貢蕉の瞑想 さん プロフィール

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貢蕉の瞑想さん: 貢蕉の瞑想
ハンドル名貢蕉の瞑想 さん
ブログタイトル貢蕉の瞑想
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/michan237
サイト紹介文青梅庵に住む貢蕉の日々のつぶやきです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供66回 / 77日(平均6.0回/週) - 参加 2017/05/08 10:04

貢蕉の瞑想 さんのブログ記事

  • 永福稲荷神社 そして東京芭蕉句碑探索紀も完了!!  
  • 永福稲荷神社  2017(平成29)年3月5日 12:40〜 「えっ、ここが・・・?!」 という印象が鮮やかに蘇る。  神社のイメージの林や森の鬱蒼とした感じではなく、日射しをいっぱい浴びてあっけらかんとした感じ。 「芭蕉の句碑なんてあるのかな?」 半信半疑で車を入口付近に停車。 駐車場もない。 「ショウガ祭」と「力士」の由緒が心に残る。 発光山権五郎関が際立っている。 芭蕉の句は、社殿に隣接し [続きを読む]
  • 八王子: 北野天満社 と長心寺 
  • 八王子: 北野天満社  2017(平成29)年3月5日11:53〜 駐車場もなく、句碑もなし。 馬頭観音の石碑あり。北野天満社鳥居社殿馬頭観音の石碑八王子:長心寺 2017(平成29)年3月5日 12:20〜 八王子市寺町72番地 新たに整備された感じのするお寺であった。 芭蕉の句碑やその説明が明示されていた。 芭蕉の句の説明は、大東文化大学の先生が記されたもの。 芭蕉に傾倒された先生かな?長心寺本殿・・・葬 [続きを読む]
  • 八王子: 永泉寺  
  • 八王子: 永泉寺  2017(平成29)年 3月 5日 10:36〜 開創は弘治元年(1555) 。 武田氏家臣の永野和泉が当地に移住し、庵を建て開基位となる。 その後、永林寺三世岳應義堅大和尚が、 天正元年(1573)当寺を法地寺院として開山。  現在の本堂は、明治18年に火災全焼したため、八木下要右エ門の母屋を移築・増改築したものだそうだ。 永泉寺には、五人の句碑が林立。 芭蕉句碑は、 ③ 「先づたのむ 椎 [続きを読む]
  • 日野市: 京王百草(もぐさ)園 その2 
  • 日野市: 京王百草(もぐさ)園 その22017(平成29)年3月5日 9:20〜茶室「三檪園」いろいろな樹木の花や草花と池とのマッチング! 園内には牧水の長男・旅人氏設計の歌碑、松尾芭蕉の句碑も木々の緑に包まれ佇んでいる。芭蕉の句碑1 芭蕉の句は、 「春もやゝ けしき調ふ 月と梅」  と 「しばらくは 花の上なる 月夜かな」 芭蕉の句碑2そして、ここからは、筑波山が見えるという。  我が子が住む近くをこ [続きを読む]
  • 日野市: 京王百草(もぐさ)園  
  • 日野市: 京王百草(もぐさ)園  2017(平成29)年3月5日 9:20〜 江戸時代(1716 年〜)、寿昌院慈岳元長尼が徳川家康の長男・信康追悼のため、松連寺を再建した。        その後時代を経て造られたのが京王百草園だ。 園内の有名な「寿昌梅(じゅしょうばい)」は寿昌院自ら植樹したと伝えられている。 梅の開花時には約50 種500 本の梅たちが咲き競い、園は華やかさを増す。 梅祭の最中だが、梅の盛りを過 [続きを読む]
  • 港区: 天現禅寺  
