関戸秀春 さん プロフィール

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関戸秀春さん: Toshiの詩とエッセイのブログ
ハンドル名関戸秀春 さん
ブログタイトルToshiの詩とエッセイのブログ
ブログURLhttp://toshi0078.muragon.com/
サイト紹介文自作詩やエッセイ、おすすめ本などを載せたいと思っています。詩のかたちは整えてあります。
自由文詩やエッセイやおすすめ本などを織り交ぜながら、書いていこうと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供109回 / 85日(平均9.0回/週) - 参加 2017/04/02 22:45

関戸秀春 さんのブログ記事

  • 河合隼雄「こころの処方箋」 <現代の常識感覚>
  • 残念ながら現代は、当たり前な「感覚」がどんどん麻痺していって、何が当たり前かなのかさえ戸惑うような無秩序な混沌とした時代になっています。その当たり前なコモンセンス「常識」を取り戻し、その本当の力を再び発揮させること。 忙しさにまぎれてしまう現代人にはなかなかむずかしいことですが、現代人に課された、最も必要な仕事のひとつと言っていいでしょう。この書は、そのための大きな一助となる偉大な「常識」感覚に溢 [続きを読む]
  • 自作詩 モーツァルト頌
  • 喜びはモーツァルトを聴くこと 時にふと誰かが聴いている モーツァルトの音楽に耳を澄ますことは 無上のよろこびである なんという絶対の新しさ なんという絶対の自然さ どこまでもつきぬける自由 流れ出して止まない無限のやさしさ 清らかな泉のようによどみを知らず溢れでる抒情 そうして 異様なまでの多様性 それでいて ダイヤモンドのような確かさ 桁外れの芸術 いや 言葉のもどかしさに戸惑う 当たり前に聞け [続きを読む]
  • クラシック音楽 断章 <改版>
  • バッハの音楽は神に捧げられている ベートーヴェンの音楽は人類に捧げられている モーツァルトの音楽はわれわれみんなのものである ハイドンの音楽は美のために シューベルトの音楽は心情のために ショパンの音楽は集う人のために シューマンの音楽は気がふさぐ人のために ブラームスの音楽は人生のために ヨハン・シュトラウスの音楽はダンスのために ワーグナーの音楽は性と死のために ブルックナーの音楽は意志のため [続きを読む]
  • 泉鏡花「歌行燈」 <夢幻的なロマンの作家>
  • 夢幻的なロマンの作家、泉鏡花の代表作です。鏡花は怪奇でグロテスク好みの趣味を持っていましたが、同時に、純粋で高貴なものへの憧れを終生失わず抱き続け、その純潔な心情は、作品の芯を銀線のように細く、けれどもくっきりとつらぬいています。 独特な蛇がのたうつような文体を用い、歌舞伎のような華麗な世界を作り上げ読む者を心の底から幻惑させます。この「歌行燈」では、グロテスクな怪奇趣味はずいぶん抑えられています [続きを読む]
  • 自作詩 思想Ⅱ
  • 詩という事件 愛という統合 心理というメカニズム 性という闇 思考という粘着物 苦悩という浄化 普通という錯覚 常識というセンス 正確という権威 テレビという悪友 古典という不動産 キリスト教という実存主義 儒教というポストモダン アメリカという青年 日本という古老 紙幣という形而上 勝敗という世間体 世界観という防壁 抽象という清潔 ここには わたしたちがいる [続きを読む]
  • 「カラマーゾフの兄弟」 <啓示>
  • 「カラマーゾフの兄弟」を高校時代に読み、圧倒的な衝撃を受けた。 それまで、うつろな観念の集合体以上のものではなかった人間が、わたしの心のなかで突如としていきいきと躍動しはじめ、ひからびていた心臓に本当の血流が注ぎ込まれ、たくましく鼓動を打ちはじめる。いや、それでもまだ弱い比喩である。わたしは歓喜の絶頂まで連れていかれ、脳天に落雷でも受けたかのように驚き、感動し、ドストエフスキーを読んでいない人生な [続きを読む]
