聖書教師 純 さん プロフィール

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聖書教師 純さん: 純のキリスト信仰ブログ
ハンドル名聖書教師 純 さん
ブログタイトル純のキリスト信仰ブログ
ブログURLhttp://love.ap.teacup.com/junn2325/
サイト紹介文統合失調者の牧師が 聖書からイエスの十字架理解と御霊の満たしを語る愛のブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供205回 / 111日(平均12.9回/週) - 参加 2017/05/03 03:20

聖書教師 純 さんのブログ記事

  • スマートフォン持つ
  • ようやくスマートフォンが持てた。長い間、携帯なしの働きだったので本当に疲れた。しかしこれからは携帯を使って移動できる。感謝な世の中になったものだ。しかしそうとだけ言ってもいられない。北朝鮮の脅威がある。トランプ氏がよいことを言ってくれた(変なことも言うけれど)「北朝鮮はよい道を選んだ」と今日は礼拝の後、十字架談義であった。十字架がなかなかわからない人がいるので集中尋問だ。打たれ強い彼はびくともしな [続きを読む]
  • 教会の拡大は終わった
  • 教会の拡大は終わった、と思う。80年代チョー師が言われた教会の拡大は終わった。今は一人びとりが恵まれたクリスチャン生活を持てるかにかかっていると思う。救われ、癒され、満たされ、生かされているこの喜びを伝えていかねばならない。十字架にかけられよみがえられたイエス様を伝えるのだ。そこには慰めがなければならない。慈しみがなければならない。それにはまず牧師から人の気持ちがわかるようにならなければならない。【 [続きを読む]
  • ネットのこわさ
  • ネットは本当に怖い。私は今日、開拓教会のほかに行こうとしていた教会の悪口をこのブログに書いてしまったのだった(削除したが)十数人の人が読まれたと思う。もしかしたらその教会の純粋な中高生クリスチャンたちが読まれたかもしれない。それは非常にまずい。【ですから、あなた方は、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善や妬み、すべての悪口を捨てて、生まれたばかりの乳のみごのように純粋な、み言葉の乳をした [続きを読む]
  • 十字架と救い
  • 教派がどれであろうと教団がどれであろうと十字架の救いに変わりはない。私は26年間それがわからず教会に通っていた。ある日曜日「教会に行きたくない」と思い人の罪性、自分の罪性を感じた。このままでは滅びる、そう思った瞬間に十字架が示された。十字架は人のどんな罪をも赦す。イエスキリストの十字架はすべてのすべてなのだ。もし十字架がなければ世は滅んでいた。この十字架がわかってから私の人生が変わった。十字架がわか [続きを読む]
  • カトリックについて
  • 僕はカトリック教会が好きだ 上に立っている人は知らないが、修道院へ立てこもって2日間勉強したことがある。とても厳かな雰囲気がある。特に信者さんが優しい。福音派のようにそれゆけやれゆけではなくもっと深みのある安息があるのだ 何よりも自己犠牲を払った人にはカトリックが多い。マザーテレサ ダミエン神父 ザビエル そして長崎を中心とする教会群 聖書オンリーの信仰ならばカトリックに行ってしまいそうだが。今は [続きを読む]
  • 先生へ
  • お元気ですか。公のブログですが、貴師へのご連絡が先だと思われたのでメアドもわからないのでここに書かせていただきます。通常キリスト信仰者は、1十字架を信じて、2十字架を担って 3、十字架につけられるのがプロセスですよね(ガラテヤ2:20,5:24)そうすると復活がわかり、聖霊の満たしがわかり、油注ぎがわかるという考えはどうでしょう?先生が今どこにいるかわかりませんがどこかにいますのでこの順番でぜひやってみてく [続きを読む]
  • 迷い
  • 僕には、今、迷っていることがある。伝道とともに統合失調症の人権運動をするか、福音伝達だけをするか?あるトーシツの兄弟に聞いてみたら、純さん、それあまり意味ないよ、永遠とは無関係だから。といわれてしまった。確かにそうだ。どんなにトーシツ患者の人権が回復されてもみんな滅びでは何の益にもならない。こうなったらトーシツの癒しの賜物を求め右からバンバンたおしていくような伝道者を夢見るか、まあそこまでいかなく [続きを読む]
  • 教理の学び9 救いとは
  • 「放蕩息子のたとえ」より『救いとは』ルカ15:11−32序)ルカ伝 初代教会で活躍した医者ルカが書いたもの  主題:神の人の到来 ユダヤ人に向けて書かれた  このたとえを話すときパリサイ人や律法学者たちは聞いていた本)?15:11−16 身代を食い尽くしてしまった弟A観察:放蕩息子の弟は、父から身代をもらい、遠い国で湯水のようにその身代を食いつぶしてしまったB解釈:放蕩すれば身代はなくなるC適用:のちに載せます?15 [続きを読む]
  • 僕の尊敬する人?
