papasanblog さん プロフィール

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papasanblogさん: 死別 父子家庭20年の自叙伝
ハンドル名papasanblog さん
ブログタイトル死別 父子家庭20年の自叙伝
ブログURLhttp://ameblo.jp/papasanblog/
サイト紹介文フジTVノンフィクションの後日談。同級生の妻と死別、5歳と3歳だった娘が社会人になるまでの話
自由文妻を亡くして20年目。一番苦しかった16年前、その頃の生活は、フジテレビ「ザ・ノンフィクション」でも放送されました。当時5歳と3歳だった娘たち、今春、二人とも社会人。教員となりました。妻の死から20年。
もっと以前、40年前の中学時代に二人が出会う時から書いています。娘たちへ、私たち夫婦がどのような一生を送ったかを伝えるため、遺書のようなもの。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供162回 / 75日(平均15.1回/週) - 参加 2017/04/10 17:52

papasanblog さんのブログ記事

  • 47,親の介護編 〜母脳出血〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 昨年の6月、母が脳出血で倒れた。 私の寝室は二階、母は一階。 妻と家に戻ってきた時に二世帯住宅にしたからだ。 夜中の3時頃、もう寝付いていたのだけど、バサっという小さな音で目がさめた。 自分でもよく目が覚めたと思う。 気になって一階に行ってみると、母がトイレで転んだらしく、立ち上がろうとしていた。 母は父が他界してから [続きを読む]
  • 46,親の介護編 〜父と母の青春〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 父に先立たれて、母は自分の生きる意味を見失い、 ただただ早く父の元に行きたいと望んでいた。 それは私も同じことで、娘たちの存在がなかったら、正直どうなっていたかわからない。 立ち直ろうにも80歳を越えた母には体力も気力もなかった。 楽しみなのは2ヶ月に一度帰ってくる孫たちの顔を見ること。 それ以外にはなにもなかった。 父 [続きを読む]
  • 45, 親の介護編 ~母と二人の生活~
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 42からの続き、本編に戻ります。 次女の大学入学にともなって、私は年老いた母と二人暮しになった。 長女も次女も東京、父は次女の大学入学直前に肺がんのため他界、 横浜に住む私の姉が、週に2〜3日様子を見にくるものの、 そのほとんどが二人の生活になった。 母は、妻が亡くなってから2年後に、私の部屋の掃除をしようとして、 椅子の [続きを読む]
  • 44,妻が残してくれた絆編 〜妻の寄稿を10年後に読む〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 以下、10年前の日記です。 >妻が20年前に書いた寄稿が、とある出版物に掲載されました. 妻が市の保健師になる以前のこと。 看護師を経験した後、再度看護学校の保健師学科に通い、 国家資格を取得し,卒業後、ある山岳地帯の小さな村にただ一人の医療従事者として赴任しました。 村では高齢化にともない、脳卒中で倒れる人が多く、妻 [続きを読む]
  • 43,父子家庭の父PTA会長になる編 〜命の授業〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 〜8年前の日記からの引用です〜 『ここは、イスラエルのある病院の一室。 薄暗い室内には多くの重症患者がベッドで横たわっている。 窓が一つしかなく、ぶ厚いカーテンによっていつも閉ざされている。 看護師や医師の回診などは滅多にない。 見舞い客は一人も来ない。 なんの楽しみもない。 そんな中、唯一の楽しみは窓に一番近いヤコブ [続きを読む]
  • 42, 妻が残してくれた絆編 〜次女の青春2〜 
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 次女は私と妻と同じ中学に入学したのだが、修学旅行の写真は、30年の差を感じさせない。 上は30年前の妻で、下は30年後の次女だ。 やはり親娘だ、感慨深いものがある。 次女は、長女のように頭脳明晰ではないが、いつも周りに友達がいる。 人懐っこくて、愛されるキャラクターを持っている。 卒業式では、合唱の指揮者を任される。 [続きを読む]
