ebisu2017 さん プロフィール

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ebisu2017さん: 人生と旅・読書 村上春樹感 アメリカ放浪記
ハンドル名ebisu2017 さん
ブログタイトル人生と旅・読書 村上春樹感 アメリカ放浪記
ブログURLhttp://ameblo.jp/ebisu2017/
サイト紹介文人生は旅。死ぬまで心の旅は続く。人生で出会った作家。小説の読書感。芭蕉やアメリカ旅。若い日の思い出。
自由文私の好きな、村上春樹氏の作品、並びに、ビブリア古書堂の事件手帖の後半の作品の読書感を、強烈な偏見で描いていきます。

また、松尾芭蕉のファンとしての、芭蕉の句の裏に込められた秘話なども紹介していきます。

それに、若き日のアメリカ放浪記も、折に触れて書きたいと思います。こちらは、フィクションですが、体験に基づいています。

それと、ちょっとした日常のエピソードも。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供57回 / 101日(平均4.0回/週) - 参加 2017/03/29 18:38

ebisu2017 さんのブログ記事

  • 人をさばくな 聖書
  • 人を裁くな マタイ7,1-6人を裁くな。自分が裁かれないためである。あなた方が裁くそのさばきで、自分も裁かれ、あなた方の量るそのはかりで、自分も量り与えられるであろう。 若いころは、これを恐れて、他人を評価しなくなった。簡単に言えば、言いたいことを我慢していた。しかしながら、反対命題を考えれば、「人を裁け。そうすれば、そのさばきで裁かれるだろう」となる。 裁きを怖がり、批評しないのではなく、相手の長 [続きを読む]
  • 人生の軸とは
  • 科捜研の女をご存じだろうか。沢口靖子主演のドラマである。京都府警で科学捜査研究員として、活躍し難事件を解決していく。その16の7「爆弾配達人」に出てくる言葉に、思わずうなった。 最も忘れられない、嫌な思い出が生きる軸になるというものであった。誰にも、深く傷ついた思い出や、忘れたい過去が、一つはある。それは、文字通り、頭からなくしたいものである。その出来事を、生きる糧とするというものである。 これは、 [続きを読む]
  • 辻 仁成 世界は幻なんかじゃない
  • 1976年9月6日前代未聞の事態が、函館空港で起こった。ソ連戦闘機ミグ25が着陸したのである。もちろん、許可なしの、強行着陸である。乗っていたのは、ビクトル・イワノビッチ・ベレンコ空軍中尉。冷戦時代の、共産主義社会から、自由主義社会への亡命であった。 辻氏は、当時高校生で、教室の窓からミグの機体を見ていたという。窓が震えるほどの振動で、尾翼の赤い星が明確に見えたらしい。自由を求めて、ベレンコ中尉は、亡命 [続きを読む]
  • イエスの最期
  • 「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」 (マタイ27,46)深い言葉である。神の一人子として歩んできて、何が納得いかないのか、というべきレベルではない。それは、神に裏切られたのではない。そう解釈しては、いけない。イエスは、神の御心をすべて知っていて、預言通りに十字架に就いたのであるから。 この言葉の一端でも理解しようとしたならば、そのイエスの足跡をたどらなければ、わからない。私たちには、イエスとともに信 [続きを読む]
  • イエスの十字架の預言
  • イザヤ書53章 ( )は私の追加です。 彼は侮られて人に捨てられ、病(罪)を知っていた。また顔をおおって忌み嫌われるもののように、彼は侮られた。我々も彼を尊ばなかった。まことに彼は我々の病を負い、我々の悲しみを担った。しかるに、我々は思った。彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。 しかし、彼は我々のとが(罪)のために傷つけられ、我々の不義のために砕かれたのだ。彼は自ら懲らしめを受けて、我々に [続きを読む]
  • 詩篇とイエス
