三上篤 さん プロフィール

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三上篤さん: 三上篤の思想世界
ハンドル名三上篤 さん
ブログタイトル三上篤の思想世界
ブログURLhttp://mikamiatsushi.blogspot.jp/
サイト紹介文市井の思想家。1978年生。京都大学卒業。思想、言語、瞑想、宗教、笑いについて。毎日更新中。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供60回 / 57日(平均7.4回/週) - 参加 2017/07/29 00:12

三上篤 さんのブログ記事

  • 最近小説を書いている
  • 最近小説を書いている。人物描写がむずかしい。情景描写がむずかしい。世界設定がむずかしい。むずかしいことばかりだ。慣れもあるのだろうが、私は慣れていない。私が小説を書くとどうしてもエッセイのような文章になりがちである。小説の文体というものをまだ掴んでいないように思う。どうしたら上手い小説を書けるのかもまだわかっていない。とにかく数をこなすしかないのかもしれない。数をこなすと言っても良質なものを書きた [続きを読む]
  • マインドフルネスについての考察
  • マインドフルネスとは、「今の瞬間」の現実に常に気づきを向け、その現実をあるがままに知覚し、それに対する思考や感情にとらわれないでいる心の持ち方である。以上は、下記ウェブサイトから引用した。http://www.nhk.or.jp/special/stress/02.htmlこれはどうだろう、瞑想にも似ているように思うが、スポーツ選手などに向いているのではないだろうか。なんとなくだけれども、野球のイチロー選手などの心境がこのようなものではな [続きを読む]
  • ゼロ年代というものとポストモダン
  • 一部ではゼロ年代というものがあったらしいが、私は、ゼロ年代は文化を年代で語ることが、終わった時代だと思っている。それでもあえてゼロ年代を特色付けるならば、ゼロ年代は多様性の時代だったと私は思う。失われた10年とか20年とかは、幾分、経済主義的な見方であまり好きではない。ゼロ年代は漫画、アニメ、ゲームなどの文化が多様化した時代で、新しいものが生まれた時代だと言うよりは、収穫の時代だったと言っても良いだろ [続きを読む]
  • 笑いの全体主義
  • 笑いの全体主義、言い換えれば笑いのファシズム、とでも言うべき状況は大分以前からやってきているように思う。それは、人はおもしろくなければいけない、人はユーモアを持たなければいけない、という状況、風潮のことである。良きユーモアは全体主義、ファシズムを否定する力があるようにも思うが、そうではないユーモアもあるだろう。ユーモアを持つということに比べて、おもしろくなければいけないということは動物的であり、非 [続きを読む]
  • 夢と現実
  • 何故人は眠っている時、夢を見るのだろうか。それは、多分、夢をつくり、それを見せている自分がいるからだ。それでは、何故人は眠っている時、夢をつくり、もう一人の自分に夢を見せているのだろうか。また、何故人は起きている時に、夢を見ないのだろうか。白昼夢という言葉があるが、起きている時に夢を見たことのある人はいるのだろうか。多分、私は、起きている時に、夢を見たことはないと思う。夢は現実と本質を同じくするの [続きを読む]
  • 夢を批評する自分と夢をつくる自分
  • 眠って夢を見ている時、夢を見ている自分とは別にもう一人、それを批評している自分がいるような気がしている。それどころか、さらにもう一人、批評している自分と相談して夢をつくっている自分がいるような気がしている。不思議な感覚だ。例を使って、夢について書こうと思っていたけれども、僕は、大抵の夢は起きると忘れてしまう。今日も、夢を見ていたのだが、この文章を書く時には、忘れてしまっていた。しかし、上述のことと [続きを読む]
  • 夢はカラーか白黒か
  • 眠っている時に見る夢はカラーだろうか、白黒だろうか。例えば、今、林檎を想像してみる。その色は、赤だろうか白黒だろうか。赤と言えば赤だし、白黒と言えば白黒だし、曖昧なものではないだろうか。起きてから思い出す夢もそのようなものではないかと思う。眠っている時には、カラーの夢を見ているのではないだろうか。私はカラーの夢を見たことを覚えていることがある。多分だが、ある程度深い眠りにありながら、幾分覚醒してい [続きを読む]
  • 論理学と分数と確率
