Narapicchan さん プロフィール

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Narapicchanさん: Narapic 奈良の写真いろいろブログ
ハンドル名Narapicchan さん
ブログタイトルNarapic 奈良の写真いろいろブログ
ブログURLhttps://narapic.com
サイト紹介文奈良が大好き!写真が大好き!奈良の世界遺産やお寺、お花の写真を撮ってます!
自由文奈良在住。奈良の美しい自然と世界遺産、お寺、お花などの写真を撮ってます。
https://narapic.com/若草山/
また、アマチュアオーケストラでヴァイオリン弾いてます!
興味のある方、見てくださいね!
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供15回 / 9日(平均11.7回/週) - 参加 2017/06/19 17:27

Narapicchan さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 薬師寺の蓮
  • 薬師寺は680年(飛鳥時代)藤原京に都があった頃に天武天皇により発願され、697年に持統天皇によって本尊開眼、更に文武天皇時代に飛鳥の地に完成しました。その後、710年(奈良時代)平城遷都に伴い718年に現在地に移されたものです。飛鳥時代(藤原京に都があった時)に飛鳥に建てられて、その後平城遷都とともに移されたお寺は他にもあります。元興寺です。こちらには飛鳥時代の瓦がそのまま屋根に一部分ですが使われています。 [続きを読む]
  • 喜光寺の蓮
  • 喜光寺は蓮の名所として知られています。200鉢を超える色とりどりの蓮の花がとてもきれいです。喜光寺は行基に関わりの深いお寺です。721年(奈良時代)行基菩薩によって創建されました。行基はこの寺を東大寺大仏建立の布教活動の拠点としていました。本堂は東大寺大仏殿とよく似ていて、この寺で試作を試みたと言われています。行基は82歳(749年)にこの寺で没しています。墓は生駒市の竹林寺にあります。現在は薬師寺の末寺と [続きを読む]
  • 奈良に五重塔はいくつあるでしょう
  • 奈良には3つの五重塔があります。古い順番に並べると、1.法隆寺の五重塔 607年(飛鳥時代)2.室生寺の五重塔 800年ごろ(平安時代初期)3.興福寺の五重塔 730年(奈良時代)しかし何度かの消失の後、1426年再建(室町時代)五重塔を構成する5つの楼閣を、下から地(基礎)、水(塔身)、火(笠)、風(請花)、空(宝珠)といいます。5層それぞれは独自の世界(思想)を示し、仏教的な宇宙観を表しています。1.法隆寺の五重塔 [続きを読む]
  • 春日大社
  • 春日大社は今から約1300年前の768年(奈良時代)に開かれました。春日大社は千古の森の中に朱の柱、白い壁、そして自然の檜皮屋根の本殿です。これは、20年ごとに行われる式年造替という制度により、社殿の御修繕、御調度の新調、祭儀の厳修が行われるからです。これにより、清々しくも尊厳ある気が境内に満ちて緑の春日山に生えます。昨年秋に式年造替が行われたばかりで本殿等境内は輝かしくピカピカです。春日大社には奉納され [続きを読む]
  • ならまち散歩
  • 奈良町は奈良の旧市街地、特に元興寺の旧境内を中心とした一帯を指します。その歴史は元興寺や興福寺の門前町だった奈良時代に始まり、その後も発展を続けて近世以降は奈良を代表する商業地となりました。戦後は奈良駅周辺の開発とともに閑静な住宅地に変わっていきましたが、1980年代に町並み保存の機運が高まり、現在に至ります。古き良き生活風景と現代的な感覚が共存し、奥深い魅力を持つ町です。1.猿沢池興福寺が行う「放生 [続きを読む]
  • 興福寺阿修羅像公開
  • 興福寺で阿修羅像が公開されています。詳しくは天平乾漆群像展といい、現在耐震工事中の国宝館休館に展示されているものを、これまた修復工事中の金堂内の宗教空間イメージを試しに視覚化するために展示されています。西金堂は6回の焼失、再建の後1717年に焼失し、約100年後の1819年に再建されましたが、老朽化のため現在修復作業中です。平成30年完成予定です。今回の特別公開は阿弥陀如来像ほか25体を安置していて見ごたえがあり [続きを読む]
  • 転害門から戒壇堂へ
