tomper さん プロフィール

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tomperさん: 偏屈国語教育論
ハンドル名tomper さん
ブログタイトル偏屈国語教育論
ブログURLhttp://nanashikokugoya.blogspot.jp/
サイト紹介文国語教師になりたい理系学生による心の叫び
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供237回 / 129日(平均12.9回/週) - 参加 2017/05/19 13:27

tomper さんのブログ記事

  • 「非人間的言語操作」はアカデミックではないのか?
  • 私は大学の学部1,2年まで、ほとんど発話をしませんでした。なぜか?それは、単に言葉を発せられなかったからです。何を話してよいのか分からないのです。頑張って話してみよう、と思って何か話せば、必ず相手は不快になります。それならいっそのこと、話さない方が良いのです。私は、それでも話さなければ人間の世界で生きていけないと思いました。だから、何度も練習しました。人と話し、そしてもし、相手が不愉快になったら、な [続きを読む]
  • 日本オタク歴史
  • オタク――。この歴史を紡ぐもの。古事記の「余れるアレ」「足りぬアレ」源氏物語――。江戸の黄表紙本――。そして、キャンディーズ 日本オタクの精神…………。アイドルの楽しまれ方、魅力の受容のされ方、消費のされ方。これらは、その時代が何を欲していたのかを教えてくれます。なぜなら、アイドルというのは、本義的に欲求の象徴としての偶像です。だから、時代を追っていけば、変わるもの、そして変わらないものが見えてく [続きを読む]
  • 偏屈教育論「死ぬな、見つけろ」
  • 私は、学校の汚いものばかりを見てきました。というと、普通の人は「きれいなもの」を例示します。部活、体育祭、文化祭、努力、涙、笑顔…………別に、いいですよ。それは素晴らしいかもしれない。ただ、部活の中には、きれいなものも、汚いもののある。体育祭も、両方ある。体育祭のときに、グラウンドに行かず、校舎内で隠れている人も知っている。そして、「きれいなもの」を見たがる人は、〈いじめ〉も、「きれいな」視点で見 [続きを読む]
  • 読み手の成長:知識吸収から知識創造へ
  • 国語の教科書を読んでいると、小学校から高等学校にかけて学ぶべき事柄に違いがあることに気づきます。それは読み手が自立した言葉の担い手になるプロセスです。小学校では、具体的な物事について説明文があります。「〜は…である」が典型的な文です。読み手は文を構成する語の意味を理解して、覚えることが学習です。中学生では、読む文章に目的達成意識が生じ、それは論説文と言われます。「〜のために…する」という文が典型で [続きを読む]
  • 若かりし日の「意味とは何か」
  • 言葉の意味とは何だ。今のうちのナイーブな問いに対する、ナイーブな答えをここに記しておく。いずれ見て、「馬鹿やろうwww恥ずかしいwwwwwwwww」と言える日がくるのを期待して。言葉と他との関係。分かったつもり(疑問が無い状態)と、分からない(疑問がある状態)があるだけ。「やれ!」⇒できた。言葉と行動・内容は、一対一の関係ではない。なぜか、結びつく。なぜだ。以上。 [続きを読む]
  • 国語教育の「分かる」という根本の誤り
  • 私は小中校国語だけが分からず、国語教育にしがみつく阿保らしい腐りきった人間になってしまいました。ただ、「分からず」といっても、テストで点数は取れます。文章に書いてあることが分からないのです。生徒の私は思いました。「勉強が足りないから分からないのだろう」と。それから10年以上たちました。私の本棚には、小中高の教科書全てがあります。今、読み直してみても、やはり分からない。いや、以前よりも分からなさがます [続きを読む]
  • 軽快さと優秀さ
  • 優秀に見えた彼らにボロが見えてきました。ただ、その場で正しいことを正しいとして行う。この学習(吸収)作業は、とても優秀でした。ですが、一度、正しさのまだ分からない海に投げ込まれると、人が変わったかのように、苦しみもがきだし、そしてあまり、もがき続けることなくリタイアするのです…………。研究。「今まで分からなかったことを分かるようにする」このルールは、いわゆるスマートな秀才には難しいようです。「分か [続きを読む]
  • すらすらハキハキ?
