zen9you さん

zen9youさん: 住職のひとりごと
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参加トラコミュ

倫理、倫理学解脱 悟り 覚醒 道 真理に目覚める生き方、人生訓、成功哲学
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メンタルヘルス靖国神社(靖国神社問題)若くても教員!!
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少子化・高齢化生きる上で大切なことお遍路さん
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プロフィール

ハンドル名zen9you さん
ブログタイトル住職のひとりごと
サイト紹介文広島県福山市神辺町にある備後國分寺から配信する住職のひとりごと
幅広く時折々の思いを語る
参加カテゴリー
更新頻度情報提供149回 / 693日(平均1.5回/週) - 参加 2006/08/24 17:53

zen9you さんのブログ記事

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  • 2008/05/22 12:18『 地獄は一定すみかぞかし 小説暁烏敏 』を読んで
  • 十年ほど前に手にいれていた石和鷹さんの小説(新潮社刊)である。思うところあって再読した。第8回伊藤整文学賞を受賞している。暁烏敏(あけがらすはや)とは、明治から昭和にかけて説教と著作で一大ブームを巻き起こした明治の怪僧である。名僧という人もあるかもしれないし、傑僧と言うかもしれない。ただよくよくこの本を読んでみればそういう範疇の人でもなかったようだ。明治の真宗の近代化の旗手であった清沢満之の弟子にあ [続きを読む]
  • 2008/05/10 17:13四国遍路行記−16
  • 禅師峰寺の石段を下り、また来たハウス農家の間の道を戻る。左に土佐湾を眺め、入り江を渡る。昔は渡し船に乗ったそうだが、今では橋が架かっている。桂浜の看板も目に入る。近いようだが七キロ半ほどの道のりがなぜか長く感じる。車道のお陰で舗装道路をぐるりと回って33番雪渓寺に到着。門を入ると、正面に本堂が見える。だが臨済宗のお寺のためか横に長く坐禅堂といった雰囲気を漂わせている。延命十句観音経の額が正面横に掛... [続きを読む]
  • 2008/04/23 16:40つれづれなるままに
  • 毎朝、5時に6回鐘を撞いている。5時を知らせる鐘ではあるけれども、最初の一回は捨て鐘で、次から5回で5時ということになる。こちらに来た当初は、同じ時間に13回も鐘を撞いていた。寒い時期にはそれこそ身体が冷え切ってしまったことを思い出すが、当時は鐘を撞きながらいろいろと考えながら鐘を撞いたものだった。何でこんなに沢山鐘を撞くのだろうか、何で5時なのかとか。そもそも昔のように時計のない時代でもないのに... [続きを読む]
  •   関連キーワード
  • 時計
  • 2008/04/05 19:59土砂加持法会について
  • 明日は國分寺において土砂加持(どしゃかじ)法要があります。その法会について解説したものを以下に掲載します。 法会の際に、導師を中心に入堂する僧侶衆のことを職衆(しきしゅう)と言い、手前に長老の僧侶が座り、本堂奥に年少の僧侶が着座いたします。導師は、大壇の前に置かれた礼盤(らいはん)に座り、「光明真言土砂加持秘法」という、正面に掛けられた曼荼羅(ま... [続きを読む]
  • 2008/03/28 10:22『親鸞とその思想』(法蔵館刊)を読んで
  • リンクさせていただいているブログ「ひじる日々 東京寺男日記」の書評からこの本のことを知った。http://d.hatena.ne.jp/ajita/20080307著者である信楽峻麿(しがらきたかまろ)先生は、浄土真宗本願寺派の宗門大学・龍谷大学の学長までされた方だ。しかし、その宗門からは今日異端視され、先生の主張される親鸞さんの本来の教え、捉え方は今の真宗では受け入れられないものなのだという。しかし、たとえ異端視されても自分の考えの... [続きを読む]
  • 2008/03/12 07:49浄瑠璃寺と岩船寺−3
  • 浄瑠璃寺本堂は九体阿弥陀堂とも言う。藤原時代の建立。現在は瓦葺き、もとは檜皮葺だった、国宝。九体阿弥陀仏をまつるため細長いお堂で、堂内は極楽浄土図など一切無く、簡素そのもの。過去に三十ほどの九体堂があったと言われるが、現存する唯一のもの。寄せ棟造り、正面十一間、側面四間。一体一体の如来が堂前に板扉を持ち、柱間一間に一体が配置されている。板扉を開けると池にお姿を写す構造になっている。太陽の沈む西方浄... [続きを読む]
  • 2008/03/11 15:06浄瑠璃寺と岩船寺−2
  • 浄瑠璃寺は、738年(天平11年)行基によって開かれたといわれているが、実際には、浄瑠璃寺流記事(るきのこと)にあるように、1047年(永承二年)阿知山大夫重頼というこの地の豪族が檀那となり、義明上人が、現在の三重塔の薬師如来を本尊に、一日で屋根を葺けたというほどの小さな堂を建てたのが始まり。当初は西小田原寺と言った。因みに岩船寺は東小田原寺と言われた。当時平安時代後期には、比叡山にも大原の里に別所... [続きを読む]
  • 2008/03/10 15:40浄瑠璃寺と岩船寺ー1
  • 朝日新聞愛読者企画「備後國分寺住職とゆく日本の古寺巡りシリーズ」第4回として、この3月14日と26日に京都府山城の浄瑠璃寺と岩船寺を参詣する。京都と奈良の県境にある山城の丘陵地。もともと山背と書いていたが、これは奈良の都から見て山の背後にあるからこの名称がつけられた。しかし、都が長岡京に移ると、山の手前ということになり、山城と書くようになった。この一角に当尾(とうの)という鄙びた風景が残る里がある。... [続きを読む]
