ぱこぺら さん プロフィール

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ぱこぺらさん: ぱこぺら 映画批評
ハンドル名ぱこぺら さん
ブログタイトルぱこぺら 映画批評
ブログURLhttp://pakopera.blog.fc2.com/
サイト紹介文映画の批評・評論・考察など。取り上げる映画は多少なりともいいと思った映画です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供7回 / 13日(平均3.8回/週) - 参加 2017/07/07 00:20

ぱこぺら さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 『ストーカー』 人類と恩寵
  • 監督 アンドレイ・タルコフスキー 1979年 ソビエト映画 この映画が娯楽作品として作られてないのは、主要登場人物3人が頭の禿げた中年男ばかりであることからも明らかだ。普通なら一人は美少女であるべきだろう。男性が感情移入し女性が憧れるようなカッコいい男もいない。科学者は帽子を被っていてもハゲだと察せられる。更にタルコフスキーはテンポというものを知らないらしい。眠ってしまいそうだ。 しかし、これは失敗作 [続きを読む]
  • 影武者 (詳説4 諸要素の総合)
  • 監督 黒澤明 1980年 『影武者』では終局に至ってそれまでの矛盾が次々と解消してゆく。不協和音を奏でていた諸要素は統一され協調し合う。武田家の人々の生み出していた意味や価値が虚構に過ぎないことが判明し、虚しさを描き始めた物語がまず、虚無的な視点に統合されていく。 武田家は信玄の存命中から敵味方に与える心理的効果によって勝敗を制御してきた。人の心を舞台に戦ってきた。しかし今や神話は解体し、最後の戦いで [続きを読む]
  • 影武者 (詳説3 脚本と物語)
  • 監督 黒澤明 1980年 信玄の死後、影武者の物語が起動するがそこに第二のファーストシーンとも言うべきシーンがある。影武者はじめ武田家の人々が能を観劇している。舞台では能役者が死者を描き出す虚構を演じ、それを見る影武者は信玄を演じ、侍大将たちは信玄の健在を装い、敵方の間者たちもそれぞれ、僧や町人を装いつつ事の真偽を見極めようとしている。表現はすべて虚無を描いていて、その全体を我々観客が見る。作品の構造 [続きを読む]
  • 影武者 (詳説2 編集と時間)
  • 監督 黒澤明 1980年 編集はこの映画に独特の分りづらさをもたらしている要因の一つだ。同時に観客にもっとも楽しさを与えてくれる要素でもある。撮影と同様に編集においても、カットのリズムが物語上の意味の重要性と無関係に作品を独自に展開させていく。 この特徴もタイトル後に来るセカンドシーンですぐに表れる。1シーン1カットの長く重苦しいファーストシーンのあと、次に我々が目にするのは、その場に座り込んだり、寝こ [続きを読む]
  • 影武者 (詳説1 撮影と視点)
  • 監督 黒澤明 1980年 『影武者』ではカメラの冷淡さが特に際立っているが、それはファーストシーンからすでに異様だ。人物から遠い位置にカメラを固定したまま6分以上の1カットのみで構成されている。同じ男が3人いて1人だけ影が映っているのが信玄だ。残り2人は弟の信廉と名もない盗人、それぞれ影武者と影武者候補だ。端的に映像で語っているのがいい。対話ののち、信玄が出ていくと盗人は思わず平伏する。信玄の人物に何らかの [続きを読む]
  • 影武者
  • 監督 黒澤明 1980年 非常に独創的で特殊な映画だ。なかなか語る言葉も見つからない。 そのせいか公開時から今に至るまでずっと賛否両論が続いているようだ。その意味では評価の決定している『生きる』や『七人の侍』などより現代においてはもっとも生きのいい黒澤映画と言えなくもない。 この映画の変わっている点はいくつもあるが、まずその描写が特異だ。 一見アクションが見どころの時代劇のような外見だが実際は全く逆で [続きを読む]
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