hhwasa さん プロフィール

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hhwasaさん: 日本料理、和食のヒント!給料を稼いで調理士になろう
ハンドル名hhwasa さん
ブログタイトル日本料理、和食のヒント!給料を稼いで調理士になろう
ブログURLhttp://ameblo.jp/hhwasa/
サイト紹介文日本料理・和食のヒント、調理師の考え方、調理士の技法そのほか、日本料理・和食のヒント、題材を紹介
自由文広島で調理師紹介所の副所長をやっています。日本料理・和食の楽しさ、面白さを発見して是非調理士に挑戦してください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供28回 / 18日(平均10.9回/週) - 参加 2017/05/09 10:14

hhwasa さんのブログ記事

  • 定食屋と留守居茶屋(料理茶屋)の登場
  •                                半べえ庭園       江戸時代の初めは市中に食べ物屋はなかったが、1657年・明暦の大火(振袖火事)後、浅草で奈良茶飯が出たのが初めで寛文年代(1661年〜1673年)慳貪そばや慳貪うどんの店が流行<慳貪(けんどん)1杯ずつ盛り切りにして売ったそばやうどん>1700年代終わりごろには、すし屋、仕出し料理屋が至る所にできた京都、大阪も同様にかなりの [続きを読む]
  • 土用の丑の日と大伴家持
  • 今年の土用の丑の日は 7月25日(火)と8月6日(日) の二の丑 丑の日に鰻を食べる発案は江戸時代ご存じ、平賀源内によるものですが当時は、「丑の日にちなんで、“う”から始まる食べ物を食べると夏負けしない」という風習があったそうです 鰻といえばカバ焼きですが、関西ではタレをつけて焼きますが関東では、蒸してからタレをつけて焼きます 中国での鰻料理は生姜そのほかの香辛料で生臭さをとるか、酒と醤油 [続きを読む]
  • 利休の「ふのやき」からベジラビットへ
  •  第20回オタフク・お好み焼き提案会に行ってきましたこんなのあったら利休も喜んだか?    LECTにオタフクソースが提案する野菜と健康がテーマのお店           Vege Love it !(ベジラビット)  「ふのやき」「一銭洋食」がここまで進化LECT蔦屋書店、知の壁は壮観だけど国々の壁は悲観 天正18年「利休百会記」献立 九月廿一日晩 上様 輝元 薬師院三人 (津田)宗及 四畳半 四方釜 瀬 [続きを読む]
  • 美味しい、不味いの判断は100%ではない!
  • 中国のことわざに 三世の長者は被服を知り、五世の長者は飲食を知る                「魏の文帝、曹丕(そうひ)の言葉とされる」 三代続いた金持ちではじめてベストドレッサーになれる飲み物、食べ物の良し悪しは五代続いた長者でなければわからない 着るものはそれを見て素敵だなと思う相手がいるが、食べ物は自分だけがうまいと思えばいいのだから、他人を必要としない絶対偏見の判断になる&nbs [続きを読む]
  • みおつくし料理帖、美味求真の江戸時代
  • 平成28年広島調理士紹介所広島樋口社懇親会  (作)半べえ総料理長 川村 満 江戸時代になり、日本料理は急激に方向転換をする。極限すれは、鎌倉時代、料理は空腹をみたせばよかった時代室町時代は武士が殿上人と交際する時代であり行儀作法に重きが置かれ無作法だと言われないように非常に注意をした時代で、料理人も盛り方、飾り付けに注意をして、味は表向きの話題とはならなかった 江戸時代に入り、醤油の本格製 [続きを読む]
  • 詫び然びとは?
