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- 2008/07/24 15:14チャイコフスキー:ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23 第2楽章
- チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番というとどうしても、第1楽章冒頭のあの勇壮なホルンやその後に続く、ストリングスが奏でる流麗な旋律の印象があまりに強く、同じく華やかな第3楽章との狭間にあって第2楽章は見過ごされがちです。でも、この可憐な第2楽章にはいかにもチャイコフスキーという“らしさ”が詰まっています。特に第1主題。歌詞をつければそのまま歌になりそうな、親しみやすく流れるような旋律はいつもながらです [続きを読む]
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- 2008/07/20 00:29スッペ:喜歌劇《軽騎兵》序曲
- 「そうだ!私が作りたかったのはこういう楽しい歌劇なんだ!」ウィーンで初めて上演されたオッフェンバックのオペレッタを観たスッペは、興奮で膝を叩きながらそう叫びました。当時、ドイツではワーグナーが、イタリアではヴェルディが壮大なオペラ作品を次々と発表していました。そんな中にあってスッペは、より親しみやすく気軽に楽しめるライト・オペラ=喜歌劇の創作に力を注ぎました。そして、パリのオッフェンバック、ウィー [続きを読む]
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- 2008/07/16 09:49ヴェルディ:歌劇《椿姫》より 「乾杯の歌」
- イタリア歌劇を代表する名作として広く知られる「椿姫」ですが、1853年3月、ヴェネチアのフェニーチェ劇場での初演は大失敗でした。主人公ヴィオレッタを演じたソプラノ歌手があまりに健康的に太っていて少しも病人らしくなく、肺病で医者から危篤を宣告される最後の幕では観客から失笑が起こり悲劇どころではなくなってしまったのです。その上、テノールの声が悪く、バリトンが練習不足だったこともいけませんでした。しかしヴェ [続きを読む]
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- 2008/07/12 06:00ワーグナー:歌劇《ローエングリン》より 「婚礼の合唱」
- ワーグナーの結婚行進曲としても知られる有名なこの曲は、メンデルスゾーンの結婚行進曲と並んで2大結婚式定番クラシック曲として、知らない者はいないぐらいに親しまれています。歌劇「ローエングリン」の第3幕の冒頭で、華やかな前奏曲が終わるとそのまま続けて演奏されます。原曲はオーケストラ伴奏のついた合唱曲ですが、結婚式などの一般ではオルガン用にアレンジされて演奏されるのがほとんどです。メンデルスゾーンの曲が壮 [続きを読む]
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- 2008/07/08 17:30ベルリオーズ:劇的物語《ファウストの劫罰》から 「ラコッツィ行進曲」 Op.24
- クラシック音楽の歴史を語る上で、ベルリオーズが残した足跡は色々な意味でとても特異かつ重要です。フランス・ロマン派の開祖とも呼ばれるベルリオーズの出世作「幻想交響曲」がもたらした奇抜で革新的なインパクトは、古典派の時代に区切りをつけ、より自由で情緒的なロマン派の時代の始まりを明確に打ち出したといえます。ベルリオーズはまた文学にも造詣が深く、その作品のほとんどには何らかの形で文学からの影響が見受けられ [続きを読む]
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- 2008/07/04 05:47ウェーバー:舞踏への勧誘 変ニ長調 Op.65
- 「お嬢さん、よろしければ私と一緒に踊りませんか?」左手が奏でる低音のフレーズは舞踏へと誘う男性の声。「まあ、どうしましょう。」それに応えるように右手が奏でる高音のフレーズは女性の声。しばらくのやりとりが続いた後、やがて華やかなダンスが始まります・・・。ドイツロマン派の開祖と呼ばれるカール・マリア・フォン・ウェーバーの有名なピアノ曲「舞踏への勧誘」です。ウェーバーはこの作品を、2年前に結婚した愛妻カ [続きを読む]
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- 2008/06/30 05:45ブルックナー:交響曲 第9番 ニ短調 第1楽章
