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- 2007/04/02 21:20 月の裏側 13
- 硬直し突っ立ったままの啓祐に、男は、「なんだ、おまえ?」と凄んだ。啓祐の顔が強張る。痛みが腹部に蘇るようだった。じっとりとした妙な汗が啓祐の身体を伝い、彼は少しも動けないまま、男から視線を逸らすこともできず、ひたすらその顔を凝視していた。「てめぇ、ふざけてんのか?」男が啓祐ににじり寄る。反射的に腹を庇うようにして啓祐は身を屈めた。その情けない姿を見た男は、小馬鹿にしたように ... [続きを読む]
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- 2007/03/25 00:39 月の裏側 12
- 蓮見駅の改札を抜けてから、啓祐はあることに気づき、自分の馬鹿さ加減がほとほと嫌になった。美佳はこの町に住んでいるのではないことを思い出したからだ。思わず改札を振り返り、このままホームへと戻り、電車を待とうかと考えたが、急に空腹を覚えた腹に、啓祐は思い直しそのまま蓮見駅を後にした。そうだ、カレーを食べて帰ろう。あの日、美佳と一緒に入った駅前の喫茶店で。そう思いつつも、啓祐の中には躊 ... [続きを読む]
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- 2007/02/01 23:44 月の裏側 11
- 鉄橋を渡る電車の銀鱗の車体に、杏に染まる雲間から差し込む夕陽が突き刺すように当たり乱反射した光の幾筋かは空へと返り、幾筋かは川へと落ちた。山の稜線を準えるようにして、塒へと鴉が帰っていく。蝉時雨を背に、啓祐は緋に煌く川を見ていた。あの日、佐伯が啓祐に見せたもう一枚の手紙。それはやはり広告の裏側を使い書かれたもので、銅寂びかすれた文字が 一列に並んでいた。うそつきの みうら おや ... [続きを読む]
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- 2007/01/29 04:37 月の裏側 10
- 佐伯は無言で、啓祐が手渡した美佳からの手紙を見つめていた。啓祐はそんな佐伯の横顔を、正座して見ている自分にふと気づき苦笑する。膝に置いた掌に汗がじっとりと滲んでいた。緊張しているのだ。一体何に対し、自分は緊張しているのだろうと思った。そしてさっきから心の一部分を占めている ある恐れ―――何処かで美佳が自分を見ているような気がするのだ。―― あの日。「須藤くんは誰にも言わないよね」と彼 ... [続きを読む]
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- 2007/01/27 21:52 月の裏側 9
- 「警察に呼ばれてた。」佐伯は淡々と話し出した。「殺された子と係わりのあったヤツには全員声をかけているという説明だった。でも、明らかに犯人扱いする取調官もいたからな。疑われているんだってのは、バカでも分かる。」「・・佐伯。」「初めて訊いたって感じの顔じゃないぜ、おまえ。」「・・。」「誰に訊いた?小島美佳か?」「・・違うよ。」「ふん。アイツしか考えられないよ。」「違うってば!小島さ ... [続きを読む]
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- 2007/01/26 20:45 月の裏側 8
- 佐伯はコンビニでスナック菓子を幾つか買うとコンビニ内ではなく、店を出た後、小さな酒屋の前に置かれた自販機でビールを数本購入した。啓祐は酒が飲めない。飲めないのかどうなのかも本当のところは定かではない。彼は飲酒というものをこれまでにしたことがなかったのだ。母親はもう出かけたあとのようで家には誰もいなかった。玄関の戸を開けると同時に、むわりとした風が啓 ... [続きを読む]
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- 2007/01/24 23:36 月の裏側 7
- 茜雲が空一面を覆い尽くしていた。啓祐は駅のホームに立ち、それを見ていた。影響を受けるかと思われた台風は、拍子抜けするぐらいに何事も無く啓祐の住む町を逸れていったが、この奇妙な空は、やはり台風の影響だろうかと啓祐はぼんやり思った。それは宗教画に描かれているような黄金色の雲と燃え立つような紅色が重なり合って渦巻いていてまるで地震でも起こりそうな、不安げな気持 ... [続きを読む]
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- 2007/01/23 23:31 月の裏側 6
- 駅前の喫茶店は、うっかりすると見過ごしてしまうのではないかと思うほどにこじんまりとした小さな店で表から見ると、営業しているのかしていないのか判別がつかぬほどの薄暗い店内には真夏の昼下がりに聴くにはなんだか不似合いなJAZZが流れていた。気だるい空気がまったりと店を包み込んでいたがそれは客が出入りするたびに、ガラガラと激しい音を立てるドアによって一瞬でかき消さ ... [続きを読む]
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- 2007/01/20 20:54 月の裏側 5
- まだらな褐色のシミが徐々にひとつに重なり合っていく。それが壁の剥がれ落ち剥きだしになった部分なのだと気がついたのと同時に気忙しい蝉の声が、啓祐の耳へと一気に飛び込んできた。美佳の心配そうな顔が、自分を覗き込んでいる。「え・・と」何故自分が廊下に仰向けに寝ていて、美佳の顔を見上げているのかを啓祐は暫くの間 ぼんやりと考えていた。 ... [続きを読む]
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- 2007/01/19 23:44 月の裏側 4
- 陽炎がゆらゆらと立ち昇る道を、啓祐は美佳に少し遅れて歩いていた。狂ったように啼く蝉の声が、ふいに鳴り響く救急車のサイレンを前に、しんと静まり返る。救急車が去ったあとの突然の静寂は、まるで小さな町の全ての時間を止めてしまったかのような錯覚を 啓祐へと齎した。誰かが庭の植木に水を遣っていて、時折柵を越え、ホースの水が勢いよくアスファルトに飛び散 ... [続きを読む]
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- 2007/01/18 22:34 月の裏側 3
- 缶飲料のガチャリという音が静寂を打ち破った。蓮の季節を過ぎれば、訪れる人も疎らなこの小さな蓮見駅のホームにいるのは今、啓祐と美佳だけだった。枕木をジリジリと焦がすような強烈な日差し。汗がじんわりと背中を伝い落ち制服のシャツがじっとりと背を撫でる。美香の細い背も少し汗ばんでいて白いブラウスに淡い水色の線が時折映し出されている。啓祐の鼓動 ... [続きを読む]
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- 2007/01/15 12:44 月の裏側 2
- 啓祐はそのまま駅の方角へと向かい、ひた走ったが美佳の姿を何処にも捉えることはできなかった。怖いほど聳え立った入道雲が蝉時雨をも圧倒する勢いで君臨している夏の空。眩暈がしそうな暑さだった。たまらず駅前のコンビニへ逃げ込もうかと思ったがふと、自分が学校を飛び出してきたのだということに気がついた啓祐は急に、自分の姿を誰かに見られてはまずいという気持ちになる。 ... [続きを読む]
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- 2007/01/13 13:28 月の裏側 1
- 「小島美佳!」形式的に今日も名前が呼ばれただけで特に主のいない机を気にする事もなくそのまま次の生徒の名前が呼ばれ全員を呼び終えた担任が静かに名簿を閉じる。見慣れた光景。窓際の一番後ろに設けられた彼女の席はもうずっと長い間空席のままだ。入学式。その地元では、かなり名の通った高校の敷地内へ彼女が足を踏み入れた時、そこに走った一種 ... [続きを読む]
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