  • Aの大きさを|A|とする。|A|/|有|(有は存在全て、universe)という分数は、確率P(A)のようなものを表しているように思う。もし、|有|が無限大で、|A|が有限ならば、通常の数学では、|A|/|有|は0だ。しかし、ある有限数/無限大は、無限小であり、0とは異なるのかもしれない。|A∧B|/|B|は確率P(A|B)のようなものを表しているように思う。確率P(A|B)の「A|B」は「BならばA」ということだ。また、P(A)>0であることは、1つのAは存在す [続きを読む]
  • 一階述語論理と集合論
  • (A 1[B 2) 3] 4丸括弧がA、角括弧がB、1、2、3、4はそれぞれの領域を表す。すべてのAはBであるということは、AかつBでないということはないということだ。AかつBでないことはあり得るということは、((1) (1 2) (1 3) (1 4) (1 2 3) (1 2 4) (1 3 4) (1 2 3 4))と、集合の集合によって表すことができるように思う。これは、((無) (2) (3) (4) (2 3) (2 4) (3 4) (2 3 4))の否定である。このことは、一階述語論理において、AかつBで [続きを読む]
  • 論理学の二つの選言
  • (1 2)と(2 3)の選言には、(1 2 3)と((1 2) (2 3))の二つの選言があると思う。日常の言語で選言「か」等を使う時、その意味は両義的であり、前者の選言を意味することも、後者の選言を意味することもあるように思う。例えば、スプーンかフォーク、と言う時、スプーンとフォークの集まりを示す前者の選言を意味することも、スプーン自体かフォーク自体か、とでも言おうか、後者の選言を意味することもあるように思う。後者の選言は、 [続きを読む]
  • 論理学の順序
  • 論理学に現れる諸概念に順序というものがあり得るだろうか。例えば、次のようなものはどうだろうか。最初に無がある。言い換えれば、最初に無い。そして、連言があり、必然があり、選言がある。否定は、無への必然である。無を必然する無は、有(存在すべて、universe)である。そんな風に思う。 [続きを読む]
  • 日本語の「し」は「shi」か「si」か
  • 日本語の「し」は「shi」だろうか、「si」だろうか。仮に、日本語の「い」は、英語の「i」と「yi」の中間にあるとすれば、日本語の「し」は、「shi」よりも「si」と記す方が適切かもしれない。つまり、日本語の「し」は、その子音は、「sh」ではなく「s」であり、英語と日本語の母音の違いにより「s」が「sh」に聞こえるということだ。また、日本語の「し」を「shi」と記すのは英語風表記であって、国際的表記だとは言えないかもし [続きを読む]
  • 日本語のら行の子音は「L」か「R」か
  • 英語の「L」は舌が閉じている音、「R」は舌が開いている音だ。日本語のら行の子音は、舌が閉じている瞬間と開いている瞬間があるが、これは、日本語には「L」と「R」を区別する必要がないから、楽に発音するために途中から舌が開いているのだと思う。そうだとすると、日本語のら行の子音は、「L」を楽に発音していることになるのではないだろうか。他の外国語ではどうだろうか。フランス語では、確か「R」は喉の奥の方で発音する音 [続きを読む]
  • 言語の始まりは音か画か
  • 例えば犬はその鳴き声で何かが存在することを表現しているだろうか。私は、犬は表現をしているのではないと思う。犬は、その鳴き声の結果、起きることを想像して鳴いているのだと思う。犬が鳴くのは言語よりは音楽に近いと思う。犬が鳴くのは表現よりは反射に近いと思う。人の言語の始まりは音だろうか、画だろうか。人の言語の始まりは音だと考えている人は多いと思うが、果たして本当にそうだろうか。原始の人は獲物等を見つけた [続きを読む]
  • 現在には0.1秒程度の幅があるのではないか
  • 現在には0.1秒程度の幅があるのではないか。0.1という数字は適当に選んだ数字であまり根拠はない。実際には、0.5秒かもしれないし、0.02秒かもしれない。現在は、過去、未来に対して、点のように思われることが多いように思う。特に、物理学ではそうだろう。私が問題にしたいのは、主観的な時間だ。主観的な時間では、現在は、0.1秒程度の幅を持っているのではないかと思うことがある。そうだとすると、ある意味では、人は0.1秒程 [続きを読む]
  • おもしろいことは大切か
  • 現代では、会話であれSNSであれ、笑い(ユーモア)が大切だとされているように思う。しかし、おもしろいことはそれほど大切なことだろうか。私は、おもしろいことはうつくしいことの前では、その価値を失うようにも思う。うつくしいということはおもしろいということより、実践することがむずかしいことのように思う。むずかしいから価値があるのではないが。僕にとって、テレビがあまりおもしろくないのは、おもしろくしてやろう [続きを読む]
