hhwasa さん プロフィール

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hhwasaさん: 日本料理、和食のヒント!給料を稼いで調理士になろう
ハンドル名hhwasa さん
ブログタイトル日本料理、和食のヒント!給料を稼いで調理士になろう
ブログURLhttps://ameblo.jp/hhwasa/
サイト紹介文日本料理・和食のヒント、調理師の考え方、調理士の技法そのほか、日本料理・和食のヒント、題材を紹介
自由文広島で調理師紹介所の副所長をやっています。日本料理・和食の楽しさ、面白さを発見して是非調理士に挑戦してください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供146回 / 136日(平均7.5回/週) - 参加 2017/05/09 10:14

hhwasa さんのブログ記事

  • 滑子(ナメスギタケ)
  • 処理をした筋子 ニシンはナスの揚げ浸しと共に召し上がっていただきます ナメコ蕎麦でお出しします写真提供  白 鷹   ナメコはモエギタケ科スギタケ属のキノコで「ナメスギタケ」ともいわれ秋になると色々な広葉樹とくにブナの枯幹・倒木・切株に生える傘の表面はぬめりが強くナメコはこのぬめりに由来する 夏の味覚ジュンサイとともにぬめり食品の代表で歯切れもよく滑らかな口当り生のナメコはそのままだと3〜4日しかもた [続きを読む]
  • 観月の夕べ
  • 写真提供 半べえ 田毎饅頭馬鈴薯 百合根 バター白鷹  料理長 今岡貴志 今年の仲秋の名月は10月4日「秋三月、秋、七月初秋、八月仲秋、 九月季秋」『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』         平安時代中期の辞書 旧暦8月15日は秋三月90日間の中日であるところからこの日の御月さんを「仲秋の名月」と詠んだ 旧暦9月13日の月見は8月の十五夜に対して十三夜と呼ばれ栗の収穫期と重なるので「栗名月」ともいう [続きを読む]
  • 以閉都以毛
  • 写真提供 半べえ  白鷹  「里芋の煮転がし」を作ります サトイモは山野に自生する「山のイモ」に対して人家の近くで栽培する里のイモの意味 「以閉都以毛(いへついも)、葉似荷、 其根可食之」  『和名類聚抄』では根は食用になり葉はハスの葉に似ていると説明している サトイモは熱帯アジアが原産で日本には稲より早く縄文時代中期に渡来したと考えられる 現在でも農耕儀式として最も重要な正月の雑煮に用いられおせち料 [続きを読む]
  • 大銀杏
  • 進化論で有名なダーウィンはイチョウを「生きている化石」といっている太古のままの姿で今日まで生き続ける不思議な植物 「イチョウは、お寺さんの木で、人家の庭に植えるものでは無い」と言われ桂離宮を始め名園に大イチョウがないのはそのためであろう 寺の木といっても法隆寺や東大寺などの寺には大イチョウは無い 樹齢1200年と推定される大イチョウの木には行基菩薩の手植えとされているものや樹齢千年と推定されるものに弘法 [続きを読む]
  • 海ウナギと瀬戸のアナゴ
  • 穴子鰻ざく風胡瓜 茗荷 ラレシ 針大葉羽田別荘  料理長 池田和生 アナゴは昼間には穴に隠れ夜に這い出し餌を漁るため漁法はもっぱら夜釣り春から夏に西南諸島周辺深海で産卵する 蛸壺を穴子が占めし貌そろへ「細見しゅこう」 廿日市市大野瀬戸でとれるアナゴは潮流が速いため味が良いとされ「瀬戸のアナゴ」と称される 天ぷらにはやや小振りのものが好まれ35センチ以下の「めそ」と呼ばれるものを最上とする職人も多い 関西では [続きを読む]
