クジラ さん プロフィール

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クジラさん: ヤケクソ・バッテン
ハンドル名クジラ さん
ブログタイトルヤケクソ・バッテン
ブログURLhttp://kujirayori.blog.fc2.com/
サイト紹介文本音バッチリ! 人生、社会、村上春樹にうんざりした人、どうぞ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供50回 / 1日(平均350.0回/週) - 参加 2017/08/30 15:05

クジラ さんのブログ記事

  • ベトン(26・ラスト)
  •    26  プラチナのネックレス 朝、聞き覚えのある鐘の音で、クジラは目を覚ました。鐘の響きが鼓膜を蟻が這うみたいに、くすぐったい。空を漂う鐘の音は、どうやらヤラ駅から聞こえてくるようだ。まだ、いくらか意識は朦朧としている。と、クジラはハッとして、慌ててベトンの存在を確かめた。この数日来の出来事が、まるで夢のように思えてしまって、自分自身、心の底では夢か現実か、どちらとも決めかねて迷っているらし [続きを読む]
  • ベトン(25)
  • 25 ピラミッド 夜、予定より少々遅れて、二人は性の交わりを果たしたが、仕掛け花火の連発みたいな激しく熱い情交だったにもかかわらず、一件落着となったあとは、なぜか、急に白けて気づまりになってしまった。部屋の空気がガラスみたいに固まったようだ。ベトンは素っ裸のままベッドに仰向けになって、牡蠣のように押し黙ったままである。音もなく、天井をヤモリが這う。何となく、女の気持ちが分かるような気がしないでもな [続きを読む]
  • ベトン(24)
  •      24  神の無力 だが、いくら威勢がよくても、空元気の安請け合いでしかなかった。これもクジラの愚かな悪癖であるが、自信がないときに限って、反対に大見えを切ってしまう。内心、クジラはどこから、どう話したらいいやら、とんと見当がつかずに、しばし黙り込む。しかし生来の楽天性といおうか、〈マァ、何とかなるだろう。いざとなったら、涅槃像が救いの手を差し伸べてくださるさ!〉と高を括って、とにかく口を [続きを読む]
  • ベトン(23)
  •    23  涅槃像 朝、目を覚ますとともに、クジラは訳も分からずに、全身でビクッと震えた。〈なぜだろうか?〉と、自分自身に問うも、腑に落ちないままベッドの上で上半身を起こす。すぐ隣では、ベトンが素っ裸のまま横たわっている。ああ、そういえば……。 昨夜、〈ひょっとすると、この女は早死にするかもしれない。朝、目を覚ましたら、すぐ脇で死んでいるかも……〉と、クジラは一瞬だが、そんな不吉な予感に駆られて [続きを読む]
  • ベトン(22)
  •    22 ロミオとジュリエット ベトンは思案するように黙り込んだ。沈黙の湖に沈んでいくみたいである。黒い静寂が気づまりであり、ヤケに白々しい。せいぜい一分ほどの沈黙だったが、クジラには十分にも感じられた。やがてベトンは自分自身を納得させるように頷いてから、意を決したような瞳を向けて、「クジラになら、話してもいいわ。いや、ぜひ、聞いてもらいたい」「うん」クジラは間抜けに頷いた。「ホント、妙な気分… [続きを読む]
  • ベトン(21)
  • 21 数回、女と肉体的に交わったからといって、名前を訊くくらいならともかく、その女の過去にまでズケズケと土足で上がり込むのは、あまりにも野暮ったくてデリカシーに欠く振る舞いだ。数回どころか、クジラは行きずりの男ではないか。女にしてみれば、余計な詮索は鬱陶しい限りだろう。誰にだって、触れられたくない秘密はあるものだ。とはいいつつも、一つだけ、どうしても気になってしかたがないことがあった。 「ベトン… [続きを読む]
  • ベトン(20)
  •      20 陽が落ちるとともに、夜が足早にベトンの町に忍び寄ってくる。いつの間にか、一切の音や響きが、青紫の闇に吸い込まれるように消えていった。小さな町がスッポリとジャングルに沈み込むように閉ざされていて、九時を回ると、日本人にはとても信じられないような静寂の深さに、フッと空恐ろしさを感じてしまう。町で目覚めているのは、電線を占領するツバメの大群だけだ。タイ国一番を誇る巨大な郵便ポストも、今は [続きを読む]
  • ベトン(19)
