むう さん プロフィール

  •  
むうさん: 正岡子規 病牀六尺の青春
ハンドル名むう さん
ブログタイトル正岡子規 病牀六尺の青春
ブログURLhttp://www.boroborokun.com
サイト紹介文今年は正岡子規の生誕150年。子規についてあれこれ書いていきます。
自由文正岡子規にはまっています。よろしくお願いします。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供34回 / 77日(平均3.1回/週) - 参加 2017/05/05 06:56

むう さんのブログ記事

  • 子規の短歌⑦雑多な題で歌会 歌人を笑わす子規先生
  • 写真は子規庵の書斎世の中に蚤のめをとゝうたはれて妹は肥ゆ肥ゆ伕は痩せに痩すここのところ文アルに夢中になっていましたが、また本題に戻して今回は子規の短歌のお話です。内も外も敵だらけ 俳人だけで初歌会今回の歌は明治32(1899)年8月6日の子規庵歌会に出された歌です。子規庵で初めて歌会が開かれたのは明治31年3月25日。この年2月から新聞「日本」に「歌よみに与ふる書」「百中十首」(自作をいろんな人に順 [続きを読む]
  • 文アルで考える子規と漱石
  • みなさんこんにちは。文アル7日目を迎えた7月11日、ついに漱石先生が転生してくれました。7日間連続でログインすれば転生するというキャンペーンのおかげです。鴎外を取り上げて漱石を取り上げないわけにはいきませんので、今回もまた文アルの話です。スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub-2068410158249069" data-ad-slot="6575353438" data-ad.. [続きを読む]
  • 文アルで学ぶ子規と鴎外
  • みなさんこんにちは。今日で文アル3日目。文豪は6人増えて27人となりました。中でも森鴎外が加わったのは嬉しかったです。だって鴎外がカッコイイから!…ではなくて子規との絡みがゲーム中で再現されるに違いないと楽しみだったんです。戦地で出会った子規と鴎外新聞「日本」の記者だった子規は明治28(1895)年4月、日清戦争の従軍記者として金州(現在の大連市金州区)へ赴きました。しかし子規が上陸した2日後の4月1 [続きを読む]
  • 子規の俳句⑦七夕と恋
  • 星の恋念も残らず別れけりみなさんこんにちは。「文アルの続きを」と思ったのですが、今日は七夕なのでそれらしい話にします。子規には七夕の句がたくさんあります。この句なんかどうでしょう?明治29(1896)年の作品。子規には珍しくロマンティックですよね。年に一度の逢瀬を終えてまた別れていく織姫、彦星の心情を「星の恋」と言っちゃうところがいいですね。声に出して読んでみると何だか気恥ずかしくなりますが。妹に七夕 [続きを読む]
  • 子規の俳句⑦七夕と恋
  • 星の恋念も残らず別れけりみなさんこんにちは。「文アルの続きを」と思ったのですが、今日は七夕なのでそれらしい話にします。子規には七夕の句がたくさんあります。この句なんかどうでしょう?明治29(1896)年の作品。子規には珍しくロマンティックですよね。年に一度の逢瀬を終えてまた別れていく織姫、彦星の心情を「星の恋」と言っちゃうところがいいですね。声に出して読んでみると何だか気恥ずかしくなりますが。妹に七夕 [続きを読む]
  • 文豪とアルケミスト始めちゃいました!
  • みなさんこんにちは。ずっと気になっていたオンラインゲーム「文豪とアルケミスト(文アル)」をとうとう始めてしまいました。2016年11月1日にDMM.comがリリースしたゲーム。スマホ版もリリースされたということもあり、昨今の文豪ブームに乗り遅れたままではいけないと一念発起した次第です!スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub-2068410158249069" data-ad-slot=.. [続きを読む]
  • 子規の短歌①妻子らとむつみかたらふ夢さめて砧うつ音旅にしありけり
  • 子規庵の居間妻子らとむつみかたらふ夢さめて砧うつ音旅にしありけり子規の短歌を初めて取り上げます。明治32(1899)年7月2日の子規庵での歌会で出された歌です。出席者は子規のほか、河東碧梧桐、香取秀真(ほつま、鋳金工芸作家としても著名)ら7人でした。有名な作品を取り上げようか迷いながら「竹乃里歌」と歌会稿を収めた全集の六巻をパラパラとめくって夏の歌をあれこれ見ていたら目に止まったのがこの一首です。 [続きを読む]
  • 正岡家所蔵の史料を展示!子規記念博物館へ行こう!
