今井貴水 さん プロフィール

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今井貴水さん: 今井の日本近代史
ハンドル名今井貴水 さん
ブログタイトル今井の日本近代史
ブログURLhttp://kisuiimai.com/category/japanesemodernhistory/
サイト紹介文南京大虐殺記念館のユネスコ登録に対して、異論があるので、自分の入手した資料を公開します。
自由文シンガーソングライターです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供27回 / 30日(平均6.3回/週) - 参加 2017/06/01 12:06

今井貴水 さんのブログ記事

  • 2017.6.22 ダイアリー
  • 南京のお話も、あと5つか6つ纏めれば、取り敢えず一段落する予定で、あともう少しです。5月の中旬位から本格的に取り組んで来まして、英訳もあるので1週間に3本位しか作れないものの、大分溜まって来ました。インターネット上で誰でも見れるようにしていますが、個人資料レベルでしかないので、資料自体をきちんと本にして出版し世の中に残して行きたいものです。ブログが見やすい様に、また、一番初めから見て頂けるように、 [続きを読む]
  • 南京大虐殺の真相 13 − 蒋介石軍の投降兵と捕虜
  • にほんブログ村昭和14年6月発行「歴史写真」蒋介石軍からの投降兵に食事を支給する日本軍以下の写真は、蒋介石軍から投降してきた捕虜に、日本軍が食料の供給をしている所です。日本人は中国語は苦手な人が多かったでしょうから、諸々の説明は中国人兵士から行われていたと思われます。捕虜がホッとした顔で笑っています。蒋介石軍の扱いが余りにも酷かったようで、戦闘の度に、非常に多くの兵士が投降し捕虜となりました。時に [続きを読む]
  • 南京大虐殺の真相 12 − 蒋介石の生まれ
  • にほんブログ村蒋介石の生まれ私としては、当初は、孫文氏と共に、イギリス植民地化の阻止、及び、清朝からの独立を、夢見た人物が、その後、敢えてイギリスと手を組み、なぜ戦闘で大量の戦死者を出しながら、停戦をひたすら拒み続けたのか不思議でなりまえん。日本との戦いでしたが、イギリスと組むのは、当時の歴史の流れから中国人の行動として異常です。また、戦っていた相手の殆どは、日本人というより、孫文派の親日派の中国 [続きを読む]
  • 2017.6.18 ダイアリー
  • 私がなぜ日中戦争当時の資料を手にしているのか本当の理由は解りません。ただ、世の中には時々何かお役目のようなものを担う人がいて、多分、これは私のお役目に思います。先日「こんな事、実名で出してたら殺されますよ」と脅されました。そういわれても「だから何なの?」としか思わないですが、それでは、私に「やらない」という選択肢があるのかと言えば、自分の決断では「無い」です。「やらない」という選択肢が無い以上、何 [続きを読む]
  • 南京大虐殺の真相 11 − 蒋介石の細菌猛毒攻撃
  • 以下の写真は、蒋介石が、日本軍に対して行った細菌や猛毒での攻撃についての証拠写真です。蒋介石との戦いは、熾烈な戦いがあったものの、おおむね、日本軍の圧勝でした。蒋介石は、常に、追い詰められ、撤退を繰り返していました。その際、後から追ってきた日本軍に対して、各地の井戸に猛毒や毒性の細菌を混入させて、水を絶つ策略をしていました。日本軍は、井戸や湧き水などは、使用前に、必ず毒が入っていないかどうか試薬を [続きを読む]
  • 南京大虐殺の真相 11 − 蒋介石の細菌猛毒攻撃
  • 以下の写真は、蒋介石が、日本軍に対して行った細菌や猛毒での攻撃についての証拠写真です。蒋介石との戦いは、熾烈な戦いがあったものの、おおむね、日本軍の圧勝でした。蒋介石は、常に、追い詰められ、撤退を繰り返していました。その際、後から追ってきた日本軍に対して、各地の井戸に猛毒や毒性の細菌を混入させて、水を絶つ策略をしていました。日本軍は、井戸や湧き水などは、使用前に、必ず毒が入っていないかどうか試薬を [続きを読む]
  • 南京大虐殺の真相 10 − 蒋介石の軍隊 2
  • 重慶奪回の際の記事から以下は、蒋介石軍が占領していた重慶を奪回した際の記事ですが、記事:「今、這次(今回)襄西作戦の戦果を示せば、遺棄死骸1万8千、捕虜2千7百名(蒋介石側)で、これに対する我方の貴き戦死者は2百余名(日本側)であった。尚、また、襄東襄西両作戦の総合的戦果は遺棄死骸5万8千、捕虜4千5百、・・・」とあります。(昭和15年3月発行「歴史写真から」)この時の戦いでは、蒋介石軍は50万人だった [続きを読む]