  •      19 いくらか太陽は傾きかけていたが、しかし相変わらず、矢のような光が束になって町に降り注いでいる。ケローはほぼ完全に、太陽に制圧されていた。サウナよりも蒸し暑いくらいである。町を取り囲むジャングルからも、湿っぽい熱気が流れ込んでいるみたいだ。昼下がりだというのに、表通りに人影は見えず、シ〜ンと静まり返っている。太陽に刃向かうものなど、ケローには一人もいない。 通りを行ったり来たりして、 [続きを読む]
  • ベトン(18)
  •      18 炎天下、すぐに食堂は見つかった。今度は一見してムスリム系の店だと分かる。ドライカレーとチキンの唐揚げがガラス製の食品ケースの中に、うずたかく盛られていた。マレーシアなら、夕方、市場へ行けば、ズラッと並んだ食べ物屋の屋台のなかに、ドライカレーの店を見かけることは珍しくない。クジラは店の入口付近のテーブルの椅子に、表通りを眺める格好でドカッと腰を下ろした。 昼食には遅く、夕食には早すぎ [続きを読む]
  • ベトン(17)
  • 17 すぐ前方に、町の入口が見えてきた。初めから終わりまで、結局、黒人女はずっと黙ってソッポを向いたままだった。まともに顔さえ見ていない。ときどきプラチナのネックレスが黒い胸元で揺れていたが……。太陽は圧倒的であり、ケローへの道は白く焼け爛れている。人々は直射日光に脅えて、ジッと日陰に身を潜めているようだ。野良犬さえも見かけなかった。 黒人女は、二人の酔狂者が交わすお喋りには関心を示さず、ただ怒っ [続きを読む]
  • ベトン(16)
  •      16 黒人女は身を隠すように、ずっと窮屈そうに助手席の隅に張り付いていたが、長く同じ姿勢のままでいたせいか、体の一部が痛くなったらしく、不意に上半身を捩じるようにモゾモゾと動かした。やや前屈みになり、半分だけ、クジラの方に上体が向く。ごく薄いピンクのブラウスがお似合いであり、漆黒の素肌を輝かんばかりに引き立てていた。顔立ちまでは分からない。 ブラウスの袖から伸び出した腕が、見るからに黒色 [続きを読む]
  • ベトン(15)
  •      15  クジラは一人、トボトボと歩いてジャングルの道を下り始めた。入管の建物が視界から消えるや、人の気配は途絶えて、急にあたりは森閑としてくる。道は地形に沿って大蛇みたいに曲がりくねっている。ジャングルの緑は深く、静寂はそれ以上に深い。両側を緑の壁に挟まれていて、クジラは谷を下っていくようだ。壁の片側は直射日光に照らされていて、青空の下、今にも燃え上がらんばかりに輝いている。 しばらく歩 [続きを読む]
  • ベトン(14)
  •      14 早朝、汽車がヤラに着く。ちょうど夜が明け始めたところで、汽車がヤラ駅のプラットホームに滑り込んだところでは、まだ周囲は薄暗かった。朝の光が一滴、一滴と、空に滴り落ちている。クジラが汽車を降りてトイレを済ませ、駅舎を出てすぐ前にある小さな広場と通りを横切ったころには、おおよそ人の顔を見分けることができるまで、ヤラは明るくなっていた。熱帯では、いったん夜が明けるや、光が急流みたいに空や [続きを読む]
  • ベトン(13)
  •      13 人生、皮肉なもので、同時に金と時間に恵まれていることなど、めったになかろう。金があるときは、時間がない。あべこべに時間があるときは、金がない。〈とかくこの世はママならない〉と言ったら、昭和の歌謡曲とほぼ同じ歌詞になる。 涙ぐましい刻苦勉励、奮闘努力の末に、やっと金と時間の両方を手に入れたと思ったら、時すでに遅し、もっとも肝心な若さを失が迫っていることも少なくない。有り余る不動産に銀 [続きを読む]
  • ベトン(12)
  • 12  クジラはビールをサキのグラスに注ぎながら、「ちゃんと聞いてくれる?」「もちろん」 クジラはすずしい顔で、「安請合いされても、フッフッ、困るけど……」「エッ、安請け合い……?!」 思いもよらない一語に、一瞬、サキは反応に戸惑った。憤慨していいやら、悪いやら……。三十五年の人生で、同年配の男に上から目線で批判されたことなど、一度も経験していなかったかもしれない。が、クジラはお構いなく、「話の途 [続きを読む]
  • ベトン(11)
  • 11 午後、クジラはフアランポーン駅から汽車でプラチュアップキーリーカンへ向かい、サキは北バスターミナルからバスでスコタイへ旅立つことになった。北と南に別れ別れになるまえに、二人はマレーシア・ホテルのレストランで軽い食事をとった。互いの出発までに、まだ二時間半ほど残されている。 出会いから別れまで、たった一日足らずである。あまりにも早い時の流れに、自分自身の現実でありながらも、どこか狐に摘ままれた [続きを読む]
  • ベトン(10)