  • 詩篇とはダビデ王が詠んだとされている詩である。詩篇22,1にこう書いてある。わが神、わが神、何ゆえ私を捨てられるのですか。 22,16−19には、こうも書いてある。まことに、犬は私をめぐり、悪を行うものの群れが私を囲んで、私の手と足を刺し貫いた。私は、自分の骨をことごとく数えることができる。彼らは目を止めて、私を見る。彼らは互いに私の衣服を分け、私の着物をくじ引きにする。しかし主よ、遠く離れない [続きを読む]
  • 「卒業」したもの
  • 卒業 [ 東野圭吾 ]637円楽天 人生は、卒業の連続である。学校・趣味・娯楽・恋愛・・・様々なことを始めては、卒業してきた。 人生の中で卒業できないものは何だろう。それは、自分の気持ちや、環境に左右されないものになる。 仕事・・・転職、定年で卒業する。また、解雇により、再就職を余儀なくされる。自分が好むと好まざるとにかかわらず、自分の居場所を探し求めていく。 結婚・・・死ぬまで添い遂げるか、離婚して卒業す [続きを読む]
  • 村上春樹 23 騎士団長殺し
  • 騎士団長殺しを読み終えた。それは思いもよらぬ結末であった 。そこには夫婦の救いが述べられていたからである。 これを読んで思い出すのは,ねじまき鳥クロニクルである 。その小説で僕は古い井戸をタイムマシンとして使い、過去と現在を行き来しながら、現在の問題を解決していった。だが、夫婦の救いまでは、述べられていない。 最後は、裁判になるであろう妻を、見守るところで終わっている。  騎士団長殺しでは、仏教 [続きを読む]
  • 海辺のカフカ2
  • 「海辺のカフカ」には救いがある。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」にはない。世界の終わりは、1985年、村上氏の執筆初期に当たる。海辺のカフカは、2002年であるから、17年が経過している。世界の後、ノルウェイの森・ダンス・ねじまき鳥と進化していく。ダンスあたりから、村上氏は救いを描くようになっていった。主人公僕が旅を終えると、愛する対象を手中に納めていく。ワンダーランドで私はシャフ [続きを読む]
  • 海辺のカフカ
  • 霊的な救いの書である。僕こと田村カフカは、母に捨てられ、父に呪縛をかけられる。愛情の飢餓感の中で、母を求める旅が始まる。四国の高松の甲村記念図書館で佐伯さんに出逢い、母を見る。佐伯さんは、失われた恋人を僕に投影し、重ねていく。ここでも、村上ワールドは、二つの世界を出現させている。霊的世界と現実世界が僕の過去の思いを解決していく。現実的な出来事なのか。夢の中の出来事なのか。白昼夢を見ているような、小 [続きを読む]
  • 珈琲ブレイク 10
  •  1983 モスクワ・ニュース 1億5千万年前のジュラ紀の岩から 小学4年生の時だったろうか。恐竜映画がやってきた。「恐竜百万年」もちろん、人と恐竜は戦いながら生きていた。私は、恐竜と人間は共存していたと頭に刷り込まれた。 中学生になると、人類の登場は100万年前(当時)と学習した。その社会での学習を受け入れながらも、心のどこかに疑問が残った。恐竜だけの世界では、何かが足りない。そう、面白くないのである [続きを読む]
  • 珈琲ブレイク 9
  • 朝日新聞  2006 12 Varanus komodoensis コモドドラゴン 13年前になる。朝日新聞の記事が目についた。私が、この動物を初めて目にしたのは、中2生の時であった。つまり、45年前になる。今でもその時のことは覚えている。お風呂から出たばかりの下着姿で、パジャマを着ようとしていた。 テレビ画面が、乾燥した草むらを映し出していた。灰褐色の恐竜、そう見える動く動物が現れたのである。先割れの下を、出し入れしな [続きを読む]
  • 珈琲ブレイク 8
  • 煙草を吸わない人が少数派の時代があった。大学時代、剣道部の練習の後、車座で話し合う機会を持っていた。今日の反省と、情報交換の場であったが、皆煙草を吸った。吸わないのは、私だけであった。なんとなく、疎外感を感じた。 時代は、変わった。今は、その逆であろう。吸う人は、少数派になり、また、健康志向から禁煙が普通になった。時代は、必ず、逆転していく。これも、不思議の法則である。価格も4倍近くになり、未成年 [続きを読む]
