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- 2008/06/16 20:33うな丼
- 「うな丼」を注文したら、堂々と「牛丼」が出てきた。「頼んだものと違う」と言えば取り替えてくれたかもしれない。取り替えられた「うな丼」は、たぶん、そのまま捨てられる。食べ物が、箸もつけられないまま捨てられてしまうかどうか。それが、僕の次の言動にかかっていた。結局、僕は、そのまま食べることにした。周囲の客の目には、「牛丼」を注文した客が、無事「牛丼」を食べ始めたように映ったに違いない。注文をとりに来... [続きを読む]
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- 2008/06/13 20:18自己嫌悪は徹底的に
- 「自己嫌悪」「自己嫌悪」って言うけど、本当に、とことん自己嫌悪になってる?中途半端に自己嫌悪になりながら、中途半端に自己嫌悪をやめようとしていないか?・・・それでいて、自分では、とことん自己嫌悪になっているつもりでいる。まだまだ甘いよ。「自己嫌悪」しているのも自分。だったら、「自己嫌悪」すること自体をも嫌悪しなければ、おかしいじゃないか。どうして「自己嫌悪」することだけ、いつまでも平気で続けてい... [続きを読む]
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- 2008/06/09 22:42平気でいる自分へ
- なんでかな。理想を心に描いているとき、現実に目の前で苦しんでいる人の姿が、目に映らないでも平気なのは。なんでかな。つらい思いをしているとき、もっとつらい思いをしている人に、平気で頼ろうとしてしまうのは。いっそ、いつも能天気になれたらいいのに。なんて平気で言える僕は、今日を生き抜くために戦う人の痛みを、ちっともわかっていないのだろう。結局のところ、自分さえ良ければ、それで良くなってしまっている。「... [続きを読む]
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- 2008/06/05 20:56鍵の難
- 家の近くで弁当を買い、いざ玄関のドアを開けようと思ったら・・・鍵が無い。会社に電話して、残業中の人に確認してもらいました。堂々と置き忘れていました・・・。目の前に帰る場所があるのに、帰れない。しかも左手には弁当をぶらさげて。残業中の人は、まだ会社にいるというので、会社に引き返すことにしました。せっかくの温かい弁当が、じわじわと冷めていく。電車に揺られながら、そこで食べるわけにもいかず、結局、会社に [続きを読む]
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- 2008/06/04 20:42「世界」の輪郭と、「自分」の位置
- 「世界」が、「自分」の外側にあるのではない。「自分」が、「世界」の外側にあるのだ。以前、『「世界」の輪郭』という記事を書いた。どこからどこまでを「世界」と見なすか。その境界線を、この記事では『「世界」の輪郭』と呼んだ。もし「世界」が、「自分」の外側に広がっているものだとしたら、「自分」の居場所は「世界」の輪郭の内側にある、ということになる。・・・本当にそうだろうか。ある映画のワンシーンを思い浮か... [続きを読む]
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- 2008/05/31 22:26死を納得するため
- 納得のいく死を迎えたい。そのために僕は生きている。僕は、死を納得するために生まれてきたんだ。死を納得し、それをみんなに伝えるのが僕の使命。目下、修行中。人間のこと。世界のこと。言葉。感情。理想と現実。子供と大人。社会。仕事。文明。生き抜く力。建て前と嘘。自然科学。・・・挙げていけばキリがない、およそすべて。目下、修行中。自らの死を納得し、それを伝えるために。 ... [続きを読む]
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- 2008/05/27 16:23隠喩と作品
- (この記事は、Angelaさん のブログの記事『永久に有効なもの』 にヒントを得て書きました。)童話やファンタジー小説には、多くの隠喩が織り込まれている。隠喩の「喩」は、比喩の「喩」。「喩え」は、“たとえ”と読む。ある物事を、似たような別の物事で表現する時の“たとえ”。それが、「喩」の意味。「隠喩」は、隠された“たとえ”。何かの“たとえ”であると明確に示されているわけではないが、それとなく何かの“たとえ... [続きを読む]
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- 2008/05/26 23:09つい笑って
- 最後のひと踏ん張りができなくて、達成できなかったこと。山ほどある。ありすぎる。むしろ、それだけかもしれない。最後のひと踏ん張りができなくて、乗り越えられなかった壁。幾重にも覆いかぶさる壁のシルエットが、僕の人生を形作っている。成し遂げられなかった、あの「もうひと踏ん張り」の数々。もし、できていたら、僕の人生は僕の人生じゃなくなっていた。どれも成し遂げられなかったからこそ、今の僕がいる。相変わらず... [続きを読む]
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- 2008/05/22 22:50傲慢な善意