  • 包丁人の登場
  • 鎌倉時代の末期には食通があらわれ包丁人(料理人)がもてはやされている 「その別当入道は、並ぶものない料理人であった。ある人の所で、見事な鯉が客の前に出された。一座の者全員が、この鯉を用いて、かの有名な料理人の包丁さばきを見てみたいものだと思ったが、軽々しく口にはできまいと、ためらっていると、」 別当入道は気軽な人で「この間から、100日間続けて鯉料理をするという願いを立てており、今日一日だって欠かすこ [続きを読む]
  • 白果を食うこと千個に満つれば死す
  • 赤陸一夜干し銀杏 酢橘 染め卸し羽田別荘 料理長 池田和生 ムツは脂ののっている魚の意味で脂っこいことを「むつっこい」「むつこい」などと言う事に由来 仙台では伊達家が陸奥守(むつのかみ)だったので「ムツ」という名前を避け同じ音の六(むつ)から「ロク、ロクノウオ」と呼ぶ 相模湾ではムツの幼魚が親魚とかけ離れたところに棲んでいることから「オンシラズ」と呼ぶ10〜20cm位をアカムツ大きいものをクロムツと呼んだ [続きを読む]
  • 堅魚の煎汁(いろり)
  • 萩真蒸柚子 陸蓮根 湯葉羽田別荘  料理長 池田和生 『倭名類聚抄』(935年頃日本最初の漢和辞典)の「塩梅類」の項に「白塩・黒塩・酢・醬・煎汁・未醬、、」等の調味料が挙げられている「白塩」は「阿和之保(あわしほ)」とあり人が常に食するもの「黒塩」は堅塩で石・岩塩のこと「酢」は酒の変化したもの「醬」は和名「比之保(ひしほ)」といい「豆醢也(まめひしほ)」で豆で作ったヒシオのこと「煎汁」はカツオの煎汁のこ [続きを読む]
  • 凶事には赤飯を
  • 鯛赤飯蒸し 木の芽羽田別荘  料理長 池田和生 アズキの原産地は中国雲南省から四川省の地域とされ縄文中期頃に伝来し弥生時代には日本各地でアズキが栽培されていた アズキの赤色は「太陽」「火」に例えられ魔除けや邪気を祓うものとされてきた 「京都にては吉事に白強飯を用ひ、凶事には赤飯を用ふることは民間の習慣なり」『萩原随筆』(喜多村 信節・江戸時代) 赤飯はもともと凶事に炊く強飯だった大きな病が治るとみんなで [続きを読む]
  • 酢の歴史
  • 鰻ざく茗荷 胡瓜 針大葉羽田別荘  料理長 池田和生 ローマの将軍シーサーの友人アントニーは「一回の食事で財産を無くすことができるものは何か」とエジプトの女王クレオパトラと賭けをした クレオパトラは「真珠を酢に溶かして飲めばできる」とアントニーの前で大粒の天然真珠を酢に溶かして飲んだ 調味料として人間が一番古くから使っていたのは海水や岩塩など天然に存在していた塩である ところが酢は天然に存在していたわけ [続きを読む]
  • 肉食禁止令と和食文化
  • 羽田別荘  料理長 池田和生牛ヒレ叩き刻み野菜 フルーツトマト ポン酢ジュレ 仏教伝来は当時の人々やその後の日本人の生活文化に様々な影響を与えた もっとも大きな変化は肉食を忌避する風潮が高まり天武天皇の四年(675)の「肉食禁止令」の発令である「牛馬犬猿鶏の宍(肉)を食うことなかれ。この他は禁例にあらず。もし犯す者あらば罰せむ」           『日本書紀』 その後も再三にわたり同様の詔が出され縄文 [続きを読む]
  • 徳川家康と天ぷら
  • 鮑白扇揚げ黒川南京 苦瓜 大葉  カボス羽田別荘  料理長 池田和生 テンプラは戦国時代にヨーロッパ人により伝えられた南蛮料理の一つで語源はポルトガル語の調理を意味する「tempero(テンペロ)」から来ているとか 大阪夏の陣で豊臣家を滅亡させた徳川家康は翌年の元和二年(1616)の正月に駿河(静岡県東部)の田中に鷹狩りに行く 宿舎で京都の豪商・茶屋四郎次郎は家康に言上する「このところ京都では、油で揚げる南蛮料理 [続きを読む]
