66 さん プロフィール

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66さん: お父様と共に
ハンドル名66 さん
ブログタイトルお父様と共に
ブログURLhttps://ameblo.jp/nokinoki66/
サイト紹介文み言、信仰、私の心、実生活。どうすれば合わせられるのか。真のお父様の願われる正午定着した心を求めて。
自由文み言を学べば学ぶほど現実の自分とのギャップを感じてしまう。み言は理想、実生活は現実。多くの食口がそこに悩んで来ました。ある程度のところで妥協したり諦めなくてはならない現実を感じています。でも私たちに不可能な事を真のお父様が言われるはずがありません。もう一度、お父様のみ言と私の心と生活を具体的に見直してみましょう。正午定着した心を持てるようになる道が必ずあるはず。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供51回 / 114日(平均3.1回/週) - 参加 2017/05/08 15:20

66 さんのブログ記事

  • ご家庭と引き換えに私たちを守って下さったお父様だったのです
  • 私たちは教会で真のお父様の生涯路程を学び、お父様のご苦労の歴史を何度も聞いて来たと思います。私たちのためにご家庭を犠牲にされて来た事も学びました。それなのに、私たちは今のご家庭の現状を見ながらあれこれ言ったり、批判もしたりもしています。私も、お父様のご苦労の歴史とご家庭の犠牲が私たちの為にあった事は分かっているつもりでしたが、どこかで他人事のような無関心さがありました。しかし、お父様のご心情とご [続きを読む]
  • 環境は愛である
  • 神様の願いは、人間がそれぞれ個性完成し、真の家庭をつくり、愛の世界を創る事でしたそれは神様お一人では成す事が出来ません。人間を創造主と同じ立場に立たせて、この被造世界を愛で主管出来るようにする為に責任分担を与えて下さいました。神様の責任分担と人間の責任分担が両方成されて初めて成就します。先日の記事「神様はなぜ有限な地上世界を創造されたのでしょうか?」の中で書いた通り、この限りある地上世界の環境も [続きを読む]
  • 神様はなぜ有限な地上世界を創造されたのでしょうか?
  • 神様は人間を永生するように創造されました。地上生活を終えると霊界に行き、そこで永遠に生きるようになっています。それならば霊界だけを創って、そこに人間を創造すれば良いのに、なぜ神様は地上世界を創られたのでしょうか?霊界は無限の世界だと言われてます。時間と空間を超越した世界です。願った事が瞬間的に叶えられる世界だそうです。誰かに会いたいと思えば瞬間的に会う事が出来、何か欲しいと思えば瞬間的にそれが与 [続きを読む]
  • アベル・カインの本当の意味
  • 教会では、アベルとカインという立場が常に意識されていますね。アベルとカインは、善と悪を表す表示体として分けられ、アベルはより神様に近い存在として、カインはよりサタンに近い存在として立てられました。真のお父様もそのような意味でこの言葉を使って来られました。教会内でもこの言葉が使われて来ましたが、組織の中で外的な捉え方ばかりして来たので、その意味が本来の意味から変質して来てしまいました。アベルとカイ [続きを読む]
  • 欲望は悪ではありません
  • 皆さんは「欲」とか「欲望」という言葉に対して、どんなイメージを持っていますか?この世でも「欲」「欲望」というと、あまり良い意味では使われません。それは、堕落した人間は自分の為の欲望を持つ事がほとんどだからです。では、なぜそんな「欲望」という心を神様は人間に与えたのでしょうか?それは、神様が願われた本然の世界の実現のためには欲望が不可欠だからです。なぜなら、相手の為にしてあげたいという欲望がなくて [続きを読む]
  • 「バチが当たる」と考えるのは御利益信仰の裏返しです
  • 日本では昔から悪い事が起きると「バチが当たった」なんて言います。バチというのは漢字で書くと「罰」ですから、日頃の行いが悪いと天罰が下るという事なのでしょう。果たして、天は人間に罰を与えるのでしょうか?「罰」という言葉の意味を調べて見ると…「悪い行いに対するこらしめ。仕置き。」…と出ていました。神様は人間をひたすら赦したい神様であり、救いたい神様です。しかしサタンが讒訴して来るのでそのまま赦す事が [続きを読む]
  • 悲劇の主人公になりたがっていませんか?
  • 人は辛い事や悲しい事、うまくいかない事や納得いかない事などに直面したり、他人と比べて劣等感を感じたりすると、「悲劇の主人公」になりたがります。・自分は何をやってもうまくいかない…・自分ばっかり苦労して来た…・自分の事など誰もわかってくれない…・自分の努力など誰も評価してくれない…・どうして自分ばっかり辛い目に合わなければならないのか?・どうせ全部自分が悪いんだ…・私など何の価値もない人間だ…・ど [続きを読む]
  • 物事を決めつけていませんか?