  • 港区: 天現禅寺  2017(平成29)年2月28日 12:50〜港区南麻布4−2−35 珍しい名前のお寺の一つか。 当寺は多聞山の山号が示すように、本尊として毘沙門天の像(樟の丸木作り、高さ103.5センチメートル)をお祀りしている(秘仏の為、開扉日に公開)。 毘沙門天は、「多聞山」とも称され、四天王の一人で降魔相を現じて仏国土と衆生を守護する願誓を持ち、また、七福神の中にも入れられた。  民俗信仰の対象 [続きを読む]
  • 港区: 北青山の善光寺   
  • 港区: 北青山の善光寺   平成29年2月28日 12:15 ~ 「表参道駅A3出口より徒歩1分」とあったが、ぐるっと一回り。 北青山3−5−17   善光寺はあちこちにあるのが、芭蕉の紀行を追従してわかったが、皆落ち着いた趣を呈している。 江戸時代、信州善光寺本願上人の東京宿院であったらしい。  芭蕉句碑は、茶室の奥にあり。 今は公開しておらず、無念の一言。庭園の開放を望むのみ。 善光寺の主旨に適って [続きを読む]
  • 港区: 青山海蔵寺   
  • 港区: 青山海蔵寺   平成29年2月28日 11:45 ~ 青山墓地の近くだから「キラー」とコシノジュンコさんに名づけられた「キラー通り」という名のデッドロード。  凄い名前の外苑西通り沿いにこんな異国情緒たっぷりの赤門のある所が、青山海蔵寺。 門構えに一瞬「ええっ?」。 本堂までの道は、整備され、両側は石碑や木々、花などでいくらか落ち着きを取り戻す。 老紳士がひとり、写真を撮っておられた。 芭蕉の句碑 [続きを読む]
  • 台東区: 浅 草 寺
  • 台東区: 浅 草 寺 平成29年2月28日 10:20~ 台東区浅草2−3−1 何度訪れても、浅草という所は、わくわくする。 宝蔵門の右側の弁天島に、芭蕉句碑はあり。 弁天島では、近くの幼稚園児が元気に遊んでいた。 弁天島の頂には、弁天堂があり、正面段下に芭蕉句碑が整然と建っていた。 芭蕉の句は、「くわんをんの いらか見やりつ 花の雲」                はせを 句碑は、この句を上部に、下部に芭 [続きを読む]
  • 学習院大学構内
  • 学習院大学構内 平成29年2月28日 9:00〜 山手線目白駅を降りて右手に学習院大学西門がある。 8時開門だが、見学者は9時以降からという守衛さんの説明。 真性寺を先に見て、再度訪問。パンフレットで丁寧に説明してくださった。 有難し! まず、血洗の池まで行く。 少し水が濁っていた。不気味!?  血洗の池とは生臭い名称だが、 「高田馬場の決闘」で有名な赤穂浪士の堀部安兵衛が血刀をこの池で洗ったという [続きを読む]
  • 豊島区: 巣鴨:真性寺(しんしょうじ)  
  • 豊島区: 巣鴨:真性寺(しんしょうじ)  平成29年2月28日 8:30〜 巣鴨3−21−21 45年前、西巣鴨の近くに仮住まいしていた時、時々巣鴨で降り、地蔵通りを歩いて賑わいを楽しんだ。 巣鴨駅前に、このお寺があるとはつゆ知らず。 由緒沿革にも記されているように、奈良県桜井市の長谷寺の末寺だそう。 芭蕉翁と杉(さん)風(ぷう)の俳句が句碑として残されている。 芭蕉の句は、「白露も こほれぬ萩の う [続きを読む]
  • 向島百花園 5 あまり梅といしぶみ
  • 向島百花園 5 あまり梅といしぶみ 所々に、ちらほらと・・・、あまし梅かな?紅梅は賑やかに雪の如く梅の木の下の春かな 近江すみれ 色とりどりに咲きにけり雪中庵梅年の句碑「黄昏や 又ひとり行く 雪の人」北元居士の句碑「水や空 あかり持ち合う 夜の秋」賀屋月彦の句碑「うつくしき ものは月日ぞ 年の花」こういう感性はすばらしい!其角堂永機の句碑「朧夜や たれをあるじの 墨沱川」 長いことお付き合いありが [続きを読む]
  • 向島百花園4 いしぶみに魅せられ!