  • おもしろくないことを書く
  • おもしろいことを書きたいな。おもしろいことを書くのは、おもしろくないことを書けばいいと書いたけれども、おもしろくないことを書くというのもそれなりに難しいことだな。おもしろくないことってどんなことだろうな。クリシェって普通はおもしろくないよな。ことわざもおもしろくないかもしれないな。犬も歩けば棒に当たるとか。しかし、これは偶然下げになっているかもしれないな。もっとおもしろくないことがいいな。今、音楽 [続きを読む]
  • 笑いとは
  • おもしろいことは、おもしろいと決めてしまうと、おもしろくなくなるように思う。おもしろくないと思っていることの中に、おもしろいことがあるように思う。このことは不思議なことだ。一度、おもしろくないと思ってもらわないと、おもしろいと思ってもらえないということだ。Twitterでもブログでも同じことである。(ほんとかなあ…)だから、おもしろいことを書くためには、おもしろくないことを書かなくてはならない。どんどん [続きを読む]
  • SNSと笑い
  • Twitterを始めて思ったのだが、結構、自己完結的投稿をしてしまうし、そうする人が多いような気がする。そこでよく見かけるのが、ボケ倒しと、ボケ倒れだ。倒してくる人もいるが、倒れてくれる人も、結構、多いように思う。私は、ボケ倒しより、ボケ倒れの方が好感が持てる。ボケ倒しは少し疲れる。優しい人はボケ倒れをしてくれるが、これがまた問題だと思っている。しかし、ツッコミ不在である。ツッコミのないボケ倒れは多分鬱 [続きを読む]
  • ツッコミ不在のボケ社会
  • 最近、どうもツッコミよりもボケの方が強いような気がしている。これは、ツイッターを始めて思ったことであるが、あまり観ないけど、テレビでもそうなのかもしれない。社会にツッコミのないボケが多い。この状況をボケ社会と呼んでみたい。ボケ倒れのダダ崩れである。これはまずい。原因を考えてみると、ダウンタウンかなあ、と思う。松っちゃんの多分有名なボケ「わろとけ、わろとけ」にしても、浜ちゃんは、「なんでわろうとんね [続きを読む]
  • 笑いについて、笑いの形式で語る
  • 最近、どうもツッコミよりもボケの方が強いような気がしている。あれ?、なんて名前だっけ?髪をかきあげて、弁護士の人…インターネットで調べてみた。「髪 弁護士 バラエティ」で検索したらトップに出た、湯浅卓弁護士(怖ッ)。彼にツッコめる人が少ないよね。(少し古いか…)とりあえず、「なんで髪型気にしてんねん」、とでもツッコんでおこう。トップに出たのがWikipediaだったので、ちょっと読んでみるよ。年は61歳か… [続きを読む]
  • 大阪都構想と笑い
  • 東京都にはエリートが集まるだろう。東京都の偏差値は高いだろう。まともにぶつかっては大阪府には勝ち目はないだろう。対抗したいところを、あえて、大阪都と被せてくるとは、これはなかなかの笑いだと思う。笑いは大切なことだ。仏像も笑みを浮かべているものが多いし。笑いは哲学的に言えば止揚(aufheben)だろう。ボケが矛盾(間違い)で、ツッコミが止揚(訂正)だろう。このことは大切なことだと思うが、大阪はツッコミを政 [続きを読む]
  • 実験小説A
  • 分量の少なきを憂えず、自然除外されたことになったが、推理推論をもってこれを包んだ。それがあり、遥かに多く神の働きについて知ることができた。すべての地上の影響力を超大化する新たな方法。自由自在に暴ばれさせる愚か、一つの国が内部分裂、できよう。素晴らしい。しかし君はGというと自分のGのことしか頭にない。客観的にならなければならないだろう。記す者の仕事は他人の心。付合う君には実は他にも何かある。この機会を [続きを読む]
  • 瞑想することの形と内容
  • 以前、瞑想するのに、目を瞑る必要はないのではないか、ということを書いたことがあると思う。目を開けて瞑想しても、深く思考する時は、視覚は意識から外れることが多いので、それは、目を閉じる瞑想とあまり変わりはないように思う。視覚もまた重要な思考対象だと思ってはいるが、人の考え自体は、ほとんど言語的なのではないかと思っている。瞑想と言えば、形が問われることが多いように思うが、形よりも内容の方が大切だろう。 [続きを読む]
  • 神の偶像を否定する
  • 偶像崇拝を否定するのであれば、神の偶像は否定しなければならない。例えば、キリスト教では、十字架に磔になったキリストの像がある。この像は、「苦」を表現しているので、本質的に、否定的だろう。また、キリストは磔になった後、復活するので、この像は、本質的に、「無」を表現しているように思う。だから、キリスト教では、神の偶像を否定しているように思う。この観点では、神の偶像をつくってはいけない、という旧約聖書よ [続きを読む]