- 2008/05/12 01:32第33回Sara句会のお知らせ
- 第33回 Sara句会のお知らせ【日時】平成20年5月11日(日) 13:00〜19:00【場所】高井戸地域区民センター ・Sara句会は、俳句結社『炎環』の支部句会です。・参加ご希望の方は、田島までメールでお知らせください。今回のテーマ:「ごはん」テーマに関係する句を3句お持ちよりください。※あくまでもテーマですので、上記の言葉自体が含まれている必要はありません!... [続きを読む]
|
- 2008/05/10 09:31テニス 〜相対性俳句論(断片)
- 伊達公子がプロに復帰した。現在37歳だそうである。すごいなぁ。と、感心しつつ、伊達が引退したのが25歳のときだったというのを聞いて、びっくり。「わたしの挑戦が若い選手の刺激になれば」というコメントも、こころにくい。かつて、世界ランキング4位だったころのぴりぴりした雰囲気に比べると、いまは活き活きとした表情でのびのびとプレーしているようだ。ぴりぴりしていたころの伊達もすばらしかったし、いまののびのびとし... [続きを読む]
|
- 2008/05/06 22:49中心課題 〜相対性俳句論(断片)
- 私は走る。というとき、「走る」という状態を選択する「私」が存在する。では、私は、存在する。というとき、「存在する」という状態を選択する「私」とは何か。いわゆる「存在論」と呼ばれるものが提起する問題は、この「私」という主体についての問題である。デカルトの有名な言葉、我、思う。ゆえに、我あり。「我、思う」が時間的に先行し、その結果、「我」は存在する(「我あり」)。この「我あり」の「我」が存在する前の、... [続きを読む]
|
- 2008/05/03 22:10蟹
- [画像]癒し系ペットに、唐揚に…そんな、ご無体な…... [続きを読む]
|
- 2008/05/03 09:54命がけの飛躍 〜相対性俳句論(断片)
- 前回、寝ぼけた頭で、〈類想〉は時間的なものだ、というようなことを書いた。結局、そういうことになったが、もともとはそういうことを書くつもりではなかった。寝ぼけている僕と、よく寝たあとの僕は、ほとんど違う人間。ちなみに、今日は10時間以上の睡眠をとったあとなので、僕という人間はさらさらしている。で、ぶろぐを読み直したら、〈類想〉は時間性だ、ということで、なるほど、と思ったりする。そうか、〈類想〉という... [続きを読む]
|
|
|
- 2008/05/01 03:14〈類想〉とは何か 〜相対性俳句論(断片)
- できるだけ、毎日ぶろぐを更新したいのだけど、なにぶん仕事の帰りが遅いもので、ついつい、PCの前で寝てしまう。今も、深夜の2時50分。明日も7時半には出勤しなければならない。先だって、24時間働くことについて、ちょっと触れた。僕たちは24時間働く時代に生きている。それは、何を意味しているかというと、僕たちの時間が、「公的なもの」「プライベート」というかたちで相対化されていない、ということだ。仕事をし... [続きを読む]
|
- 2008/04/30 23:59予告
- 調子にのって予告。モデリングとしての俳句俳句形式、定型、つまり五七五という〈他者〉俳句の倫理性が〈他者〉に基礎づけられないということいわれなき俳句の短さ... [続きを読む]
|
- 2008/04/30 23:34予告
- ぶろぐに書きたいことを、携帯から予告してみる。構造的にものをみつめなおすことと、ある構造へものを投企すること... [続きを読む]
|
- 2008/04/29 03:14だれと戦えば 〜相対性俳句論(断片)
- 俳句に関わる中で、例えば自分の作る句に感じるふがいなさや、俳句に関するさまざまな言説に対する物足りなさ、というものをどのようにかたちにしたらいいだろう。つまりは、僕たちは日々の生活のなかで世界がどのようにあるのか、ということやそこで僕たちがどのように振舞うか、という問題を常に抱えている。世界は、僕たちが安易に考えるようには主題化されてもいなければ、対象化されてもいない。現場に立つこと。それは「事件... [続きを読む]