  • 向島百花園4 いしぶみに魅せられ! 「百花園と百草園」 百花園は向島、百草園は日野市。 今春、両方とも芭蕉のお陰で、叶えられた。 たくさんの花や草がある所という勝手な解釈で、何の疑問も持たなかったし、名称の由来について知るよしもなかった。 ふと、「何で百?」。 向島百花園の「百花」は、「梅は百花のさきがけ」といわれてきたことにより、酒井抱一氏が名付け親ということらしい。 ちょっと寄り道して、碑へ。 [続きを読む]
  • 向島百花園3 句碑等いしぶみを!
  • 向島百花園3 句碑等いしぶみを! 向島百花園は、臥竜梅で有名(?)な亀戸の梅屋敷に対して、「新梅屋敷」と呼ばれ、親しまれてきたそうな。 調べると、亀戸の梅屋敷は、浮世絵師の歌川広重が描いたこともある江戸時代の亀戸に実在した梅屋敷という。 現在は、その歴史ある建物をモチーフにして、観光案内所や物産店、江戸切り子ギャラリー、寄席等、亀戸の文化や歴史などの魅力をたっぷり味わえる複合商業施設になっていると [続きを読む]
  • 向島百花園2 句碑等碑を!
  • 向島百花園2 句碑等碑を! 花木だけでなく、文人達の足跡と29の句碑・石柱が園内随所に建ち、ひとつひとつをゆったり楽しむ事ができた。 芭蕉句碑とともに・・・・。「福禄寿尊」の碑(前回「福禄自尊」と紹介。深謝!) お一人おひとりに、行き渡りますように!芭蕉句碑「春もやや けしきととのふ 月と梅」はせを千樹庵益賀の句碑「鳥の名の 都となりぬ 梅やしき」「墨沱梅荘(すみだばいそう)の記碑」亀田鵬斉「雲山 [続きを読む]
  •  向島百花園
  •  向島百花園 2月21日  午前11時07分〜 東向島駅で降り、10分ほど歩く。 一度は行ってみたいと思っていたが、まさか芭蕉の関係で訪れようとは夢にも思わなかった。 周囲は工事中であった。百花園は、江戸の町人文化が花開いた文化・文政の時代、1804年〜30年の頃にできたという。 骨董商の佐原鞠塢(きくう)という人が、「四季百花の乱れ咲く園」をという趣旨で造ったそうだ。 後に、永久保存を願い東京市に [続きを読む]
  • 江東区:芭蕉記念館
  • 江東区:芭蕉記念館  2月21日  午前9時40分〜 二度目の訪問。 ここにも、池を配した庭園がある。 築山には、芭蕉庵を模した祠と句碑等がある。 庭園を道しるべの標注に沿い、築山の階段を上る。 庭園内句碑には、 「古池や 蛙とびこむ 水の音」  「川上と この川下や 月の友」 がある。 庭園を一巡りして受付へ。 二百円を払うと、先程展望庭園を開けて下さった女性の方とまたばったり。縁あり? 平成7 [続きを読む]
  • 江東区:芭蕉庵跡稲荷神社
  • 江東区:芭蕉庵跡稲荷神社 平成29年2月21日 午前9:30〜 平成26年11月以来二度目の訪問。 二度目になると、同じものでもやはり見方が変化する。 何だ何だという好奇心の塊がほどけていく。 大正6年(1917)の大津波の時、芭蕉のものとみられる石蛙が見つかったことから芭蕉庵跡と推定されたという。 鳥居にも「芭蕉庵史跡・芭蕉稲荷神社」と銘打たれている。 鳥居を潜ると、左側に、芭蕉句碑と「俳聖芭蕉翁生誕3 [続きを読む]
  • 芭蕉史跡展望庭園 その3
  • 芭蕉史跡展望庭園 その3 さて、お目当ての芭蕉句碑。 「川上と    この川下や       月の友」と詠まれていた。 そして、小名木川五本松等の説明がきちんとなされ、出口には芭蕉庵跡の碑と蛙の置物も置かれていた。見事な写真風景芭蕉翁にも御礼を申し上げて・・・。芭蕉の句碑と説明板芭蕉の句は「川上と この川下や 月の友」芭蕉と小名木川五本松の句の説明板深川芭蕉庵の説明 小名木川の夕べを楽しみたい気分 [続きを読む]
