ebisu2017 さん プロフィール

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ebisu2017さん: 人生と旅・読書 村上春樹感 アメリカ放浪記
ハンドル名ebisu2017 さん
ブログタイトル人生と旅・読書 村上春樹感 アメリカ放浪記
ブログURLhttp://ameblo.jp/ebisu2017/
サイト紹介文人生は旅。死ぬまで心の旅は続く。人生で出会った作家。小説の読書感。芭蕉やアメリカ旅。若い日の思い出。
自由文私の好きな、村上春樹氏の作品、並びに、ビブリア古書堂の事件手帖の後半の作品の読書感を、強烈な偏見で描いていきます。

また、松尾芭蕉のファンとしての、芭蕉の句の裏に込められた秘話なども紹介していきます。

それに、若き日のアメリカ放浪記も、折に触れて書きたいと思います。こちらは、フィクションですが、体験に基づいています。

それと、ちょっとした日常のエピソードも。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供37回 / 25日(平均10.4回/週) - 参加 2017/03/29 18:38

ebisu2017 さんのブログ記事

  • コーヒーブレイク 6
  • 久しぶりに県西 公園に行った。 桜が 風に舞っていた。桜の花吹雪の下を歩いていると、強い風が吹いて来て、桜の木々を揺らした。その時、ふと頭に言葉が浮かんだ。 風の歌を聴け、と。私は風の方角を向いた。風が私に何か語りかけている気がした。村上氏の処女作の題名である。しばらく歩いた。風の声を聞こうと。耳を澄まして。風は私の耳にその風音を残すだけ。 私は花びらが積もり溜まったベンチの前で、立ち [続きを読む]
  • 村上春樹を 13−2 森と多崎つくるとの関係
  • この小説は、題名に、「巡礼の年」となっている。巡礼の旅ではない。そこに大きな意味がある。本文には、「フランツ・リストの巡礼の年」をシロが弾いていた、とある。とすれば、ノルウェイの森などにあるように、当然ともいえるのだが。裏には、深い意味が込められていると推察される。 つくるの年齢が問題なのである。三十八歳、この年こそがこの巡礼の年でなければならない。どういうことか。一言でいえば、二人を救 [続きを読む]
  • 村上春樹を 9 羊をめぐる冒険 2
  • あらすじを8で書いたが、ここでは、私の読書感を書いていく。僕にとっては、鼠は僕の片割れような存在であったと感じられた。大学時代の友達であり、その絆は強くなくとも、30歳まで続いていた。村上文学で、友人を自殺させる願望は、執拗にも感じられる。 それは、キズキに始まり、直子、火星の青年、ハツミ、鼠・・・。将来の希望が見えなくなると人は死を選ぶ。生きることにより自分が否定されると感じると、望み [続きを読む]
  • 村上春樹を 8 羊をめぐる冒険 
  • 鼠三部作の最終話羊をめぐる冒険。この作品は霊的な羊の話である。僕20歳、彼女17歳。22歳の別れと時分で予言した彼女26歳の死。僕は30歳で離婚。4年間の結婚生活。妻は26歳で二度目の離婚。21歳の耳モデルの彼女と北海道に向かうが、行方知れずになる。 黒服男の依頼で、北海道のと32+1頭の羊の場所を探す旅に出る。29歳鼠から近況報告と半年後に2通目と羊の写真公開願いが届く。翌月、故郷の [続きを読む]
  • 村上春樹を 7 ノルウェイの森2
  • レイコは小説で大きな部分を占め、僕へも救いのマリヤを演じている。単なる恋愛小説でないのも、レイコの経験談と介護的存在が大きい。レイコの献身的な直子への看護や僕への行為は菩薩である。ノルウェイの森が、社会的な横幅を持ち支持される理由だろう。 直子は明るく元気にふるまい、死を決意した態度であった。「死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ」その諦観はキズキの死 [続きを読む]
  • 村上春樹を 6 ノルウェイの森
  • そして、日本中を驚かせた300万部ベストセラーの登場である。森は深く暗い。雪国の森は、さらに深く人を拒絶する清らかさを持つ。ビートルズの曲と、執筆旅行先のヨーロッパでできた題名である。全てを飲み込み、人を拒絶し、自然に返す深い森が舞台である。 ノルウェイの森上下巻。精神病を患う直子と僕の葛藤の軌跡てある。幼いころから兄のように親しかった恋人キズキとの自殺による別れ。精神的病の [続きを読む]
  • 村上春樹を 5 1973年のピンボール 2