  • ※子規記念博物館ロビーの子規、漱石、極堂のパネル今、松山で面白い展覧会が開かれています。正岡子規の孫、正岡明さんが所有する子規や加藤拓川の書簡などが子規記念博物館で展示されています。明さんは、妹律の養子となった忠三郎氏の息子さんです。奈良にお住まいの造園技師で樹木医さん。現在は正岡子規研究所を主宰されているそうです。会期が7月2日までと、あとわずかですが、目を引かれた展示物をいくつか紹介します。スポ [続きを読む]
  • 子規の俳句⑥夏至過ぎて吾に寝ぬ夜の長くなる
  • 夏至過ぎて吾に寝ぬ夜の長くなる久々の更新です。今日は夏至ということで、この句を選んでみ
    ました。「寒山落木」に収められている明治29(1896)年の句です。「病苦安眠せず」と
    いう前書きがついています。スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub
    -2068410158249069" data-ad-slot="6575353438" data-ad-format="auto">自分.. [続きを読む]
  • 子規の庭
  • 柿喰へば鐘が鳴るなり法隆寺正岡子規の代表句。などと言う必要がないぐらい有名な俳句ですよね。明治28(1895)年夏、日清戦争に従軍記者として参加し、帰国の戦中で大喀血して病気を悪化させた子規は療養のため故郷の松山に戻ります。当時松山中学の英語教師をしていた夏目漱石の下宿愚陀仏庵で50日余りを過ごし東京へ向かいます。漱石に借りたお金で旅立った子規は奈良に立ち寄り、この句を詠みました。このあたりの話は、い [続きを読む]
  • 子規の生涯⑦幼年時代豆知識(2)
  • 子規が上京するまで過ごした旧居跡正岡子規幼少期の豆知識(1)の続きです。好物はカボチャ大食いで知られる子規ですが、母八重の談話によると、小さい頃の好物はカボチャでした。柳原極堂の「友人子規」には父の実家佐伯の伯母の次のような談話が紹介されています。升さんが幼少の頃遊びに来られて御飯時に膳を出すと「オバタン」「カボタ」があるかな、などと片言いつて一同を笑はせたものださうです八重の談話をまとめた「子規 [続きを読む]
  • 子規の俳句⑤薫風や大文字を吹く神の杜
  • 薫風や大文字を吹く神の杜明治30(1897)年の句。先日紹介した柳原極堂の句碑が建てられた松山の井手神社に前からある子規の句碑に刻まれています。「大文字を吹く」。これ読んで分かる人はどれぐらいいるでしょう?私は分からなかったです。スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub-2068410158249069" data-ad-slot="6575353438" data-ad-for.. [続きを読む]
  • 子規の俳句④寝ころんで書読む頃や五六月
  • 寝ころんで書読む頃や五六月明治29(1896)年の句。「寒山落木 巻五」に入っています。読書の秋などと言いますが、さわやかな初夏にのんびり読書にふけるのもいいもんです。私も枕元に積み上げた子規関係の本を適当に取ってはページをめくって楽しんでいます。スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub-2068410158249069" data-ad-slot="6575353438" da.. [続きを読む]
  • 子規と漱石③論争!アイデアとレトリック
  • 「七草集」と「木屑録」。互いの作品批評を通じて認め合った子規と漱石。この時期に2人の間
    で交わされた有名な論争があります。始終何かを書いている子規に対して漱石が苦言を呈したの
    がきっかけでした。スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub-20684101582
    49069" data-ad-slot="6575353438" data-ad-format="auto">漱石「大兄の.. [続きを読む]
  • 慶応三年生まれ
  • 今年生誕150年となる子規、漱石と同じ慶応三年生まれには、司馬遼太郎「坂の上の雲」でおなじみの秋山真之のほか幸田露伴や尾崎紅葉ら多士済々。実は子規没後100年の年に坪内祐三「慶応三年生まれ七人の旋毛曲がり」を知り、気づかされたという次第ですが…。その坪内氏がチョイスした七人は子規、漱石、露伴、紅葉、宮武外骨、南方熊楠、佐藤緑雨です。スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca- [続きを読む]
  • 慶応三年生まれ
  • 今年生誕150年となる子規、漱石と同じ慶応三年生まれには、司馬遼太郎「坂の上の雲」でおなじみの秋山真之のほか幸田露伴や尾崎紅葉ら多士済々。実は子規没後100年の年に坪内祐三「慶応三年生まれ七人の旋毛曲がり」を知り、気づかされたという次第ですが…。その坪内氏がチョイスした七人は子規、漱石、露伴、紅葉、宮武外骨、南方熊楠、佐藤緑雨です。子規の小説家志望に引導を渡した露伴明治25(1892)年、子規は渾身の [続きを読む]
