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Genさん: ピアニスト瀬川玄「ひたすら音楽」
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プロフィール

ハンドル名Gen さん
ブログタイトルピアニスト瀬川玄「ひたすら音楽」
サイト紹介文クラシック音楽の「面白さ」を追求=日々の新たな発見や、思いついたことなどご紹介します
自由文2007年ドイツより帰国。音楽家・ピアニストとしての演奏活動の傍ら、ブログ上では「文章」においても音楽を追求します。
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更新頻度情報提供187回 / 769日(平均1.7回/週) - 参加 2006/08/15 22:19

Gen さんのブログ記事

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  • 2008/05/06 22:58◆《幻想曲風ソナタ“月光”》のペダル
  • ベートーヴェン《ピアノソナタ第14番 cis-moll op.27-2》第I楽章に書き込まれた「senza sordino」という指示が「ペダルを踏みっぱなし」という意味だとしたら、これはピアノ演奏の常識を覆すとんでもない指示!!・・・ということに、現代の健全なピアノ奏者なら思うはずです。ペダルを踏みっぱなしで音楽を弾き続けたらどうなってしまうのか・・・ダンパーは上がりっぱなしで、楽器全体が止めどなく鳴り響き続け、音が濁り、と... [続きを読む]
  • 2008/05/04 23:35◆ベートーヴェン《月光ソナタ》の“senza sordino”とは!?
  • 名曲ベートーヴェン《ピアノソナタ第14番 cis-moll op.27-2》俗称《月光ソナタ》久々にこの曲を弾いてみながら、当然のことではあるのだけれど、でもひとつ文章に書き記してみたい、と思ったことがあるのです。------------------------------------------------この有名な第1楽章の譜面には、特異な指示が書き込まれています。I楽章の始まりの強弱記「pp」の横には更に「senza sordino」という言葉が書き綴られてい... [続きを読む]
  • 2008/05/01 23:01◆“《展覧会》 心の準備は 《111》で”
  • 今回の表題は、なんだかキレイな「575」が出来上がりました(笑) “《展覧会》 心の準備は 《111》で”《展覧会》とは、ムソルグスキー作曲のピアノ独奏曲《展覧会の絵》のことで、《111》とは、ベートーヴェン作曲の最後のピアノソナタ《第32番 ハ短調 op.111》のことを意味します。これから数ヶ月かけて、19世紀ロシアの作曲家ムソルグスキーの名作《展覧会の絵》を演奏する機会が続きますが、実は、思い返せばこの曲を... [続きを読む]
  • 2008/04/22 00:57◆夢と現実の狭間 〜 ラヴェル《高雅で感傷的なワルツ》
  • フランス印象派の作曲家Maurice Ravelモーリス・ラヴェルのピアノ独奏作品《Valses nobles et sentimentales高雅で感傷的なワルツ》いくつものワルツが折り重なって出来ているこの曲の最後をしめるのは《エピローグEpilogue》という終曲です。今まで現れたワルツたちの片鱗が・・・ちらり・・・ちらり・・・と顔をのぞかせる、幻想的な世界・・・まさに、この曲の題名が語るところの人間の、複雑でいて単純でもあるあのなんとも言え... [続きを読む]
  • 2008/04/16 00:09◆鎮魂歌 − 亡き人々はさいわいである 〜ブラームス《ドイツ・レクイエム》第7楽章
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》第7楽章この終楽章において、この楽曲はやはり「Requiem鎮魂歌」であったことを思い出させられるのです。  Selig sind die Toten,  die in dem Herrn sterben,  von nun an.  さいわいなのは亡き人々である、  主の身元で死ぬ、今から後・・・日本語に訳すのが非常に難しいです・・・ただ、明解なのは、死にゆく人々、ブラームスが送り、そして彼個人に限らず、我々皆にとって必ずや少..... [続きを読む]
