花菜 さん プロフィール

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花菜さん: EMDRを受けて生まれて初めて母親を愛した私
ハンドル名花菜 さん
ブログタイトルEMDRを受けて生まれて初めて母親を愛した私
ブログURLhttp://sinagawa11.mixh.jp
サイト紹介文母から幼児虐待を受け、複雑性PTSDになる。EMDRを受けて50年以上前のトラウマを克服。
自由文私がこれまでに歩んで来た道と受けた虐待。EMDRの素晴らしい効果。
趣味はテニス、バードウォッチング、家庭菜園、手芸
夫とペットの犬や鳥、魚と暮らしています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供69回 / 32日(平均15.1回/週) - 参加 2017/07/22 09:56

花菜 さんのブログ記事

  • 小学6年生になった娘の症状が
  • 6年生になる時の学校との話し合いで、男の先生では父親を思い出すきっかけになっていること。又、学年主任の女の先生はとても良い先生でしたが、口調が厳しすぎるから避けた方が良いでしょうとの先生自身の配慮で、他の学校から移動してきた先生が担任になりました。この担任の先生は後に校長も手を焼くほどの問題のある先生だったのです。「馬鹿」と言う方言を平気で児童に言う、自分が間違っているのに認めない、間違っているこ [続きを読む]
  • 複雑性PTSDの症状の悪化
  • 2003年1月に再婚をしました。引っ越しの際に元夫とつながりのある人とは全て縁を切り、私達の居場所を知る人がいない様にしました。そして引っ越してすぐ警察署に出向き元夫は何をするかわからない人であることを訴え、住民票に一般の人が触れられないように住民票のロックをかけました。元夫から距離を置いたことと支える人が出来たことで落ち着いたのではないかと考える人もいると思いますが、一般的なPTSDと同様に複雑性PTSDも [続きを読む]
  • 出逢い
  • 時は少し遡りますが、PTSDになった私にも嬉しいことがありました。部屋の片付けをしていたある日のこと、一枚の絵葉書を見つけました。大きな樹木が優しいタッチで描かれた物で、大学時代の男の友人から届いた物でした。その絵を見た時、優しさで包まれている様な感覚になりました。その友人はとても暖かい人だったことも思い出しました。ふと、私の今の状況をわかって欲しいという気持ちが出て来て、メールで連絡をしてみました。 [続きを読む]
  • 小学5年生の娘と学校の対応
  • 娘が入院したのが、4年生の終わりでした。4年生の担任の先生が産休に入るために、5年に進級する際に4年の学年主任の先生に娘の状態を伝え、文書も渡しました。しかし、学年主任の先生はどんなに重要な内容なのかを理解できなかったことと、自分なら何でも出来るという物凄い自信の持ち主だったため、校長先生にも何一つ報告をしませんでした。5年生になり、最初はその先生を信頼してこちらからは細かく連絡を取っていたのですが、 [続きを読む]
  • 娘の状態
  • 2002年7月、母親の私がPTSDになった後、8月の末に娘が殺し屋から襲われると言う夢を見ました。そして「ママを殺せ」などと言う声が聞こえ始め、彼女を苦しめました。そして、私の主治医だったT先生に診察をお願いしました。先生は「声は聞こえているのでしょう。とにかく楽しいことをたくさん経験させてあげててください」とのアドバイスをいただき、冬休みには映画を見に行ったり、ゲームセンターに行ったりして遊びました。そし [続きを読む]
  • 魚の賢さに驚き!
  • 以前、ボトリウムで飼っていると紹介したアカヒレという魚の「トト」一日置きにご飯をあげます。毎日じゃなくて本当に可哀想なのですが、ここはボトリウムで飼うために守らなければならないので、じっと我慢です。その「トト」のご飯を小さいジャムの瓶に入れているので、開けるときにカチャッと音がするのです。すると、その音を聞きつけて「トト」が「早くご飯ちょうだい」とでも言うように、私の方に顔を見せるようになりました [続きを読む]
  • 複雑性PTSDになったきっかけ その2
  • とにかく1日でも早く、彼とは関係のない所で暮らしたかったし、本当は援助も受けたくありませんでした。(これは養育費と慰謝料でしたが)彼の主治医からも頼まれていたことで「今の彼にとっての生きがいは私たち2人の生活を支えることだから、援助は受けてあげて下さい」と。とにかくがくっと落ち込んでしまった私は診察に行き、その時点では主治医から「2週間位で治るでしょう」と言われその足で実家に行きました。着くまでは気が [続きを読む]
  • 複雑性PTSDの発症のきっかけ その1
  • 2002年7月とても落ち込んでいます。一昨日、元夫が私の両親に謝りに行きたいと言ったのがきっかけでした。両親と元夫との間にどんな話があったかは知りませんが、父は彼を「ずいぶん変わった」と評価をしていました。1年やそこらで変わる位の簡単なものでは無いのを私はよく知っています。根本的には何も変わっていない。感情も育っていないし、自分を責める言葉を私にまで平気で伝えてくる。もちろんそれを読んで私が何を感じるか [続きを読む]
  • 複雑性PTSDになった経過 その2
  • 2001年1月ごろより別居の話が出ていましたが、話せば話すほど夫のおかしさに疲れ果てて行きました。5月には夫のADHDで通っていたSクリニックの医師より「私はあなたの主治医ではないけれど、あなたの方が限界です。主治医と相談をして入院をした方が良いと思います」と言われました。そしてやはりY病院の主治医からも入院が言い渡されました。家の中がめちゃくちゃで大変な中、娘は必死にピアノのコンサートに向けて練習をしていま [続きを読む]
  • 魚の賢さに驚き!