- ドイツで3Bといえばバッハ、ベートーヴェン、ブラームスですが、オーストリアではブラームスに換わってブルックナーが入るといいます。アントン・ブルックナーはブラームスとほぼ同じ時期、1800年代の後半にかけて活動した後期ロマン派の作曲家です。特に交響曲の分野において大作を残し、それは後のマーラーなどにも大きな影響を与えています。ワーグナーをこよなく愛し、ベートーヴェンに影響を受けながらもシューベルトの旋律を [続きを読む]
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- 2008/06/26 05:13ヨハン・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲 Op.228
- ヨハン・シュトラウス1世はワルツ王として名高いヨハン・シュトラウス2世の父親であり、指揮者、ヴァイオリン奏者としても活躍したウィーン出身の作曲家です。友人であるヨーゼフ・ランナーと共にワルツを現在の形に発展させた功績から“ワルツの父”とも呼ばれています。息子が普通の職に就くことを願った1世は、2世が音楽家になることに反対し、息子が名声を得た後も父子の確執は続いていました。ただ、母親のアンナは2世の才能 [続きを読む]
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- 2008/06/22 05:48グルック/ズガンバーティ編:歌劇《オルフェオとエウリディーチェ》から 「メロディ」
- グルックはドイツのエラスバハ出身の作曲家です。主にオペラの作曲に力を入れ、当時流行だったイタリア・オペラの歌手の力量の誇示を重視して、物語の内容を軽んじるという傾向を覆し、台本作家と綿密な打ち合わせをしながら、物語の内容そのものにも焦点を当てるという改革されたオペラの創作は、現代に至るまで高く評価されています。今では当たり前となっているまず序曲があり、その後は音楽と物語がしっかりと連動していくとい [続きを読む]
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- 2008/06/19 06:03ボッケリーニ:弦楽五重奏曲 ホ長調 G.275 第3楽章 「メヌエット」
- ボッケリーニは、バロックから古典派の時代にかけて活躍した、イタリアのルッカ出身のチェロ奏者、作曲家です。幼い頃から、チェロ・コントラバス奏者だった父の手ほどきを受けて才能を伸ばし、13歳にしてチェロ奏者としてデビューしています。その後もヨーロッパ演奏旅行で大成功を収め、それをきっかけに宮廷音楽家の職を得るなど、順風満帆の人生を送っていました。しかし、仕えていたフリードリヒ・ヴィルヘルム2世の死後は細 [続きを読む]
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- 2008/06/16 06:01サティ:ジムノペディ 第3番 [ ドビュッシー編曲版 ]
- 他人のピアノ曲のオーケストラ編曲などには何の興味もなかったドビュッシーが、唯一手がけた作品がサティのジムノペディ第1&3番です。かねてから親交があり、その才能を認めていたサティを、うらぶれた酒場のピアノ弾きの環境から表舞台に引き出そうと考えたドビュッシーは、サティの作品の中でも親しみやすく一般受けしそうなジムノペディを選び、独特な感性で見事な管弦楽作品に仕上げました。... [続きを読む]
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- 2008/06/12 06:24ドビュッシー:《子供の領分》から 第1曲 グラドゥス・アド・パルナッスム博士
- 1905年、43歳のドビュッシーは再婚したエマ夫人との間に、自身にとって初めての子である娘クロード=エマを授かります。ドビュッシーはこの娘をシュウシュウ(キャベツちゃん)と呼んで、とても可愛がりました。そんなシュウシュウのために作曲されたのがピアノ曲集「子供の領分」です。当時のフランス家庭では部屋の一画を囲って、そこにまだよちよち歩きの子供を入れて、積木やおもちゃで遊ばせていました。もちろんシュウシュウ... [続きを読む]
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- 2008/06/08 03:41ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61 第1楽章