  • 詫びとは「不足の中に心を満たそうとする精神」室町時代後期から安土桃山時代に豪華絢爛な喫茶文化から不足の美を求めるようになり「詫び寂び」の茶の湯が考案された。「詫びしい」とは心の細やかさ、「心入れ」の結果であり「心入れ」は、思い入れ、思いやり、心づかい、配慮であるどれひとつとして欠けてはいけ [続きを読む]
  • 詫び寂びの茶の湯
  •  <料亭 羽田別荘> 「日常茶飯事」というように、わたしたち日本人にとって茶は生活の中で欠かすことのできないもの 日本における茶の歴史は奈良時代の中期、聖武天皇のころで仏教法具の一つとして伝来し「薬用」として貴族文化に広まった 「一杯の茶」でわなく「一服の茶」という栄西禅師は「茶は養生の [続きを読む]
  • 懐石と懐石料理
  • 千利休の時代、大名家では本膳料理の後で茶をいただくのが普通であった 千利休は禅宗の法要である「茶をもって始まり、茶をもって終える」という茶礼と食礼の融合を試みた 懐石の原点は修行中の禅僧が空腹をおさえるための少量の御粥「薬石」温めた石を懐にに入れおなかを温め一時の飢えや寒さをしのぐ [続きを読む]
  • 日本料理の新たなスタイル
  •     半べえ 茶室(紅霞亭・聴松庵)より ある冬の日、利休は夜遅く京都に帰る途中ふと、あのわび茶人を訪ねようと思い立つ思いがけぬ夜更けに天下の宗匠の利休が訪ねてきてくれたが・・・茶室はゆきとどいた心づかいがみえて気持ちがいい利休が窓の外に人の気配を感じると、わび茶人が行燈のぼんやりした中、竹竿で柚を [続きを読む]
  • 本能のごとく食欲を満たすだけなら、それは禽獣の餌も同然
  • 食い荒らし、手づかみで食べ、綺麗に盛られたお菜を箸でつき崩す。固い骨までほおばり、箸を振り回し酒を飲む。 千利休が登場するまでの茶の湯では、懐石というより、酒宴に近かった。 禅宗の寺院にとって料理を作ることは修行の一環という教えが定着し室町時代中期、臨済宗大徳寺の一休禅師に弟子入りしたのが茶人村田珠光、武野紹鷗そして千宗易(のち千利休) 千利休は「茶会を楽しむ」ために禅宗の法要に [続きを読む]
  • 日本料理、究極のデザイン、懐石の登場
  • 日本料理は西洋料理と比べ、よくマイナスの料理と言われます。一番の例はやはり刺身です。刺身はマイナスされた極限の料理として成立しています。 「日本教会史」には安土桃山時代の四種類の宴会料理が記されている。三つの食台の宴会(三の膳)、それぞれの客に正式な盆が三つ置かれるもの、五つ置かれるもの、七つ置かれるもの、そして茶を飲むための宴会である。 織田信長、豊臣秀吉の時代には多くのことが改められ、 [続きを読む]
  • 精進料理と煮物
  • (作) 半べえ総料理長・広島樋口社会長代行 川村 満 春野菜と蓮根餅煮合せ                         6世紀半ばの仏教伝来以降、御上は率先して仏教と精進料理を取り入れた。奈良時代、天武天皇は動物の殺生や肉食をたびたび禁じた。この時代より明治維新が起こるまで、日本人の肉食における禁忌習俗は繋がって行く明治の文明開化時に仮名垣魯文は「安愚楽鍋(あぐらなべ)」の中で「牛肉食わね [続きを読む]
  • 包丁供養と庖丁式
  • 包丁供養は包丁への感謝と鳥獣魚介類の供養のため(宮島)大聖院で昭和58年より毎年3月8日に行われています。庖丁式も「食材の死の穢れを祓い清め、命をいただくことへの感謝」を込め供養後に奉納されます。庖丁式は代々御上の御膳を司る「内膳司長官」(磐鹿雁命<いわかむつかりのみこと>の子孫)に仕えた庖丁人が節会や宮廷行事でおこなっていたが、時代とともに御祝いの饗応で見せる余興的なものとなり、宮廷や公家文化だけ [続きを読む]
  • 本膳料理と有職料理
  • 庖丁式(宮島・大聖院にて)   公家文化の「大臣大饗」の流れは室町時代に武家の主従関係を形式化した「本膳料理」を生んだ。本膳料理は主従関係を示すため席次を細かく決め、一の膳から始まり七の膳の膳立てで、格下の者が目上の方々を「もてなす」という概念を作る。江戸時代は「四条流」が徳川家に仕え、江戸城に訪れる全国の大名に料理を振る舞ったため全国へ広がる。武家文化とつながりが深い四条流や大草流に対して、皇親 [続きを読む]
  • 初午いなりと菓子
