だいち さん プロフィール

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だいちさん: 禁欲主義 〜悟りへの道〜
ハンドル名だいち さん
ブログタイトル禁欲主義 〜悟りへの道〜
ブログURLhttp://kinnyokukarasatoru.seesaa.net/
サイト紹介文禁欲に徹することは悟りへの道を開くことに繋がると考え、毎日の日記を綴りたいと思います。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供37回 / 82日(平均3.2回/週) - 参加 2017/05/03 19:21

だいち さんのブログ記事

  • 相手や環境を嘆くのをやめる
  • この宇宙では常に引き寄せの法則が働いており、信じたものは無差別にすべてが実現してしまいます。ですから、心が楽しいと感じている時は次々に楽しいことが起こりますし、逆に辛い、苦しいと感じている時は次々に辛いことや苦しいことが起こります。ここで重要なのは「信じたことが実現される」ということです。つまり、口で何を言っても心が反対のことを信じているのならば、口で言ったことは実現されないのです。例えば苦手な人 [続きを読む]
  • 環境は結果にとってそれほど重要ではない
  • 大相撲の話になるのですが、現在の四横綱の内、白鵬と鶴竜はお世辞にも競合部屋とは言えない、寧ろ弱小部屋の部類に入る部屋で稽古を積んで現在番付の最高位にまで上り詰めています。この二人のことを考えると、「俺は環境に恵まれないからできない」という言い訳はできなくなるのではないでしょうか。大相撲に限らず、就職率100%を誇る高校から大学へ進学する学生が出ることもあるでしょうし、何十万もかけて予備校に通うことが [続きを読む]
  • 恋の病 〜3年で完治するのか〜
  • 時が経つのは早いもので、大相撲夏場所を観戦したり仕事に励んだりしていたらいつの間にか予約投稿が途絶えるところまできてしました。禁欲も順調に続いており、現在74日を終えたところです。30日台は過去に2度達成しているのですが、70日台は1度しか達成していないので、前回とどのような違いがあるのかを感じながら一日一日を過ごしています。感覚としては何か嫌なことがあった時に「まあいっか」と流すのがかなり上手になりまし [続きを読む]
  • 放念すること、執着心を棄てること
  • 「他人の幸福や成功を願ったり祝福したりすることはそのまま自分の幸福や成功へと繋がる」というのは宇宙を支配する真理です。自分が心から信じ、考えていることがそのまま実現するのです。ですから、他人のであろうと自分のであろうと幸福を願えば幸福になれますし、逆に不幸を願えば不幸になります。ということは、何か面倒な人に嫌な関わりをされてしまったとしても、感情的にならずに「この人に幸あれ」と心の底から願うことが [続きを読む]
  • 何故禁欲をするのか
  • 「何のために禁欲をするのか」という話ですが、私は脳や精神を最大限生かすために禁欲をしています。禁欲している時としていない時を比べると、明らかにしている時の方が脳がよく働いています。また私は幸せに生きるための教訓について知りたいと思っているのですが、禁欲をしていると啓示の如くその教訓が得られることがあります。肉体的快楽を禁じることによって精神世界へと繋がることが出来ますから、そこで啓示をしていただけ [続きを読む]
  • 性行為は「目的」の為の「手段」でしかない
  • 本来性行為とは、子どもをつくるという「目的」を達成するための「手段」でしかありません。その「手段」に固執している生命体は地球上どこを探しても人間しかいないでしょう。子どもをつくるという本来の目的から離れて性行為を行った結果、不倫をして社会的信用を失ったり、性行為をするためにお金を浪費して財産を損ねたりするなど愚かにもほどがあります。そこまででなくとも、無意味な性行為は確実に身体のエネルギーを不足さ [続きを読む]
  • 魂が持つ本来の力
  • 人間は肉体に魂が宿った状態で生きているのですが、魂とは本来引き寄せの法則に100%従ったものであり、本気で信じたことは何一つとして実現させずにはいられません。善いことも悪いことも関係なくすべてを実現してしまうのです。ですから、「あの人は素敵だな」と思う時は素敵な人が目の前に現れていますし、逆に「この人は苦手だな」と思う時は苦手な人が目の前に現れているでしょう。目の前に素敵な人がいるから心が「素敵だな [続きを読む]
  • 肉体を超越した精神的生き方
  • 人間の快楽には肉体的なもの(満腹になるまで食べる、好きなだけ寝る、性的行為をするなど)と精神的なもの(達成感や満足感、安心感、幸福感などを得る)があります。肉体的快楽を得ることに夢中になると、心は精神的快楽を求めなくなるので悟りは開けませんし、人間が本来持つ精神性についても忘れてしまうでしょう。仏僧は肉体的快楽を可能な限り削って精神的快楽を得ようと修行しています。もちろん聞いただけの話なのですが、 [続きを読む]
  • 心と心は繋がっている
  • 人間は心の奥底で他の生命と繋がりを持って生きています。まだまだ肉体に囚われていることが多いのもまた事実ですが、だからと言ってその繋がりが絶たれるわけではありません。ですから、心の中で相手に対して善いことを思えば思うほど相手との関係は善くなり、逆に悪いことを思えば思うほど相手との関係は悪くなります。もちろんテレパシーを使って相手と思念や情報のやり取りができるわけではないのですが、心の奥底では繋がって [続きを読む]
  • 死後の世界はどんなところか
  • 「人は死んだらどうなるのか…」という疑問は人類の永遠のテーマです。私自身も4〜5歳くらいの時に「何も見えない真っ暗な世界がず〜っと続くのかな…」なんて思って怖がったことがありました。これについては実に多様な解釈があるのですが、ここでは私の個人的解釈について述べたいと思います。先ず大前提として、人間は肉体に魂(=精神=心)が宿った状態で生きています。生誕から死別までの一生というのは肉体に限った話であり [続きを読む]
  • 苦行をする意義
  • 仏教には様々な宗派があり、これもまた様々な修業があるらしいのですが、修行の中には苦痛を伴うもの(俗にいう苦行)も存在するようです。例えば「大峯千日回峰行」では、奈良県・大峯山の48kmの山道を1日48km、16時間かけて1,000日間毎日歩き続け、それが終わると9日間、飲まない、食べない、寝ない、横にならないという行を続けます。1300年間で成功者は二人だけというくらい過酷な修業であるわけですから、想像を絶する苦痛を [続きを読む]
  • すべては繋がっていた
  • 本当に幸福なことに、ある時ふと「すべての生命は繋がっている」ということに気付くことが出来ました。今までも手塚治虫先生の「ブッダ」を読んで知ってはいたのですが、心から「ああ、こういうことだったのか…」と納得できたのは初めてのことでした。どう表現したら良いのか解らないので上手く書けないのですが、お釈迦様が仰ったとおり、すべての生命は繋がりを持って生きているのです。その繋がりは、環境が変わって会えなくな [続きを読む]