  • 以前、ボトリウムで飼っていると紹介したアカヒレという魚の「トト」一日置きにご飯をあげます。毎日じゃなくて本当に可哀想なのですが、ここはボトリウムで飼うために守らなければならないので、じっと我慢です。その「トト」のご飯を小さいジャムの瓶に入れているので、開けるときにカチャッと音がするのです。すると、その音を聞きつけて「トト」が「早くご飯ちょうだい」とでも言うように、私の方に顔を見せるようになりました [続きを読む]
  • 複雑性PTSDになるまでの経過 その1
  • 1994年(結婚8年目)から体が冷えて動けなくなるなど様々な体の不調が出て、その後かかりつけの医師より「心身症」と診断され、デパス3錠を投与されました。夫の問題は抱えていたものの、この医師が夫と同じ職場だったために何も告げられずにいました。一度だけ訴えた時に、上手く伝わらず「あれだけ働いているのだから、休日には休ませてあげて当然。あなたのわがまま」と言われてしまい、その後は話すのを諦めました。1998年、 [続きを読む]
  • 夫と暮らしていて何が辛かったか
  • 私自身は夫を信じ何度約束を破ろうが、いつかは変わってくれると長い間やって来ました。しかし、夫は変わること無く、もう信じられないんだという気持ちが段々強くなって行きました。子供との関係も全く出来ず、子供は私が一度も言ったこともないのに「パパはお金を持って来てくれるだけだね。」とはっきり口で表しました。それだけのことを言われても夫の態度はいつも三日坊主。その後出来ないことの反省は無く、開き直りと人を責 [続きを読む]
  • 夫が取り続けていた言動とは
  • 12年間にわたり、毎朝職場の人の悪口のオンパレードで「やめて」と言ってもやめてくれませんでした。自分の一方的な話ししかせず、他の人(娘)が話したくても気がつきません。自分から話を振ったりして、家族の話を聞くことが出来ないのです。暗い態度や怒りの態度が人に嫌な思いをさせていることも、自分がそういう態度を取っていることも理解が出来ず「そんなつもりはない」と言います。5分前に自分が言ったことも聞いたことも [続きを読む]
  • 父親の役割を求められた夫が
  • 娘が生まれてから、夫に父親としての役割を求める様になると次々に問題が起きて来ました。当時にまとめた文章があるので、それをもとに書いていきたいと思います。仕事で夜中にならないと帰宅出来ないし、日曜日も出勤しないと仕事を終わらせることが出来ません。(決して、ブラック企業ではありません)たまに家に居る日曜日は、自分の部屋の片付けをしていて、シュレッダーを一日中かけています。子供が遊びたがっている気持ちもわ [続きを読む]
  • 就職から出産まで 初めての鬱
  • 大学を卒業して「患者の立場に立つ医療」をモットーに掲げている医療機関に事務職として就職しました。理想に燃えた私が目指しているものと、現実とのギャップ、上司や同僚の仕事の出来なさに不満がたまり、上司や同僚に対しては生意気な態度を取っていました。一方、新人を育てるのに慣れていないスタッフ達からは出る杭は打たれるの実践の如く頭を叩かれ続けました。さらに、「てんかん」の正しい治療をしてくれる先生と初めて出 [続きを読む]
  • 虐待にあった人に気をつけて欲しいこと
  • 今回、N先生とのことを初めて文章にまとめてみたのですが、読んでみると、私の取った行動は明らかに異常ですね。小学6年の担任のH先生にも、近寄らなくていい所で近寄っていました。しかし、H先生に対しては理想化はしていませんでした。でも、N先生に対しては間違った知識も鵜呑みにしてしまうし、何より自分の選択で近づいて行った経緯が凄く怪しいですね。N先生に対しては理想化に近いと思います。二つの考えが頭の中にあ [続きを読む]
  • 大学時代 悩み尽きない病とまたもや・・・
  • 人間関係が上手くいく一方で「てんかん」の方は災難が続いて起こりました。大学ではまだかかりつけ医を見つけていなかったので、いつも帰省中に薬を貰っているかかりつけのクリニックへ行き「てんかんの薬を下さい」と受付で言いました。すると、医者が診察室から飛び出して来て「あんたは『てんかん』なんかじゃ無い!」と怒鳴ったのです。私自身は脳波の検査で「てんかん」だとわかっています。医者が診察室から飛び出して怒鳴る [続きを読む]
