ともやん企画 さん プロフィール

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ともやん企画さん: オートバイ伝説 走り出せば青春
ハンドル名ともやん企画 さん
ブログタイトルオートバイ伝説 走り出せば青春
ブログURLhttp://bikeseisyun.kirara.st/
サイト紹介文僕の青春はいつもオートバイから始まった。青春時代とオートバイへのオマージュを込めて。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供28回 / 30日(平均6.5回/週) - 参加 2017/06/25 06:28

ともやん企画 さんのブログ記事

  • ホンダジュノオ 夢のスクーターのはずが
  • ホンダジュノオは、ホンダがスクーターに革命を起こそうと計画されたモデルです。 背景には当時に日本の重要な交通手段としてモーターサイクルとスクーターがあったからです。 世界で初めて、量産車にFRPを採用しK型ジュノオは、スピードの出る、よりデラックスで、雨の日でも濡れないという画期的なスクーターとして考案されました。 エンジンは、3E型をそのま... [続きを読む]
  • ホンダ初の自動2輪車誕生
  • ホンダとして初の自動2輪車、"2Eドリーム"は、 1952年埼玉県大和町白子(現和光市)の工場で誕生しました。 1952年3月に生産台数を伸ばすため東京の板橋工場から埼玉県大和町白子に工場を移しました。狭かった東京工場の約10倍の広さ、しかも土地は1万平米もありました。 浜松工場で生産したエンジンも白子で組むことになり、ホンダは浜松から 関東に生産の拠点を移して行きまし... [続きを読む]
  • ホンダモーターからホンダへ
  • ホンダモーターからホンダになりました。 ホンダのA、B、C型までは、ホンダーモーターとタンクにするされていましたが、D型ドリームからはホンダが車名になりました。 ホンダというと4サイクルのイメージが強いですが、 第1号は意外と2サイクルでした。 2サイクルの排気音は4サイクルに比べて迫力がありません。 ※僕はそうは思いませんが。。。 そのため本田宗一郎氏は... [続きを読む]
  • ホンダC型 エンジンと車体が別に出荷
  • ホンダC型は、 空冷2サイクルロータリーバルブ単気筒 89cc 3.0ps/3,000rpm 最高速は50km/h ベルトドライブ、単速。 タイヤは2.50×20の大径で始動方式はべダルだった。 A型は当時余っていた軍用の発電機用エンジンを利用していましたが、 生産量が伸びるに連れ、自社製になりました。 ホンダは、荷物を沢山積めるように後部を二輪にした三輪... [続きを読む]
  • CB72改のレーサー
  • HONDA ドリームスーパースポーツCB72 空冷4サイクルOHC2気筒 排気量:247cc 最高出力:24PS/8,000rpm 最大トルク:2.06kg-m/7,500rpm 車両重量:153kg 最高速度:155km/h 価格:187,000 CB72は、60年代を代表するスーパースポーツで、 ヤマハのYDS1と人気を二分していました。 1960年9月のフランク... [続きを読む]
  • ヤマハYA1 ヤマハ発動機誕生1955年
  • 1955年7月1日。今から62年前。 日本楽器から、モーターサイクル造りのため抜擢された150名は、10日後に控えた「第三回富士登山レース」の向けて、YA1を高性能マシンへと仕上げるためにいつもと同じ日を送っていました。 実はこの日、日本楽器からモーターサイクル部門が独立して「ヤマハ発動機」が誕生したのです。 しかもこの日は、法律上の手続きだけで、全員に知らせれたのは1... [続きを読む]
  • 本田宗一郎氏の夢の実現 ホンダ A型
  • 本田技研工業の創業者は、本田宗一郎氏(1906-1991)です。 本田氏は、浜松に生まれ育ち、1928年(昭和3年)にそれまで勤めていた アート商会からのれん分けの形で、独立しました。 時に本田氏21才。 若いといっても高等小学校を出てから丁稚奉公のような形でアート商会に入ったので既に働き出して6年になっていました。 本田氏は、当時難しかったピストンリング... [続きを読む]
  • ホンダCB72 ローンを始めました
