コトちゃん さん プロフィール

  •  
コトちゃんさん: 事代主のブログ
ハンドル名コトちゃん さん
ブログタイトル事代主のブログ
ブログURLhttps://ameblo.jp/indiaindia-27/
サイト紹介文神社仏閣に伝わる伝承から歴史を知るブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供59回 / 103日(平均4.0回/週) - 参加 2017/05/10 19:43

コトちゃん さんのブログ記事

  • 松尾山光勝寺②
  • 桜門に入って、まず目に入るのが題目の巨大な塔本堂本堂正面におまつりされております日蓮大聖人のお像は鎌倉末期に造られ九州では最初のお像で、開運栄昌を司る除災延命の「満願高祖大菩薩」として、多くの人々の信仰を集めています。親師堂室町時代に一時衰退し、1433年(永享5年)に、法華経寺より九州の導師として赴いた日親が中興した。1617年(元和3年)には、後水尾天皇より「護国光勝寺」の勅額を拝領した。慶長年間に佐 [続きを読む]
  • 松尾山光勝寺①
  • 佐賀県小城市に肥前千葉氏と鍋島氏縁のお寺があります。総門 山号を松尾山 お寺の名前は光勝寺(こうしょうじ) 鎮西本山と称します。仁王門 元治元年(1864年)再建どこか可愛らしい仁王様です。桜門このお寺は日蓮宗の九州で唯一の本山だそうで、文保元年(1317年)下総の国、現在の千葉県の地頭であった千葉胤貞公が、幕府の代官として九州探題の職を命ぜられた時に、中山法華経寺の三代目の住職であった日祐上人にこの [続きを読む]
  • 武雄あかり展
  • 現在武雄では「あかり展」が開かれています。こちらは、東京駅を設計した唐津出身の辰野金吾氏による武雄温泉そしてこちらは武内宿禰と父を祀る武雄神社そしてその脇から入るこちらは武雄神社の御神体ともいうべき場所です。竹林も「竹取物語」を思わせるライティングです。この存在感抜群の楠こそ樹齢3000年とも4000年とも伝わる神が住まう樹です。『武雄神社本紀』によると、神功皇后が三韓征伐の帰途、武雄に兵船を止 [続きを読む]
  • 福石観音②
  • 弘法大師(こうぼうだいし)(空海)が行基菩薩行脚の跡を慕って来錫し、諸人救済の為御堂の傍らに清岩寺(せいがんじ)を建て、福石山の裏手にある岩窟に五百羅漢(ごひゃくらかん)を安置したそうです。観音堂のすぐ脇を入った処に弘法大師縁の五百羅漢があるそうです。石塔がつづきます。この石は座禅岩と云うそうで、弘法大師が瞑想したと伝わります。ここまで上ると港の軍船や客船が見えます。そろそろ着いたようです。石窟 [続きを読む]
  • 福石観音①
  • 佐世保港の真正面に行基と弘法大師縁と伝わる名刹が有ります。福石観音由来元明天皇の和銅三年(西暦七〇一年)名僧行基が諸国行脚の途、この福石山の霊境を訪ねて嘆賞し、暫しのあいだ草庵を読んだ。入口には聖徳太子象多くの石仏に護られています。本堂には弘法大師でしょうか? 本堂に安置されている本尊は像高約2mの十一面観音の木像。伝承では行基の作とされ、九州七観音の一つとされているそうです。画像はお借りしました。 [続きを読む]
  • 眼鏡岩
  • 長崎は長崎市の他に壱岐・対馬を始め五島列島の他に島原・佐世保・平戸エリアがあり、それは全く異なる顔を見せてくれます。 今日はそんな中から佐世保エリアの名所を御紹介します。現在はそこは眼鏡岩公園となっており「西蓮寺」の仏陀殿その公園内には西蓮寺というお寺が建っています。眼鏡岩の案内板です。 「眼鏡岩」の2つの穴は、「大昔、大きな鬼が昼寝から目をさまし、手足を伸ばしたら、両足が岩に当たって開いた」そう [続きを読む]
  • 諌早神社
  • 長崎県は多くの文化の玄関口のせいか、様々な文化が交わっているようです。眼鏡橋 諌早は長崎 島原 佐世保等の入口に位置しています。この神社はそんな場所に位置しています。昔この飛び石を超えて川を渡って参拝していたそうです。諌早神社鳥居をくぐってまず目に入るのが、この木で樹齢は不明ですが、存在感抜群の大楠です。拝殿はどことなく品があります。 縁起書によれば、当宮の創始は平城京・奈良時代の神亀五年(西暦7 [続きを読む]
