挂甲の武人 さん プロフィール

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挂甲の武人さん: 週末は古墳巡り
ハンドル名挂甲の武人 さん
ブログタイトル週末は古墳巡り
ブログURLhttp://kofunmeguri.hatenablog.com/
サイト紹介文趣味で週末に東京近郊の古墳を巡っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供80回 / 51日(平均11.0回/週) - 参加 2017/04/10 20:06

挂甲の武人 さんのブログ記事

  • 一夜塚古墳 朝霞市岡
  • 朝霞市立朝霞第二小学校の建設のために削平された古墳。円墳。径50m。石碑が立つ。(正面)一夜塚古墳趾埼玉縣史編纂嘱託 稲村坦元書(裏面)北足立郡朝霞町岡に一夜塚といへる一大圓墳あり高さ七米直徑五十米昭和十八年四月第二小學校敷地擴張の為父兄三千人協力して之を崩す墳中に木炭槨あり漢鏡管玉直刀甲冑鐵鏃馬具杏葉様雲珠等を出せり蓋し此地上代新羅群の置かれ大陸文化の盛なりし所にて近くの柊塚と共に地方豪族の墳墓なること [続きを読む]
  • 峡山古墳 朝霞市浜崎
  • 新河岸川と黒目川に挟まれた台地の突端にある峡山(はけやま)古墳。黒目川を挟んで柊塚古墳と対峙する。前方後円墳。「峡(はけ)」は「崖(がけ)」の意味。朝霞市立第三小学校らか北に300m。南側は畑が広がる。児童公園柊塚古墳の方向の眺め。南側の台地の下にある豪邸。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 中里峽上遺跡 北区中里
  • 飛鳥山博物館主催の北区遺跡学講座に参加した。中里峽上(なかざとはけうえ)遺跡は、豊島郡衙である御殿前遺跡の東に隣接する縄文・弥生・古墳時代・奈良時代・平安時代・江戸時代にかけての複合遺跡。「峽(はけ)」は「崖(がけ)」の意味。博物館内で座学のあと現地を見学。発掘中の現場を見学できるのかと期待していたが、すでにマンションや個人住宅などが建っていた。調査済みの現場を巡って、中里の裏路地を歩いた。講師は飛鳥 [続きを読む]
  • 稲荷塚古墳 川崎市高津区下作延
  • 下作延(しもつくりのべ)の緑ヶ丘霊園内にある古墳。円墳。径23.5m。高さ2.9m。出土した馬形埴輪が川崎市市民ミュージアムに展示されている。この埴輪は埼玉県鴻巣市の生出塚(おいねづか)埴輪窯で作られたもの。出土した埴輪から6世紀後半の築造。墳丘には稲荷大明神が祀られている。上作延南原古墳から北に徒歩12分。生出塚埴輪窯で作られた埴輪は赤羽台4号墳からも出土しており、飛鳥山博物館で見学した。参考文献浜田伸介 1992 [続きを読む]
  • 上作延南原古墳 川崎市高津区上作延
  • 径16.3m、高さ2.5mの円墳。築造時期は特定できない。発掘調査が行われていない。宮崎大塚古墳から北西に徒歩17分。台地の北端の下を多摩川の支流の平瀬川が流れている。対岸は津田山。参考文献持田春吉・村田文夫 1993「久地伊屋之免古墳と虚空蔵山古墳」『考古論叢 神奈河』2、神奈川県考古学会にほんブログ村 [続きを読む]
  • 宮崎大塚古墳 川崎市宮前区宮崎
