コトちゃん さん プロフィール

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コトちゃんさん: 事代主のブログ
ハンドル名コトちゃん さん
ブログタイトル事代主のブログ
ブログURLhttp://ameblo.jp/indiaindia-27/
サイト紹介文神社仏閣に伝わる伝承から歴史を知るブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供16回 / 12日(平均9.3回/週) - 参加 2017/05/10 19:43

コトちゃん さんのブログ記事

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  • 兼大明神
  • 川上峡與止日女神社付近白角折神社日本武尊が川上梟師を討ち取ったと伝わる川上峡の近く白角折神社のある背振山の麓に聞きなれない名前の神社が建っています。兼大明神の由来 この大明神には 日本武尊と吉備武彦神が祭られています。第十二代景行天皇の皇子 日本武尊がこの地に登られてみると賊の川上梟師の一党が大変な威勢を振るっていた 尊は天賦の智勇をもってこの賊を征伐された のち十六代仁徳天皇の御代に一社を [続きを読む]
  • 岡山神社
  • 以前肥前千葉氏の本貫地で須賀神社をご紹介しましたがその他にも小城の小城公園は小城藩初代藩主鍋島元茂から二代藩主直能によって作られた名庭園で多くの花が楽しめます。この神社の中にも神社が存在します。岡山神社社沿革御祭神:國武大神(元小城藩主 鍋島元茂公)、矛治大神(同二代 鍋島直能公) 祭礼日:春季祭・4月8日(宵祭)4月9日(大祭)、秋季祭・10月18日(宵祭)10月19日(大祭)、小祭・1月1日(元旦祭) 境内社:天満 [続きを読む]
  • 鞠智城(きくちじょう)
  • 古代西海道(九州)での肥後国の税の比率は26%で全国2位 陸奥国(出羽国を除いた東北のほとんどの地域)の次に多い税を納めていた国であったそうです。モニュメント鞠智城のことが書かれている最古の文献は『続日本紀』で、文武天皇二年(六九八)五月二十五日条に、「大宰府に命じて、大野・基肄・鞠智の三城を修理させた」と記されています。当時の日本は、友好国であった百済を復興する為に朝鮮半島に派兵を行いましたが [続きを読む]
  • 菊池神社
  • 菊池という地名は、もしかしたらここからついたのかもしれません。この神社からは菊池平野が望めます。菊池ではよく会う顔の狛犬です。手水舎菊池神社祭神 建武の中興より南北朝に至る間、終始吉 野朝に精忠を捧げられた菊池一族の中、贈従一 位菊池武時命、贈従三位武重命、同武光命の三 柱を主神とし、殉皇の一族二十六柱の神霊を奉 祀する。摂社・城山神社は元寇撃退に殊功をたてられた 贈従三位菊池武房命と肥後文教の渕源と [続きを読む]
  • 神龍八大龍王神社
  • 熊本県菊池市には乙姫神社の他にも水を祀る神社が多いようです。 その中でも竜門ダム下のこの神社は、パワースポットとして有名な神社だそうです。鳥居をくぐると涼しげな下り坂の竹薮が続きます。熊本県菊池市龍門の竜門ダムの堤体の下には、男龍(おりゅう)と女龍(めりゅう)という大きな淵がそこには昔、「男龍」と「女龍」が住んでいたという言い伝えがあります。男龍の上には神社側の岸から対岸に向けて大きな松が横 [続きを読む]
  • 万寿山 聖福寺③
  • 聖福寺4棟(大雄宝殿 天王殿 鐘楼 山門)の1つ大雄殿です。御本尊は釈迦如来です。瓦壁:これは明治初期、聖福寺の末寺5寺中3寺が廃寺となる際に、廃材の屋根瓦の一部を積み重ねてできたもの。鬼瓦や様々な瓦がはめ込まれたものだそうです。鬼瓦も普通のものと違い特徴があります。石段からは長崎の風景が眺められます。 この風景を何処かでご覧になった方もいらっしゃると思います。 このお寺は、大沢たかお 石田ゆ [続きを読む]
  • 万寿山 聖福寺②