  • 私たちはいつも外的な見方をして物事を判断してしまいがちです。人の容姿や服装を見て、その人がどんな人なのかを勝手に決めつけるような傾向があります。または、その人の職業を聞いて、その人に対する態度が大きく変わったりします。その人の過去を知っている場合は、その先入観で判断したりします。では、神様は私たちをどう見ておられるでしょうか?神様から現在の私たちを見れば、それは本当に汚い姿に見えるでしょう。いく [続きを読む]
  • お父様との心情一体化とは何だったのでしょうか?
  • 真のお父様のご生涯は、ご苦労の連続でした。93年間、最後の最後までご苦労されました。お父様は一体何の為にここまでご苦労され続けたのでしょうか?お父様は神様の解放と人類の救済を願って来られました。しかしそれは、メシヤであるお父様お一人が勝利しただけでは成し遂げられない事でした。私たちがメシヤと心情一体化する事が必要でした。心情一体化とはどういう事でしょうか?一体化するためには、メシヤの心情がわからな [続きを読む]
  • サタンは外にいるのではなく私の中にいます
  • 私たちはみ言でサタンの存在を知りました。食口の間では、この世の中を堕落世界とかサタン世界なんて言ったりしますが、その背後には、自分たちはもうそこからは抜け出したという思いがあるように感じられます。何か、そこに一般世界に対する上から目線的な傲慢さを感じるのは私だけでしょうか?でも考えてみると、私たち統一食口も祝福家庭も堕落性に満ちています。お父様から祝福を受けたという事がプライドになっていて、それ [続きを読む]
  • 不平不満はなぜ出て来るのでしょうか?
  • 私たちは教会でみ言を聞き、不平不満を言ってはいけないと教えられて来ました。私も不平不満を言わないように気を付けて来ましたが、まだまだ不平不満が出てしまう事がよくあります。そこで、不平不満というものがなぜ出て来るのか?…と考えてみました。不平不満が出て来る時には、二つのパターンがあるように思います。・一つは、感謝の心がない時。・もう一つは、責任を持つ心がない時。一つ目の感謝の心がない時…というのは [続きを読む]
  • 自分の成長・自分の完成を願っていますか?
  • 私たちはみ言を聞いて、人間の本来あるべき姿を知りました。私たちが堕落性を持っている事も知りましたし、それを克服して進むべき道がある事も学びました。人間が完成する事が神様の理想であり、願いであり、真のお父様もそのために来られました。私たちは、サタン分立をし、為に生きて愛の心を成長させ、神様の体となって、愛の実体になる事が目標です。そのために私たちは信仰生活をしています。しかし、私たちの「動機」とい [続きを読む]
  • 予定通りに事が進まないとイライラしませんか?
  • 皆さんは、毎日の生活の中で色々と計画を立てて行動する方ですか?きちんと計画を立ててその日にやる事をやっていくタイプと、割とその場で思った事をどんどんやっていくタイプがあるかと思います。私は、どちらかというと計画を立てて行動するタイプです。日々の生活の色々な面で自分が立てた計画があって、なるべくそれを完遂しようと頑張ります。一日の中でも…「仕事から帰って来たらこれをやって、その後これをやろう」…と [続きを読む]
  • 見返りを求めようとする心
  • 私たちは為に生きる生活を心掛けていますが、そう言いながらも、100%完全に相手の為に生きる事がなかなか出来ません。為に生きていても、相手がなかなか良い反応を示さなければ不平不満を言ったりします。家庭生活の中でも、こんな場面がないでしょうか?夫のためや妻のために何かをしてあげているのに、相手があまり協力的でない時…「私はいつもあなたの為にこれをしてるんだから、あなたもそれぐらいやって欲しい」…そんな言 [続きを読む]
  • 相手を利用しようとする心
  • この世の中の教えは、いかに自分がうまく生きていくか…という思想です。損をせず、犠牲になる事なく、利用できるものはなるべくうまく利用して、無駄を極力省きながら、効率良くお金を稼いで楽に生きるために様々な工夫をしています。法律に触れない範囲なら、利用出来るものは利用しないと損だ…という考えで世の中は動いています。例えば、ビジネスの世界ではwin-winの関係という言葉をよく耳にします。win-winとは、自分も相 [続きを読む]
  • 自分を良く見せようとする心
  • 前回書いた自分を正当化する堕落性とも重なるのですが、堕落人間の心の中には「自分を良く見せようとする心」というものがあります。これは地位欲、名誉欲、色欲と関係しながら現れます。本当は自分の利益のためにしている事を、人のためにしていると装ったり…み旨のためと言いながらも、本当は自分の家庭のためにしていたり…動機が問題になります。表面的には、天のため、人のためと言いながら、実は自分のため自分の家庭のた [続きを読む]
  • 自分を正当化する心
  • 私たちは、堕落性を脱がなくてはならないという話はいつも聞いて来ました。日頃から堕落性を脱ぐために動機や言動に気をつけて努力されている方も多くいらっしゃると思います。私も自分なりには気をつけて来たつもりでしたが、堕落性というものは長い歴史の中で習慣化してしまっているので、そう簡単には脱げない事を感じて来ました。また社会全体が堕落の思考によって常識が作られているので、常識的な事が実は堕落性だったり、 [続きを読む]
  • 自分の心が汚い事を自覚しました
  • み言を聞いてメシヤを知った立場に立つと、一般の人よりは自分は良心的だとか、信仰的だとか思ってしまいがちです。私も何かそんな傲慢な思いが無意識のうちにあった事を否定出来ません。でも、よく自分の心を見つめてみると、実に汚い心が根底にある事に気付きました。一見信仰的、良心的にしているように思える事でも、よく考えてみると動機が自己中心だったりするので、気を付けなければなりません。例えば…献金する時や、人 [続きを読む]
  • 嫌いな人がいますか?