|
- 2008/04/27 05:12LOVE
- 休日出勤で、23時まで新宿で仕事。そこから、地元のともだちに誘われてカラオケへ。おっさん、三人。夜を徹してカラオケ。"LOVE"という歌詞がでてきたときは、アホになる。ほんと、おっさん。... [続きを読む]
|
- 2008/04/26 01:40かきピー
- 職場にて。となりの席の後輩が、かきピーを食べる。正面に座っているマネージャーがかきピーを食べる。そうなったら、僕も食べるに決まってるじゃないですか。そりゃ。4月末の納期に向けて、作業の大詰めです。この3週間ほど毎日終電生活です。明日も仕事。朝から、晩まで。ふぅ。... [続きを読む]
|
- 2008/04/25 02:22永遠に追う者 〜相対性俳句論(断片)
- 俳句を読む、ということ。それは、作者が俳句を通して見たものが、読者のなかにそのまま再現される、というものではないのではないか。つまり、作者が見たものを、その句を通して読者が見る、というように、作者と読者がひとつの作品を通して同じ経験をする、というようなものではないのではないか。いわば、作者が見たものを、そのままの姿で読者が見ることは、かなわない。作者が見たものを、読者は「作者が見たもの」として見る... [続きを読む]
|
- 2008/04/24 02:36身につけているもの
- 腕時計は持っていない。ケータイで充分だから。ipodで音楽を聴くけれど、わずらわしいときもあるので、そういうときは耳栓。読書には、耳栓。いまどきのひとではないので、音楽ききながらでは本は読めませんです。ハンカチは一週間に一度くらいは、忘れる。ハンカチ、というより、ハンドタオルみたいなやつ。ボールペンは4色のやつを、1本。あの、はさむところ(?)が折れちゃってる。会社の身分証明書は、忘れるといろいろやっ... [続きを読む]
|
- 2008/04/20 02:27空気の味方
- 春の風邪三錠春の風邪ぐすりこころも中華も無言のカーブ春夕焼春泥や袋にあれもこれも石岬のさくら百年経てば石になる春風の夜ごと善良なるトランプフラフープつちふる星のなかの星むかしから空気の味方ほうれんそう... [続きを読む]
|
- 2008/04/18 01:35明るいことば 〜相対性俳句論(断片)
- 僕は、何かを改革しようなんて思わない。誰かをなんとかしようとか、現実を改善しようとか。がっかりすることが、ないわけではないけれど。状況を転回するような、技術も権利ももっていない。理想と現実。このふたつに多くの人が引き裂かれている。誰もが、自分は「現実」の内にいながら、「理想」を求めている、と考えている。けれども、「理想」と「現実」の間には、近づきがたいもうひとつの限りなく薄い層があるのだ。ハイデガ... [続きを読む]
|
- 2008/04/17 02:49俳句の倫理性 〜相対性俳句論(断片)
- 僕たちが俳句を読むときに感じる「善さ」は、倫理的な響きである。俳句の倫理性とは、道徳性のことではない。ある種の道徳律に従うということが、正当なものであると感じる僕たちの感覚は、社会性に裏付けられているのであり、僕が言うところの「俳句の倫理性」ではない。たとえば、私は法律を遵守する。ということが、正当なものである、と感じるのは僕たちがそのような社会的な枠組みの中に生きているということの証である。けれ... [続きを読む]
|
- 2008/04/12 02:34空がこころ
- 空がこころの妻の口ぶえ春の畑シリアスな餃子の濡れる虚子忌かなつけ髭の古いぶらんこ風のなか亀鳴いて煙突のびる大和の湯東北のとうふ騒ぐや花の雨韮煮るとむかしから知る海の歌ご夫婦のゆっくりうごく桜餅... [続きを読む]
|
- 2008/04/09 23:20みほんの石
- 手がきれい猿が桜にどぎまぎすさきっぽにさえずりの雲ヨーロッパバンドエイドが光とじ込め花種撒く式日の風味ひろがる桜かな直筆や磯巾着のさまよう爪蝶ゆずろう水にみまがう名を名乗り春の星きれいに洗うみほんの石... [続きを読む]