  • 41, 妻が残してくれた絆編 〜次女の青春1〜 
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 妻の死から10年目。 次女は、私と妻が初めて出逢った中学に入学した。 40年前の4月1日、私と妻はこの学び舎で出逢い、様々な別れを経験しながらも結ばれた。 次女が着ている制服は、当時の妻と同じもので、 顔が似ていることもあり、どうしても妻を思い出してしまう。 次女は妻と同じブラスバンド部ではなく、バスケ部に入った。 しか [続きを読む]
  • 40, 妻が残してくれた絆編 ~長女の青春〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 長女は県立高校前期入試をクリアし、私の母校に進学することになった。 県立進学校の中では、垢抜けたセンスのいい学校として一番人気の学校だ。 長女が母校を志望してくれたのはとても嬉しかった。 私は今でも母校の同窓会理事を務めていて、縁のある学校なのだ。 長女は迷わずテニス部に入部し、早くからレギュラーを務めるようになる。 [続きを読む]
  • 39, 妻が残してくれた絆編 〜娘たちの卒業と入学〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」妻の死から8年。新しい生活が始まった。長女はいよいよ青春時代。楽しい中学校生活を送っているようだった。次女は、私の母校の小学校に転校。私の時代はマンモス校だったが、次女の頃には1クラスのみ。それも12人という少人数クラスだった。少ない人数の中に馴染めるか心配だったが、クラスの多くは、ご近所さんで私の知り合いの子供、次女 [続きを読む]
  • 38, 父子家庭の父PTA会長になる編 〜長女の卒業と次女の転校〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」妻の死から7年が経ち、長女は6年生になり、次女は3年生になった。長女にはどこの中学に通うかという問題があった。日中は妻の実家を拠点にしていた娘たち。小学校と違い、中学に上がった場合は、親の家から通学するということは認められない。私の家から直接中学に通うことが原則になる。せっかく慣れ親しんだ友人たちとは違う中学に通うこと [続きを読む]
  • 37, 父子家庭の父PTA会長になる編 〜PTSDの父がPTA会長に〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 美大時代の同級生が集る会があり、東京に宿泊した。同じクリエイティブの仕事をしている同士、いい刺激をもらっている。彼等は私と妻の結婚式に出席してくれて、妻のお見舞いにもきてくれた仲間だ。話しの中で私がPTA会長をやっていることが話題となった。「父子家庭でただでさえ大変なのに、なんでPTA会長なんかやってるの?」と聞かれた [続きを読む]
  • 35. 死別の悲しみと苦しみ編 ~残されたものたち2〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」~残されたものたち〜の続編です。3, 留守番電話妻とは、「もうそろそろICレコーダのやつに替えなきゃね」と言いながら、別に不便もなかったので、そのまま使っていた。でもさすがに古い、テープも再生を繰り返してかなり擦り切れ状態だった。まさかその電話を、妻の死後2年間も使うことになろうとは、そのときは思いもしなかった。なぜか? [続きを読む]
  • 34, 死別の悲しみと苦しみ編 ~残されたものたち1〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」1, 開かずの扉我が家にはいくつかの開けてはいけない扉がある。それは生前の妻が使用していた鏡台や引き出し等。ずっと中を見ていないので、当時のものがそのまま残っている。見れなかった、妻のそのままが中にあると思うと。見れば悲しくなることが、わかりきっていたから開けられなかった。先日、映画を見たことがきっかけとなり、思い切 [続きを読む]
  • 33, 娘たちの成長編 〜娘たちの小学生時代〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」妻の死から3年が過ぎた頃、次女が小学校に入学、長女が小学校4年生になっていた。その場面は、フジTV「ザ・ノンフィクション」でも放送された。朝は車で直接学校へ送り、娘たちは妻の実家に帰り、夕方私が迎えにくるのを待っているという生活だった。この頃から長女は、みんなの前で話すことが上手くなっていた。写真は運動会の実況をしてい [続きを読む]
