興浜(おきのはま)で候  さん プロフィール

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興浜(おきのはま)で候 さん: 興浜(おきのはま)で候 
ハンドル名興浜(おきのはま)で候  さん
ブログタイトル興浜(おきのはま)で候 
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/okinohama
サイト紹介文興(こう)ちゃんの手掘り郷土史
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供11回 / 30日(平均2.6回/週) - 参加 2017/07/29 20:47

興浜(おきのはま)で候  さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 山本家住宅 (その11 金庫室)
  • 6畳の和室で1間の床の間と金庫がある部屋です。事務を行っていたと伝わっている部屋です。網干銀行又網干町関係の方とのお金に関する話し合いや、莫大小(メリヤス)工場を経営していたので商談等お金に関する話し合いに利用した部屋なのでしょうか。大きな金庫が備え付けられています。竹内金庫製である事は間違いないようなので、「鍵神博士」http://www.afrocontempodancetheater.com/ さんからからそのまま掲載させて頂きます。 [続きを読む]
  • 山本家住宅 (その10 離れ和室8畳,6畳)
  • 洗面所のステンドグラスを背に庭の方に廊下づたいに行くと、平屋建ての離れ和室です。この和室は数寄屋風書院造りで、8畳6畳の続き間になっています。和室は、床の間の設えで真・行・草と格式を分ける事ができますが、ここ山本家もこの和室が真の和室、このあと案内致します2階南側の和室が行の和室、2階北側の和室が草の和室になっていると思われます。床の間の材料やつくり等の違いを楽しみながらご覧下さい。8畳床の間の床柱は [続きを読む]
  • 山本家住宅 (その9和室6畳)
  • 6畳の和室の紹介です。ステンドグラスがある廊下や洗面所を通り過ぎて、庭に面した数寄屋風和室の離れ和室に向う動線とは違う奥まったところにこの6畳の和室があります。この和室の南側には、山本眞蔵氏が長男の博通氏の婚礼の為だけに建築したと伝わる、15畳の平屋の和室が有り、昭和30年初頭に興浜の大工によって興浜金刀比羅神社前の仕出し魚屋の「まる万」の2階部分に移築されています。この話は、シリーズ終了後番外編として [続きを読む]
  • 山本家住宅 (その8洗面所)
  • 洗面所をご案内します。日本中探してもここにしか無いであろう、聚楽壁に埋め込まれた437枚の大和絵が描かれた貝が訪れた者を驚かせてくれます。この大和絵が描かれた貝は、風聞では京都の美術商から購入したという事です。離れ和室から洗面所に向かう時に突き当たる壁面にはステンドグラスがはめ込まれています。このステンドグラスを洗面所内部から見たのが下の写真です。洗面台は大理石を使用し、洗面部分は綺麗なマジョリカタ [続きを読む]
  • 山本家住宅 (その7ステンドグラス・浴室)
  • 洋館部分の”応接室”・”書斎”と和室部分である”離れ和室”の動線上に水廻り関係の”お手洗い”・”浴室”・”洗面所”があります。”お手洗い”を過ぎて天井を見上げると、おしやれな六角形のステンドグラスが現れます。天窓(トツプライト)からの自然光を取り入れる構造となっています。当時としては斬新なアイデアだったと思われます。自然の光でぬくもりを感じる事が出来るようになっています。この家を訪れたゲストの皆さん [続きを読む]
  • 山本家住宅 (その6廊下・お手洗い)
  • 応接室・書斎の洋館から和室への動線部分の廊下のしつらえも見所となっております。タイトル写真は、大正期独特のゆがんだ窓ガラスで、いま日本では作られていない貴重なものです。桟も一つ一つ面取りをして、高級な仕上げとなっています。明治時代に本格的に導入されたガラス戸は近代和風建築の重要な要素です。ガラス戸越しに見える風景が新時代の風景であったのでしょう。ガラスの表面の凹凸のせいで歪んで外の風景が見えます。 [続きを読む]
  • 山本家住宅 (その5書斎)
  • 今回は書斎です。タイトル写真は、山本家住宅の見所のひとつである、植物の曲線を取り入れたアールヌーボー風ステンドグラスの出窓です。部屋からと外側からの写真を並べています。山本家のステンドグラスは、大阪の宇野澤ステンド硝子製作所が製作したようです。※明治23年宇野澤辰雄がドイツ留学より帰国。帰国後東京でステンドグラス製作を開始。  明治39年宇野澤ステンド硝子工場設立。(宇野澤辰雄・辰雄養父宇野澤辰美・別 [続きを読む]
  • 山本家住宅 (その4応接室)
  • 山本家住宅は、玄関から入ってすぐ左側の応接室とその奥の書斎と階段室が洋室の設えになっています。その他の部屋は中には窓が洋風である和室もありますが、基本は和室です。全ての部屋に言える特徴は、当時としては天井が高い事と、銘木が使用されている事です。それぞれの部屋が特徴を持ち、他の部屋に無い設えになっている事に驚きを感じます。まずは、応接室をご案内致します。床は寄木細工、壁は玉杢(たまもく)の楓(かえで)材 [続きを読む]
  • 山本家住宅 (その3玄関)
  • 今も昔も、玄関床に敷かれた大理石を見て驚かなかった方はいないでしょう。明治大正時代、上がり框(かまち)に正座し、頭を下げて来客を出迎えていた状況からすれば、ここ山本家住宅での玄関でのお出迎えは立ったままでの状態であり、当時としては不思議な世界だったかもしれません。ただし靴を履いたままで屋敷内に入る正式な洋館と違い、洋室と和室が混在する為、靴を履いたままで屋敷内に入る事はなかったでしょう。この玄関ホー [続きを読む]
  • 山本家住宅 (その2玄関前)
  • 今回は正門をくぐり玄関前からです。玄関は唐破風(からはふ)屋根になっています。玄関まわりは檜(ひのき)材を使用しています。その前に少し私のライフワークである、興浜の金刀比羅神社について触れたいと思います。山本家の前の網干1号線の道路を隔てて北側に祀られています興浜の金刀比羅神社は、大正時代に大規模な改修工事が行われました。その時に多額の寄付をしたのが、金刀比羅神社に崇敬が厚かった山本家当主の山本眞蔵氏 [続きを読む]
  • 山本家住宅 (その1外観・正門)
  • 久しぶりの投稿となります。去年から第1,3日曜日に公開されている姫路市網干区興浜70番地の山本家住宅についてシリーズで投稿する予定です。その1として外観と正門について書いてみます。タイトル写真は、金刀比羅神社東側から高所作業車を使用して少し高い角度より撮影した写真です。右奥の大屋根は大覚寺です。左上の煙突はダイセルです。山本家住宅は平成元年7月1日付けで姫路市都市景観重要建築物等に第1号で指定されました。 [続きを読む]
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