  • 墳丘の実測図から方墳の可能性が考えられているが、周溝が確認されていないので断定できない。南北27m、東西25m。高さ4m。墳頂に馬絹大塚供養塔が建てられている。東急田園都市線の梶ヶ谷駅から南西に徒歩12分。参考文献野中和夫 1993 「宮崎大塚古墳測量調査報告書」『川崎市文化財調査集録』28 川崎市教育委員会 [続きを読む]
  • 二子塚古墳 川崎市高津区二子
  • 二子の地名の由来になった古墳。すでに湮滅している。二子塚公園に1915年(大正4年)建立の「二子塚舊磧」と1968年(昭和43年)建立の「史蹟二子塚之碑」がある。はっきりしないが60m以上の前方後円墳だったらしい。1915年には削平されていた可能性がある。「舊」は「旧」の旧字体。「史蹟二子塚之碑」の裏面に刻まれた二子(塚)の由来大正の中ごろこの二子塚より勾玉耳環などが発掘され溝口の喜樂翁の手を経て県庁に納められたが大正十二年 [続きを読む]
  • 久本横穴墓群 川崎市高津区久本
  • JR南武線の武蔵溝ノ口駅そばの久本神社の裏の崖にある久本横穴墓群。急傾斜地崩壊対策事業の工事で見つかり保存されている。口明塚から北東に徒歩18分。アップダウンが激しい。久本神社。久本薬医門公園。にほんブログ村参考文献後藤喜八郎 1995「川崎市久本横穴墓群」『第19回神奈川県遺跡調査・研究発表会発表要旨』、神奈川県考古学会 [続きを読む]
  • 西福寺古墳 川崎市高津区梶ヶ谷
  • 標高約46mの台地上の縁辺部にある西福寺(さいふくじ)古墳。梶ヶ谷第三公園にある。円墳。径35m。高さ5.5m。5世紀後半から6世紀初頭の築造。埋葬施設が未調査。川崎市域では最も古い埴輪が樹立する古墳。埴輪を製作した窯跡は宮前区の白井坂窯跡。西福寺古墳は野川1号墳から北西に徒歩15分。川崎市教育委員会:西福寺古墳にほんブログ村 [続きを読む]
  • 子母口富士見台古墳 川崎市高津区子母口
  • 富士見台古墳は、蟹ヶ谷古墳群から北東に徒歩18分、矢上川の対岸の子母口(しぼぐち)の高台にある。円墳。径17.5m。高さ3.7m。古墳の南にある橘樹(たちばな)神社は、日本武尊(やまとたけるのみこと)と弟橘媛(おとたちばなひめ)を祀り、社伝によると、日本武尊東征の際、尊の身代りに海中に身を投じた弟橘媛の御衣・御冠が、この地に漂着したと伝えている。古事記では「かれ七日ありて後に、其の后の御櫛海辺によりたりき。すなわち [続きを読む]
  • 蟹ヶ谷古墳群 川崎市高津区蟹ヶ谷
  • 鶴見川の支流の矢上川見下ろす丘陵の神庭特別緑地保全地区(神庭緑地)にある古墳時代後期、6世紀から7世紀ごろの古墳群。3基の円墳とされていたが、2012年の調査で1基(1号墳)は前方後円墳と確認された。川崎市で唯一の現存する前方後円墳。調査は2012年から2016年まで5回にわたり、川崎市教育委員会と専修大学、日本大学、川崎市市民ミュージアムの合同チームで行われた。矢上川流域には梶ヶ谷古墳群、加瀬台古墳群がある。川崎駅西 [続きを読む]
  • 猿楽塚 渋谷区猿楽町
  • 猿楽塚(さるがくづか)は北塚と南塚の2基の円墳。2つの古墳の間に区界があり、主墳の北塚が渋谷区猿楽町に、副墳の南塚が目黒区青葉台1丁目にある。北塚は墳頂に猿楽神社が祀られている。径20m。高さ5m。6世紀から7世紀の築造。東急東横線の代官山駅から西に徒歩4分。南塚は旧朝倉家住宅の庭園の奥の出口門を出て左の立入禁止のエリアにある。出口門を出て右に行けば北塚に至る。柵の向こう側に南塚がある。にほんブログ村 [続きを読む]