  • 僕のキイワードはピンボールだった。私のキイワードは宮本武蔵だった。僕の生活はデカダンス的で、夏は女とバー通い。私の生活は禁欲的で、夏は読書と剣道合宿だった。 つまり、私のピンボールは剣道だった。青春時代に夢中になり、自己変革しようとする手段。僕は、直子への罪悪感から逃れるための日々。私は、社会悪に対する憤りからくる葛藤の日々。 僕は、斜に構えて、何事もなかったように、平穏 [続きを読む]
  • 村上春樹を 4 1973年のピンボール
  • 1973年のピンボールは1969-1973の僕の物語である。20歳から24歳の学生時代の生活を、乾いた感覚で描いている。この小説のキイワードは「直子」と考えられる。言わずもがなノルウェイの森のヒロインである。 ここにも、また井戸が出てくる。精神的な暗闇としての象徴である。僕は、ピンボールで自己変革を目指そうと、最高得点をたたき出す。他方、双子姉妹との相変わらずのデカダンス生活を送って [続きを読む]
  • 村上春樹を 3 風の歌を聴け2
  • デレク・ハートフィールドに学び、文章を書き始めたと述懐している。 僕の物語は、8月8日から26日までの18日間。 3年前の春、大学入学時に知りあった友達鼠との物語。海と山に囲まれた故郷での夏休みの日常と倦怠感。キイワードは「ピンボール」。ジェイズ・バーで鼠が蹴とばしていたゲーム機。 「人生は空っぽ」と僕は、ハートフィールドから引用している。彼は、人が苦労し努力して、そ [続きを読む]
  • 村上春樹を 2 風の歌を聴け
  • 初めての出会いは、大学生の時だった。入学してから、持てあます時間を埋めるように。読書を始めて、二年目の秋だった。当時の私の心に、その作品はシンクロしていった。 「風の歌を聴け」村上氏の処女作である。十代の学生が憧れる、あるいは目指す、完璧主義。それを冒頭の文章で、完璧に粉砕して見せた。と、同時に、絶望も粉砕した。身震いしたのを覚えている。 主人公の僕は、怠惰で、でもクールで。デカダン [続きを読む]
  • 村上春樹を
  • 最新刊を読み始めました。しかし、チクチクとして、進みません。以前は、1冊なら、短いと3時間。長くても、二日あれば、読み終えていたのに。 今は、一日5ページがやっとで。力作を前にして、気後れしてるみたい。もちろん、騎士団長殺し。久しぶりに、長編小説のリリースである。 今回は、大人が主人公で、娯楽性は消えている。オモシロおかしい小説とは、一線を画している。ひょっとすると、そろそろノーベル [続きを読む]
  • 村上春樹を 22 維新作「アフターダーク」
  • 日常における別の世界を、違う視点から表現している。男女4人が、三つの物語の中でそれぞれ個性を主張し合う。しかし、お互いの物語は、ある出来事で関係して、つながりを見せる。 高橋とマリ、マリの姉エリ、白川と、それぞれの物語は距離を保ちながら。しかも、関係しながら、らせんを描く、三重らせん構造のようである。表と裏、そして、どちらでもない世界を表現し、会話と映像を中心に男女を描く。 違う視点 [続きを読む]
  • コーヒーブレイク 6 相棒12と読書
  • 孤独の研究・・・作家の条件とは杉下右京と甲斐亨が無職のネット批評家毒島と紅茶を通して、語り合う。毒島はペンネーム毒薬を使い、作家烏森凌の小説を批評してこういう。「彼には作家に必要な劣等感や渇望感、何かの「欠落」が欠落している。」その言葉に、村上春樹の小説の中の主人公の独白を思い出した。 「頭が悪いので。耳の形が良くないので。論理的思考が足りないので。」これは、少なからず、作者本人の投影ではない [続きを読む]
  • 村上春樹を 21 風から1Q84まで
  • 読み始めて30年が過ぎた。村上氏は、小説を通して救いを書いてきた。それは、文学者としての、彼のテーマであり、スタンスである。男は東奔西走しながら旅を続け、女に救いの手を差し出そうとする。女は自分の世界で、自己完結し、結局は男のもとを去っていく。 ジャズ音楽から、交響曲が流れ、ポップミュージックまで登場してくる。サンドイッチや、生野菜に代表される食事を作り、洋食を好む。ビールやウイスキーを [続きを読む]
  • 村上春樹を 20 海辺のカフカ 2
  • 「海辺のカフカ」には救いがある。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」にはない。世界の終わりは、1985年、村上氏の執筆初期に当たる。海辺のカフカは、2002年であるから、17年が経過している。世界の後、ノルウェイの森・ダンス・ねじまき鳥と進化していく。 ダンスあたりから、村上氏は救いを描くようになっていった。主人公僕が旅を終えると、愛する対象を手中に納めていく。ワンダーランドで [続きを読む]
  • 村上春樹を 19 禁断の書「海辺のカフカ」
