my さん プロフィール

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myさん: 愛・平和・幸い
ハンドル名my さん
ブログタイトル愛・平和・幸い
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/romakyuzitu
サイト紹介文バイブル(聖書)キリスト教に対する偏見、誤解を正しために。他心理学、交流分析なども書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供26回 / 20日(平均9.1回/週) - 参加 2017/08/03 16:05

my さんのブログ記事

  • 心に留めるもの
  • 「見よ、これこそ新しい、と言ってみても それもまた、永遠の昔からありこの時代の前にもあった。 昔のことに心を留めるものはない。これから先にあることも その後の世にはだれも心を留めはしない。」 (旧約、コヘレトの言葉:1章ー10、11節より)まだまだ続くけだるい言葉の連続。この世のことはすべて知り尽くしたかのように、また目に見える事柄には関心が湧かないかのようにすべての事柄には心を留めるものがないと悟り尽 [続きを読む]
  • もの憂い
  • 「何もかももの憂い。 語り尽くすこともできず 目は見飽きることなく耳は聞いても満たされない。 かつてあったことは、これからもありかつて起こったことは、これからも起こる。 太陽の下、新しいものは何ひとつない。」 (旧約、コヘレトの言葉:1章ー8、9節より)著者の倦怠感、不満足感、マンネリ感が伝わり、人生を悟りきり、かえって躍動感や創造意欲が湧いてこないもの憂いな感じがする。著者は一種のネガティブ感に陥り [続きを読む]
  • 日は昇り 日は沈む
  • 「日は昇り、日は沈み、  あえぎ戻り、また昇る。 風は南に向かい北に巡り、めぐり巡って吹き 風はただ巡りつつ、吹き続ける。 川はみな海に満ちることなくどの川も、繰り返しその道程を流れる。」 (旧約、コヘレトの言葉:1章ー5〜7節より)被造物である自然にはあまり関心もなく、たんたんとその動きを見つめる。日常ありふれたことにはさほど感動は覚えない。その心の内面には何かを感じ、訴えたいものがある。空しさだけ [続きを読む]
  • 太陽の下の労苦
  • 「太陽の下、人は労苦するが すべての労苦も何になろう。一代過ぎればまた一代が起こり 永遠に耐えるのは大地。」 (旧約、コヘレトの言葉:1章ー3、4節より)古代イスラエル人には、太陽の下でも労苦は消えずずっと代々続いていくもの。大地は永遠に続くのかなと懐疑的。日本人は太陽や大地のあらゆるものを崇めるが、太陽や大地が神ではないことを知っているイスラエル人には自分の身近にあるもの、目に見えるものには永遠なる [続きを読む]
  • コヘレトの言葉
  • 今回から旧約聖書の「コヘレトの言葉」の中から感銘を受けた言葉を抜粋してコメントを書いていきたい。以前は「伝道の書」と訳されていたが共同訳ではこのようになった。いずれも意味合いは同じである。本書の成立は紀元前250年頃とされている。長い間伝承されてきた教訓や言葉で優れたものを編集し、正式に旧約聖書に組み入れられた。「エルサレムの王、ダビデの子、コヘレトの言葉。コヘレトは言う。なんという空しさ。なんという空 [続きを読む]
  • 権威ある教え
  • 「イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに 非常に驚いた。彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者 としてお教えになったからである。」  (新約、マタイによる福音書:7章ー28.29節より)律法学者とはユダヤ教ファリサイ派の指導者と共に尊敬されるはずの人たちであるが、実行は伴わなく上から目線でしか語らない彼らにキリストは今まで何回か書いてきたように彼らを信じていなかった。むしろ、激しく [続きを読む]
  • 家と土台 P2
  • 「わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を 建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いて その家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」  (新約、マタイによる福音書:7章ー26.27節より)前回は岩の上に家を建て、雨、風にも耐えられる賢い人を例にしたが、今回は反対に砂の上に家を建てた愚かな人のことを語っている。ここでは単に賢い人と愚かな人の区別、差別をしてい [続きを読む]
  • 家と土台 P1
  • 「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の 家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いて その家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。」  (新約、マタイによる福音書:7章ー24.25節より)「わたしのこれらの言葉」とは言うまでもなく、今まで語られてきた山上の説教であり、一貫して愛を基調とした福音の言葉でる。岩の上の家を例としているが、説明の余地もな [続きを読む]
  • かの日
  • 「かの日には、大勢の者がわたしに、『主よ、主よ、わたしたちは御名 によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡を いろいろ行ったではありませんか』と言うであろう。」  (新約、マタイによる福音書:7章ー22節より)前項に続くが、かの日とは最後の審判のことを指す。悪者、偽善者詐欺師の言うことだから、出鱈目なことを訴えるのは目に見えている。そんな者どもがいくら神のために大きな働きをしてきた [続きを読む]
  • 天の国に入る
  • 「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけ ではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。」   (新約、マタイによる福音書:7章ー21節より)この項の後にいくほど、ますます分からなくなるバイブルの箇所である。今までは善行や、律法、戒めを行うことで救われる、いわゆる律法主義による行為義認、律法義認ではなく、神の一方的な恵みによる信仰義認を説いてきたのに、ここではあたか [続きを読む]
  • 実によって木を知る P2
  • 「良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶ こともできない。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に 投げ込まれる。このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける。」  (新約、マタイによる福音書:7章ー18〜20節)最後の「その実で彼らを見分ける」とあるように、悪に的を絞って書かれている。一見善と悪の裁きみたいで、気持は良くないが、バイブルはそんなことは書いていない。古代ユダヤではあ [続きを読む]
  • 実によって木を知る P1
  • 「偽善者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたの ところに来るが、その内側は貪欲な狼である。 あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、 あざみからいちじくが採れるだろうか。 すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。」  (新約、マタイによる福音書:7章ー15〜17節より)古代のユダヤにも、偽善者という悪者がいた。狼をたとえにした教訓である。多分この話がもととなって、 [続きを読む]
  • 狭い門
  • 「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、 そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も 細いことか。それを見いだす者は少ない。」  (新約、マタイによる福音書:7章ー13節より)今までの和やかな教えと違い、一見冷たく、禁欲的、非融通的な感じがするが、それは間違いである。今までの話と通じる愛と一貫している。ひと言で書けば、純粋性、福音とはあれもこれもではな [続きを読む]
