るりっぺ さん プロフィール

  •  
るりっぺさん: 1960年代生まれのあなたへ
ハンドル名るりっぺ さん
ブログタイトル1960年代生まれのあなたへ
ブログURLhttps://metamediabiz.com/
サイト紹介文なつかしいものあれこれと、最近ちょっと考えたこと
自由文昭和のおもちゃ、学習詩の付録、音楽、テレビ、ラジオ番組、電気製品など、1960年代生まれにとってなつかしいものを集めました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供34回 / 74日(平均3.2回/週) - 参加 2017/04/11 21:33

るりっぺ さんのブログ記事

  • 昭和の筆箱あれこれ
  • 私が新一年生になる直前、母は小学校入学前の父兄会(その後、父母会、そして保護者会と呼ばれるようになりました)に出席、準備すべき学用品の説明を受けて帰ってきました。そのとき、「マンガの絵のついたものを学校に持たせてもいいん [続きを読む]
  • BCL 人生初の海外体験
  • 子供の頃、風邪で学校を休んだ日は、ラジオが友達でした。お年玉を貯めて買ったラジカセを枕元に置いて、TBSをつけっぱなしでしたね。 午前中は毒蝮のミュージックプレゼント。「このクソばばぁ!」なんて言うのにバカ笑いしたりして [続きを読む]
  • BCL 人生初の海外体験
  • 子供の頃、風邪で学校を休んだ日は、ラジオが友達でした。お年玉を貯めて買ったラジカセを枕元に置いて、TBSをつけっぱなしでしたね。 午前中は毒蝮のミュージックプレゼント。「このクソばばぁ!」なんて言うのにバカ笑いしたりして [続きを読む]
  • American Top 40 1980年の録音
  • American TOP 40、私はFENで聴いていました。毎週土曜日の午後は4時間かけっぱなしでしたね。ラジオ関東でも湯川れい子さんがやってましたが、たしか夜遅かったので、あまり聴けなかったかな。12月の最終週は年間TOP40をやってくれたので、カセットテープ何本も使って録音しましたね。大掃除しながらテープひっくりかえしたりして、忙しかったぞ。なんであのテープをとっておかなかったのか、今となっては本当に悔やまれます。DJは [続きを読む]
  • 「学研」科学と学習のふろく
  • 小学校の時、近所のお友達のお母さんが販売代理をやっていた学研の学習誌。本屋さんでは売っていなかったものです。発売日には、お月謝袋のような封筒にお金を入れてもらって、そのお友達のうちに走っていきましたよ。毎号、楽しみでしたからね〜。封筒をおばちゃんに渡すと、ハンコを押してもらって本と付録を受け取り、一目散におうちへゴー。最初に開けるのは、もちろん付録。低学年の時は、噴水とか、温度計とか。pinpinそのう [続きを読む]
  • カールスモーキー石井のムード歌謡
  • 米米クラブと言えば、「浪漫飛行」や「君がいるだけで」が有名ですが、私はカールスモーキー石井が夜のヒットスタジオのオープニングで歌った「よこはまたそがれ」とか、ライブで歌った「バスストップ」とか、ムード歌謡系がすんごく好きでした。たしか、ご本人が自分で「特にボイストレーニングをやらなくても、最初から鼻に抜ける声が出た」とインタビューか何かで言っていた、という記憶があるんですが、あの歌いっぷりは天性の [続きを読む]
  • クィーン空耳三連発
  • クィーンも空耳の宝庫でしたね〜 一番有名だったのが「がんばれ!田淵!」でしょうか。それ以外にもけっこうあったということで、まずこちらから。フラッシュ・ゴードン(1981年) 0:52〜マイ・メランコリー・ブルース(1977年) 冒頭からシーサイド・ランデブー(1975年) 2:15〜 「ゴールじゃない! 」「そう、泥棒」もよかったけど、ワタシはやっぱり「花のパリそば〜 なめこそば〜」だなー。この3曲、並べてみると [続きを読む]
  • 「ヴォーカリスト」三原綱木を思う
  • ブルーコメッツのギター、三原綱木さんがブルコメを脱退、奥様の田代みどりさんとのデュオでレコーディングをした頃、ワタシはひそかに綱木さんのファンでした。最初から夫婦のデュオって、ちょっとベタだし、女子にとっては夢がないなあ、って感じだったんですが、なんといってもお二人の歌唱力にまいっちゃってましたねえ。みどりさんはエクボがすごくかわいかったし。おまけに綱木さんは、とんがったアゴと鼻、細面で、ふわっと [続きを読む]
  • ブルー・シャトー ? 昭和の替え歌
  • そういえば、最近「替え歌」ってあんまり聞きませんねえ。子供の頃むちゃくちゃ流行ったのが、ブルー・コメッツの「ブルー・シャトー」の替え歌でした。「森とんかつ、泉にんにく、、、」ってやつですね。極めつけは「ねむ〜る〜」の「ルンペン」でした。今のいままで忘れていた言葉ですが、これって語源はなんなんだろ? と調べてみたら、ドイツ語なんですね。もともと「ボロ布」という意味だったのが、マルクスが「ルンペンプロ [続きを読む]
  • 球体一個の描画に丸1日かかった頃
  • NECのPC9801がはじめていじったパソコンだったと思います。CPUは40MHzでした。フロッピードライブがふたつあって、今はなきAドライブ、Bドライブ、と呼ばれていましたね。株をやっていた親が、オンラインで証券会社とつなぐのだ、とか言って結構な投資をした結果です。マーケットが開いていない時間だったら触ってもいい、という許可を得て、一太郎(バージョンも何もない、最初のただの「一太郎」でした)や、パソコン通信なんか [続きを読む]
  • びんの牛乳を見ると思い出されるあれこれ
  • 今で言うと、#牛乳ビンあるある、なんでしょうが、まあ、正確に言うと、#牛乳ビンあったあった、になるんですかね? (^_^;学校給食の話し、同窓会なんかでもけっこう盛り上がったりしますが、ネタに事欠かないのはなんと言っても牛乳にまつわる話しでしょう。毎日出た、ということもありますが、こぼす、落とす、などのアクシデントに見舞われることが最も多かったのが牛乳でして、いろいろと思い出すことも多いのだと思います。 [続きを読む]
  • チョコベー 自分の影が巨人みたいになるCM
  • 小学校高学年の時だったでしょうか、「自分の影をじーっと見てから、空を見ると、自分の大きな影が出るんだって!」と誰かが言い出し、みんなでカカシみたいに両手を広げて「見えないよう」「僕は見えたよ!」なんて大騒ぎしたことがあります。pin ネタ元はこちらでした。「チョコベー」という商品名はなかなか思い出せなかったのですが、オカリナの「ピポピポ、ピピー」という音と、「影が大きくなるやつ」は覚えていました [続きを読む]
  • ブログ管理人プロフィール
  • 「1960年代生まれのあなたへ」ブログ管理人の「るりっぺ」こと高倉ルリ子です。 子供のころ1962年2月生まれ。幼少の頃は、高度経済成長時代。世の中には新しいおもちゃや文房具が次々と出現し、あれ買って、これ欲しい、としょっちゅう言っていましたね。今思うと随分と親を困らせただろうと思います。まだこの頃は、西洋のもの、特にアメリカ製がなんでもすごいものに見えた時代。「奥様は魔女」で出てくる大型の冷蔵庫や掃 [続きを読む]