  • 芭蕉史跡展望庭園 その2
  • 芭蕉史跡展望庭園 その2平成29年2月21日 午前9:30〜 庭園をうまく生かしたいくつものレリーフや外壁を活用したレリーフが整然と並べられていた。深川芭蕉庵だよ。 続いて、「俳人百家撰」「芭蕉翁略伝」バショウと芭蕉翁芭蕉翁絵詞伝深川八貧図だそう。俳諧悟影法師埋れ木の花芭蕉文集芭蕉庵再興集 さて、お目当ての芭蕉句碑。 「川上と この川下や 月の友」と詠まれていた。芭蕉翁とその周り芭蕉の表情右左 そ [続きを読む]
  • 深川:芭蕉史跡展望庭園
  • 深川:芭蕉史跡展望庭園  その1平成29年2月21日 9:30〜  木製の入口からまた階段を上がると、木製の組み合わせ写真にびっくり。 一組は、当時の川の様子が描かれていた。 もう一組は、富嶽三十六景「深川萬年橋付近」。 狭い所を上手に活かしていた。 庭園の中央の台座の上に、芭蕉座像があった。 表情を左右よりアップして撮影。 やはり筋金入りの面構え。嵐山さんが「悪党」呼ばわりするのも一面では当たりかな? [続きを読む]
  • 江東区: 深川の萬年橋  
  • 江東区: 深川の萬年橋  2017(平成29)年2月21日 9:10〜 深川萬年橋でちょっと休憩。いろいろな資料がたもとにあり。ドイツのケルンの眺めに似た橋を架けたようだ。 ケルンを想像しながら、眺めるとまた違った趣がある。 川沿いを歩くとすぐ近くに目的地の展望庭園があった。 川沿いの階段を上がると、庭園だ。 丁度開園時刻で、女性の方が、「今開けますよ。」と声をかけてくれた。「毎朝夕の開け閉めで、○年に [続きを読む]
  • 江東区:長 慶 寺  
  • 江東区:長 慶 寺  平成29(2017)年 2月21日 8:50〜 深川孫右衛門夫妻が、越後村上の霊樹山耕雲寺二三世一空全鎖大和尚を開闢開山に勧請し、創建。 古来、楠の老木が林立していたので「楠寺」とも呼んでいるという。 この寺には亀戸天神の宮司大鳥居家の墓がある。 言い伝えによると、亀戸天神の初代と長慶寺の初代がともに同じ時期に江戸で布教をして、互いに励まし合っていた。 その縁でこの寺に亀戸天神の [続きを読む]
  • ハートカズラという花
  • ハートカズラという花平成29年6月20日 数年前の家内の誕生祝いを、当日まで持ち越した。たまたま用があり、東京花壇に立ち寄った。ちょっと華々しさに欠けるが、たまにはこういうのもいいかと購入。数年立つが、元気に育っている。子どもも増えた。名前が数日前にわかり、じっくり葉っぱや花を見つめてみると、何ともはや珍妙。葛の花に花の形は似てるかな?カズラの仲間だもんな。数年前、プレゼントした時のままの容器具  [続きを読む]
  • 江東区:臨 川 寺  
  • 江東区:臨 川 寺  平成29(2017)年 2月15日 12:40〜清澄3−3−9 延宝8年(1680)深川に移り住んだ松尾芭蕉は二歳年上の仏頂禅師の人柄に感服し、足繁く参禅するようになる。 芭蕉庵と呼ばれた草庵が、臨川寺とほんの五百メートルほどしか離れていなかったことも、二人の交流を深めたのだろう。 芭蕉庵は新しい俳風を模索する一門の拠点となり、また、号を桃青から芭蕉翁と改めたのもこの頃。 禅味が加わ [続きを読む]