  • 2008/04/14 23:57◆フーガ=魂・精神の昇華 〜ブラームス《ドイツ・レクイエム》第6楽章 後半
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》第6楽章 後半「フーガ」に魂・精神の高揚を覚える西洋クラシック音楽におけるこの感覚は、ブラームスの敬愛する巨匠、ベートーヴェンが彼の後期作品において数多く開拓していったものでもあります。壮大な「死」との対峙を描いたこの6楽章の前半を経て、後半ではこの「フーガ」が、神を賛美するテクストがコーラスによって縦横無尽に歌われ、《ドイツ・レクイエム》の「クライマックス」とも捉えら... [続きを読む]
  • 2008/04/09 00:38◆死は淘汰された!? 〜ブラームス《ドイツ・レクイエム》第6楽章
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》第6楽章この大曲《ドイツ・レクイエム》の「クライマックス」がここにあるといってよいでしょう。すなわち、ここまでの楽章で色々な角度で接してきた「死」というものに対するひとつの完全な抵抗を試みるのがこの6楽章であり、ここには死を乗り越える具体的な事例が、音楽となって姿を現すのです。  Denn wir haben hie keine bleibende Statt,  sondern die zukuenftige suchen wir.... [続きを読む]
  • 2008/04/04 16:39◆あの世からの母の声を 〜ブラームス《ドイツ・レクイエム》第5楽章
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》においては、感動的な瞬間がたくさんあります。それにしても、最も感動的なのは、きっと、やはり、この第5楽章かもしれません。これは、指揮者シュナイト先生もおっしゃられたことです。この第5楽章の意味するところは、・・・母(はは)・・・です。《ドイツ・レクイエム》が作曲された契機には、ブラームス自身の母の死が、少なからず関連しています。1865年2月2日に、ブラームスの母親は亡くなっ [続きを読む]
  • 2008/04/03 23:01◆神さまのお住まいをちょっと拝見 〜 ブラームス《ドイツ・レクイエム》第4楽章
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》第4楽章  Wie lieblich sind deine Wohnungen,   Herr Zebaoth.  (なんと麗しいことでしょう、あなたのお住まいは、   万軍の主よ)第3楽章の《ドイツ・レクイエム》における折り返し地点を過ぎて、この楽章においては、悲劇的な要素は皆無に等しく、心休まるこの第4楽章の冒頭はこのようなテクストで始まり、コーラスによって和やかに歌われます。シュナイト先生は、日本に長く滞在され... [続きを読む]
  • 2008/04/03 09:21◆信じること・力強い魂の躍動 〜ブラームス《ドイツ・レクイエム》第3楽章:後半フーガ
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》第3楽章 後半冒頭の絶望的な「無」を嘆く世界のすえ、暗がりの中からぼんやりと次の言葉が浮かび上がります  Ich hoffe aud dich  (私はあなたを信じます)「信仰」ということでしょうか、これをしかし私は、単にキリスト教的な神への信仰のみに限定されたものとは思いたくありません、事実、この音楽を作曲したブラームス自身、教会へ通う、ということはあまりなく、敬虔なキリスト教徒とは... [続きを読む]
  • 2008/04/02 22:56◆「終わり」あることを教えて下さい 〜ブラームス《ドイツ・レクイエム》第3楽章
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》第3楽章  Herr, lehre doch mich,   dass ein Ende mit mir haben muss,  und mein Leben ein Ziel hat   und ich davon muss.  (主よ、私に教えてください、   私には終わりがあるということを、   そして私の人生には限りがあるということ、   そして私はそれに対して何をすべきかを。)冒頭のこのテクストは、バリトン(男性中声)によっ... [続きを読む]