  • 温泉神社
  • 大黒天のある雲仙普賢岳は、まだ記憶に新しい火砕流で砕流は「定点」に居た報道関係者16名(アルバイト学生含む)・火山学者4名(案内役含む)・消防団員12名・タクシー運転手4名・警察官2名・選挙職員2名・住民4名の合わせて43名の死者・行方不明者と9名の負傷者を出す惨事となったことでも有名です。画像はお借りしました。 普賢岳の名前の由来は噴火の数十年前に山に普賢菩薩っていう仏様を祀る祠が建立されたこと [続きを読む]
  • 雲仙大黒天
  • 島原城島原の乱が起きた長崎県島原市はキリスト教のイメージが強く感じますが岩戸神社 古代からの磐座を祀る場所も多いようです。 その場所は雲仙のおしどり池の畔に鎮座します。 途中に案内版がありました。一の鳥居から約500mほど奥に入ると大黒天神の二の鳥居が見えてきます。三の鳥居は木製です。三の鳥居から空気が変わったようで、ひんやりしてきました。これはまた素晴らしい岩座です。この岩座に大黒天(磨崖仏)が彫ら [続きを読む]
  • 行者杉②
  • 行者杉とは、修験者がこの地で修行を重ね、英彦山へ入山するときに植栽したものと伝えられています。まずこちらの大王杉は樹齢600年 樹高52mのまさに杉の大王です。続いて霊厳杉(行者の母)樹齢500年 樹高50m境目杉 樹齢500年 樹高50mこちらの境目石は「従是西筑前領」「従是東豊前小倉領」の境に建っています。 人気ブログランキング にほんブログ村 [続きを読む]
  • 行者杉①
  • 今回の大雨で最も被害の大きかった地域に東峰村があります。 お見舞いと共に1日でも早い復興をお祈り申し上げます。 この地域は先日御紹介した杷木と目と鼻の先にあり、あの宝珠山ある地域でもあります。先日田植えを終えたばかりでした。 竹棚田の火祭り(画像はお借りしました。) 東峰村より英彦山に抜ける途中にその場所は存在します。 こちらの行者堂は西暦1300年前後創建と考えられており英彦山に入る前に一週間滞在す [続きを読む]
  • 花図鑑
  • 神社仏閣を廻っている時、目に入った花を御紹介します。まずモネ風に少し水にトロミをつけてWBを変えて春日神社の睡蓮福岡城の蓮島原の向日葵 お粗末様でしたm(_ _ )m人気ブログランキングにほんブログ村 [続きを読む]
  • 石穴神社②
  • 空気が違います。鳥居の意味は結界ですまるで社(もり)に導かれるようです。これは素晴らしい磐座です! これほどの磐座は、あまり見たことがありません(@ ̄Д ̄@;)一見こちらのようですが桃若稲荷というそうです。こちらですね!こちらが石穴稲荷奥の院です! なるほど だから石穴神社というわけですね! わかりにくいですが人が一人入れる位の大きさです。 実はこのお稲荷様は太宰府天満宮の影に隠れていますが、九州三大稲 [続きを読む]
  • 石穴神社①
  • 先日久しぶりに太宰府の街を歩いていると筑紫女学院大学のすぐ横なのですが ふと目に留まった神社が気になって参拝させて頂くことにしました。こちらはお稲荷様のようです。下から見ると石が舞台のように突き出ています。シュッとした狐です。こちらの神社の名前は石穴神社といいます。 御祭神宇迦之御霊大神(うかのみたまのおおかみ) 御由緒詳しい文献や資料等はその殆どが消失して残っていませんが、明治年間の由緒書きや信者 [続きを読む]
  • 小迫辻原遺跡(改訂版)②
  • ここも小迫辻原遺跡の一部のようですが 住宅地の中を抜けていきます。石段を上ると社が見えてきます。この社は古墳の上に建っています。この古墳の名前は朝日天神山古墳というそうです。 朝日天神山古墳(あさひてんじんやまこふん)は、大分県日田市小迫にある古墳群。朝日天神山古墳群、天満古墳(群)とも呼ばれる。2004年3月30日に大分県の史跡に指定されている。 概要日田盆地北部の通称宮原台地と呼ばれる台地南端の山林と [続きを読む]
  • 小迫辻原遺跡(改訂版)①