  • 貴方は、モーターサイクルを 現金で払いますか? それともローンで支払いますか? 販売店に行って、ほしいマシンを決め ローンを申し込んで購入する、 そういう買い方を始めたのが、ホンダでした。 1967年(昭和42年)、ホンダはローン制度を スタートさせ24回までの分割払いを実施したのです。 それまでは分割払いと言っても6ヶ月払いで 頭金を半分払い残りを半年で払うシステムで... [続きを読む]
  • ホンダ・ドリームスーパースポーツCB72
  • ホンダ・ドリームスーパースポーツCB72 空冷4サイクル・OHC2気筒 排気量:247cc 最大出力:24.0ps/8,000prm 最大トルク:2.06kg-m/7,500rpm 車両重量:153kg 最高速度:155km/h 価格:¥187,000 僕がいま一番乗ってみたいマシンです。 それとヤマハのYDS1。 この2つのマシンは、60年代を代表するス... [続きを読む]
  • 危険予知能力
  • おはようございます、 ともやんです。 バイクに乗っていると自然と 危険予知能力が備わります。 予知能力というと特殊な能力のようですが、 つまり危険を察知するようになります。 バイクに乗るライダーは、むき身ですから、 公道上でのクルマとの接触事故は、 大ケガや不運な場合志望事故に 繋がる場合があります。 だから危険なクルマに近づかないのが、 一... [続きを読む]
  • 1960年からもう一度
  • こんばんは、サイト管理者のともやんです。 なんか、記事の時系列が乱れてきたので、軌道修正のため、もう一度1960年まで時計を戻してみたいと思います。 1960年は、日本のモーターサイクルのターニングポイントです。 後世に残る名車が、発売されたのです。 ホンダからは、CB72、 ヤマハからは、YDS1。 しばらくこのライバル車について追いかけていきたいと思います。 &nb... [続きを読む]
  • カワサキ 500SS マッハⅢ
  • カワサキ 500SS マッハⅢ 空冷2スト ピストンバルブ並列3気筒 498cc 60ps/7000rpm 5.85kg-m/6000rpm 174kg 3.25-19・4.00-18 298,000 世界最速を目指して開発された、カワサキの2スト大排気量モデル・マッハシリーズの初代モデル。 それまでもA1/A7系のエンジンに1気筒を追加するという発想か... [続きを読む]
  • メグロからカワサキへ、タスキは繋ぐ
  • 1960年(昭和35年)に目黒製作所が、スタミナK1を発表。 単気筒からバーチカルツインとなったスタミナシリーズ第2弾は、 運輸省届出値を上回る最高速を実測で記録した実力車でした。 しかし目黒製作所の経営は厳しく、この年60年には川崎航空機との提携がなされました。 目黒製作所は、1925年(昭和元年)に創業し、自動車の修理や部品製作を手始めに1937年(昭... [続きを読む]
  • スポーツカブは60年代の少年の夢と憧れ
  • 1960年(昭和35年)は、日本の2輪車業界にとって記念すべき年となりました。なんと生産台数が世界一になった年なんですね。 でも世界や日本国内は激動の時代に突入です。 米国大統領選でジョン・F・ケネディが第35代米大統領として勝利(就任は61年1月)、 一方日本国内では、安保闘争が空前の高揚をみせた年でもあります。 6月15日安保改定阻止第二次実力行使に全... [続きを読む]
  • カワサキ500メグロK2は進化の過程
  • 1965年当時、高回転・高出力のスーパースポーツモデルの 華々しい時代に突入していました。 しかし、大排気量のオートバイらしいオートバイは、国産では少数で、ほとんどが海外からの輸入に頼るしかありませんでした。 そこで英国車のライバルとして作られたのが、メグロK2。 カワサキ500メグロK2 空冷4ストOHV並列2気筒 496cc 36PS/6500rpm ... [続きを読む]
  • ホンダ・ドリームCB450 驚異のDOHCと第1回ドラフト会議
  • ホンダ・ドリームCB450は、当時スポーツバイクの最高峰だった650ccクラスの英国車に対抗すべく開発されました。 エンジン排気量は450ccと小さかったですが、それを補うためにDOHCを採用しました。 DOHCエンジンは、当時の市販車では珍しかったGPレーサー譲り。 輸出用180度クランクのタイプⅠと国内用360度クランクのタイプⅡが存在しました。 ホン... [続きを読む]