  • 誰でも長年生きていれば、一人や二人は嫌いな人がいるのではないかと思います。私は伝道されたばかりの頃、「誰に対しても親の心情で接するようにしなさい」と教わって、「なるほどなぁ」と思った事を覚えています。確かに親の心情で接してみると、その人が自分にとって嫌な人であったとしても、親ならその人の良いところを見ようとするし、悪いところがあってもその人がより良くなる事を願う心を持てるし、嫌いだと思う心も薄れ [続きを読む]
  • 献金摂理は何のためにあったのでしょうか?
  • これまで日本は数多くの献金摂理を担当して来ました。世界の中でも日本ほど献金摂理を多くやって来た国は他にありません。献金摂理とは一体何だったのでしょうか?真のお父様は「先生はお金は要りません」と仰っています。それなのに、どうして私たちはお金を捧げなければならなかったのでしょうか?私たちにとってお金は万物の中でも特に大事な物ですね。ですから、世界中の多くの人たちがお金を欲しがります。お金を得るために [続きを読む]
  • 今私たちがすべきこと
  • 真のお父様は、そのご生涯をかけて何のためにご苦労されたのでしょうか?それは、神様の解放の為であり、人類の救済の為である事を私たちは知っています。その「解放」や「救済」は、具体的にはどのような事なのでしょうか?神様の解放がどのようにして成されるかを考えてみると、それは全人類が救われる事によって成されます。では人類の救いとは何かと考えると、神様の創造目的を完成した人間になる事です。そのためには、まず [続きを読む]
  • 今まで私たちがして来なかったこと
  • 日本の統一教会が出来ておよそ58年。真のご父母様のもとで多くの先輩家庭がご苦労された歴史があって今があるのだという事を度々感じます。真のお父様の教えはこれまで聞いた事のない画期的な内容でした。イエス様の時代から2000年を経て、イエス様も語る事の出来なかった天の秘密を、ついに再臨主である真のお父様が明らかにされたという人類史上初めての内容でした。世の中からは受け入れられず迫害の続く中でも草創期の先輩食 [続きを読む]
  • お父様の願いはどこにあるのか?
  • 今、統一教会は混乱していますね。教会はお母様を中心に進んでいます。しかし、お母様の発言には明らかにおかしい内容が多いので、三男さんのグループや七男さんのグループに多くの食口が分かれて行っています。このような混沌とした状況の中で、どこについて行くべきなのか、迷っている方もいらっしゃるのではないかと思います。そもそも私たちはどのようにしてこの道に来たのかを考えてみると、メシヤである真のお父様によって [続きを読む]
  • 私が変わらなければ摂理は完成完結完了できない
  • 私はみ言を聞いて間もない頃は、とても純粋な気持ちで頑張っていましたが、家庭を持たせて頂いて、その後仕事がうまくいかなくなったりして経済的にかなり困窮して来てからは、あまり熱心にみ旨をしなくなっていました。余裕がなく、家計を立て直すのに必死でした。やはり、私の心の奥底には自己中心の思いが強く残っていて、自分が苦しい状況になるとその思いが出て来たのです。いつの間にか、み旨よりも自分の事情を優先する生 [続きを読む]
  • 自ら進んで損をする生き方
  • 前回は絶対信仰と御利益信仰について考えましたが、私たちの思考は御利益的な思考になりがちです。御利益信仰とは、自分が得をする為に信仰する事です。得というと、お金の損得を思い浮かべますが、それだけではありません。自分や家族の健康や安全、仕事の好不調もそうですし、自分の時間や体力を自分の為に使うかどうか…なども同じです。これらの事は決して悪いことではありません。親なる神様は私たちの健康や幸せを願ってお [続きを読む]