季戸あいら さん プロフィール

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季戸あいらさん: 理刹主義-躁鬱病と診断された女-
ハンドル名季戸あいら さん
ブログタイトル理刹主義-躁鬱病と診断された女-
ブログURLhttp://risetsu.hatenadiary.com/
サイト紹介文30代、添病約10年。B型支援利用開始で思う事が増える。社会的加害者の偏屈な自白。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供45回 / 17日(平均18.5回/週) - 参加 2017/08/06 02:41

季戸あいら さんのブログ記事

  • お前には何も出来ない
  • 中古で安く購入することができた漫画本を読んでいた。私の趣味にしては比較的毒々しくはないと判断していた類であるため危険はないと油断していた。登場人物のほんの少しのセリフが切っ掛けで急に「誇大妄想」が強くなったように感じた。漫画を読んでいる、内容は読んでいる、しかし頭の中で別のことを考え始めた。私にも、このくらいのテーマの本なら書けるのではないだろうか。いや、書ける。描かなければならない。売り出さな [続きを読む]
  • 役所で感じたこと
  • 役所関連の手続きが重なるのはこの季節である。9年前、初めて精神科に入院したのが真夏であったからかもしれない。自立支援の更新手続きと障害者手帳の再交付手続きをして来た。役所の職員さんがとてもとても親切であると数年前から特に感じる。私は一見、何の障害もない健常者である。それにも関わらず、特有の書類を頂戴しているという点で優遇されることがしばしばある。逆も然りで、たとえば運転免許証は数年前に施行された法 [続きを読む]
  • 鬱病の鬱状態との違い
  • 気分が落ち着かずそわそわする。そしてひどく落ち込んでいる。切っ掛けが何かは思い当たらないものの、激しい躁状態でいた7年前の夏のことが鮮明に思い起こされる。この際だから落ち込んだ状態、比較的冷静な状態でひとつ自白しておこうと考えた。…しかし、単語をひとつ打ち込んだところ、複数の事件が同時に一気に思い起こされて大変耐え難くなった。これが双極性障害の特徴的な症状のひとつであろう。あれは一体なんだったん [続きを読む]
  • 言葉を選ぶということ
  • 精神科にかかっている人たちの集まりでは、雑談の中でも適切な言葉選びが必要である場合が多いと思う。様々な境遇の方がいらっしゃり、これは精神科に限ることではないが互いにそれぞれの全てを語るわけではないため決断が難しい。断片的な情報から憶測することがここでは特にあってはならないような気がする。精神科に、と取り立てて考えること自体が失礼なような気もしてくるが、多分に私にも気を遣われている雰囲気を察する。連 [続きを読む]
  • 倦怠からの出発
  • 6連休あり、絵に描いたかのように生活リズムは狂った。億劫でたまらないところを、時間にはかろうじて余裕があったため作業所へ出向き、始業前の十数分、利用者の方々と談笑し気分は軽やかになった。連休明けがこんなにも億劫になることを学生時代を踏まえても経験した記憶がない。やはり、というのだろうか、著しい躁状態でない限り、休み明けは億劫になりやすいのだということを身をもって知った。生活リズムを乱さないためだけ [続きを読む]
  • 友人と夏休み最終日
  • 実に4ヶ月ぶりに電車に乗った。たまたま連休最終日になっただけで、今日は前々から友人と会う約束をしていた。駅には人気アニメのスタンプラリーの看板などが設置されていて、夏休みなのだなぁとなんとなく感じた。地元の駅から30分ほどで県外に出る。満員電車でもなければ、比較的落ち着いていられる。通勤電車など、今では想像もしたくはない。いつか、利用する日が来れば幸いなのかとぼんやり考える。友人のことを書く。彼 [続きを読む]
  • 戦争を考え過ぎて眠れない
  • 「特攻」から戦争(太平洋戦争)の片鱗を紹介する番組を視聴した。今のところ、集団自決が望ましいという考えにいたっている。どんな経緯をたどったのかもはや思い出せないほど、思考はおそらく躁に転じた。少しずつ落ち着いてはきたものの、長時間瞬きをしていないことを自覚している。私は、戦争の悲惨さを語る一般的な教育には積極的に取り組んできた。興味もある方だと思われる。しかし祖父母からは直接戦争の体験を聞いたこ [続きを読む]
  • 命の価格