- 所謂「傑作の森」と呼ばれる後世に名を残す名曲を、次々と生み出した中期の絶頂期の作品です。メンデルスゾーン、ブラームス、チャイコフスキーと共に4大ヴァイオリン協奏曲に数えられることも多いですが、作品の持つ気品、風格、スケール感などからすれば、やはりヴァイオリン協奏曲の王者の名にふさわしいのはこの曲でしょう。第2主題が短調に転じるあたりのロマン性と、オーケストラが全合奏する時の威厳などは、まさにベートー... [続きを読む]
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- 2008/06/04 00:53ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第1番 ト長調 作品78 「雨の歌」 第1楽章
- ブラームスは旋律作家ではないとよく言われます。たしかにチャイコフスキーやショパンのように、一聴して耳に飛び込んでくるような、わかりやすい旋律は少ないかもしれません。主題そのものよりもそれを発展させる構成力がブラームスの本領というのも事実です。しかし例えばこの楽章の第2主題(1:28)のように、例えようもなく美しい旋律もいくつもあります。ブラームスの紡ぎ出す旋律は、外面的効果をねらうより音楽の本質を引き出... [続きを読む]
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- 2008/05/31 17:25モーツァルト:歌劇 《魔笛》 序曲 K.620
- モーツァルトが亡くなった1791年に書かれた最晩年のオペラです。ジングシュピールという台詞と音楽が分離した歌芝居の形式をとっていて、これは現代のミュージカルの原型とも言われています。ヨーロッパを巡業する旅一座の座長だったシカネーダーは、生活に貧窮していた知り合いであるモーツァルトに、ドイツ語の台本による大作の依頼をします。シカネーダーは劇場付属の建物の一部に部屋を設け、そこでモーツァルトが作曲に専念で... [続きを読む]
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- 2008/05/28 05:43シューベルト:弦楽四重奏曲第13番 イ短調 《ロザムンデ》 D804 第2楽章
- 弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」は、同時期に作曲された第14番「死と乙女」と共に、シューベルトの代表的な弦楽四重奏曲です。存命中に出版された唯一の弦楽四重奏曲でもあります。エキセントリックで劇的な「死と乙女」に対して、穏やかで歌心に満ちた作風が特徴です。「ロザムンデ」のタイトルは第2楽章の主題が、自作の劇付随音楽「キプロスの王女ロザムンデ」の、第3幕への間奏曲の引用であることに由来します。この主題を愛... [続きを読む]
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- 2008/05/25 18:46J.S.バッハ:イギリス組曲 第2番 イ短調 BWV.807 第1曲 プレリュード
- 32歳でケーテンの宮廷楽師長に就任したバッハは、その地で過ごした6年間に、数々の世俗音楽の傑作を残しました。そしてこの間にひとり目の妻との死別の後、妻となったアンナ・マグダレーナ・バッハのために、2冊からなるクラヴィーア小曲集を書いています。この曲集には「イギリス組曲」の他、よく対で比較される「フランス組曲」そしてパルティータが含まれています。... [続きを読む]
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- 2008/05/22 18:16J.S.バッハ:イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV.971 第1楽章
- バッハは同時代のイタリアのヴィヴァルディらによる協奏曲を、オルガンやチェンバロ用に編曲するなどして熱心に研究していました。そして本来、ソロ楽器と伴奏側の合奏のかけ合いである協奏曲を、1台の鍵盤楽器で表現しようとしました。そうした試みのひとつが「イタリア協奏曲」の通称で親しまれている「イタリア趣味によるコンチェルト(原題)」です。バッハはこの曲を上下2段に分かれた大型のチェンバロで弾くことを想定していま... [続きを読む]
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- 2008/05/19 09:49ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 作品31-2 「テンペスト」 第3楽章