  • 岩合光昭「ちょっとネコぼけ」
  • なんでもない野良ネコたちの、なんでもない日常を撮ったらどうだろうか。ネコのことはネコに聞いてみようとカメラ片手に、あちらこちらの町々をうろついて、ついにイタリアはベネチアあたりまで来てしまった。ネコを撮り続けて30年。ひとつ写真集にして出してみようかと出版したのが、岩合写真家のこの本書。人に懐かない野良ネコのありのままの姿が印象的です。 [続きを読む]
  • 自作詩 町夜
  • ものがなしい夢から夢へと 人々はさまよう アスファルトは雨に濡れてさらに黒く バスはとまっている 外灯は葬式の灯明のようにきびしく光り ビルの谷間からのぞいた月に 青猫は手を合わせる 男は思いに耽る もの憂い語られることのない思いに [続きを読む]
  • スタンダール「赤と黒」
  • 一見、無造作と思える筆致で書かれていながら、ロマンチシズムの香気が濃厚な作品です。 作中、主人公のジュリアンは、ある女性が昔の恋人の話を楽しげにするのを聞いていて、じりじりします。その女性は、ジュリアンと今会って話しているからこそ、昔の楽しい思い出に耽っているのですが、ジュリアンは、「それでは、あなたはわたしを愛してくれないのですか?」と言ってしまいます。 女性は、この人はわたしがジュリアンに思い [続きを読む]
  • 大平健「診療室にきた赤ずきん」
  • 筆者は多くの著作を持つ著名な精神科医です。「診療室にきた赤ずきん」とは、一見風変わりなタイトルですが、実際の診療にあたって、様々な昔話がいかに人々を癒し、元気づけるかを豊富な事例をもとに、平易な文章で解き明かしてくれます。 あなたは、昔話の赤ずきんであったかも知れないし、これからそのおばあさんの役を演ずることになるかも知れません。人は物語を生きるのです。 [続きを読む]
  • 佳句は一生に一句あれば十分です
  • わたしは、高浜虚子のこの言葉が好きである。 歴史を見てみると、喜撰法師という人がいる。この人は六歌仙の一人に選ばれるくらいの歌人なのに、残っている歌は、百人一首で有名な一首しかない。どういう人だったかも、さっぱり分からない。 分かっているのは、都の東南に庵を構えていた法師だということくらいで、それもその残された歌からの推測である。 ちなみに歌を引いてみよう。 「わが庵は都の巽しかぞ住む世を宇治山と [続きを読む]
  • 自作詩 夜の航海
  • 船乗りたちが飽きず眺めた星空を、今夜ぼくは見ることができるだろうか 船底で泣き、強い酒に焼けた、彼らのたくましいのどに通う歌をぼくは歌いたい 甲板に何日も、居座り続けたアホウドリを〃親父〃と呼んだ彼らの生を、ぼくは語りたい 雲の垂れ込めた 夜の海 船は暗黒の航海をつづける 船乗り達は眠る 明日の長くはげしい労働のために 彼らの夢に彼らの灯台は灯っているだろうか ぼくは眠らずに目を凝らそうとする [続きを読む]
  • アラン「幸福論」
  • 数ある「幸福論」の中でも、これこそ本当の「幸福論」と言える一冊です。著者のアランは戦争について深く考えた哲学者ですが、世界大戦当時、医者として戦争に従軍し、行動する哲学者としても活躍しました。 フランスでは、人間性について深い洞察を持った人をモラリストともいうのですが、激動の20世紀を誠実に生きたモラリストとしても歴史に名が刻まれています。読めば、何かを得られる。余計な解説はいらない本です。 [続きを読む]
  • プラトン「パイドロス」 <美しい哲学書>
  • 「無知の知」で有名なソクラテスを主人公とするプラトン初期の対話篇です。「美について」という副題がつき、ギリシアの地中海的な美しさが際立つ、美しい哲学書となっています。 作中、ソクラテスは自身を、ギリシア神話に登場するテュポンのような巨怪な怪物なのか、単たる人のよいアテネの一市民ソクラテスに過ぎないのかと自省します。 また、文字より話し言葉を正嫡とする言語についての本質的な論は圧巻です。 [続きを読む]