  • 私は、自分の言葉が「つまりつまり」「探るように」出てくるのが嫌いでした。何が、頭が悪いような、キレがない、聡明さがない、感じがしたからです。ただ、今になって思うと、その「つまりつまり」は、何か新しいことを語ろうとするときに生じることでした。既に知っている、パターン化されたことを言うときは、馬鹿みたいに話しすぎる。留まることのない、滝のよう。つまり、キレのなさ、つまりつまり、というのは、新しいことを [続きを読む]
  • それでも、生きろ。
  • 人間生きていれば阿鼻叫喚です。大声を出して、体をむやみに振って暴れるくらい、まぎれもないキチガイになるのも当たり前です。それでも、生きろ。「死にたい」という言葉が、頭の中に何回も出現する。それでも、生きろ。そんなこと言ったって、どうせまた苦しいことが、腹が引きちぎれるくらい苦しいことがあるんだぞ。それでも、生きろ。気分を変えるって、アルコール飲んでいたらいつか身体壊して死ぬぞ。それでも、生きろ。も [続きを読む]
  • 理解とは何か?
  • 「文章をよく読んで理解せよ」まず、この文言が理解できない。理解するとは、どうすることか?そして、「よく読」まないと、理解できないのか?理解していないと、良く読んでいないと思われる恐れがあるのか?理解とは、XはYを理解する。と書ける。X=読み手Yに何が入るか?Y=スマホ操作説明書(今はない……?)とする。すると、スマホ操作説明書を理解するとは、その説明書を読んだら、スマホの操作ができるようになった、とい [続きを読む]
  • 支援とは何か?〜教育・支援・障害〜
  • 発達に関する本を読んでいました。「よくわかる」と銘打ってありますが、ちょっと分からない……。そこで考えてみようと思うのです。発達障害とは何ですか?総称。LD,ADHD,広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)など。では、一つずつ。LDとは何ですか?全般的に知的発達の遅れはないが、特定のものの習得・使用に著しい困難を示す状態。話す・読む・計算・推論のうちどれか。たとえば、話せる、読める、でも計算だけできない。それ [続きを読む]
  • 人生で大事なこと
  • 健康・余暇この二つのほかに大事なことはありません。あとは、自分の心が教えてくれます。健康で心の余裕があるとき、そのとき、自分の心にあるものが自分の人生の意味です。働きすぎたり、何か求めて他が見えなくなったり、病気になったり、こうしたことがなければ、それだけで人生は健全です。なぜなら、自分自身の正当な欲求が聴こえるからです。 [続きを読む]
  • フィクションとしての桑田佳祐
  • NHK連続テレビ小説「ひよっこ」の主題歌は桑田佳祐の「若い広場」です。 この曲について、私の世代はもはやこの曲を完全なるフィクションとしか聞けません。たしかに、桑田佳祐と同じ世代の人はバブルを経験したでしょうから、自分のことではなくても、「ああ、そんなのもあったな」くらいには思うでしょう。ただ、私の世代は、桑田世代の論理で言えば悲惨だ。私の友人は20人ほどあげたところで、彼女持ちは一人もいない。女の子と [続きを読む]
  • 個人的意味と社会的意味
  • 研究室でカルナップ論集を読んでいる。哲学の研究室であれば普通の光景であるが、ここは情報系の研究室である。多くの学生は、二画面あるPCをカタカタ、カチカチしている。忙しなく音が響く研究室に、一人、ソファに横になりカルナップ論集を読んでいる。そうして、叱られるのだ。「遊んでないで、研究しろ」私は研究をしているつもりであった。しかし、それは研究ではないらしい。ちょうどそのとき、「意味」について考えていた。 [続きを読む]
  • ラジオの快楽
  • 最近はネットラジオが、目立たずも流行っているような気がします。ラジオといえば、私が中学生くらいのときに、「ニコラジ」というものが流行っていました。その当時は、本当に、どこの馬の骨だか分からない人がラジオを同人でするというやつでした。そのニコニコ動画のラジオは、声優ラジオといった「公式」のラジオが出てきて、最近は、同人系のラジオは廃れている感があります。ところが、それでもやはり燻る火のようにまだラジ [続きを読む]
