natoriuba さん プロフィール

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natoriubaさん: 名取熊野老女物語
ハンドル名natoriuba さん
ブログタイトル名取熊野老女物語
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/natoriuba
サイト紹介文名取の熊野三社を開いた名取老女伝説について考察している歴史クラブです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供14回 / 55日(平均1.8回/週) - 参加 2017/07/17 20:03

natoriuba さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 朝日を抱きて誕生
  • 旭若神子の「旭」の由来は、「朝日」と言うように、太陽を天に身ごもった子の意味がある。「〜南島のユタと呼ばれる巫女が、ユタとして生まれ変わるときに唱える「オマイマツガネ」との比較にも十分に応えられる可能性がある。オマイマツガネは、男性であるがユタの呪力の始祖となるべき神話的人物であって、彼は母親が天の太陽によって身籠った子である。「日光感精説話」とも呼ばれる、そのオマイマツガネの詞章には、「このわが [続きを読む]
  • 伊達政宗と葛西氏と旭神子
  • 伊達政宗生誕450年という事で、仙台では少し盛り上がっているようですが、伊達政宗は先天性の目の病があり、隻眼(せきがん)=片目の失明でした。「独眼竜」といわれていましたが、今より当時の時代を考えると、相当な苦労をされたと想像できます。実の母に毒を盛られた話もあり、幼少の頃から、片目という障がいについて、苦労が多かったのは、前回でも書いた話ですが、目の病は非常に多く、また、そのような方への差別という [続きを読む]
  • 盲巫の始祖伝承
  • 名取老女は、1054年岩沼の志賀に生まれたとあります。名取老女は、1123年に熊野三社を勧請したとあり、(熊野堂縁起)死去したのは、1138年説(老女物語)と、1123年説(名取老女由来記)とありますが、御年70歳と推定されます。熊野宮縁起によると、名取老女が鳥羽院の皇女の病を治した伝承がありますが、鳥羽院政期は、1123年のこととされ、山伏が名取老女のもとへ訪れたのは、1135年〜1141年とい [続きを読む]
  • 旭神子とは
  • 名取老女が熊野信仰を開いた話から探訪が始まり、気仙沼の室根神社や瀬織津姫神社、御崎神社へと参拝してきましたが、最後に立ちよったのが、補陀寺でした。補陀寺は、寺伝によると寛平2年(890年)、天台宗の補陀寺と号して赤坂小沢田に開かれたと伝えられている。保安4(1123年)、名取の老女(旭神子)が、名取郡に熊野三所権現を勧請し、奥州を巡礼して三十三ヶ所の観音堂を建立、補陀落寺を三十番札所と定めたという [続きを読む]
  • 名取老女生誕の地
  • 岩沼で最も古いお寺、岩窟山岩蔵寺があります。ここは、名取老女が生まれたといわれる「志賀」という地名。岩蔵寺は、東照宮、仙岳院の末寺、清和天皇(貞観2年)円仁の開基(慈覚大師)。江州志賀の薬師如来を勧請。地名の志賀は滋賀県から由来する。 堂宇は飛騨内匠の作で本尊の薬師如来は秘仏とされる。伝承:伊達政宗が拝んだあと、仙台に移す予定だった薬師如来像を30人で運んだが、途中で重くなり更に30人を追加して仙 [続きを読む]
  • 室根神社へ参拝
  • 6月30日の大祓の日に、室根神社へ参拝する流れになりました。全員の都合のよい日が、たまたま6月30日だったので。その日が大祓の日ということに直前まで誰も気づかず…。29日、名取熊野那智神社へ精麻を奉納させて頂きました。これも30日の直前という流れに。いろいろとタイミングよく流れる行動に、名取老女の計らいと思い、気合いが入る・・・。室根神社は、以前からずっと行ってみたい所でした。それは、紀州熊野神社 [続きを読む]
  • 金蛇水神社と熊野信仰
  • 金蛇水神社の聖水とは、日本刀で有名な三条小鍛冶の名刀を創る時に使用した水と伝わります。※金蛇水神社の霊水熊野堂郷土史年表では、「989年9月京都の三条小鍛冶宗近、勅命により宝刀を造る際、岩沼の金蛇水神社のご神体を造り奉納する。」三条小鍛冶宗近は熊野堂神社御宝物の金注連を造った人物と伝えられる。金注連とは、名取老女が巫女である証拠のひとつで、名取老女が身につけていたと伝わるもの。僧侶のかける輪袈裟、 [続きを読む]
  • 名取老女の伝説 その2
  • 「老女と烏宮」 昔、中田村前田に一人の老婆が住んでいた。 早く夫に死なれて頼りにする身よりも無く、その上足を病んで歩けなくなった。  ある時、老婆は熊野の神様は有難いと聞いて一心に信仰した。 毎日草鞋(わらじ)を作って貧しい暮らしをしていたが、 日に一足だけは神様に差し上げるものとして旅人から銭を取らなかった。  一方、紀州にも似たような老婆がいた。この老婆は目を患って同じように熊野の神社に千日詣の願掛 [続きを読む]
  • 名取が最北の邪馬台国?