  • 聖福寺4棟(大雄宝殿 天王殿 鐘楼 山門)の1つ鐘桜です。なんとなく異国風の門ですが、この石門の向こうで龍馬達と紀州藩の裁判が行われたそうです。さあいよいよ大雄宝殿です。 つづく・・・ 人気ブログランキングにほんブログ村 [続きを読む]
  • 万寿山 聖福寺①
  • 長崎のお寺は他の地のお寺と違った雰囲気を持つお寺がおおいようです。以前鞆の浦でご紹介したの鞆の浦(画像)福禅寺でのいろは丸の決着は、はやり歌を作り世論を味方につけた坂本龍馬と後藤象二郎(土佐商会)達の勝訴はここで決まったそうです。 鞆の浦 福禅寺対潮桜 船を沈めたその償いに、金をとらずに国をとるよさこい よさこい国を取って、みかんを食らう日本に黄檗宗を伝えた隠元の孫弟子に当たる鉄心道胖が開 [続きを読む]
  • 杖立温泉
  • 開湯伝説によると、応神天皇の産湯として使われたとされることから約1800年の歴史があることになるそうです。杖立の地名は、一説には、杖の助けを借りてやってきた人が、湯治により健康を取り戻し、帰る時には杖なしで済むという弘法大師の由来(それだけ効能があるということ)とする。 湯に入りて 病なおれば すがりてし 杖立ておいて 帰る諸人 人気ブログランキング [続きを読む]
  • 日佐住吉神社
  • しばらく古代史調査をサボっていましたが、久しぶりに更新します。 こちらの神社は那珂川の警固神社を調べているときに偶然発見したのですが、古語に纏わる神社のようです。神社の名前は住吉神社です。手水舎の水はここから出ています。末社 素盞鳴神社この石碑は先祖を敬う石碑で梵字でバク(釈迦)と読めるそうで、福岡地域では春日白水と太宰府の観世音寺に有するのみで(鎌倉・室町)時代のものだそうです。 案内板より [続きを読む]
  • 武蔵寺(長者の藤)
  • 4月29日天拝公園で藤まつりが終わり空には三日月が出はじめた頃以前ブログでご紹介した九州最古の仏跡 武蔵寺の藤を見たくなりましたこちらの藤は「長者の藤」と言って樹齢1300年になります。まだ夜も宵の口です人気ブログランキング [続きを読む]
  • 草枕⑤(天水)
  • 現在漱石の「草枕」の終点には温泉施設が建っています。こちら熊本県玉名では、地元出身の役者 笠智衆も紹介されています。笠智衆は小津安二郎に見出され、木下恵介 黒澤明作品に出演している名優です。やはり夏目漱石も外せません。実は漱石が晦日に旅行に出たのには理由があって 前年正月に漱石の家を訪れた五高の生徒達が新婚の鏡子夫人のおせちや料理をすべて食べつくしてしまい、食べるものが無くなって夫人を激怒させ [続きを読む]
  • 草枕④(那古井の宿)
  • 「草枕」で「那古井の宿」として登場する前田家別邸です。かんてらや 師走の宿に寝つかれず。 漱石 置いてきた妻 鏡子を思う漱石の一句です。本来ならこのような家なのですが・・・地震の影響からか一部がありません(;^_^A30歳の洋画家である主人公は、ここでヒロインの那美に「画を描いてほしい。」と頼まれます。那美のモデル 前田家次女の前田卓近くには薬師如来があり見守っています。 最後に温泉天水をご紹介し [続きを読む]
  • 草枕③(石畳道)
  • 草枕の道でも最も人気が高いのが石畳の道です。家を出て師走の雨に合羽哉  漱石歌碑この道は漱石が歩いた時のまま時代が止まったような空間です。この道を抜けると玉名の風景が広がります。ピース又吉さんもここと峠の茶屋で撮影を行ったそうです。画像はお借りしました。そろそろ終点に近づいてきました。人気ブログランキング [続きを読む]
  • 草枕②(鳥越の茶屋跡)
  • 「おい」と声を掛けたが返事がない。軒下から奥をのぞくと煤けた障子が立てきってある。向こう側は見えない。五、六足の草履がさびしそうに庇からつるされて、屈託げにふらリふらりと揺れる。下に駄菓子の箱が三つばかり並んで、そばに五厘銭と文久銭が散らばっている。「草枕」よりこのように記載されている鳥越の茶屋とは内部は「草枕」の資料館になっています。竈や五右衛門風呂は当時のままに再現されています。漱石もこのよう [続きを読む]
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