皿尾城の空の下 さん プロフィール

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皿尾城の空の下さん: 皿尾城の空の下
ハンドル名皿尾城の空の下 さん
ブログタイトル皿尾城の空の下
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/hisaizuraiden
サイト紹介文写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供32回 / 35日(平均6.4回/週) - 参加 2017/06/20 21:18

皿尾城の空の下 さんのブログ記事

  • つがつくまでは手をかけよ、十を過ぎたら目をかけよ
  •  昨日は長女のピアノ発表会でした。場所は大里生涯学習センター。ヤマハピアノ教室に通う生徒の発表会です。幼稚園からのピアノも今年で八年目。小学校では最後の発表会でした。人前で演奏することにもだいぶ慣れてきましたが、やはりまだ余裕はなく、弾くことに集中しすぎて壇上への出入りは速足で演奏前の一礼も、慌てている様子です。出来はまずまずだったようですが、2度ほど間違えたようです。 私は仕事柄、一、二度しか直 [続きを読む]
  • 久伊豆大雷神社例大祭
  • 平成二十九年例大祭がはじまりました。縁起における大祭日は、28,29日です。前後の週末に当たり、本日は子供神輿巡行と、夜祭りが行われました。例年梅雨明け10日当たりとなり、最も暑い季節です。夜祭りに、灯籠を奉納します。年々減ってしまい、灯籠の数が50を切るようになりました。ここ二年素晴らしい作品に特別賞を出すようにしています。夕方4時から子供神輿が巡行します。子供12名参加し、大人の力を借りて村中の泉蔵院 [続きを読む]
  • 桃を一つどうぞ
  • 今日は付き添いとお見舞いで、二度と病院へ。総合病院はどこも需要が増えたのか、久しぶりに行くと病棟が増えたり、駐車場が広がったりとなかなかどうして迷うこともしばしば。また駐車場も近くはいっぱいで、少し歩かなくてはたどり着けない。炎天下の駐車場脇に、1台桃の直売の軽トラックが目立ちます。第一印象は『営業許可とってる?』になりますが、脇道故に駐車禁止ともいえず、受診後にはつい立ち寄り。サイズ違いで四個、 [続きを読む]
  • 例大祭を前に
  • 例大祭を前に、社殿清掃をしました。この時期拝殿の軒下はどうしても蜘蛛の巣が張ってしまい、時間をかけて払っていきます。本務社と言えども、なかなか普段本殿の隅々まできれいに掃除することもできず、大祭の前には時間をかけて掃除するようにしています。現在の社殿は昭和六年の建立ですので、築85年になると思われます。建設時の写真が残っています。米俵が三俵奉納されており、今でも正面に同じように供えられています。大雷 [続きを読む]
  • 16番目の夏
  • 夏休み目前。梅雨明けの声とともに高校野球の地方予選もいよいよ本格化する時期。私は中学まで野球経験者。幼いころから野球ばかりやっていた。神社の境内は子供の野球場。来る日も来る日もグローブを握り、友達が集まらないときは石灯籠がキャッチボールの相手だった。社殿にボールをぶつけ戸を破ってしまい、父に何度となく怒られた日が昨日のことのようだ。 高校で野球をやらなかったことを今でも後悔している。硬式のボールが [続きを読む]
  • 第7回講座はスポーツ整体
  • 行田市民大学第7回講座はスポーツ整体。一二学年合同で行田市総合体育館グリーンアリーナにて行われました。年間全22回の講座のうち、三回はこうした健康促進に係わる講座です。体育館には動きやすい服装でという案内がありました。池井戸潤原作『陸王』が秋からドラマ化されることもあり、足袋に関する注目が集まるなかで、行田市における健康促進にも一役買おうという試みも感じらました。座っての解説も直ぐに切り上げ、実際に [続きを読む]
  • 八雲神社とおんな天王
  • 先週末は羽生の夏祭りてんのうさまでした。羽生に勤務する事5年になりますが、仕事がらなかなか祭りをみることもできず、祭りの後通りを一人あるいています。祭りの前の熱気より、終わったあとの寂しさの方が味わい深く、私は好きです。八雲神社の創建は天録三年。(972年)羽生領七十四村の鎮守とす、と例祭祝詞にあるそうです。ご祭神は須佐之男命。古くは牛頭天王と称したが、明治期に八雲神社に改称している。職場の地元の人に [続きを読む]
  • 信玄餅を御笑味ください⁉
  • お中元の季節を迎えました。スーパーでもサマーギフトの売り場が目立ちます。 食べ物を贈る際に「どうぞご賞味ください」と言う言い回しは間違いのようです。賞味とは褒め称えて食べることの意味で、正しくは「お召し上がりください」とするようです。賞味期限と言う言葉も現代の用語だとおもいますが、なかなかな曖昧な意味合いだと思います。美味しく食べられる期限と言う意味て規定されます。 ご賞味ください、の代わりに「ご笑 [続きを読む]
  • 鷺栖神社と石田堤
  • 行田市門井町の鷺巣神社。荒川左岸元荒川水源地近くに当たります。古くは神明社と称し、いつのころからかこの社に鷺が飛来し、巣を作るようになってから、すぐ隣の鷺栖神社(現在、棚田神社)を分霊して慶長年間に鷺宮大明神として社殿を建立したと伝えられています。慶長年間といえば江戸幕府が開かれたころの話です。実際の社殿はひときわ小高い丘の上に立っている様子がわかります。そう、当時残っていた石田堤の上に社殿を立て [続きを読む]
  • お刺身は好きですか?