  • 子規山脈③虚子?碧梧桐
  • 高浜虚子(1874-1959)松山出身の俳人。本名清。河東碧梧桐とともに子規門下の双璧をなした人。柳原極堂が創刊した「ほとゝぎす(のち「ホトトギス)」を東京で引き継ぎました。子規の生前、「後継者に」と望まれた際には断って思いっきり落胆させていますが…。自立した一人の文学者たらんとの思いがあったのでしょう。でも、真意を内に秘めて安心させてやるとかできなかったのかなあ。正直すぎです。スポンサーリンク style= [続きを読む]
  • 柳原極堂の句碑
  • 子規の俳句革新支える松山市の井手神社というところに柳原極堂の句碑ができました。極堂は子規と同年生まれの友人。子規存命中は「ほとゝぎす」を創刊するなど、その活動を支え、子規没後は顕彰活動に尽力した人です。「友人子規」を書いたことでも知られていますね。スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub-2068410158249069" data-ad-slot="6575353438" da.. [続きを読む]
  • 子規山脈②大原観山・加藤拓川
  • 大原観山(1818-1875)子規の母八重の父、外祖父。本名は有恒。儒学者。幕府直轄の昌平黌(しょうへいこう)の舎長、松山藩の藩校明教館の教授を務めました。明治維新後は私塾を開き、子規も漢文の素読を観山に学びました。スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub-2068410158249069" data-ad-slot="6575353438" data-ad-format="au.. [続きを読む]
  • 子規と漱石②七草集と木屑録
  • 寄席通の二人ともに慶応3(1867)年生まれの子規と漱石。明治41年、「ホトトギス」の子規七回忌号に寄せた漱石の談話によると、二人が親しくなったのは寄席好き同士だったからでした。「わすれてゐたが彼と僕と交際し始めたも一つの原因は二人で寄せの話をした時先生(子規)も大に寄席通を以て任じて居る。ところが僕も寄席の事を知つてゐたので、話すに足るとでも思つたのであらう。それから大に近寄て来た」(「子規全集別巻二 [続きを読む]
  • 子規と漱石①最後の手紙
  • 僕ハモーダメニナツテシマツタ僕ハモーダメニナツテシマツタ、毎日訳モナク号泣シテ居ルヤウナ次第ダ明治34(1901)年11月6日、正岡子規が英国留学中の夏目漱石に宛てた手紙はこのような告白から始まっています。同い年の二人の出会いは学生時代、22歳の時。互いを認め合い励まし合いながら時を重ね、病いに倒れた子規は立身出世を諦め文学者の道を、漱石は子規の影響で始めた俳句で名を上げつつも英文学者・教育者とし [続きを読む]
  • 子規山脈①母八重と妹律
  • こちらのカテゴリーでは正岡子規を支えた人々や門下の面々を簡単に紹介していきます。正岡八重(1845-1927)子規の母。明治5年、夫常尚が死去してからは実家大原家の庇護を受けながら裁縫を教えるなどして子規と彼の妹律を育てました。スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub-2068410158249069" data-ad-slot="6575353438" data-ad-form.. [続きを読む]
  • 子規の俳句③落したか落ち足るか路の椿かな
  • 落したか落ちたか路の椿かな自選句集「寒山落木」巻一に収録。明治23(1890)年です。前回に続いてこれまた初期作品です。椿が見ごろを迎えた春の道。歩いているとふと落花の気配が。あれ?俺が落としちゃったの?いや落ちたんだよね?もしかして美しい椿を落としてしまったんだろうかと申し訳なさを感じているような。そういう読みでいいのかな…スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub-20 [続きを読む]
  • 子規の俳句②ラムネの栓天をついて時鳥
  • ラムネの栓天をついて時鳥子規にはホトトギスの句が多い。試みに子規記念博物館のデータベースで検索すると300句ほどありました。ホトトギスは喀血の代名詞。俳号に子規(ほととぎす)を用いるようになった経緯は以前の記事に書きましたが、喀血後の暮らしの中でもやはりホトトギスを意識することが多かったということでしょうか。スポンサーリンク style="display:block" data-ad-client="ca-pub-2068410158249069" [続きを読む]
  • 子規の俳句①鶏頭の十四五本もありぬべし
  • 鶏頭の十四五本もありぬべし子規について書くなら俳句や短歌のこともやっぱり書かないといけないのかな?と、ブログを始めてから気になりつつ踏み込めずにいました。でもせっかくなので自分自身の勉強と思って何か書いていこうと思います。といっても俳句も短歌も素人。実作ができるわけもなく、鑑賞力も何もあったものではありません。そういう奴が書いていることを念頭に置いてお読みください。スポンサーリンク style="disp [続きを読む]