  • 熊野三山周辺に、「飛鳥下」の地名があります。 飛鳥下があれば、飛鳥上もある・・・。 飛鳥の地名がけっこう広い範囲にあるのです。これは奈良の飛鳥が由来なのでしょうか?それとも熊野の阿須賀でしょうか?このあたりが飛鳥下ところで、こんなブログを発見。 「邪馬台国と大和朝廷を推測する」より陸奥の邪馬台国http://uminohakata.at.webry.info/201011/article_3.htmlなるほど〜。熊野堂郷土史略年表より、「723年郡山の [続きを読む]
  • 名取の熊野ロード
  • お手軽な熊野信仰を歩く道があってもよい、と考えるなら名取でしょう。と、いっても車の往来激しい道になりますが。名取に今熊野神社があります。 仙台市方面へ向かうと、熊野三社が祀られているのですが、今熊野神社の側に今熊野遺跡があります。※今熊野神社のしだれ桜はお見事。 縄文と熊野は関係しているから、遺跡があったから神社を建てたような気もします。 熊野信仰は、縄文の系譜を色濃く残しているといわれ、唯一、近畿 [続きを読む]
  • 名取老女と慈覚大師
  • 熊野と慈覚大師は、繋がっています。例えば、名取老女は「旭」とよばれた巫女なのですが、岩沼で生まれたという。「そもそも名取の老女と聞こえしは、即ちその郡岩沼の志賀の里に旭といいし巫女なり」(福島県伊達郡大聖寺縁起より)その岩沼の志賀に天台宗の慈覚大師(円仁)が開いた古刹がある。まだ調査中なので、詳細わかったらお伝えしますが、東北地方には、慈覚大師開山のお寺がたくさんあります。他にも、那智神社のある高 [続きを読む]
  • 下余田の熊野三社
  • 紀州熊野の自然に抱かれ育まれた熊野信仰は、熊野本宮、熊野新宮、熊野那智の三大社を信奉しています。各地方へは三社が合祀されて伝えられるのが通常ですが、 名取では三社それぞれが勧請されました。高舘にある勧請の三社がそれであり、 下余田にある熊野三社も忘れがたいものです。これは、紀州熊野に参詣を欠かさなかった老女によって最初に勧請され、その後に高舘の3箇所に奉遷したものと伝えられています。(名取市史)名取老 [続きを読む]
  • 名取老女の伝説 その1
  • 東北地方には熊野信仰が多く伝わっています。 全国の熊野神社の4分の1(736社)が東北地方にあるといわれていれています。名取市には、名取熊野三社があります。 熊野新宮、本宮社、那智神社の総称で、東北の熊野信仰の中心であり、 各三社を地理、方角に同様にセット状態で勧請しているのは珍しく全国の熊野信仰でもここだけという。ここまで熊野信仰が盛んになったのは、熊野老女という女性が関係しているといいます。名取 [続きを読む]
  • はじめに
  • 宮城県名取市には、熊野三社を勧請した「名取老女」伝承があります。名取老女は、光を与えた人と伝わります。名取老女と共に東北の熊野信仰がどのような発展をもたらしたのか興味をもちはじめたのは、かつて熊野の荘園地だった所に住み始めてからです。高舘から吹く山からの風が、閖上までの通り道となり我が家をつらぬいている。その風に、かつての面影を感じるのです。そして名取老女がどんな人か知りたい欲求は、叶えられたので [続きを読む]
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