  • 2008/04/01 22:09◆永遠の歓びを求めて 〜ブラームス《ドイツ・レクイエム》第2楽章「後半」
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》第2楽章中間部の
    心安らぐ(かのように見える!?)「雨の慈愛」に
    幕を降ろすのは、再びホルンの役割です。不気味な
    ホルンの単音ユニゾンの響きは、この楽章冒頭を完
    全に回帰させます。再現部へと導くのです。http://blog
    .goo.ne.jp/pianist-gensegawa/e/9aae2a19caa72cd4c81f19b976a9011d(提
    示部参照)諸行無常の嘆きが、再び繰り返されるの
    です・・・Aber!(しかし)という言葉の叫び... [続きを読む]
  • 2008/04/01 09:05◆だから今は耐え忍びなさい 〜ブラームス《ドイツ・レクイエム》第2楽章「中間部」
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》第2楽章 中間部  So seid nun geduldig, lieben Brueder,   bis auf die Zukunft des Herrn  (だから今は耐え忍びなさい、愛する兄弟達よ、   主の未来のおとずれるまで)冒頭の諸行無常の「絶望」の淵から(ここではこの理をポジティブには受け止めていないと言えましょう、付随する音楽の暗い性質上から)ここ中間部ではがらりと雰囲気を変え、変ト長調という♭(フラット)の六つも... [続きを読む]
  • 2008/03/31 22:59◆「諸行無常・盛者必衰の理」をブラームスに見る 〜 《ドイツ・レクイエム》第2楽章
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》第2楽章日本人としてこの楽章のイメージを受け止めるのに最適と思われる文章があると思うのです、それは、祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり沙羅双樹の花の色盛者必衰の理を現す奢れる者も久しからずただ春の夜の夢の如しこれは『平家物語』の有名な冒頭の一節、この内容にヨーロッパの19世紀を生きたクラシック音楽作曲家ブラームスの《ドイツ・レクイエム》はつながるものがあると思われるので... [続きを読む]
  • 2008/03/29 10:11◆「Selig」 〜 《ドイツレクイエム》第1楽章 〜 苦悩を背負う者は幸いである、なぜなら
  • ブラームス《ドイツ・レクイエム》第1楽章そもそもこの《ドイツ・レクイエム》という音楽における「コーラス」の役割は、非常に大きなものがあると言えましょう。全曲を通じて、コーラスが『聖書』からブラームス自身によって選び抜かれた言葉を歌い続けます。「テキスト・言葉」が大きな役割を担っている、それを「音楽」が、何倍にも強い効果に増幅させる、「音楽」と「言葉」の両者の相互作用で、この楽曲は、すさまじい力を・影 [続きを読む]
  • 2008/03/28 22:29◆ブラームス《ドイツ・レクイエム》に涙する 〜 だって人間なんだから
  • 次の大きな本番が近づいてまいりました。今度のコンサートは、なんと約2000席の大ホールにおける演奏会でして、しかも、チケットはほぼ完売との情報、ということは2000人の観客を前に、舞台に立つということになりましょうか・・・そのコンサートは、来る4月5日(土)、オペラシティー コンサートホールにて 演奏曲目はブラームス《ドイツ・レクイエム》オーケストラとコーラスによる一大スペクタクル!?・・・なので、今回はピア... [続きを読む]
  • 2008/03/15 21:58◆勇ましさが無性にかなしく聴こえた ― Brahms《Rhapsodie op.119-4》
  • ブラームスの最後のピアノ独奏曲、《ピアノ曲集Klavierstuecke op.119》ピアニストとしても腕が堪能なブラームス、きっと彼自身にとっても少なからぬ思い入れのある楽器であろうピアノという楽器の「独奏曲」というジャンル、それをしめる(閉める)のが、この曲集最後の曲、《狂詩曲Rhapsodie 変ホ長調Es-Dur op.119-4》となるわけです。この「変ホ長調Es-Dur」という調性は、勇ましく、快活なものです。一番分かり易い例を挙... [続きを読む]
  • 2008/03/09 00:02つづき◆《ピアノソナタ“熱情”》の兄弟作を見付けた!?