  • 初物七十五日
  • 羽田別荘  料理長 池田和生鮴霙煮 冬瓜 蓮根 赤南京 占地 陸蓮根 木の芽 日本列島の四季は明確でおよそ三か月で変化する縄文時代も季節を告げる風は同時に季節の走りとなる食材の情報も運ぶ 「初物七十五日」初物を食べると75日長生きできるという健康管理に役立つ言い伝え 初物が終わると「旬の味」となり山菜・果実ならビタミンC・カロテンや抗酸化成分が多い魚類なら脂がのって味もよいし栄養価が高い薬などなかった時代季節 [続きを読む]
  • グルメな縄文人
  • 羽田別荘  料理長 池田和生鰈洗い花付き胡瓜 ムラメ 山葵 青森県青森市大字三内字丸山にある縄文時代前期中頃から中期末葉の大規模集落跡三内丸山遺跡(さんないまるやまいせき)では魚類が豊富に供給されていたことが解るタイ・マグロ・ブリ・カレイ・アジ・イワシなど種類も量も多い 烏賊葛湯長芋 辛味大根 葱 ラレシ タコやイカの口器やシャコの顎も発見されているまた体長1メートルはあるマダイの骨が見つかり骨をばら [続きを読む]
  • 玉蜀黍ハ天正ノハジメ、蛮船モチ来タル
  • 羽田別荘  料理長 池田和生玉蜀黍すり流し蓬麩 黒胡椒 トウモロコシの原産国はアメリカ大陸の熱帯地方という説が有力でアメリカ発見当時すでにインディアンたちによって広く栽培されていたコロンブスがヨーロッパに持ち帰り30〜40年で欧州全土に広がり中国を経て日本には天正七年(1579)ポルトガル人により伝えられたしかし作物として本格的に栽培されるようになるのは北海道の開拓が本格化した明治以降のこと 江戸時代(享 [続きを読む]
  • 仲秋の名月
  • 「秋三月、秋、七月初秋、八月仲秋、九月季秋」 『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』平安時代中期の辞書から 旧暦8月15日は秋三月90日間の中日であるところからこの日の御月さんを「仲秋の名月」と詠んだ この日にはその年に採れた里芋(きぬかつぎ)を三方に積み御月さんに御供えするところから「芋名月」とも呼ばれる 江戸時代には里芋の形になぞらえ米粉に砂糖を加えて蒸した御団子を御供えするようになった 江戸時代の御 [続きを読む]
  • 一富士二鷹三茄子
  • 丸ナスは仏教伝来とともに越前国(石川、富山)に上陸し近江国(滋賀)を通り宇治川を下り大和の国の都に向かう この仏像が運ばれた道に丸ナスの産地ロードができる それまで日本には夏野菜といえば瓜くらいしかなくナスを食べた貴族たちはその味の虜となった その後の政権争いで平城京から難波京・長岡京・信楽京等の目まぐるしい遷都の中で丸ナスの文化圏が広がる この美味しいナスを長持ちさせ冬でも楽しめるように工夫したの [続きを読む]
  • 春苦味夏は酢の物秋辛味
  • 春苦味夏は酢の物秋辛味冬は油と合点して食へ 四季折々の食べ物も石塚左玄(明治時代の食養家)のこの歌の心に沿って選べば四季の中で生かされる私たちの体に益するものも多いであろう 菊の食味もこうした季節の食べ物の一つとして現代の私たちが見落としている栄養学が見失っている効用を秘めているかもしれない 私たちは日々の忙しさの中で単調となる一年の生活に節目や区切りをつけリズムを作る意味においても行事食を大切にし [続きを読む]
  • 芭蕉、菊を食す
