MitsuruFujimaki さん プロフィール

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MitsuruFujimakiさん: 何もかもすばらしい。
ハンドル名MitsuruFujimaki さん
ブログタイトル何もかもすばらしい。
ブログURLhttp://nanimokamosubarasii.blog.jp/
サイト紹介文横浜教会名誉牧師・藤巻充のメッセージ。御年83才、藤巻先生の聖書的メッセージを掲載しています。
自由文クリスチャンの方も、そうでない方も、ぜひ一度お立ち寄りください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供16回 / 26日(平均4.3回/週) - 参加 2017/05/31 19:53

MitsuruFujimaki さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • Eps.4 願いをはるかに超えて
  • (エペソ人への手紙からのメッセージ第四回、最後の回です。本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)私は自分の父親が老人になったら、動けなくなったら、お世話をしたいなと思っておりました。そうしたら、お世話できるようになりました。しかもそのお世話をだれがしたかというと、私の子供たちがしたのです。私は世話ができなかった。けれども忙しい私に代わって、私の子供たちが、父の世話をしてくれました。しもの [続きを読む]
  • Eps.3 神さまの子供たち
  • (エペソ人への手紙からのメッセージ第三回。本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)私たちは罪深いんだけれども、そのような恵みをいただけます。それはイエス・キリストさまの故に、神さまを神さまとしているが故に、です。そうやって神さまの恵みを受けた人をクリスチャンといいます。主なる神さまを神さまとしている人がクリスチャンなんですね。そんなのクリスチャンと言われていない人だって当てはまるんじゃな [続きを読む]
  • Eps.2 今日のキミはきれいだよ
  • (エペソ人への手紙からのメッセージ第二回。本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)先日私の教会で、あるご婦人がこう言っているのを聞きました。聞こえてしまったんですが…。「昨晩ね、主人が私のことを『きれいだ』って言ってくれたのよ」。私はその方を見つめました。ごく普通の方に私には思えたんです。しかし「きれいだと言われた」と言っていました。旦那さんは本当にきれいだと思ったのかもしれませんが、も [続きを読む]
  • Eps.1 天地が造られる前からずっと
  • (今回からエペソ人への手紙からのメッセージを連載いたします。同様に、本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)この手紙は「神の恵み」というテーマで書かれております。それを良く表す聖書個所は、三章二十節の「わたしたちの内に働く御力によって、わたしたちが求めたり、思ったりする事すべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方」です。これはパウロの、エペソの教会に対する、また信徒に対する祈り [続きを読む]
  • Rom.4 全存在を神さまに委ねて
  • (ローマ人への手紙からのメッセージ第4回、最後の回です。本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)歴史の中で神さまは、親不孝な、どうしようもない私のような者を救ってくださり、苦労をかけた両親をも神さまの国に導くために、親不孝者の私を使ってくださいました。この手紙の九章、十章、十一章ではまさに、神さまが歴史の中で今も働いており、その計画は「ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことで [続きを読む]
  • Rom.3 家族がなかなか信仰を持てません
  • (ローマ人への手紙からのメッセージ第3回。本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)九章、十章、十一章は、少しこの考え方を変えまして、それでは今、どうしてユダヤ人が救われていないのかというような、歴史の問題に話題が転じています。クリスチャンの方で、自分の子供が信仰を持てない、自分の親が信仰を持てない、どうしてだろうか、と悩んでおられる方もいらっしゃるのではありませんか。実は、私の両親もなか [続きを読む]
  • Rom.2 みかん泥棒は誰だ
  • (ローマ人への手紙からのメッセージ第2回。本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)戦争中に私は疎開しておりましたが、当時飢えに耐えかねて、ちょくちょく隣近所の食べ物を盗んでおりました。ある時何人かとみかん畑に行きまして、ミカンをたらふく食べて帰ってきたところ、小学校の先生が「みかん泥棒に行った者は申し出ろ」というのです。「だれかが告げ口したな」と思いました。一緒に行った仲間はなんとかごま [続きを読む]