  • 29.娘たちの成長編 〜女湯デビューの日〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 私は温泉が大好きだ。ありがたいことに近くには温泉場が多いので、休みのたびに必ずといっていいほど温泉にいく。 そんな温泉好きの私に、娘達の成長とともに困った問題が起こった。妻は長女が5歳、次女が3歳の時に急逝した。 まだ一緒に男湯に入っても問題ない年齢だ。でも長女が7歳になるころには、男湯に入るのを嫌がり始めた。 5歳 [続きを読む]
  • 28. 娘たちの成長編 〜妻の死の直後〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」ここまでは、妻と死別してからの私を中心にかきましたが、この章では、娘たちの成長について書きたいと思います。妻が他界した後の娘たちは、一時期、自分の居場所を失っていた。ママがいなくなって、今はお婆ちゃんの家にいるけど、私の家はここじゃない。パパは毎日顔を出すけど、なんで私たちを家に連れていってくれない?そんな不安が、 [続きを読む]
  • 27, 死別の悲しみと苦しみ編 〜立ち直ることは・・・〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」死別から20年経った今でも、私は妻の死から立ち直ったという感覚はない。その苦しみと共に生きているだけだ。そして苦しみは、時間が記憶を薄くすることにより、緩和されていく。しかし記憶が薄くなるということは、妻のことを忘れていくことであり、それは大きな悲しみだ。話しは妻の葬儀の時まで遡る。私は、通夜と告別式は涙が出なかった [続きを読む]
  • 26, 心の病から起業独立編 〜生き方を俯瞰してみる〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」心の病を発症した私は、会社を辞めた。私は強い贖罪の気持ちを持っていた。妻には、妻も忙しい時だったのに、私が出張ばかりで、子供の面倒や家のことをあまりできずに、負担ばかりかけていた。くも膜下出血は、過労の結果といってもいいかもしれない。他界した義父母には、歳をとったお二人に、心労をかけていたかもしれない。脳出血の父と [続きを読む]
  • 25, 心の病から起業独立編 〜PTSD発症〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓一話目「出逢い編〜中学時代〜」 妻の死から7年後に会社を辞めた。 だが自分が稼がないと食べていけない。 バックアップはいない。 会社を辞めた理由はいろいろある。 一番の理由は、ママがいなくなった娘達との時間を大事にしたいこと。 日昼、会社に出勤していた私は、当然子供の面倒をみることはできなかった。 義母が [続きを読む]
  • 24, 死の連鎖 〜義妹の死 2〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」リアルタイムでの投稿の引用を続けます。>朝5時に義弟から連絡が入りました。「早く来てください」歯磨きも顔も洗わず、次女と一緒に飛び出して来ました。病院に着いた時の義妹の血圧は上が40、下はふれません。酸素を100%にして、心拍数を上げ、現在は上が50まで戻りました。最後のがんばりを見せています。でも…………こうなると時 [続きを読む]
  • 23, 死の連鎖 〜義妹の死 1〜
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 義父が妻の死から5年後に心筋梗塞で突然死、義母が7年後に妻と同じくも膜下出血で急逝。 奇しくも、私が会社に辞表を出した直後だった。(私の辞職については別の投稿で書きます) これから会社のことを気にしないで、自分のペースでやっていけると思った矢先だった。 妻の実家には、働きに出てる義妹しかいなく [続きを読む]
  • 22, 死の連鎖編 〜度重なる不幸と義父母の死〜 
  • 初めての方は、ぜひ1話目から読んでいただけると嬉しいです↓「出逢い編 〜中学時代〜」 私は20年前に、くも膜下出血の突然死で妻を亡くした。 ここから私の家も妻の実家も、突然やってきた不幸により、まさに暗黒の時代に入ることになる。 私達は実家と妻の実家と連携しながら、妻を亡くした穴を必死になって埋めていた。 小さな子供達を抱えながら、皆かなり無理をしていたんだと思う。& [続きを読む]