  • 南京大虐殺の真相 10 − 蒋介石の軍隊 1
  • 蒋介石が、日中戦争と呼ばれる一連の戦争の中で行った、中国の各都市の破壊、中国人の大量虐殺、略奪、一般市民の強制的な戦闘参加などは、戦後、全く語られていません。その多く又は全てが、当時中国で、蒋介石の率いる中国人軍隊に対して、何とか植民地化を食い止めようと戦っていた日本人のせいであるとされて来ました。南京大虐殺も日本人の仕業とされています。南京陥落では大虐殺は無かったと結論しますが、あの当時、中国で [続きを読む]
  • 南京大虐殺の真相 9 − 蒋介石の真実
  • これまで一般に知られている中国の歴史では、蒋介石がイギリスと密接な関係にあった事は殆ど表に出て来ていないようです。しかし、実際は、中国にとっては最も大きな敵対勢力であったイギリスと組んでいました。以下の写真は、一番手前が当時の中国のイギリス大使であったアーチボルト・カー夫人、蒋介石とその夫人である宋美齢、及び、孔祥熙(財務担当)の、仲睦まじい会食風景。イギリス大使夫人と蒋介石夫妻下の写真の右側に、上 [続きを読む]
  • 「歴史写真」昭和14年(1939年)10月発行 汪兆銘氏のラジオ演説
  • 昭和14年10月発行「歴史写真」からの記事。(1939年10月発行より)有田・クレーギー会談も終わり、この号からようやく汪兆銘氏が登場するようになります。9月号で報じられた7月の日英会談の後、汪兆銘氏が政治の中心役として表に出て来るようになります。汪兆銘氏の師である孫文氏という人は、日本人女性と一時期結婚していた事もある親日家でした。日本人も、この歴史写真では孫文中山先生と呼び尊敬すべき方として扱われています。 [続きを読む]
  • 斉藤さんのお話 その2
  • 斉藤一人さんという方のお話のし方と声が、歌唱法の研究を始める理由となった、某ミュージシャンの人に物凄く似ているので、ここの所、結構長々聞いています。声が心地よくて。ですが、ここまで聞いてみて、多分、私は今後の人生で幸せになれる事はまず無いかなと思いました。私の父は私が15歳の時にすい臓がんで亡くなっているのですが、当時の医術では末期ガンは絶望的で、モルヒネで痛みを多少紛らわす程度しか出来ず、亡くな [続きを読む]
  • 「歴史写真」昭和14年(1939年)9月発行 ロシア兵捕虜の写真
  • 昭和14年9月発行「歴史写真」からの記事。(1939年9月発行より)この号では、歴史的日英会談として、1939年7月の「有田・クレーギー会談」についての特集が組まれています。当時の日本では、これは日本とイギリス間での「歴史的な」国際会談でした。現在の日本近代史では、単に、天津のイギリス租界で、親日派の中国人の海関監督の殺人犯の引き渡しに関しての会談という事になっています。しかし、これは表向きの内容であり、実 [続きを読む]
  • 中国関係の歴史のブログについて
  • 今日、私の作っている中国と日本の歴史関係の投稿を見た方から、こういうのを書くのは危ないと言われました。私が、「もう少し反響あるかなぁと思っていたものの、誰も読んでないみたいですよ」と言ったら、中国政府がネットの検閲を徹底的にやっているので、下手すると殺されるとか起きるかも知れないって。あははは。なので、人生大分疲れて来てますし、いつ死んでも良いかなと思っているので、それはそれで仕方ないかもと思いま [続きを読む]
  • 斉藤一人さんの話
  • 最近YouTubeで斉藤一人さんの話を聞いています。実は、この人の声と話し方が、昔とても不思議な出会い方をしたミュージシャンと良く似ているので、YouTubeにほぼ毎度上がって来るのですが、つい先日まで、声を聴くのが辛くて15秒も聞けませんでした。私はスピリチュアル系の話とか占いとか聞いても意味が無いので聞きませんが、自分の後ろには神様レベルの守護霊が何体か一緒にいるのは知っています。なので、聴かなくてはならな [続きを読む]
  • アラブの歌を習い始めました。
  • 日本語訳は近日中に行います。ごめんなさい。(最近少し体調が悪いもので。)My guitar teacher play
    s anode, an Arabianguitar, and he joins the belly dance show at Zenobia Hiroo once a month. I went there and met an Arabian singer
    . The lady in front and I got to know each other and started talking. I talked to her that I really love singing and then she real