  • パンと魚
  • 「あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子に石を与えるだろ うか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、 あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を 与えることを知っている。 まして、あなたがたの天の父は、求める者には良い物をくださるに ちがいない。だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、 あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である。」  (新約、マタイ [続きを読む]
  • 求めなさい
  • 「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、 見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、 求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。」  (新約、マタイによる福音書:7章ー7、8節より)超有名な言葉である。何も説明する必要がないほど分かりやすい。あえて書けば、求め、探し、たたくは人生すべての事柄についていえる。しかし、バイブルは福音の本当の幸いを得た [続きを読む]
  • 豚に真珠
  • 「神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に 投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直って あなたがたにかみついてくるだろう。」  (新約、マタイによる福音書:7章ー6節より)ここに書かれている文章の意味はそれなりに分かるが、今までの流れの続きに急にこんな言葉が出て来るとは、少し違和感がある。神聖なものとは今まで説かれてきた福音そのものをいう。その流れとして念押しの一句かも知れない。ほか [続きを読む]
  • 丸太を取り除く
  • 「兄弟に向って、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、 どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。偽善者よ、 まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見える ようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる」   (新約、マタイによる福音書:7章ー4、5節より)バイブルが嫌がられる一つにこうして繰り返してシツコイほどに説いている点がある。よい方に解釈すれば、丁寧で親 [続きを読む]
  • 目の中の丸太
  • 「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の 目の中の丸太に気づかないのか。」  (新約、マタイによる福音書:7章ー3節より)今迄の論調と少し趣を変えて7章からはもっと幅のある様々な問題に触れていく。ここは裁きについての話である。これらをザックバランに書くと、「他人の小さなあらさがしはまめにするが、自分の大きな弱点や欠点に気づかないのか。」と。「人の振り見て我が振り直せ」に似ているが、も [続きを読む]
  • 神の国と神の義
  • 「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、 これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで 思い悩むな。明日のことは明日自ら思い悩む。その日の苦労は、 その日だけで十分である。」  (新約、マタイによる福音書:6章ー33〜34節より)衣食を第一に求めるのではなく、まず、神の国と神の義を求めよと言っている。神の国と神の義とは簡単にいえば、世界を創造し、これらを支配している神とその [続きを読む]
  • 思い悩むな
  • 「まして、あなたがたにはなおさらのことではないか。信仰の薄い者 たちよ。だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』 『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人の 求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみな あなたがたに必要なことをご存じである。」  (新約、マタイによる福音書:6章ー30〜32節より)衣食住(服)は人にとって必要なもので、生きるには欠かせないもの。それをここで [続きを読む]
  • ソロモン王
  • 「しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の 一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は 炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる」  (新約、マタイによる福音書:6章ー29節より)前回の続きになる。今までの理屈っぽい書き方から一転して美しい誌的な文章に変わっている。昔の文語訳ではもっと素晴らしかった。ここは誌的、たとえでもって表現しているのでそれを感じ [続きを読む]
  • 寿命と思い悩み
  • 「あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命を わずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のことで思い 悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。 働きもせず、紡ぎもしない。」  (新約、マタイによる福音書:6章ー27節より)昔「人間は偉大な哲学者も悩んで大きくなった」というCMが流行った。このCMでいう悩みと、この箇所に書かれている悩みとは大きな差がある。CMの悩みは歌の一節 [続きを読む]
  • 空の鳥
  • 「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めも しない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。 あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。」  (新約、マタイによる福音書:6章ー26節より)宗派によっては、太陽、月、天地のあらゆるものを神と崇めるが、バイブルははっきりとこれらは天の父である神によって創造されたと主張している。だからこそその形態や姿、働きは素晴らしいと伝える。 [続きを読む]
  • 思い悩み
  • 「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと。 また、自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも 大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。」  (新約、マタイによる福音書:6章ー25節より)この後に続く長い文節は美しく、有名な言葉が書き連ねてある。ここは、食べ物や衣服はどうでも良いとは書いてない。食物や衣服をどうしようかと考えるのと、思い悩むのとは違う。人生や生 [続きを読む]
  • 神と富
  • 「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を 愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。 あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」  (新約、マタイによる福音書:6章ー24節より)ここは単なる二股を禁じている事柄ではない。バイブルには二人の神が描かれている。モーセたちが信じたエホバなる神と、世の富である。これに両方同時に仕えることは出来ないと言っている。仕える [続きを読む]