  • 「中田英寿 誇り」に見る孤高の研究
  • ここでは、内的な孤独について、語りたい。「彼は、孤独な戦いをしている」と、感じたはずである。それは、彼の最後のサッカー人生の大きな大会である、ドイツワールドカップの時のことであった。 ワールドカップ予選後、記者会見の席でも、一切、楽観的な言葉は発せずに、「このままでは勝てない」を繰り返していたと記憶している。その姿は、まるで神風特攻隊の隊員のように見えた。 結果は、クロアチアと引き分けたものの、オー [続きを読む]
  • 珈琲ブレイク8 相棒12による孤独の研究
  • 「マディソン郡の橋」 ロバート・ジェームズ・ウォラー氏へ捧ぐ 甲斐亨が杉下右京の相棒だったころに、毒島という、毒舌のネット評論家がいた。 独り暮らしで、定職もなく、紅茶を好み、孤独な生活をしていた。隣りに越してきた、水商売の女に惚れて、その恋人との痴話げんかに巻き込まれ、女を刺し殺してしまう。 ここでは、そのいきさつは詳しくは語らないが、その生活と態度が、いやに私の心に残っている [続きを読む]
  • アメリカ放浪記 10
  • 12月31日の夜、3日間の修理を終えて帰ってきた車に乗り、グランドキャニオンに出かけた。 寒い日であった。空気は澄んでおり、さらに乾燥した外気は、車から降りると、刺すような刺激を顔に残した。 かの地に降り立つと、もうすぐ夜明けが訪れる時刻である。夜空に輝く星々の世界は消え失せつつあった。 新年をここで迎えることになるとは、夢想だにしなかった。一番アメリカらしい新年の迎え方は何ぞや [続きを読む]
  • コーヒーブレイク 7
  • 自由って何だろう?16年ほど前になるが、考えていたことがあった。自由になるには、頼らないことである。頼れば頼るほど、憎しみも深くなる。これは、逆説的なことである。愛情とは、相手に頼ることであると勘違いしていたのである。相手に頼るとは、自分にも頼ってほしいということである。この連鎖は、悲劇を生む。 家庭内暴力が、ニュースで問題になっていた。親に、暴力をふるい、不登校になる。反抗期には、親への依存度が [続きを読む]
  • コーヒーブレイク 6
  • 久しぶりに県西 公園に行った。 桜が 風に舞っていた。桜の花吹雪の下を歩いていると、強い風が吹いて来て、桜の木々を揺らした。その時、ふと頭に言葉が浮かんだ。 風の歌を聴け、と。私は風の方角を向いた。風が私に何か語りかけている気がした。村上氏の処女作の題名である。しばらく歩いた。風の声を聞こうと。耳を澄まして。風は私の耳にその風音を残すだけ。 私は花びらが積もり溜まったベンチの前で、立ち [続きを読む]
  • 村上春樹を 13−2 森と多崎つくるとの関係
  • この小説は、題名に、「巡礼の年」となっている。巡礼の旅ではない。そこに大きな意味がある。本文には、「フランツ・リストの巡礼の年」をシロが弾いていた、とある。とすれば、ノルウェイの森などにあるように、当然ともいえるのだが。裏には、深い意味が込められていると推察される。 つくるの年齢が問題なのである。三十八歳、この年こそがこの巡礼の年でなければならない。どういうことか。一言でいえば、二人を救 [続きを読む]
  • 村上春樹を 9 羊をめぐる冒険 2
  • あらすじを8で書いたが、ここでは、私の読書感を書いていく。僕にとっては、鼠は僕の片割れような存在であったと感じられた。大学時代の友達であり、その絆は強くなくとも、30歳まで続いていた。村上文学で、友人を自殺させる願望は、執拗にも感じられる。 それは、キズキに始まり、直子、火星の青年、ハツミ、鼠・・・。将来の希望が見えなくなると人は死を選ぶ。生きることにより自分が否定されると感じると、望み [続きを読む]
  • 村上春樹を 8 羊をめぐる冒険 
  • 鼠三部作の最終話羊をめぐる冒険。この作品は霊的な羊の話である。僕20歳、彼女17歳。22歳の別れと時分で予言した彼女26歳の死。僕は30歳で離婚。4年間の結婚生活。妻は26歳で二度目の離婚。21歳の耳モデルの彼女と北海道に向かうが、行方知れずになる。 黒服男の依頼で、北海道のと32+1頭の羊の場所を探す旅に出る。29歳鼠から近況報告と半年後に2通目と羊の写真公開願いが届く。翌月、故郷の [続きを読む]