  • 今日はなんだか元気ではない。身体が気だるく、とてもユウウツである。それを迎え火行事などのせいにする私はどこか宗教じみている。神仏や霊魂など、到底信じない。私がとても困った時に、そういったものの因果を感じたことがないためだ。生存しているという事実のみから、護られているという発想をしなければならないのかもしれない。しかしそのために必要な理屈はなさすぎる。逆に、たとえば死んで差し上げたら神仏はお喜びにな [続きを読む]
  • 対象への自意識
  • 「自意識」という言葉は使わずにウェブログを書いてきた。正直なところ、意味がよく判別できないためである。たとえば「自我の芽生え」というと、幼児が自己を周囲と区別し、自己の存在を認識しだすことだと想像する。「自意識」となると、もう少し先におとずれる、自己と周囲との差別化をはかることなのではないかと思うことにする。一般的な意味合いは違う可能性が高いことは承知だ。しかしこの文書において、この言葉をだいた [続きを読む]
  • 先導者の憂鬱
  • おそらく、ほんの少しでも調べれば事実は明らかになることであろうが、勝手な憶測をする。史上に名の残る先導者、預言者、国王などの地位にあった人物、彼らは、ほぼ例外なく精神障害者だったのではないかと考える。彼らには例外なく人並みはずれたカリスマ性があり、他の人とは違う何らかの「珍しい能力」が備わっていたのだ。ただしそれは人徳とも呼ばれることもある。しかしその「珍しい能力」とは、たとえば幻覚症状や幻聴症状 [続きを読む]
  • 強迫観念とストレス
  • 強迫症を受け入れた方がよいと第三者に勧められた。大変嬉しく思い、実行していきたいと考えた。本日は4週に一度の通院だった。睡眠を良質にするために薬の調整をしたいことと、希死念慮のことを診察にて話した。私が通う病院では本人、あるいは親族の診察がなければ精神薬を処方していただくことができない。時間はかかるが安全である。現在の私が軽躁と診断されるため、睡眠には時間を割かなくともある程度の活動が可能であ [続きを読む]
  • 曖昧さと発信
  • 人前で話をすることは嫌いではない。私にとってはある種、憧れの芝居であり、しかも大舞台だ。過去、自らのプレゼンテーションは比較的得意であった。(自己PRとは異なる)後先考えずに発信が進み過ぎる時期もあった。限りなく無自覚に躁状態であると切り返しも早くなる。思考に0か100しかないためである。その時はその時でよい。後になって、社交的にも内向的にも大変なことになるという危機感は最近になってようやく少し身に付い [続きを読む]
  • 美化される尊重
  • 元気がない方がマシなのかと錯覚する作業時間であった。少なくとも、元気があると無意識に遣わなくてもよい場所で気を遣っているのだということに気がついた。元気がある状態と元気がない状態が一般より極端かもしれない。以前に比べれば、格差は穏やかになったと自覚している。果たしてどれだけ元気があったのだろうか。どれだけ元気がなかったのだろうか。忘れてはならない。過去にも記したものの、自分が思うほど、自分には存在 [続きを読む]
  • 音楽と人と精神障害
  • 音楽家を志す友人がいた。彼らとは二十歳前からの付き合いだった。間も無く私はグラフィックデザインの専門学校へ通い始め、何かと、彼らをデビューさせる構想を勝手に練っては作品などと呼べない陳腐な広告を作り、単位を取得させていただいていた。その延長で実際に彼らのロゴシンボル、CDジャケット、チラシ、グッズなどのデータ作りを断続的に手伝うことになった。デザインを担っていたわけではない。こうして欲しいと言われる [続きを読む]
  • 読書による躁転
  • 幼少期より、読書の習慣はなかった。小中高と、文章を読むこと、本を読むことはかなりの苦痛を強いられた。(ただし高校時代、部活動での台本の読み込みは熱心に行った)その辺りが関係してくるのかは分からない。しかし成人してから書を取ると、かなり極端になってしまう。たとえば気に入った小説作品などは、一度読めば細かな内容から登場人物の印象的な台詞まで、一通り覚えてしまうことがある。たとえば詩集を手にすると、3 [続きを読む]
  • 人と人の間
  • 人という字は人と人とが支え合ってできているそんなことは有名なドラマなどでもよくいわれていた。しかしこれでは不十分だ。人ではなく、人間であること。人と人の間に存在して初めて支え合うことができる。「お前らは人なのか、人間になりたいとは思わないのか」10年以上前、そういった問いかけをされたことがある。その真意は解らないまま、現在にいたる。真意を探る術ももはやない。それが人間であるか人であるかは、ほとん [続きを読む]
  • 苛立ちと憂鬱の間で