  • にほんブログ村東大寺の西側にある転害門(てがいもん)。奈良時代の東大寺伽藍を忍ばせる堂々たる佇まいです。かつて平城左京一条大路に西面して建立された転害門は佐保路門とも呼ばれました。東大寺西面(東七坊大路)には3つの門が開かれていたが、このうち北の門である転害門だけが「治承の兵火」「永禄の兵火」二度の兵火を免れて奈良時代のまま現存しています。749年、聖武天皇は大仏建立の守り神として宇佐神宮(現在の大分 [続きを読む]
  • 世界遺産法隆寺
  • 法隆寺は日本の世界遺産第1号で、1993年にユネスコの世界遺産に登録されています。飛鳥時代の姿を現代に伝える世界最古の木造建築です。用明天皇(第31代天皇)が自らのご病気の平癒を祈って寺と仏像を造ることを願われましたが、その実現をみないままに崩御されました。そこで推古天皇(第33代天皇)と聖徳太子が用明天皇のご遺願を継いで、607年(飛鳥時代)に寺とその本尊「薬師如来」を造られたのが法隆寺(斑鳩寺とも呼ばれて [続きを読む]
  • 東大寺
  • 東大寺の大仏は752年に完成しました。東大寺の前身は728、聖武天皇の子が1歳に満たないまま夭折したことから親王の菩提を祀るために金鍾山寺を建立したことに始まります。741年に、国分寺・国分尼寺(金光明寺・法華寺)建立の詔が発せられたのに伴い、この金鍾山寺が昇格して大和金光明寺となり、これが東大寺の前身寺院とされています。東大寺の正式名称は「金光明四天王護国之寺(きんこうみょうしてんのうごこくのてら)」と言 [続きを読む]
  • 法華寺門跡
  • 法華寺は法華寺門跡(ほっけじもんぜき)と言われています。皇族や公家の方が入寺されたお寺を門跡と呼んでいたからだそうです。法華寺は天平時代(奈良時代の最盛期729-749)から1250年続くお寺で光明皇后(聖武天皇の妻、聖武天皇は東大寺を作った)のゆかりのお寺です。光明皇后は藤原不比等の三女で、皇族以外から初めての皇后になられました。光明皇后は社会福祉の先駆者でもあり、今でいう病院や孤児や貧窮者の施設などを作 [続きを読む]
  • 橿原神宮
  • 2600年前の紀元前660年、日本最古の正史と言われる「日本書紀」において日本建国の地と記された橿原。天照大神の血を引く後の神武天皇が西の高千穂から奈良の地に向かい豊かで平和な国づくりを目指して橿原宮を創建したのが始まりという神話です。神武天皇が国内統一しこの地に皇居を作り即位の礼を行ないました。(実在した天皇は15代から、もしくは21代からとする説があります)明治時代になって天皇の御聖徳を永遠に尊び敬いた [続きを読む]
  • 今井町を訪ねて
  • 今井町は室町時代(1532−1555)に一向宗本願寺の今井兵部卿寿によって開かれ、各地から商人、浪人を集めて町割りをし、四方に濠を巡らして自衛能力を高めました。1568年織田信長に敗れた後は大和随一の自治経済の町として発展し、「大和の金は今井に七分」と言われたほどです。今井町の町並みは東600m、南北310m、周囲に堀を暮らした城塞都市で、内部の道路も見通しが利くものはなく、一度屈折させて軍事能力を高め、江戸時代には [続きを読む]
  • 久米寺の紫陽花
  • 紫陽花を見てきました。久米寺は橿原神宮のすぐそばにあります。一般に「久米(くめ)の仙人」の伝説にちなんだ寺として知られていますが、もともとここは久米部(くめべ)の武人の住んだ地といわれ、推古(すいこ)天皇2年の時に聖徳太子の弟だった来目皇子(くめのおうじ)の創建と伝えらる古寺です。来目皇子が幼少の頃眼病を患い両目を失明しましたが、聖徳太子のお告げにより薬師如来に祈願したところ平癒したので本尊の薬師 [続きを読む]
  • 芸術の神様秋篠寺
  • 秋篠寺は芸術の神様として芸術家や芸能人らに慕われています。本堂に安置されている伎芸天(重文)のしなやかで美しい立ち姿に人気があります。お守りを買うことができます。776年(奈良時代)光仁天皇の勅願により秋篠の地に開かれましたが、金堂東西両塔等主要な伽藍の大部分を消失しました。その面影は苔むす中に点在している基礎石などで偲ぶことができます。鎌倉時代に現在の本堂等を改修しましたが、明治初頭の廃仏毀釈によ [続きを読む]
  • 般若寺のコスモス
  • 般若寺はコスモス寺と呼ばれています。春と秋の2回コスモスの花を楽しむことができます。今は初夏咲きのコスモス3万本が満開です。5月から6月下旬が見頃です。6月中頃には200株の紫陽花も咲き華やかになります!秋のコスモスは9月から11月に見頃を迎えます。夏よりも多い15万本のコスモスが咲きますので見事です。春は200株のヤマブキ、冬は300本の水仙が咲きます。観音石仏とコスモスと紫陽花観音石仏は元禄時代の作本堂(江戸時 [続きを読む]
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