|
- 2008/04/05 02:25まいあさひらく
- さくらさびしさ金色の交番へ春風に飛ぶ手ぶくろに追いつく手水が四方へ運ばれてゆく花粉症胸はり胸はり奥のばらつく入学式灰皿に爪のかけらのある四月鉄の門まいあさひらく春の海四月の樹つかのま暖かき話... [続きを読む]
|
- 2008/03/26 22:55決めるということ 〜相対性俳句論(断片)
- 世の中には、「決める」ということと「決めない」ということがひしめきあっている。ことば、は何やら混沌としたものを「決める」。ことばを境界として「決めたこと」と「決めなかったこと」の線引きがされる。何かを「決める」、何かが「決まる」ということは、その時点から過去へ向かって「決めなかったこと」が広がるということだ。時折、俳句を読んで(read)いて、胸が苦しくなることがあるのは、この「決めなかったこと」が塊... [続きを読む]
|
- 2008/03/23 22:16息継ぎ 〜相対性俳句論(断片)
- 俳句における言説の多くが(そりゃ、自分も含めて)、「時間性」に無関心なように感じる。「時間性」と言っても、それほど難しい話ではない。つまりは、未来のことは、誰にもわからない、ということであり、「わたしは、この句をいい句だと思う」ということが、明日もまた「いい句」だと思うかどうかは、常に保留されているのだということだ。「時間性」に無関心であるということは、たとえば水泳で息継ぎに無関心であるのと似てい... [続きを読む]
|
- 2008/03/23 21:06僕が望むもの〓 「切れ」と「戦争」 〜相対性俳句論(断片)
- 「切れ」が「日常の時間性」から切れる、ということ。そして、「戦争」が「反日常性」であるということ。このことから、ひとつのことが導かれる。俳句において「戦争」は、必ず「切れ」の形式を伴う。一般的に、俳句を「書く」という行為において、『必ず「切れ」の形式を伴う』などということは、あってはならない、と考えられているかも知れない。切れるか、切れないか、は、作者の意思に委ねられていて、『必ず「切れ」の形式を... [続きを読む]
|
- 2008/03/13 00:29「愛」って呼んぢゃえばいいじゃん 〜相対性俳句論(断片)
- まだ見ることのない未来。その未来に対する約束こそが、人が人と関わる、ということなのかも知れない。俳句は、言葉を通じてそのような「約束」へ開かれている。例えば、僕たちは「愛」の恩恵を受けて生きているわけではない。人は「愛」に何かを期待するけれど、本来「愛」とはまだ手もとにない時間である。「愛」はつまり、人を裏切ったり、人の期待に応えたりするようなものではない。「愛」の恩恵を受けているのではない、とい... [続きを読む]
|
- 2008/03/10 00:55僕が望むもの〓 「戦争」のこと 〜相対性俳句論(断片)
- 戦争を知らずに、僕たちは育った。というとき、この「戦争」とは大概は「太平洋戦争」のことである。「戦争」という言葉は、僕たちが生れたときから既に「記号」であって、その「記号」は多くの場合「太平洋戦争」のことを指示している。けれども僕たちは、同時代に「湾岸戦争」や「イラク戦争」などを経験しているにも関わらず、いつまで経っても、「戦争を知らない」。「戦争とは何か」というテーマは、ちょっと大きすぎて僕の手... [続きを読む]
|
- 2008/02/25 00:56第31回 Sara句会のお知らせ
- 第31回 Sara句会のお知らせ【日時】平成20年3月9日(日) 13:00〜19:00【場所】高井戸地域区民センターhttps://www.yoyaku.city.suginami.tokyo.jp/HTML/0002.htm・駅での待ち合わせは行いませんので、直接会場においでください。今回のテーマ:「自動」テーマに関係する句を3句お持ちよりください。※あくまでもテーマですので、上記の言葉自体が含まれている必要はありません!HP: http://www.enkan.jp/sara/sara.h... [続きを読む]
|