたが [続きを読む]
  • 義母との初対面の日。
  • 初めて義母に会った。場所はファミリーレストラン。「家が狭いから」という理由だった。義母は、絵に描いたような小太りでニコニコした、よくしゃべる田舎のおばちゃんという感じだった。一方的に息子の自慢話をしていた。どこの家もこんな感じなのだろうかと、黙って聞いていたが、時折、「ねぇ、あのことは言ったの?」「あのことは承知したの?」と、夫に耳打ちしていた。「大丈夫だよ」夫は言った。大丈夫って、何がだろう・・ [続きを読む]
  • つきあい始めた頃は。
  • 付き合っていた当初、引きこもっていた義姉の話は殆ど聞かされていなかったむしろ、義父の話がよく話題に上っていた。夫が中学生の頃、義父の地方への転勤の話が出た。家族を伴って移る気でいた義父に、家族誰ひとりついていかなかった。小さい頃、田舎で生活をしてきた義母にとって田舎に戻ることは、屈辱以外の何物でもなかったのだと思う。その頃夫は私に、「変わり者の親父で、月に何度か帰る生活を30年以上続けている」と言っ [続きを読む]
  • 不安と不満で溢れかえった日の朝。
  • 20年以上も結婚生活が続いたことは驚きだ。銀婚式や金婚式を迎える夫婦にとっては笑っちゃうほどの短さだけれど。今までの事が全て嫌になった瞬間だった。この日の朝からずっと「離婚」の文字が頭から消えない。いえ、消さない。その日の夜、堰を切ったように夫に不満をぶちまけた。理由はいくつもあったが大きな問題は夫の姉のこと。その問題に不満が絡みつくように私の心は徐々に不安定になっていった気がする。義姉は、40年以上 [続きを読む]
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