  • ブログ開設:文豪の名言
  • ブログを増やしたい、ということで以下のブログを開設しました。心に響く文豪の名言!テキトーに書くので、ちらちら見ていただき、さらにポチっとしてもらえると助かります。他にもアプリとか開発して生活しなければなりません。何かおもしろい案がある人は教えてください。(あと、Macください)月に3万円に行くまで頑張りましょう。今のところ5千円くらいですので、ほとんど意味ない……orzどうやら、多くの人が見る記事というの [続きを読む]
  • 生きる意味
  • 「生きる意味は何か」と、日常の一場面に問うことがある。ただし、その問いの答えは「正しい解」があるものではない。天皇とお国のために奉仕することが、生きる意味である。これで満足する人がいれば、一方で満足できない人が居る。ただ、好みの問題だ。明らかに他人から見て不幸な境遇にいても、満足そうにニコニコ笑っている人がいる。明らかに他人から見て恵まれていても、いつもしかめ面で辛そうな人が居る。それはその人にと [続きを読む]
  • 小説投稿ブログ開設
  • こちらではR1(ああ)8は扱えないようなので、小説は以下に投稿します。小説書き溜めブログよろしくお願いします。小説は何を書くものですか?「文学は終わった」そうです。社会活動に結び付かない。「文学は娯楽だ」ならば、楽しいならなんでもいい。かわいい女の子を書きたいなら、絵や写真のほうがよっぽどよい。文学は、内面を描くものだ。そうだ、文学は内面を描くものだ。できれば、成長がよい。 [続きを読む]
  • カラマーゾフの兄弟
  • 久しぶりのお休みです。カラマーゾフを読みました。あのページ数、厚さにもかかわらず息をつく暇のない展開ぶりは、やはり名著なのでしょう。ただ、最後の「救い」があまりにも小さすぎる。ただただ、「よかったね」と終わるものではない。依然として、問題はあり続ける。何も考えず素直に受け取れば、三男のように持たず、欲せず、信仰するこうすれば、悲劇は起こらない、と。ただ、持たず、欲せずというのは現代ではかなりクリア [続きを読む]
  • 恋愛とコスパから文学へ、最後に国語教育
  • 若者は恋愛しない、という。恋愛しないではない。恋愛できないのだ。恋愛とは何か。それは「こうだ」言ってしまえば、同時に「こう」であることが嘘であるようなつまり、「追い求める」ことである。手にした瞬間、それはそれでなくなるのだ。すなわち、恋愛とは、「追い求める行為」に他ならない。したがって、恋愛には終わりがない。それは常に旅路である。若者は追い求めるものがない。何か欲しいものができた瞬間に、その何かは [続きを読む]
  • 24時間テレビのコミュ力
  • 24時間テレビなるものを、10年ぶりくらいにチラリと見ました。出演者の言葉が、すべてコミュ力の高いものですね。すべて、無難に相手をほめたたえる言葉がでてくる。これが日本における「真のコミュニケーション能力」だと思います。24時間テレビを見て、嫌悪感を覚えてしまう人は、日本で生きていくには難しい人でしょう。あのようなコミュニケーションが取れて初めて、日本に生まれた人間は日本人になることができるのです。愛は [続きを読む]
  • ネットと国語教育
  • やはり何するにもお金がいります。このブログも頑張って、はいないですが、そこそこお金が入ってきました。ありがとうございます。ご支援いただいた分は国語教育が将来改善されることにつながります。みなさまのご厚意により、日本の国語教育はよくなるのです。今日は、Negiccoを見ました!いやあ、大人になりましたね。私が最後にみたのは2013年のTIFでした。よく考えれば4年がすぎています。あの頃も「大人になったなあ」と思い [続きを読む]
  • 個性:人生の旅の始まり
  • 人生の旅はどこから始まるのか?それは生まれたらでしょう、と普通は思う。けれども、私にとって人生が始まったと、理解できるのはつい最近である。高校卒業から、大学生までは既にある基準を1つ選びその軸でだけ勝負する。たとえば、偏差値の高い大学に行くとか、金を稼ぐとか。ただ、これはどんなに頑張っても無理なことはある。生まれた環境や、遺伝的な資質というレベルではなく、いくら人を殺したいと思っても、人は殺しては [続きを読む]