  • ソラナックス
  • 先日、鬱が再発したことをお伝えしましたが、意欲の低下がかなり酷いです。歯磨きや洗顔の様に簡単なことでも、考えるだけで「めんどくさい」「やだやだ」何とか出来ても「疲れた」出るのはため息ばかり。臨時で診察に行って来ました。私の希望としては抗うつ剤の追加か変更だったのですが。担当の先生は「抗うつ剤はこの間足したばかりだし、時間もかかるから。」と抗うつ剤の変更等には否定的な様子。「そうですね。抗不安薬を追 [続きを読む]
  • 大学時代 大きな転機
  • 親の勧めもあり、大学の寮に入りました。寮は基本的には4人部屋で3年の先輩一人と1年生3人。たまたま私の部屋は1年生が二人しかおらず3人部屋でした。二段ベッドが二つと勉強机。真ん中に畳が敷いてあって、食事をしたり、お喋りをしたりするスペースです。先輩とはすぐに打ち解けて5月位からはお金を出し合って朝食を作って食べたりということもしました。キャベツの千切りをよく食べていた様な記憶があります。寮は共同生 [続きを読む]
  • ドクターシーラボ
  • 私は化粧品にドクターシーラボを使っています。中でもお気に入りが化粧水のVエッセンスローションです。何と言っても、効き目が凄いのです。ある時、眉の近くに黒みを帯びたホクロの大きい様な物が出来たことがありました。これは皮膚科に行って相談しないと駄目かなと思っていたのです。でも、試しにドクターシーラボのVエッセンスローションを使い、黒みを帯びた所にも丁寧に馴染ませることを続けると、段々小さくなり、しまい [続きを読む]
  • 高校時代 待ち受けていた困難
  • 希望通りに家から歩いて5分という高校に入学することが出来ましたが、自分の中で高校は大学へ行くためと単なるステップに過ぎないという思いからか、中学と比べて記憶が非常に希薄です。中学時代の学年の先生は大抵思い出せるのに、高校の先生は良くも悪くも印象的だった先生だけでしかもそのワンシーンしか思い出すことが出来ません。今考えてみても、日本史の授業があったのかさえも記憶にないのです。これは後に起こる出来事と [続きを読む]
  • 一番楽だった中学時代
  • 受験に失敗したので、みんなと同じ公立の中学へ行きました。担任の先生から「あなたは問題児という報告が(小学校から)来ています」と言われ、「又、ここでも同じ様な扱いを受けるのか」とショックを受けましたが、それ以後は何事も無く過ごすことが出来ました。中学も出来て2年目の学校だったため、校風や厳しい規則も無く、3年間を通して自由に送れた様に感じています。勉強はそこそこ出来ましたが、人間関係は相変わらず幼稚で、 [続きを読む]
  • 何故 わざわざ近づくの?
  • H先生とのことで、後から考えるとどうしても不可解なことがあります。一つ目は課内のクラブ活動です。私は手芸が好きでしたから、手芸クラブに入っています。しかし、その担当は何とH先生だったのです。もちろん、クラブでも虐めは行われました。せめて、先生から逃げる選択をするべきだったと思います。二つ目は卒業後に元のクラスで集まる機会があった時、やはり私は参加しているのです。もちろん先生も来るわけですから、何故欠 [続きを読む]
  • 困った 鬱の再発と娘の解離
  • 床に横たわったまま、ブログを書いてます。昨日から具合が悪くなり、鬱の悪化です。昨日からと言うより、6月の下旬位から、悪化しては抗うつ剤を変更したり、足して貰ったりして、何とか浮上して来たのに、明らかに意欲の減退で「何もしたくない」状態です。原因ははっきりしていて、先日も主治医から「貴女の場合は娘さんの問題が片付かないと無理かな」と言われたばかりなのです。娘も私と同様に複雑性PTSDで、私が一番症状が酷 [続きを読む]
  • 小学6年 中学受験までも妨害 取られた手段とは
  • 家にも学校にも居場所がなく、両親は先生の味方なのでどんなに辛くても相談することは出来ませんでした。唯一の救いだったのがトップレベルの進学塾。電車に乗り片道一時間半、月、水、金と通いました。一番好きだったのが算数で、難しい問題を解くのが楽しくて、答えが出た時の達成感は何とも言えないものがありました。家でも、朝早く起きて朝食前に1時間、夜も遅くまで勉強していました。塾の帰りは家から最寄りの駅に着くのも9 [続きを読む]