- 他人と争わなくても生きていける環境を、生まれながらに与えられている人が、他人と争いながら生きる人に、「争いごとは良くないよ」と言い放つ。本人に悪気なんて微塵もないのかもしれない。むしろ善意そのものなのだろう。しかし、それは傲慢な善意だ。相手の気も知らないで、つまり、争わなければ生きていけない人の気持ちも知らないで、平然と言い放っているのだから。人生の成功者が、成功の秘訣を周りの人にも教え、分けよ... [続きを読む]
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- 2008/05/21 23:22僕は気づかない
- 今日すれ違った見知らぬ人たちのうちの誰かが、明日、病気になり、または大きな挫折をし、または死ぬかもしれないことに、今日の僕は気づかない。今、この文章を読んでくださっている誰かが、悩んでいて、または迷っていて、または絶望しているかもしれないことを、僕は知らない。気づいていないことや、知らないおかげで平気でいられることが、世の中には山ほどある。そして、それらに気づかないでいるからこそ、僕は平常心を保... [続きを読む]
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- 2008/05/20 22:01意欲の持ちよう
- 「やろう」と思った時に、やらないと駄目だ。たとえ、どれほど素晴らしいことであっても、それを「やろう」と思った時にやらなければ、その素晴らしさは実現しない。その時だからこそ実現できることであり、その時でなければ実現できないことなのだ。その時にやらずにおいて、後で思い返して実現しようとしても、もはや二番煎じ。付け焼刃。その当時やろうとしていたことと同じことなど実現できはしない。そもそもオリジナルが実... [続きを読む]
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- 2008/05/19 18:40いらいら
- とても、いらいらする。天気に、いらいらする。周囲の人に、いらいらする。心に思い描くものと現実のギャップに、いらいらする。いらいらしている自分を取り巻いている静けさに、いらいらする。現実も、もっと苛立てよ。・・・と思ってしまう。いらいらしている自分を淡々と包み込む現実に、いらいらする。この気持ちをキーボードに打ち付ける。いらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいらいら。今、少しだけ、い... [続きを読む]
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- 2008/05/18 01:33今を生きる
- 「今、生きる」ということについては、誰もが素人なんじゃないかな。「今まで、どう生きてきたか」ということについてなら、世界中に数え切れないほど達人がいるよ。ノーベル賞を受賞した人。世界を救った人。もしくは、あなたが尊敬してやまない、その人。でも、その誰もが、「今、生きる」ということについては素人のはずなんだ。ノーベル賞を受賞しても、世界を救っても、それは過去のことであって、今、これからの自分の生き... [続きを読む]
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- 2008/05/12 19:26やらなきゃいけないことが多すぎて
- やらなきゃいけないことが多すぎて、かえって、何をすればいいのかわからなくなっちゃったよ。実は、そんなに多くないのかもしれない。自分の頭の中で多くしちゃってるような気もする。きっとそうなんだろう。だって、周りの人たちは、僕よりも遥かに多くのことを「習慣」の名のもとで簡単にやってのけている。やらなきゃいけないことが多いんじゃなくて、僕が、事を大きくしちゃっているんだよね。でも、「多い」と言いながら、... [続きを読む]
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- 2008/05/06 12:42問題の解決について
- ずっと解決していない問題がある。解決しようとしているつもりなのだが、やり方が下手なのか、本気になれていないのか、どういうわけか解決しないのだ。解決したい。解決できるだけの力が欲しい。しかし、その力が手に入らない。どうすれば解決できる?そもそも、解決しようとすること自体が間違っていたのかもしれない。解決するはずもない問題。むしろ大切に抱えていくべき問題。ずっと抱えていくべき問題を、「解決した」と思... [続きを読む]
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- 2008/04/29 23:58納得したら続かない
- 10年間続けてきたことも、50年間続いたことも、本人が納得すれば、いとも簡単に手放してしまうだろう。別に、もったいないことではなく、がっかりするようなことでもない。それが普通。それが正しい。10年も50年も続いたのは、ずっと、どこか一部でも納得できずにいたからだ。もし、すっかり納得できてしまったら、それ以上続ける必要もなくなってしまうはず。続いている、ということは、まだどこかで納得できていないんだ。とい... [続きを読む]
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- 2008/04/25 23:06片足の骨折なら
- 片足の骨折なら、自力で病院に行くこともできる。病院に行くことができれば、骨折を治すこともできる。しかし、もう片方の足も骨折してしまったら、もう自力で病院に行くことはできない。骨折を治したければ、誰か助けを呼ぶしかない。多少の空腹なら、何か食べれば済む。しかし、空腹の果てに、すっかり力をなくしてしまったら、まともに食べることさえもできなくなる。不平や不満があれば、吐き出せばいい。しかし、ストレスに押 [続きを読む]