  •  海のない埼玉県に住みながら、スーパーや居酒屋など新鮮な刺身を食べられることにが当たりまえの現代に生きている。鮮度が良くてあたりまえ。価格も安いとは言えないが、普通の人でもやや贅沢をするつもりであれば、好きな時に食べられる。寿司にしても然り。一皿100円の商品が四六時中回転していることに慣れきってしまった。子供のころに比べ、便利さは格段に進歩し、美味しいものを手軽に食べられることを享受しているのは [続きを読む]
  • 今日だけが明日に続いてる
  •  今日は雨。休みの日の雨もまたいい。無理に出かけようとも思わず、田畑も潤される。こんな日はラジオがいい。のんびりと、人の話に耳を傾ける。大江千里の『Rain』がかかっていた。僕らの世代の雨の曲といえば、例のユニットの曲『始まりはいつも雨』残念ながらラジオで流れることはなくなった。大江千里の『Rain』は近年カバーもされ、映画にも使われているらしい。 言葉にできず凍えたままで 人前ではやさしく生きていた し [続きを読む]
  • 上新郷天神社
  • 秩父鉄道新郷駅近くの天神社に参拝しました。古くは田園地帯であった場所が、駅の開通にともなって住宅、倉庫などができてきた歴史が見えます。車社会の発展と共に駅自体の利用が少なくなって久しいところでしょう。新郷の総鎮守は愛宕神社で、耕地毎に鎮守を祭り中新田の鎮守として祭られた歴史があります。江戸期までは村で神様を迎えることに多くの人が労を要していたのでしょう。ご祭神は菅原道真公。『天満天神』社号額には、 [続きを読む]
  • 文月におもう
  • 生憎の天候でしたが、一年の折り返し文月、七月初山を迎えました。お店でも、額に印を押した幼子を抱いた方の姿が目に入りました。 あるサイトで読んだ元横浜ベイスターズ佐伯貴弘選手の言葉です。『結果には後悔ばかりだが、結果を残すためにやってきたことに後悔はない』仕事や日々の生活、生き方において結果が求められるのは当然ですが、その過程に後悔はないといえるようにしたいです。 [続きを読む]
  • 埼玉古墳見学②
  • 稲荷山古墳です。古墳の上に稲荷神社があったことに由来します。学校の教科書にも常に記載がある、もっとも有名な古墳です。5世紀後半の築造で、古墳群のなかでも古い部類になります。昭和43年の発掘調査で埋葬施設が発見され、さまざまなな出土品が見つかりました。一部が崩されていたことを理由に発掘されましたが、埋葬施設は未盗掘だったと言われます。礫槨と呼ばれる埋葬部分の上に稲荷神社があったため、賊が入らなかったの [続きを読む]
  • 第6回講座は埼玉古墳見学①
  • 行田市民大学第六回講座はさきたま古墳見学です。二週続けて参加する事ができました。さきたま史跡博物館にて、学芸員の方の説明を聴いてから、古墳を巡る事ができます。歴史好きには最高の企画です。欠席のかたもちらほら見受けられましたが、今日も40名を越える参加者でした。博物館二階の講義室です。埼玉古墳の特徴について説明があります。現在ある古墳は前方後円噴8基、円噴1基、小型円噴10基が検出されています。特徴として [続きを読む]
  • そしてタイガーマスク
  • 人は何かを背負い、何かを求め歩いていく。時に走り、時には立ち止まり。リングで颯爽と舞う日よりも伊達直人として、多くの優しさを届ける日常の方が多いのだろう。 走れタイガー。未来のために。戦えタイガー。子供たちに勇気を届けるために。そんなあなたをいつも応援している。 ところであなたは誰ですか。家の畑の前の通りを忘れた頃に走っているけれど、子供が気になって仕方ないようです。田んぼの緑とタイガーの黄色がコン [続きを読む]
  • 皿尾城の歴史?