  • 明日、休んだら負けだ。何に負けるのかなどは分からない。とにかく負けである。尊い金銭は既に私の知らない場所で流れている。後の祭りとはおそらくこのことだ。ここで勝たなければならない。何に勝つのかなど見当もつかない。ただ、存在するからには勝たなければならない。勝ち続けなければならない。勝つか死ぬか、相手が何かも分からないまま戦うことは到底不利である。しかしここで引けば、明日、間違いなく鉄橋から飛び降りる [続きを読む]
  • 訓練等給付費
  • 忘れていたわけではないが、忘れてはならないことがある。我々が社会との繋がりを持つ、持ち始めることは、一種の福祉「サービス」であるということ。つまり、これを読む可能性のある一般的に労働している方々が一生懸命稼いだ金銭から、何故、引かれるのかも分からない税金諸々によって私は存在価値を見出している。見出そうとしている。もっと建設的な使い道などは安易に想像できる。文書で突き付けられると改めて実感が湧く。私 [続きを読む]
  • 夏風邪
  • 昨年くらいから、風邪をひきやすくなった。一昨年までが異様だったのかもしれない。運動部の活動に励んでいた中学時代よりそれまで、ほとんど風邪をひいた記憶がない。4日ほど前に喉の違和感から始まり鼻詰まりの症状、現段階では咳が出始めた。身体は全体的に気だるい。体温は36.8℃から37.3℃を行き来している。おそらく一般的な風邪だろう。これが、たとえば企業であったり、学校などであればまったく考えることなく通勤通 [続きを読む]
  • 残業時間のこと
  • 久しぶりに乱れた。日数にすれば、久しぶりと表現しがたいかもしれないが、ここのところ割と穏やかに過ごしていた。しかし残業時間の話題がのぼり、私自身勤めていた頃の実質労働時間について考えてしまったため気分が荒んでいる。似た分野の仕事をしていた友人は、当時150時間以上などと計算していたが、私にとっては計算することが無駄に感じられ、数えたことがなかった。自らの志望で就いた職に文句などなかった。今にして考え [続きを読む]
  • 綺麗事では変わらない
  • 清らかな報道がほとんどである。かといって今更インターネットの「本音」を読みたいとも思わない。なぜ、ニュースキャスターに身体障害を持つ人はいないのか。なぜ、芸能人に重度の知的障害を持つ人はいないのか。なかなか公に現れないのか。なぜ、精神障害を持つ人が社会進出することに対し否定的な世論が強いのか。個人の意志は大衆の「良識」に流される。清らかな発信は悪意のない本音によってかき消される。私が発信する清らか [続きを読む]
  • 本能ドア
  • 心、精神が何物なのか、自分なりの定義を見出したい。一般論ではない、教科書や参考書に載っていることではない、医師が説明する内容ではない、それらではどうも納得が出来ない。厳密には心と精神も異なる物質かもしれない。しかしその辺りはあまり気にならない。結論は「心は脳内の何らかの物質がつかさどっている」という何とも面白みのないものになる。前提として、私は目に見えるものごとを重んじる傾向が強い。仮に、心の [続きを読む]
  • 人格肯定
  • 性格、人格を不特定多数の人間に認めてもらいたいと強く思った。今の私はおそらく躁状態に近く、しかし誇大妄想もない。非人道的なことを考えるわけでもない。「なんとなく元気で楽しい人(ただし少し抜けている)」であるだけのような気がする。正直なところほぼ、理想的な人格にあたる。これは、過大評価なのだろうか。割と長い事、病気と診断されたままであると分からない上、どちらかにするならば消極的にとらえがちである。第 [続きを読む]
  • 対人輪廻
  • また考えている。私は、過去に私をさげすんだ人たちを強く憎んでいる。憎み続けている。その思考を無視することができない。反して彼らの中ではキッチリと、私の存在など遠い過去のものになっていることに腹が立つ。連絡先などはこちらからもかなり前に抹消したものの、怨みは残り続ける。あの頃は楽しかった、などとは到底ならない。どうなれば、おもしろいのか。ひとえに、彼らに不幸になっていただきたい。過去の携帯電話などの [続きを読む]
  • ベルギー行こう
  • 安楽死を目的に生きることが悪くないような気がした。その過程で、おそらくとても重要な別の目的ではなく、目標に気がつくことがおおいに予想されるからだ。片道だけで構わない、しかしプランとして出るものは2泊5日の旅、安くて10万円ほどからである。なかなか非現実的な額だ。私は生まれてこのかた、海外に出たことがない。以前の企業で上司から、若いうちに海外に行くべきだと勧められたが残念ながら若いうちに閉鎖病棟へ入 [続きを読む]