  •   平成29年第73回広島調理士紹介所広島樋口社(2月20日)より  (作) 半べえ総料理長・広島樋口社会長代行 川村 満      御食事  きつね茶蕎麦 水菓子  広島ネーブル 広島八朔考え方:初午、お稲荷さんに因んで 地産地消 初午祭はその年の豊作祈願が原型で、それに稲荷信仰が結びついたもの初午は2月の最初の午の日をさすが、2月の2回目の午の日を二の午(にのうま)、3回目を三の午(さんのうま)と言 [続きを読む]
  • 日本料理の系譜
  • 平成29年第73回広島調理士紹介所広島樋口社(2月20日)より(作) 半べえ総料理長・広島樋口社会長代行 川村 満羹  ずわい蟹 あられ餅 梅麩 スナック豆 透かし蕪菁   五菜餡 木の芽考え方:季節の名残り蕪は江戸時代は漢語で蕪菁(ブセイ、wujing)、蔓菁(マンセイ、manjing)、        扁蘿蔔(ヘンラフク、bianluobo)などと呼ばれていた。           羹(あつもの)は汁物など火を通した熱い [続きを読む]
  • 御運びすると言うこと
  • 平成29年第73回広島調理士紹介所広島樋口社(2月20日)より(作) 半べえ総料理長・広島樋口社会長代行 川村 満炙り肴  焼雲子と広島牛味噌漬   柚子大根 塩トマト 山葵考え方:地産地消を踏まえて              雲子:鱈の白子(精巣) 神饌は常に目の高さ(目通り)で持ち、息がかからないように御運びするそのため神職は神饌を腹でささえていますつまり神職は毎日袴で過ごし腰を一定の高さで能楽 [続きを読む]
  • 常に最上の物を
  • 平成29年第73回広島調理士紹介所広島樋口社(2月20日)より(作) 半べえ総料理長・広島樋口社会長代行 川村 満 椀 盛  帆立貝真如うす葛引き  炙り白魚 京人参 板わらび 櫻葉麩      春子椎茸 つる菜 柚子 考え方:待望む春の温もり 神饌とは字のごとく「食」を「選」、神様のために選び抜いた食べ物です(その土地の人々が特別な恩恵を享受した食物)その時代で一番珍しいものや美味しいご馳走を [続きを読む]
  • 日本料理の原点
  • 平成29年第73回広島調理士紹介所広島樋口社(2月20日)より(作) 半べえ総料理長・広島樋口社会長代行 川村 満      お凌ぎ   うずみ豇豆米       割 鮮  鯛龍飛昆布重 鰆塩たたき                      地蛸ぶつ 氷柱霙蕪 岩茸ゼリー  考え方:地産地消を意識して解 説:うずみは広島県福山地方の郷土料理    「ささげ」は平安時代「大角豆」として記録が残り、 [続きを読む]
  • 究極のもてなしとは?
  • 平成29年第73回広島調理士紹介所広島樋口社(2月20日)より(作) 半べえ総料理長・広島樋口社会長代行 川村 満酒 菜  選海老と菜の花の生唐墨和え 炙煮穴子と分葱昆布巻き    下萌 早蕨 ふきのとう こごみ 土筆考え方:春の兆しと苦みを食す解 説:山菜は冬から春へと体をスムーズに移行させるのに欠かせない食べ物    「春には苦みを盛れ」と昔から言われ、この苦みこそが体を春へとス    ムースに移行 [続きを読む]
  • 五穀豊穣と五節句
  • 五穀豊穣に感謝する新嘗祭と御上が最も重要視祭祀が節日(せちにち)です。奈良時代唐から伝わった陰陽五行説に由来する。 1月7日(人日) 3月3日(上巳) 5月5日(端午) 7月7日(七夕) 9月9日(重陽)奇数を吉数とする陰陽五行説の影響を受け、奇数と奇数が重なり合う日は大変喜ばしいものと考えられた。 季節の移り目は気温の変動も激しく、邪気、悪霊、災いが起こりやすいと考えられた。 この季節の節目 [続きを読む]
  • 柱の傷は おととしの・・・ちまきたべたべ 兄さんが の粽
  • 背比べは雑誌「少女号」に大正8年に詩が掲載され、大正12年「子供たちの歌第3集」に曲が収められ発売された。平成19年「日本の歌百選」に選ばれた。 急に熱くなるこの時期は昔から病気にかかる人や亡くなる人が多かったため、5月を「毒月」と呼び、厄除け毒除けの為、菖蒲や蓬,ガジュマルの葉を門に刺、薬用酒や肉粽を食べ健康増進を祈願した。生きる切実な思いが端午の節句となった。 粽(肉粽)楚の国王の側近に屈原( [続きを読む]