  • 日田はいわば北九州の交通の要所であり、古代ここに中心的な都市があったとしても不思議はありません。ここに卑弥呼の時代 三世紀〜四世紀のものと思われる遺跡があります。『 小迫辻原遺跡 遺跡は標高約120mの通称辻原の台地上にあり、これまでに10年間におよぶ発掘調査で旧石器時代から近世までの遺構や遺物が多数出土している。 なかでも台地の東側では東西に並ぶ古墳時代前期(4世紀)の三基の居館跡が発見されている。 [続きを読む]
  • 三隈(日隈 月隈 星隈)③
  • 月隈神社≪主祭神≫ ・大宮賣神(おほみやめのかみ) 【天宇受賣神(あめのうずめのかみ)・天鈿女神】 ・猿田彦神(さるたひこのかみ) ・武甕土神(たけみかづちのかみ) ・経津主神(ふつぬしのかみ) ・天児屋根命(あめのこやねのみこと) ・比賣神(ひめのかみ) ・崇徳天皇(すとくてんのう) ・天照大神(あまてらすおほかみ) ・大物主命(おほものぬしのみこと) ・菅原道真命(すがわらみちざねのみこと)【 [続きを読む]
  • 三隈(日隈 月隈 星隈)②
  • 日田は天領ですので藩主が存在しません。代わりに代官所が置かれていた場所は月隈です。ここには多くの遺跡が存在します。現在地震等の災害で立ち入り禁止になっていますが、以前撮った画像を御紹介します。江戸時代の1601年には丸山城が築かれたが、日田陣屋設置に伴い廃城とされ、現在は一部の石垣や堀が残っている。1818年(文化15年)塩谷大四郎正義郡代時代に金比羅社を建立するための山道拡張と修復工事が行われた際、山の [続きを読む]
  • 三隈(日隈 月隈 星隈)①
  • 俀国在百済新羅東南水陸三千里於大海之中 依山島而居 魏時譯通中國三十餘國 皆自稱王 夷人不知里數但計以日 其國境東西五月行南北三月行各至於海 地勢東高西下 都於邪靡堆 則魏志所謂邪馬臺者也 古云去樂浪郡境及帶方郡並一萬二千里在會稽之東與儋耳相近 「倭国は百済、新羅の東南、水陸三千里の大海の中に在る。山の多い島に居住している。魏の時、通訳を介して中国と交流したのは三十余国で、みな自ら王を称してい [続きを読む]
  • 野津手八幡宮②
  • 参道には馬狛犬の代わりに鳩に見えますが鷹のようです。これは素晴らしい絵馬です!拝殿の天井には、みごとな「干支恵方盤」末社は松隈神社(少彦名命)、須賀神社(素盞鳴命)、正一位稲荷神社(倉稲魂命)、荒比登神社(素盞鳴命)、秋葉神社(伊弉册命、軻過突智命、埴安命) 「野津手八幡宮の祭神」は、福岡縣神社誌によると、八幡大神応神天皇(中殿)、神功皇后(右殿)、玉依姫命(左殿)で宇佐神宮の所領であった為、勧誘したそうです。神紋は [続きを読む]
  • 野津手八幡宮①
  • 表はお借りしました。英彦山神宮を囲む結界は四十八箇所、その内の七箇所は山麓七大行事社というそうです。その内英彦山から七大行事社の四箇所が集中した宝珠のある岩屋神社からまっすぐ直線を引いたところが、このにあるのが御紹介した夕月神社とこの神社になります。野津手八幡宮中腹の祠は大師様と観音様です。手水舎が両脇にありますね!ではまず参拝から(。-人-。) つづく・・・・人気ブログランキングにほんブログ村 [続きを読む]
  • 杷木神籠石
  • 白村江の戦い前後 九州には神籠石と呼ばれる石垣が数箇所築かれました。この時代博多は海でしたので神籠石で護っている地域は、斉明・天智天皇のいた朝倉・日田地域と鞠智城のある熊本地区のように思います。ここは斉明・中大兄皇子のいた朝倉地区の廻りを護る杷木神籠石です。福岡県朝倉市杷木林田・杷木穂坂にある城跡。筑後川北岸の筑後平野最東端、標高192mを最高所とする丘陵に所在。朝倉市には斉明(さいめい)天皇の朝倉宮 [続きを読む]
  • 夕月神社②
  • 石橋の掛かって入るところは、堀になっています。どうもここには昔 夕月城という城があったようです。しかも二重で、空堀の脇には土塁まであります。拝殿末社 この神社の夕月城は 築城年代や城主などはわかっていないそうですが、立地で見頂くと判るとおもいますが、左右を宮地嶽神社と麻氐良神社で挟み、筑後川の正面を杷木神籠石で囲んだ立地であることからも重要な地のように思います。 伊勢の月読宮は別名 月の宮というそう [続きを読む]