  • 木偶<でく>
  • パっと扉が開いても ぼくは ボーっとしている 自然がどんどん入り込み 言葉がどんどん脱けて行く ああ 雨が降ったら傘をさすのだ ぼくはでく おお 紫陽花の花が咲いている ぼくには内も外もない そして 壁もない ぼくはでく [続きを読む]
  • ツァラトゥストラと原水爆 <詩人の千里眼>
  • ツァラトゥストラはゾロアスター(拝火教の祖)のドイツ語読みである。ニーチェは原水爆という史上もっとも熱い火を手に入れるに至った現代を予見していただろうか。詩人の千里眼とはそういうものであろうとも思うが。 ベルクソンは、最後の著作で、「人類はまだ自分たちの運命は、自分たち次第だということがよく分かっていない。」と言った、原水爆発明の以前のことだが、手に余る火を手に入れて、どう扱って良いのか、持ちあぐ [続きを読む]
  • ゲーテ「若きウェルテルの悩み」
  • 作中、ウェルテルはかなわぬ恋の悩みから、自殺を遂げるのですが、当時、大評判となったこの作品を読んだ若者が、主人公の真似をして自殺する事件が相次いで起こり、ウェルテル病と呼ばれました。 ゲーテ自ら、その24、5歳の当時を振り返り、あの時期はじつに危なかったと晩年の「ゲーテとの対話」の中で言っています。大人物はどのようにその危機を乗り越えたのか。他ならぬ「ウェルテル」自体にそのヒントがあるかもしれませ [続きを読む]
  • ランボオ「地獄の季節」 <空前絶後の男>
  • 二十歳という若さで、世界の頂点に立つ詩を書きあげ、その自ら書いた詩をなげうって、アデンの砂漠へ旅立ち、37歳で死んだフランスの詩人ランボオの作品です。 ランボオは誰のためにも詩を書きませんでした。そのために、書かれた詩は非常に難解ですが、生命そのもののようなギラギラする鮮烈なイマージュは、めまいのするような強烈な輝きがあります。空前絶後の男です。 [続きを読む]
  • チェーホフ「桜の園」
  • 帝政ロシア末期、停滞しきった活力のない社会を背景に、後は消え去るのみの没落地主の貴族とその他の人たち。 チェーホフは、じつに澄み切ったまなざしで、彼ら、運命に押し流されていく役割の終わった人間たちの姿を描きます。 劇の最後、溜め息のように登場人物が自身につぶやく「この出来そこないめが。」というセリフが、不思議な安らぎをもって胸に迫ります。見事なしずかな喜劇です。 [続きを読む]
  • トルストイ「イワン・イリッチの死」
  • ごくありふれた平凡な役人イワン・イリッチは、人生においても平凡な楽しみと平凡な苦労の連なりでしかない生活を送り、また、それに満足しきっていました。 その彼が、ふとしたはずみの事故で、死に至る難病におかされます。トルストイは、この死に直面した平凡人を、時に残酷とさえ思えるような迫真の筆致で、正確無比に描き出します。 晩年、芸術さえ否定したトルストイの、強烈な思想を内包した書です。 [続きを読む]
  • 秦の始皇帝 <兵馬俑>
  • 権力が一点に集中するとき、どんなものが出来上がるのか見本のようなものである。 今になって人々が嘆賞しているが、当時の人々は、あんなものを作り上げるために、どれほど苛酷な労働を強いられたかを想像してみる人がいないのは、わたしには意外に思えてならない。 兵馬俑の壮観よりも、この俑が歴史の文献から完全に抹殺されていたことの方が大事である。心ある知識人たちは思ったことであろう。今度、こういうバカな皇帝が現 [続きを読む]
  • 自作詩 ねずみの死
  • ねずみがうずくまって死んでいる いかにもやさしく目を閉じて コンクリートの冷たさも もう気にならない 物音に身を縮めることもない 尻尾は全く垂れた 生きている間必死に餌を求めて飛びまわっていた 姿に比べれば これはなんと荘厳な姿だろう 死の一瞬を覚悟したもののように 手足は平静に開かれている 死んだねずみの傍らを絶え間なく流れていく時間 そうして 生きている私 ねずみと私とのちょうど真ん中に 私は [続きを読む]