  • 霊的な救いの書である。僕こと田村カフカは、母に捨てられ、父に呪縛をかけられる。愛情の飢餓感の中で、母を求める旅が始まる。四国の高松の高村記念図書館で佐伯さんに出逢い、母を見る。佐伯さんは、失われた恋人を僕に投影し、重ねていく。 ここでも、村上ワールドは、二つの世界を出現させている。霊的世界と現実世界が僕の過去の思いを解決していく。現実的な出来事なのか。夢の中の出来事なのか。白昼夢を見てい [続きを読む]
  • 村上春樹を 18 ねじまき鳥は奇作。
  • 妻を追い求める旅である。過去の旅では、親友や彼女。そして今回。人生は旅である。ねじまき鳥の鳴き声が聞こえる僕は、パソコンから戦争時の満州へ入っていく。僕は、井戸(よく出てくる)を介して、二つのこの世(現実世界と精神世界)を行き来する。 村上氏のパラレルワールドには、時間と空間の違う世界がそれぞれ存在する。それぞれの世界で、物事は起きて、お互いに影響し合い、一つの現実的な結果となる。実際の [続きを読む]
  • 村上春樹を 17  ねじまき鳥は傑作?
  • アフターダークを駄作と感じたのには、理由がある。感情移入出来なかったのである。海辺のカフカであまりにも疑似体験を感じたために、第二のカフカを期待していた。それゆえ、失望感が強く、映像的な描写にもついていけずに、自分のものさしで酷評した。 ところが、数年後に読み返すと、異空間の描写が文体の変化により幻覚症状化していく。血なまぐさく展開する傷害事件と対比され、ブレンドによりミステリアスな世界 [続きを読む]
  • 村上春樹を 16 ねじまき鳥は駄作?
  • 1Q84の反響はすさまじかったと記憶している。小説の発売で行列を作る時代ではないのに。そんな中で、私の目に作家の批評が目に留まった。新聞紙上で「ねじまき鳥」を駄作と呼ぶ。ねじまき鳥クロニクル、第一部泥棒かささぎ編。第二部予言する鳥編、第三部鳥刺し男編。合計3部からなる、単行本約1150ページの大長編小説である。 約20年前に読んだ記憶があるが、途中で投げだしてしまった。第一部の途中であった [続きを読む]
  • 村上春樹を 15 朔太郎から啄木そして春樹
  • 「世界の中心で愛を叫ぶ」の萩原朔太郎から、村上春樹の「影」へ世界の中心は片山恭一氏の白血病の女子高校生と同級生の男の子の純愛物語。男の子の名前を松本朔太郎といい、父親の萩原朔太郎好きにより命名されたという。 朔太郎の詩集「月に吠える」で、作者は次のように述懐している。 過去は私にとって苦しい思い出である。過去は、焦燥と無為と悩める心肉との不吉な悪夢であった。月に吠える犬は、自分の影に怪しみ [続きを読む]
  • アメリカ放浪記 9
  • アリゾナといえば、タコスである。ご存じだろうか。小池屋のドンタコスを思い浮かべてほしい。その十倍くらいの大きさをである。知らない人は、巨大なポテトチップでもいい。 それに、ひき肉・キャベツ・トマトなどの刻み野菜をのせて、食べる。おいしいかって?それどころではない。アメリカに来ていなければ、田舎育ちの私に食べる機会があったかどうか。食べようとして噛めば、当然のことながら、具を包んだタコスは [続きを読む]
  • コーヒーブレイク 5
  • 御崎馬(ミサキウマ)天然記念物 大阿蘇   三好達治の世界に魅せられて         昭和11年〜12年に阿蘇を訪れて作詩された。 雨の中に馬がたっている 一頭二頭仔馬をまじえた馬の群れが 雨の中にたっている雨は蕭々と降っている馬は草をたべている尻尾も背中も鬣もぐっしょり濡れそぼって 彼らは草を食べている草を食べている 中略 もしも百年が この一瞬の間にたったとしても なんの不 [続きを読む]
  • コーヒーブレイク 4
  • イルカを眺める女 筋肉の塊が跳ねた弧を描いた 筋肉の塊が弾んだ水飛沫をあげた 筋肉の塊が潜ったまるで潜水艦だ 女はじっと眺めた動きを頭に刻んだ 女はじっと目を凝らした背びれを見分けた 女はじっと見つめた群れと遊んでいた 双眼鏡を構えると女の顔はイルカになった 双眼鏡を外したらあの頃の顔が現れた にほんブログ村 ? お願いします。順位参加中です。 [続きを読む]
  • 村上春樹を 14 森からQへの進化
  • ノルウェイの森は私小説である。心の深い闇と人間の性の悲しさを追究した作品である。一方、1Q84は娯楽小説であり、社会小説である。村上特有のパラレルワールドの世界が存在する。僕のデカダンス的生活や、ジャズ音楽とバーボンウイスキーの香りは1Q84には存在しない。僕の夏の午後の倦怠感や憂鬱な心情特有の無生活感と乾いた心情の代わりに、天吾には社会に迎合した諦観がある。 ヒロイン青豆はさらに進化して、社 [続きを読む]