  • 10 クジラはベッドに座ったまま、優しく素っ裸のサキを抱き寄せて、また肩に唇を這わせようとした。だが、今度ばかりは、サキは乱暴に片手をクジラの頭に当てて、強く押し止めた。数秒、サキは怒ったような眼差しで睨み付けると、そのままクジラの髪を鷲掴みしながら自分の顔に引き寄せて、荒っぽく唇と唇とを合わせた。 性急で乱暴すぎたせいか、歯と歯がカチッと当たって気まずかったが、それでも自然に喜びが心に湧き上がっ [続きを読む]
  • ベトン(9)
  •         9 クジラも上半身を起こして、並ぶようにベッドに背中を凭せかけた。もちろん二人とも素っ裸のままである。互いの肩と肩が軽く触れ合ったが、なぜかサキはクジラと目を合わせるのを避けるかのように、天井に目線を泳がせながら、黙ったままマリファナを手渡した。甘く煙がくゆっている。 しだいに部屋の薄暗闇に目が慣れてくるにつれて、もったいぶることなく、さり気なく投げ出された女の裸 [続きを読む]
  • ベトン(8)
  •      8 濃紺のノースリーブの上からでも、サキの乳房が少女みたいに、ほんのりと盛り上がっているのが見てとれる。クジラには、これは魅力的だ。女を知れば知るほど(いや、女体を知れば知るほど)、クジラは大きな乳房を敬遠するようになっていた。なぜか、その理由は自分自身でもよく分らないが……。 世間には、女の大きな乳房をもて囃す男が多い一方、毛嫌いとまではいかなくても、あまり歓迎しない男もいる。またオッ [続きを読む]
  • ベトン(7)
  •      7 二人は散歩がてら、サトーン通りを百メートルほど歩いたが、息苦しくなってトゥクトゥクを拾った。暑さもさることながら、埃交じりの排気ガスが汗ばんだ素肌にネットリと絡み付き、頬から顎、首筋にかけてムズ痒くて、とても散歩気分にはなれない。町の底には、たっぷりと窒素酸化物や有機水銀を含んだ空気が淀んでいる。気のせいか、空気が重く感じられるほどだった。二、三時間も外にいれば、鼻糞がネバネバと鼻毛 [続きを読む]
  • ベトン(6)
  •      6 食事中、サキは左手の親指を見つめては、何かを気にするような素振りを見せつつ、微かに眉を顰めた。屋上でも、同じように親指の腹を見つめることが二三度あったが、しかしごく些細で、しかも瞬間的な行為でしかなかったので、クジラも気にはなっていたものの、あえて問おうとはしなかった。 レストランの客たちはサラリーマン風の日本人が大半であって、男女とも、誰一人として身だしなみに落ち度はなかった。例外 [続きを読む]
  • ベトン(5)
  •      5 夕方であり、レストランはすでに満席に近かった。奥の日本庭園が眺められる特等席は、当然、先客に占領されている。客はきちんとした服装をした駐在員風の男が多く目立っていて、なかにはネクタイにスーツ姿のものも交じっていた。外はサウナみたいに蒸し暑くても、店内はほどよく冷房が効いている。 じきに顔馴染のルディーが注文を取りにやって来た。身長が一七〇センチほどある別嬪さんで、優雅に歩く姿は古代ス [続きを読む]
  • ベトン(4)
  •        4 クジラは暮れかかる黄昏の空に顔を向けて、低空の一点を目線だけで指しながら、「ほら、あれ……」「ええ、気がついているわ」サキもマリファナを挟んだ指で眼を翳して、遠い空を眺めながら、「宵の明星かしら?」「さあ、どうだろう?」殊勝にも、クジラは考える素振りをして首を捻った。「あの明るさは、やっぱり金星じゃないかな。地平線から、そう大きくは離れていない」「名前のとおり、キラキラと金色に輝 [続きを読む]
  • ベトン(3)
  •      3 黄昏どき、クジラが洗濯物のTシャツとパンツを持って、小走りに屋上に上がっていくと、すでに先客が一人、ゆったりとベンチに腰を下ろして寛いでいるではないか。珍しいことに、それは大柄で小汚い白人の若者ではなく、日本人とおぼしき小柄な女性だった。しかも掛け値なしの美人であり、その場の雰囲気にシックリと溶け込んでいる。見るからに、海外での生活に慣れているようだ。 一目見たとき、内心、クジラは女 [続きを読む]
  • ベトン(2)
  •       2 早朝、まだ空が暗いうちに、夜行バスはバンコクの北バスターミナルに到着した。食欲はなかったが、屋台でクイティオ(タイ風のうどん)を胃袋に流し込んでから、クジラはトゥクトゥクを拾って、いつものようにシーバンペン通りにある安宿に向かった。一滴、一滴と、光が空に滴り落ちてくるようだ。 トゥクトゥクとは、昔懐かしいダイハツ・ミュゼットを改造した三輪のタクシーであり、バンコク庶民の日常の足とな [続きを読む]