  • 世の中には、尊敬する人がいくらいても、いいような気がする。今日はネルソンマンデラだ。彼はアフリカの人種隔離政策(アパルトヘイト)を撤廃するために27年間、牢に入れられた。カトリックであった彼は神と交わり、ついにあの忌まわしいアパルトヘイトを撤廃し南アフリカの初代黒人大統領になったのであった。27年間牢獄に入れられるなんてどんな苦しみだろう?私だったら一週間でお陀仏だ。それを27年間も耐えるなんて神が働か [続きを読む]
  • 僕の尊敬する人?
  • 二番目に尊敬する人は、王 明道(ワン ミンタオ)である。彼はクリスチャンであったので中国共産化で牢に閉じ込められた。あまりに拷問が激しすぎるのでイエスを否定してしまう。そして外に。しかし彼は心の平和を見出されなくなってもう一度自首して、牢に戻っていったという人である。これはスーパー尊敬に値すると思った。中国は好きではないが嫌いでもない。しかし僕は中国を愛している。王 明道はその代表格だ。中国では今 [続きを読む]
  • 僕の尊敬する人?
  • 宮沢賢治は 読んだこともないのにあの素晴らしい詩だけで尊敬してしまう。「雨にも負けず」 雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けず、丈夫な体を持ち、欲はなく、決して怒らず、いつも静かに笑っている‥‥東に病気の子供あれば、行って看病してやり、西につかれた母あれば、行ってその稲の束を負い南に死にそうな人あれば、行って怖がらなくてもいいと言い・・・・・ほめられもせず、くにもされず、そういうもの [続きを読む]
  • 教えあう神学校
  • 浜松に カルバリチャペルで 統合失調症者と健常者が一緒に礼拝する教会があるそうだ。そして寮があり、平日の仕事(野菜づくり)などもやっているらしい。これには心打たれた。私はそこまでできないが、狭山のこの場所で神学校をやろうと思っている(平日)私一人が先生にならないで各々専門分野を勉強していただき教えあうのだ。そして日曜日は主の愛宣教会のブランチを牧会していただく。私たちの主治医であるG先生は、トーシ [続きを読む]
  • 世界にキリストが来ないのは
  • 世界にキリストが来臨しないのは、世界がよくなっているからではなく、世界が十分悪くなっていないからだ。とのたまわった神学者がいた。私はすでに世界は前患難期に入っていると思う。それはマタイ24:1−14を見ればよくわかる。もっと世界が悪くなって「荒らす憎むべきものが聖なるところに立つものを見たならば」キリストは空中再臨され、携挙が起こるという、患難中携挙説をとる。いずれにせよ聖書的視点から見れば、戦争は起こ [続きを読む]
  • あらま!
  • あらま!N兄に誘われ、来週は教会に自民党都議選出馬者が来られるそうだ。N兄の伝道熱心さには打たれるが、多少政治も知っとかなければならない。いわゆる憲法9条に話が行ってしまうだろうが、僕の説教では「放蕩息子のたとえ」を話すことにしている。しかし政治も少しは知っておかなければならない。それである人から憲法9条と自衛隊について学んだところだが難しくてよくわからない。格好つけて言えば私は聖書学のスペシャリスト [続きを読む]
  • 厳しく恵みの神様
  • まず厳しい神様:神様が厳しいなどといってはいけないが、そういう一面を体験した、僕は自分の教会のほかに福音教会に通っているが、これが招かれざる客なのだ。招かれてないのなら行かなければいいと思われるだろうが神の答えはノ− 行かなくてはならないのだ。今日は兄弟の家ですやすや眠っていた。ところが家に帰ってくると今一調子が悪い。これは明らかに福音教会に出なかったせいだ、と思った。でも皆さん招かれていないとこ [続きを読む]
  • 罪をやめない人
  • 何度も何度も、罪を犯してしまう人がいる。開拓当初はいちいち悔い改めを導いていたが、今はそれもしていない。たとえばギャンブル中毒に陥った人がいる。ただやめろというのは酷なのだ。病気だったと思って目をつむっているが、神に裁かれなければいいが。たとえばほかにはたばこ。これ精神疾患にものすごく効くらしい。精神障碍者のクリスチャンでタバコがやめられない、という人がたくさんいる。僕は彼らの気持ちがよくわかる。 [続きを読む]
  • 聖書を読まない人
  • 私たちの教会は、福音派のつもりでやっているが、聖霊派から流れてきた人も結構いて、中には異言が救いの条件だ。というとんでもないところから来た人もいる。どうしてだろう、聖書を少しでも読めば入院しないで済むといった人間でも聖書を読もうとしない。ちなみに彼のクリスチャン歴50年。律法的な規則的な教会にしたくないので私はそのことに言及していないがもったいない話だ。よく聖書読解と祈りを同レベルに見る人がいるが、 [続きを読む]
  • 人が救われる方法
  • この中には未信者の方もいらっしゃると思うで、人が救われる方法を書きたいと思う?神は愛であるという信仰 ?ヨハネ4:8b?自分は神の前に罪びとであるという認識(ここが一番難しいかもしれない)アダムとエバが禁断の木の実を食べた結果人類は皆罪びととなってしまった ローマ3:10−18 旧約聖書の預言より ?その罪を赦すため神の御子イエスキリストが十字架にかかり身代わりの刑罰を受け 復活してくださった ヨハネ3:16 [続きを読む]
  • どこの教会?