    ly started recommending me to learn Ar [続きを読む]
  • Blue Afternoon
  • 今年2月から毎月1回、エドワルド・ガルシア先生の作詞・作曲セミナーに出席しています。セミナーは毎月第3木曜日で、次回は6月15日(木)の夜8時〜9時半位。場所は浅草のインフィニティ・ブック・カフェです。エドワルド・ガルシア先生のプロフィール − ギターの先生です。詳細はこちら:http://musicnostro.com/eduardo-garcia/ソングライティングセミナー詳細はこちら: http://musicnostro.com/eduardo-garcia-s…riting [続きを読む]
  • 「歴史写真」昭和14年(1939年)9月発行 歴史的日英会談
  • 昭和14年9月発行「歴史写真」からの記事。(1939年9月発行より)この号では、歴史的日英会談として、1939年7月の「有田・クレーギー会談」についての特集が組まれています。当時の日本では、これは日本とイギリス間での「歴史的な」国際会談でした。現在の日本近代史では、単に、天津のイギリス租界で、親日派の中国人の海関監督が、イギリス側の人間により暗殺される事件があり、その犯人の引き渡しに関しての会談という事にな [続きを読む]
  • 今井式3オクターブ歌唱法について
  • こんにちは。シンガーソングライターの今井貴水と申します。若い頃から広い音域に渡る歌声を構築する研究をして来ました。声の健康や維持を考えると3オクターブが自由に歌えれば良いのではないでしょうか?という事で、振り返ると早25年位たち、自分も結構おばさんになって来ましたが、この歌唱法であれば、ある程度の年齢まで達しても声の状態が保てるというのも検証出来たと思うので、そろそろ、どなたか、私の3オクターブ歌 [続きを読む]
  • 北朝鮮と南朝鮮(韓国)と日本に関するリサーチ
  • この問題についても、中国との南京大虐殺と同じ位、インターネット上で批判と罵詈雑言と、YouTubeでも取り沙汰されている割には、話が分散していて、何が正しいと言えるのか、何故今のような状況になっているのか、全く不明瞭で、それ故に、混乱を招いている気がしてなりません。私としては、現状も、当然の成り行きに思えるのですが、「北朝鮮はどうしてあんななんだろう」と思われている方も多いと思うので、自分のリサーチから [続きを読む]
  • 南京大虐殺の真相 8ー蒋介石の中国内戦の動向
  • 蒋介石の中国内戦の動向1930年代に入り、ヨーロッパ勢力と結びついた蒋介石が独裁勢力を伸ばしていく中で、日本としては、自国の将来的な防衛と同時に、アジアの安定化を考えれば、蒋介石を倒そうとするのは当然の流れでした。本来であれば、ヨーロッパ排斥として、汪兆銘や孫文派の政府が主体となり、中国として戦闘を繰り広げるべきところでしたが、その場合は、全中国人を含んだ熾烈な内戦に発展する可能性があるので、日本と親 [続きを読む]
  • 昨日、たまたま・・・
  • 昨日は、ベリーダンスショーへ行ってきました。ギターの先生がウードというアラブ楽器で定期出演している広尾のアラブレストランで毎月行われれいます。世界的には、ISの問題などで、アラブ人やイスラム教徒の皆さんに対して、世界的にかなり冷たい空気が流れていると思います。ですが、そこは日本人、「良いものは良いのです」で、ベリーダンサーさんの踊りの素晴らしいこと。ISがどうであれ、日本人は、最期まで、いつか間を [続きを読む]
  • 流石に腕が痛いので数日お休みしなくてはです。
  • 銀行を退職して早3年、自作曲の完成と3オクターブ歌唱法の普及を何とか出来ないかと思い取り組んで来ましたが、そろそろ経済的理由で仕事に戻らないと行けないでしょうか。今度はこれまでと状況が変わって自分の人生に少し専念出来そうなので、仕事と音楽教室と平和活動を何とか続けたいと思います。本当は飲食系に行きたいところなのですが、タバコアレルギーなので飲食系の職場では声を痛めてしまいそうで、また普通の会社へ戻 [続きを読む]
  • 南京大虐殺の真相7ーなぜ日本が中国に進出したのか?
  • 中華民主革命のリーダーである孫文は、中国でヨーロッパの国々との戦争が続いた最中である19世紀中頃(1840年〜)、1866年に生まれ育ちました。孫文は当時の中国の破滅的な状況の原因については理解していたはずです。最も深刻な原因は、イギリス乃至はイギリス国籍の商人達が販売していたアヘンでした。その為、後に、孫文は独立運動を推し進めるにあたり、ヨーロッパの排斥に成功した日本に支援を求めました。1900年には玄洋社の宮 [続きを読む]