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- 2008/04/23 20:01新しいことが始まる高揚感
- 気持ちが高揚する。環境の変化は、ただそれだけで原動力になる。新しい何かが始まる時、そこに負の遺産は存在しない。「新しいことに挑戦し続けることが大事だ」と言われることの多い理由が、少しわかったような気がする。つまり、背負ったものを全うしようとして負の遺産ばかり見つめるのではなく、負の遺産を抱えつつも新しいことに目を向け、原動力を活発にしていくことが大事なのだ。その都度、新しいことを始めていかないと... [続きを読む]
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- 2008/04/16 21:06人生の最期に
- 最期、死ぬ間際に、「良い人生だった」と思えるような生き方をしたい。・・・と、言う人の心理がわからない。本気で、そんなことを思っているのだろうか?人生とサヨナラする、その瞬間に「良い人生だった」と思うなんて、あまりに悲しすぎやしないか?良い人生を送っている人が、「良い人生だった」と言って喜んで死ねるだろうか?良い人生を送っているのなら、なおのこと、「もっと生きたい」と思うはずではないのか?「良い人生 [続きを読む]
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- 2008/04/15 20:58『究極の選択』 in アメばた会議
- 今年に入ってから、アメーバブログで、『アメばた会議』なるサービスが始まりました。掲示板に近いものです。先日、このサービス内で、『究極の選択(一つしか選べないとしたらどれ?)』 スレッドを立ててみました。内容は、このブログの昔の記事『究極の選択2』 と同じです。興味のある方は、ご覧ください。 ... [続きを読む]
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- 2008/04/14 23:04相手の土俵、自分の土俵
- 最初、「この人すごい」と思っていても、よく知ってみるとそれほどでもなかったりする。最初、「この人ちょっと違う」と感じていても、思わず感心させられてしまう時がある。相手の土俵に上がっていけば、どんな相手も横綱に見える。自分の土俵に引き込んでしまえば、どんな相手も赤ん坊に見える。相手の基準に合わせていたら、永遠に勝てないよ。勝てるわけがない。でも、自分の基準に合わせれば、絶対に負けない。負けるわけがな [続きを読む]
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- 2008/04/03 20:00もの言わぬ文字
- 文字は、淡々としていて、常に穏やかで、その、あまりの静けさに僕は時々キレそうになる。「キレそうになる。」という文字でさえ、これほどまでに押し黙っている。なんという受け身。まるで一人相撲のよう。文字で叫んでいる人を見ると、馬鹿に見える。誰かにそれを読んでもらわなければ、叫んでいることすらも認識されないのだから。かといって、直接、声をかけられても、自分が何をしていいのかわからないような時は、途方に暮... [続きを読む]
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- 2008/04/02 20:18伝わらないのは、伝える側の責任だ
- これから伝えようとすることが、たとえ重要なことであっても、どんなに正しいことであっても、「だからわかるように努力しなさい」と相手に迫ることは、とても配慮に欠けている。むしろ、重要なことや正しいことであればなおさら、伝える側が配慮しなければいけない。伝える側が、相手にちゃんと伝わるような伝え方を心がけなければいけない。もし本当に、それをその相手に「伝えたい」と望むのであれば。例えば、仮に、目をつぶ... [続きを読む]
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- 2008/03/31 13:24立ち尽くしていたら、道標になっていた
- 考えすぎて答えが出ない。自分で、そう思っています。でも、ある意味、「自分は考えすぎて答えが出ないのだ」という答えは出ている、とも言えます。単に自分で答えが出ないと思っているだけで、実際には多くの答えを(自覚せずに)出しているのかもしれません。「かもしれない」というのが、僕の口癖です。何かを言い切っている時でも、大抵は、心の中で「かもしれない」と付け加えています。もし、自分の発言の一つ一つに、いち... [続きを読む]
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- 2008/03/27 19:54立ち尽くす
- やりたいことが たくさんあるのにやらなきゃいけないことがあるために やれないことが多すぎてやるべきことさえ出来なくなってがんじがらめになって何も考えられなくなって感覚が麻痺して やっと平穏を手に入れるそんな毎日少し休んで回復すると感覚が蘇り考えられるようになってやるべきことを思い出し重い腰を上げると目の前に 地平線まで広がっている「課題」「課題」「課題」の海にただ呆然として再び 感覚が麻痺してい... [続きを読む]
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