  • どこの教会に行ったらよいか迷っている方も多いだろう。牧師の出た神学校で決めるのはよくないが、今の私だったらきよめ派系の神学校を出た牧師のいる教会を推薦する。しかし一概にそれがよいとも言えない。長老、改革派系の神学校もよいところがたくさんある。要はそこの牧師がよい牧者であることが確認できればよい。一度で決めないでぐるぐるわたってどこが一番自分に合っているか決めればよい。本当は自分たちの教会を一番お勧 [続きを読む]
  • 究極の真理
  • 今日 教会で礼拝する人が本当に減っている。そんなことを思っているとY師よりtelが…‥彼曰く「悪魔は礼拝を憎んでいる」ハレルヤ!それは言えると思った。礼拝では神が崇められる。人々は神の御前にひれ伏す。サタンは最もこれを嫌うのだ。これで私の今までの礼拝に出る苦労が報われた、と思った。特に8年前十字架がわかる前は毎週血みどろのような状態で行っていた。今は十字架があるのであの時ほどつらくはないが、それでも戦 [続きを読む]
  • やはり愛だ
  • 人の気持ちがわかるには、やはり愛だと思う(アガペーの)ああ僕はなんという愛のなさだろう。悔い改めなくてはならない。愛は人に関心を持ち、わかろうと努力する。自然にわかるのもいいが努力してわかろうとする、そういう態度が書けていた。愛の欠如だ。自分がキリスト教会にとって無用の長物に感じられてきた。ああ 暗礁に乗り上げてしまった。ここで十字架が登場する。自分が十字架で赦された愛を流せばよいのだ。たとえ人の [続きを読む]
  • 人の気持ち
  • よい牧師は人の気持ちのわかる牧師だと思う。いや。牧師だけでなく人間自体そうなのかもしれない。私は全く駄目だ。これは牧師としての命綱だと思うが、それに気づいただけでも大きい。今、小鹿さん(ココロライフ参照)にメールでカウンセリングを受けている最中だ。牧師の成功は(成功という言葉自体はよくないのかもしれないけど)聖書知識でもなく、聖霊の満たしでもなく、相手の気持ちがどれほどわかるにかかっていると思う。 [続きを読む]
  • 臨在敏感症
  • 僕はなぜか知らないが、臨在に敏感だ、このブログも少し重いのもわかったうえでやっている。僕が通っている病院の1−3病棟は臨在が重いのに1−2病棟は臨在が軽い。そこは老人病棟なのだ。といってもいつも臨在でピリピリしているわけではないので見逃すこともある。とにかくよく悪霊追い出しをやって来た。悪霊追い出しというとエクソシストみたいのを想像するが、そんなのではなく、体の痛むところに軽く按手して静かに祈るだけだ [続きを読む]
  • 主の愛宣教会
  • 「主の愛宣教会」は純牧師が2009年、神より「統合失調症の方を牧会し伝道しなさい」という召命を受けて2010年から始まった教会でその理念は「十字架信仰による愛と赦しの教会」である。30代 40代の兄がいるので東京近辺に主の愛宣教会をいくつも立てていきたいと思う。ちいさな教会を多く建てるのがモットーである。初代ローマ教会がそうであった。我こそは、と思われるお方はメールの上お越しください。特別今指導し [続きを読む]
  • 父の救い
  • 父がどうしても救われない。脳こうそくになって半年。私は右から左から、上から下から、伝道しているのだが、笛吹けど踊らずである。ただ一つ感謝なことがある。カールヒルティの「眠られない夜のために」を読んでいるようだ。リベラルのクリスチャンでも「主の御名を呼び求める者は救われる」と書いてあるのでとにかく信じてほしい。よくケンカしてでも伝道する家は、いまわの際に救われ、黙っている家は救われないと言われるが、 [続きを読む]