  • さて、実際にコンサートでの演奏が始まって、この記事の本題、《弦楽四重奏 ラズモフスキー第2番 ホ短調 op.59-2》と《ピアノソナタ 第23番 ヘ短調 op.57》は兄弟作かどうかをいよいよ実際の音として確かめることとなったのですが、あらかじめ言い訳させていただきたいのですが、手元には未だ《弦楽四重奏》の楽譜がないため、全ては記憶でしかないことを一言添えさせてください・・・もしも楽譜を見て、ここに書いたことが... [続きを読む]
  • 2008/03/08 11:02◆《ピアノソナタ“熱情”》の兄弟作を見付けた!?
  • 昨夜は面白いコンサートを聴くことができました。新百合ヶ丘、昭和音楽大学校舎内のユリホールにて、古典四重奏団 Quartetto Classicoによる演奏で、ベートーヴェンの《弦楽四重奏》をふたつ、演奏の前には「短調の歴史」というレクチャーがありました。これもまた面白かった。「バロック」から「古典(クラシック)」、しかも「三つ葉のウィーン古典派」=ハイドン、モーツァルトそしてベートーヴェンの三人に至る流れ、それぞれ [続きを読む]
  • 2008/03/05 00:54◆決闘の終わった武蔵のような心境!? ― リサイタル終演後
  • ところで、リサイタルを一晩明けた心境を、ふと考え・感じてみたのですが、やはり、あれだけ大勢の人間の集まりの中で精魂懸けて(←これは大げさではありません)ものごとを成すと、やはり想像以上に力を使っているのかもしれません。なんだか、ぼぉ〜としている、眠い、そして、なんだか落ち着かない、やらねばならぬことはあるのに、なんだかそわそわ手につかないでも15分寝たらすっきりした、そして、3月10日のご一緒させてい... [続きを読む]
  • 2008/03/05 00:34◆青葉台フィリアホール・リサイタル 終演
  • 昨日、フィリアホールでのリサイタルをお陰様で終えることができました。大勢のみなさまにお越しいただき、ベートーヴェンとショパンの音楽の時を共に過ごしていただけましたこと、心より感謝いたします。そして、共演者の田添さん!!彼女の美しく・臨場感ある朗読のおかげで、昨晩のコンサートは、より一層充実したものとなることができたのだと思います。色々と慣れない不手際・なんとそのまま舞台に座っていただくハメになって... [続きを読む]
  • 2008/03/02 23:50(つづき)◆「朗読」の力強い共演者 ― リサイタルのうれしい予定変更
  • ◆◆追記◆◆・・・こんなことまでここで書いてよいのか分かりませんが、先日の打合せの際、朗読していただくためのテクストをお渡ししながらその文章の内容や細かいニュアンスを確認していたところ、ベートーヴェンの人生背景についても話が及び、そしてリサイタルの最後に演奏いたしますベートーヴェンの後期の作、最後から2番目のソナタ《ソナタ 変イ長調 op.110》の話になり、ベートーヴェンの境遇、彼の死生観と哲学、神の [続きを読む]
  • 2008/03/01 23:54◆「朗読」の力強い共演者 ― リサイタルのうれしい予定変更
  • 3月3日のリサイタルにおきまして、去年の夏とは一味違う、うれしい内容の変更ができました。それは、最近になって知り合うことのできた元アナウンサーの女性のお力を借りて、リサイタルのプログラム間に、彼女の朗読を入れていただけることとなったのです。お名前は、田添菜穂子さん(↓ご本人のブログ)... [続きを読む]
  • 2008/02/28 00:08◆音楽は全人類のためなるか!?
  • 今宵は少々酔っている。酔ったはずみか、口をついて出たのが、「音楽は全人類のためになる」という言葉。・・・全人類・・・こんな言葉は始めて使った。西洋クラシック音楽というひとつのジャンル。あくまでも数ある世の中の物事のひとつでしかないが、それでも、れっきとしたひとつ。自分個人の利害損得という概念を越えて(もちろん一人の個人・ひとつの家族としての健全な生活を営むための収入は必要だが)一人の音楽家の・ピア... [続きを読む]
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