  • Rom.1 人間らしさを失った人間
  • (今回から全4回、ローマ人への手紙からのメッセージを連載いたします。同様に、本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)以前に「使徒の働き」の中で、宣教の途上、キリスト教の迫害者でありましたサウロという男が、イエス・キリストさまに出会ってキリスト教の宣教者、使徒パウロとなったお話をしましたが、そのパウロは世界のあちこちを旅して熱心に福音を語りました。そのかいあって、ユダヤ以外の地にもイエス・ [続きを読む]
  • Mal.4 解放の福音を宣べ伝える
  • (マルコの福音書からのメッセージ第4回、最後の回です。本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)あなたはノイローゼではないかもしれません。けれども人間は、さまざまな恐怖症を持っております。たとえば不安恐怖症とかいうものです。何も不安でないのに不安である。明日、試験があるので不安だと言うならば、それは別に心配することではございません。当たり前のことでございましょう。でも、何も不安がない、でも [続きを読む]
  • Mal.3 新しい人生を
  • (マルコの福音書からのメッセージ第3回です。本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)どこに行っても証言させていただくのでございますが、私は一六歳から一九歳までの間、ずっとノイローゼで苦しんでおりました。別に弁解するのではございませんが、このような混沌とした時代、何の悩みも持たないでぐっすり眠れるなんていうのは、よっぽど心の悪い人だと私は思います。このような時代では、悩んで苦しんでノイロー [続きを読む]
  • Mal.2 呪縛から解放される
  • (マルコの福音書からのメッセージ第2回です。本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)先ほど申しましたゲラサ人の狂人には、レギオンという悪霊が取りついておりました。レギオンというのは、六〇〇〇人単位のローマの軍隊のことですが、ここでは、一つの霊だけでなく、たくさんの悪霊が取りついていたということを表しています。そのような、非常に強烈な力に押さえられていた彼が、イエス・キリストさま、神の御子 [続きを読む]
  • Mal.1 人は生まれながらにして
  • (続きましてマルコの福音書からのメッセージを、4回に渡り連載いたします。同様に、本文はコラム「希望の門」より書き起こしています。)今回は、新約聖書の二つ目の書物であります、マルコの福音書からお話をさせていただきます。マルコの福音書は一般に、『悪霊の束縛から解放する主イエス』というテーマで書かれていると言われています。一六章一七節に「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたし(イエス) [続きを読む]
  • Mat.4 全世界に祝福を
  • (マタイの福音書からのメッセージ、第4回、最後の回です。本文は廃刊となりました月刊誌「ミーニング」に連載しておりました「希望の門」という藤巻先生のコラムより書き起こしています。)クリスチャンになる前は、不可が三つあって、二四五名中、二四五番という最低の成績でありました。しかし同級生が好きになり、学校の先生が好きになると、自然とその先生が教えてくださる教科も好きになるものでございます。もちろん一番に [続きを読む]
  • Mat.3 イエス・キリストさまを信じる
  • (マタイの福音書からのメッセージ、第3回です。本文は廃刊となりました月刊誌「ミーニング」に連載しておりました「希望の門」という藤巻先生のコラムより書き起こしています。)イエス・キリストさまは、処女マリアより生まれ、神であって、人であって、そして、この地上の、罪深い人間の系図のただ中に入ってこられた。そして、モーセがエジプトから人々を導いたように、イエス・キリストさまは新しい神の民をお導きになったが [続きを読む]
  • Mat.2 窓からのぞかないで
  • マタイの福音書からのメッセージ、第2回です。本文は廃刊となりました月刊誌「ミーニング」に連載しておりました「希望の門」という藤巻先生のコラムより書き起こしています。)ドイツの学者のエレミアスという人が、イスラエルに旅行したときの話です。彼はその時、ついでにエジプトの聖カタリナ修道院というところに行きまして、ちょっと休ませてほしいと申し出たのでございます。そこの修道士は愛想よく「エレミアス先生、よく [続きを読む]
  • Mat.1 マタイという人
  • (今回から、4回に渡りマタイの福音書からのメッセージを連載いたします。本文は廃刊となりました月刊誌「ミーニング」に連載しておりました「希望の門」という藤巻先生のコラムより書き起こしています。)新約聖書に収められていますはじめの四つの書物は、福音書と申しまして、主イエスさまが誰であるか、何をしてくださったかということを、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという四人の福音書記者が、それぞれ違った角度から述べ [続きを読む]
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