- ピアノ・ソナタ第17番の内容について、弟子のシントラーに問われたベートーヴェンは「シェイクスピアの“テンペスト”を読め。」と答えたといわれます。このことから通称「テンペスト」の名で呼ばれるようになりました。「テンペスト」はシェイクスピアがキャリアのすべてをつぎ込んだ、彼にとって最後の戯曲です。「テンペスト=嵐」の意味が示すように、このソナタは全体に出口のないような悲痛な響きをもっています。... [続きを読む]
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- 2008/05/16 10:04ショパン:バラード 第1番 ト短調 Op.23
- バラードとは中世の吟遊詩人が竪琴を手に弾き語っていた、物語性のある叙情的な歌が元来の意味です。現代でもスローでドラマチックな歌をバラードとよく呼びますが、テンポが遅めという点を除けば、大筋は同じ意味だと言えます。ショパンはこのバラードを初めて、ピアノ曲として確立させました。4曲あるバラードは、ポーランドの詩人アダム・ミツキェヴィッチの詩にインスパイアされて作曲されたと言われています。... [続きを読む]
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- 2008/05/13 06:55チャイコフスキー:組曲《くるみ割り人形》から 第4曲 トレパーク(ロシアの踊り) 作品71a
- 「くるみ割り人形」は1893年に亡くなったチャイコフスキー最晩年の、1891年から92年にかけて書かれた作品です。この時期は長年の支援者であったフォン・メック夫人との突然の別れもあり、精神的にとても不安定な状態にありました。作者の激しい胸の内を吐露した交響曲第6番「悲愴」もほぼ同じ頃に作曲されています。にもかかわらず「くるみ割り人形」には、そうした背景を感じさせない夢のようなのどかさが漂っています。「厳しい... [続きを読む]
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- 2008/05/10 17:32フォーレ:ノクターン 第6番 変ニ長調 Op.63
- ジョン・フィールドによって創始され、ショパンが確立させたノクターンを、フォーレは更に発展させつつ継承しました。フォーレのノクターンは全部で13曲あります。作曲時期は生涯にわたっており、ひとつのライフ・ワークであったともいえます。ピアニストのマルグリット・ロンに「フォーレの最も美しいインスピレーション」と評された第6番は、前作の第5番とは10年の隔たりがあり、作風の変化と共に深化をも感じさせます。... [続きを読む]
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- 2008/05/07 10:08ラフマニノフ:《幻想小品集》Op.3 から 第2曲 前奏曲 嬰ハ短調 「鐘」
- ピアノ協奏曲第2番と並ぶ、ラフマニノフの代名詞的作品です。作曲は彼がモスクワ音楽院を卒業して翌年という初期の頃で、この曲は発表からたちまち人気を博し、ラフマニノフの名を広く知らしめる出世作になりました。また、ピアニストとして彼が演奏会を開く際には、必ずこの曲をアンコールで弾かないと収まりがつかないほどの人気だったと言います。... [続きを読む]
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- 2008/05/05 06:20スコット夫人:アニー・ローリー -スコットランド民謡-
- アニー・ローリーは17世紀のスコットランドに実在した女性です。マクスウェルトン卿のサー・ロバート・ローリーの末娘として生まれたアニーは、スコットランド中に知られるほどの美貌の持ち主で、多くの男性から求婚を受けていました。しかし、アニーには互いに思い合う特別な男性がいました。フィンランド家出身の詩人ウィリアム・ダグラスです。永遠の愛を誓い合った二人でしたが、それぞれの父親は対立するクランに属していたこ [続きを読む]
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- 2008/05/03 06:32フォスター:なつかしきケンタッキーの我が家 -My Old Kentucky Home-
- スティーヴン・フォスターは“アメリカ音楽の父”ともいわれる、19世紀半ばのアメリカ合衆国を代表する歌曲作曲家です。特別な音楽教育は受けていないにも関わらず、若くして才能を発揮し「おおスザンナ」「草競馬」「故郷の人々(スワニー河)」など、今も名曲として歌い継がれる作品を、毎年のように出版しヒットさせていました。「ケンタッキーの我が家」はそんなフォスターが最も脂の乗り切った全盛期の1曲で、1928年にはケン... [続きを読む]
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