  • 【久伊豆大雷神社裏手=皿尾城土塁跡か】皿尾城川田谷忠朝の援軍に駆け付けたのは、岩付城主太田資正でした。太田資正は上杉謙信からの信任も厚く、武勇に秀でた武将であったといわれています。ある歴史講座にて、太田資正は真田昌幸のような知略家であったと聞いたことがあります。『成田記』巻三『皿尾砦』の項の続きでは「太田が軍勢真知近く迫り鯨波を揚げて馳せ来れば、寄せ手の勢大に驚き、(略)忍の勢ハ度ヲ失ひ崩れ立て敗 [続きを読む]
  • 武蔵の国の筆比べ
  • 埼玉県小学校書写展覧会に出展していただきました。越谷の会場に家族で見に行きました。(私は仕事ですので勿論行けませんでした)三年生の弟の方が行田支部で代表にしていただきました。毎年県展覧会を目指して毎晩遅くまで、練習していました。書道教室でもよく稽古していただきました。残念ながら六年生の姉は、最後の年も県展には選ばれず弟の作品を見に行きました。本人の作品です。癖がなく、真っ直ぐに書けていると思います。 [続きを読む]
  • 引け!引け!引け!
  • 市内小学生綱引き大会に参加しました。市のスポーツ連盟主宰ですので、自主参加ですが、子供たちの学校は普段から練習し、優勝目指して参加しています。高学年、中学年、低学年と分かれますので、姉の六年生は組み合わせ有利、弟の三年生はやや不利になります。保護者が一名なかで監督として入る条件です。最後尾は安全の為ヘルメット着用するのが決まりのようです。始めは二階の観覧席でのんびりみていましたが、やはり自分の子供 [続きを読む]
  • 第5回講座は歴史ロマンツアー
  • 今日は行田市民大学第五回講座として、『のぼうの城』関係史跡見学ツアーが開催されました。仕事の都合で、過去二回休んだためしばらくぶりの参加となりました。講師は行田市文化財保護課中島洋一先生です。参加者は生徒41名、運営部の方5名です。市内の大堰観光の大型バスで移動します。せっかくの地元散策のツアーですので、自宅から市役所前の集合場所まで、歩いて行きましたが時間ギリギリになってしまいました。熊谷にある成 [続きを読む]
  • 皿尾城の歴史③
  • 『成田記』によれば皿尾城は上杉謙信が築いた砦とされます。しかしこの地の久伊豆大雷神社が成田氏により鎌倉初期に勧請されたことを踏まえれば、成田氏による小規模の軍事的拠点が存在したと推測されます。郷土史家の富田勝治先生が作成した「皿尾城址図」によれば堀跡と思しきものが残っています。私が小学校低学年(昭和56年頃)まで神社西側には自然の水路がありました。また神社前後には自然要塞として水田が広がっています [続きを読む]
  • 皿尾城の歴史②
  • 戦国時代の北武蔵の覇権争いのなかで、忍の成田氏の動向に大きな影響を与えた戦国大名といえば、小田原の北条氏と越後の上杉謙信です。北条氏康と成田長泰は血判の証文を何度もかわしています。しかし永禄三年(1560)上杉謙信が関東に侵攻すると、長泰は北条から離れ、謙信に味方して相模国まで兵を進めています。当時上杉は関東攻めと共に、宿敵武田軍との川中島の戦を始めたころのことです。成田長泰にしても藤原の流れを汲む北武 [続きを読む]
  • 皿尾城の歴史①
  • 私の住む皿尾村に、その昔上杉謙信にまつわる城があったことを村の人達はあまり知らないようです。かくいふ私こそが、聞いたことはあっても、それほど興味も持たず今日まで生きてきたことを、恥ずかしくまた意外な歴史はかくもまた、身近なところに眠っているものだと今更ながら感心したりもしております。ふとしたきっかけで、その歴史の息吹きに触れ、目から鱗が落ちるが如く身の回りの歴史や文化に興味をひかれながら、ここ一年 [続きを読む]
  • 庭師が来たりて枝おろす
  • 年に一二度植木屋さんに庭の手入れをお願いします。父の代から、色々な方がきていますが、ここ数年小学校の同級生の庭師に来てもらっています。彼の父が庭師で跡を継いでいる形です。私の地区で五軒程彼に頼んでいます。実のところ、彼が来る前は業者の方にお願いしていましたが、価格の面で折り合わなくなり、一年ほど庭もほったらかしにしていたところ、近くの家に来た彼の方から声をかけてもらいました。やはり庭は生き物で、手 [続きを読む]
  • ミョウガを食べ過ぎると
  • 夏になると麺類や豆腐などの薬味に好まれるミョウガ。茗荷の俗説に「食べ過ぎると物忘れが多くなる」というのがあります。昔は家の庭で大量に採れたため、それこそ食べ放題のようでした。科学的にはむしろ反対で、豊富なビタミンが脳の働きによいと言われています。ではこの俗説は何処からきたのでしょうか。昔インドにお釈迦様の弟子に周利盤特という人がいて、大変な高僧として釈迦にも大事にされたそうですが、物忘れがひどく、 [続きを読む]