  • 蝶も来て酢を吸ふ菊の膾かな折ふしは酢になる菊のさかな哉 芭蕉は菊膾が大好物で菊花の香が好みであった 古人は菊の花を賞でるはかりか爽やかな香味を愛しこれを食用に供してきた食用に供される菊は料理菊で甘菊ともいわれ食用を目的に栽培され香りもよく花をたくさんつける 青森県八戸市特産の阿房宮(あぼうきゅう)は菊が延命長寿に効きめがあるというので不老長寿の霊薬を探し求めた秦の始皇帝の宮殿の名にあやかる 菊を生の [続きを読む]
  • 菊と重陽
  • 酒は百慮(ひやくりょ)を袪(はら)ふを能(よ)くし菊は頽齢(たいれい)を制するを為(な)す        陶 淵明(とうえんめい) 一番簡単な菊酒は飲む時に花びらを浸すだけ本場中国の菊花酒は米・黍を蒸留したものに菊花を漬け込み長年貯蔵して作る 酒は憂いを除く効果があり菊は老齢を制し止む働きがあると中国文学者の陶淵明は詠む 中国では薬効のある酒として菊花酒を解毒・消炎・リューマチ・打ち身に効くとして重 [続きを読む]
  • 江戸時代からの重陽の宴
  • 江戸時代には諸大名以下江戸城に出仕し重陽を祝うのが礼となっていった 一万石以上の大名は花色紋付の小袖を着用以下は決まり無将軍家への献上品は綸子(りんず)または羽二重などの時服(じふく)を献上 大奥へは白木の三方へ引合一重紅白の丸餅各一重熨斗に菊花枝を添えて献上 御台所では命を延べる吉例の祝いの杯に菊花の花弁を浮かべて飲み女中一同も料理・酒・丸餅を賜うた やがて民間にもこの行事が伝わり 重陽はとかくごろ [続きを読む]
  • 重陽は何もたてぬ節句也
  • と江戸の川柳子は重陽を詠む正月は松三月はひな五月はのぼり七月は笹竹重陽は何もたてない 「九月の九日、そなたの家に災いが起こる。ついては、そなたの家族一同、袋を縫い茱萸(ぐみ)を入れ、肱(ひじ)にかけ、山に登って菊酒を飲むならば、この災いは難なく消え去るであろう」と高名な仙人は弟子の桓景(かんけい)に訓(さと)した 九月九日に師の教えに従い桓景は家族一同で高山に登り夕方に家に帰ってみるとニワトリ・ヒ [続きを読む]
  • 重陽の節句
  • 九月九日は重陽の節句一桁の奇数の最大数が並ぶ慶事五節句の中でほかの節句は五穀豊穣を願うものだがこの重陽の節句だけは長寿を願う行事 宮廷では菊酒や栗餅ご供御して「菊の宴」を催す菊花の節句・菊の節句・栗の節句などともいわれる 菊の香りを移した菊酒とともに鮎の丸干しをいただく固いものをいただくことが歯が丈夫であり若さを象徴するため長寿を願う行為となる 重陽飾りの「菊のきせ綿」の由来『古今要覧稿・屋代弘賢』 [続きを読む]
  • 食道楽の始まり、その3
  • 「この酒には火が入った。料理番へさういって、口をかへて来てくんねえ」『洒落本大成・遊婦里会談』中町の尾花屋などではとくに茶船で酒をとりよせたりした 「鮑の切りやうが薄いぞ、鰈の煮付に生姜が濃いさア、飲めぬはえ。」『永代談語(作)振鷺亭主人』 肴や口取りについてもやかましく新鮮な魚介や野菜の買い入れに苦心しその結果で活簀(いけす)というものが非常に発達した 『遊仙窟烟』などの洒落本には永代橋の下に銚子 [続きを読む]
  • 食道楽の始まり、その2
  • 料理屋の増加と共に食べ物に贅をつくし料理屋に遊び口腹の楽しみに身をついやす弊風が盛んとなった 「武士たるものが料理に通であることを以て互いに誇り、サカナを喰い分け、茶を飲み分けた」と書物に多く記載される 一に一日小ごといひ、二に苦い顔をして、三に酒はかぎもせず、四つ吉原ついに見ず、五ついらぬ世話ばかり、六つむせうにためたがり、七つなにかによく深く、八つ役者の名もしらず、九つこくうにくばかりし、十ッ [続きを読む]