  • 2008/02/28 19:05後藤惠照師特別講演会のご案内
  • インド仏教長老 プラッギャ・ラシュミ・マハーテーラ 『渡印30年 インドの子供とともに』 <インドの現状とインド仏教徒の日常について> 期日 平成20年3月7日(金)午後2時から4時   場所   國分寺客殿 (参加費無料)        広島県福山市神辺町下御領1454番... [続きを読む]
  • 2008/02/20 19:44見返りを求める心
  • あるスーパーに買い物に行った。本堂のお供え物や花を買いに行ったのだ。するとチラチラとこちらを覗い見るような方があり、どこぞやでお会いした人かなと思いながらも果物や野菜などを買いレジに並んだ。そのあと花の売り場に行くと、またそのお婆さんが来られて何やらレジの人と話をしている。「ああ、○○寺さん」などという声が聞こえたかと思うと、そのお婆さん、こちらに来ると丁寧に挨拶を始めた。なんとそのスーパーのオー... [続きを読む]
  • 2008/01/26 09:01「もの忌まず」ということ
  • 「門徒もの忌まず」と言うらしい。門徒は何も忌み嫌うことがないのだと、ある知人から教えられた。真宗門徒のこの知人は、法事の後の法話でそういう話を聞いて感心したと話していた。門徒もの知らずというのは聞いたことがあったが、それは間違いで、実はこちらの方が正しいらしい。「もの忌み」とは不吉なこととして物事を忌むことであり、祟(たた)りを畏(おそ)れ嫌い避けることをいう。たとえば、結婚式は大安吉日がよいとか、葬... [続きを読む]
  • 2008/01/19 11:41『ブータン仏教から見た日本仏教』を読んで
  • 平成17年6月発行のNHKブックスである。著者は、大谷大学からフランス国立科学研究センターに留学されて、サンスクリット原典を忠実に翻訳したチベット大蔵経の研究をされた今枝由郎氏である。今枝氏は、そのままフランス人となり未だにフランスで研究を続けている特異な方だ。1981年から10年間チベット仏教系の国として唯一の独立国であるブータンの国立図書館の顧問として赴任された。そのときの研鑽とそれから暮らしているフ... [続きを読む]
  • 2008/01/13 17:46世の中と仏教
  • (ある方からのご質問に対する返事として書いた文章です。この世の中の様々な問題と仏法とはどのように関係し、どのような恩恵があるのかとのご質問でした。多少の改訂をしてあります)○○様 私も実は、この世の中の成り立ちと仏教がどのように関係し、どのように説明されるものなのかにとても興味があります。現実の私たちの生活の様々な悩みの中に立ち向かい、それらをこともなく救い出す力が仏教にはあるはずです。大きな歴史の... [続きを読む]
  • 2008/01/10 19:34 <仏教のへそ> 
  • 仏教とは何だろう。簡単にそのエッセンスを説明するために、今の私が考える仏教について簡単にレジュメを書いてみました。明日の仏教懇話会で、これを見ながら解説する予定です。 [私とは何かと探求する]  一切衆生でも、世界でも地球でもなく 私が中心課題  私は心と体に分かれる 身体は今生の借り物 心は輪廻する   私は業の蓄積 生まれたときから皆違う、顔も体も心も環境も 平... [続きを読む]
  • 2007/12/29 07:58法句経から
  • 『人身得ること難く、 人として寿命あること難く、 正しき教えを聞くこと難く、 仏陀の出でたまうこと難し。』 (法句経一八二)仏教では、六道に輪廻する衆生の中で、人間として生まれるのは誠に得難いことであると考えます。私たちはその価値を知ることなく、漫然と年を重ね、人生の後半にさしかかります。人として正しく生きることは誠に難しく、本当に自分のためになることは行いにくいものです。ですが、出でたまうこと難い... [続きを読む]
  • 2007/12/06 14:47大法輪誌掲載『怒りを離れる』 
  • 「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。(ダンマパダ 5)」一九九二年十二月、インド北東部のイスラム教の聖地アヨッディアで、過激なヒンドゥー至上主義者たちがモスクに乱入し、建物を破壊する事件が起こりました。そもそもそのモスクは、一五二八年にラーマ生誕の地にあったヒンドゥー寺院を破壊しその上に建てたものだと... [続きを読む]
  • 2007/12/04 07:57大法輪誌掲載『貪りを離れる』 
  • 「この世の中を見よ。王者の車のように美麗である。愚者はそこに耽溺するが、心ある人はそれに執着しない。(ダンマパダ 171)」お釈迦様が出家してお悟りになる前のこと、マガダ国のラージャガハを托鉢するお釈迦様の常人らしからぬ態度風貌に目をとめたビンビサーラ王は、わざわざお釈迦様の住まいするところに赴き、「汝の欲する俸禄を与えよう。由緒ある汝は、かの象軍を先頭とする精鋭なる軍に参加するがよい」と仕官を勧め [続きを読む]
  • 2007/11/10 17:14<周防國分寺と阿弥陀寺参拝>4 阿弥陀寺
  • 次に東大寺別院阿弥陀寺を紹介しよう。周防華宮山阿弥陀寺といい、太平山の山麓で眺望絶佳のところにあり、周防の国衙(国司が政務を執った役所)にも近い。平安後期から鎌倉初期にかけて活躍された名僧俊乗坊重源(しゅんじょうぼうちょうげん)上人が、東大寺を再建するため、周防国務管理在任中に建立された由緒ある古寺である。治承4年(1180)東大寺が平重衡(たいらのしげひら)の兵火にかかって焼失。大仏殿が焼け落ち、本尊盧舎那... [続きを読む]
  • 2007/11/08 10:37<周防國分寺と阿弥陀寺参拝>3 周防國分寺
  • 国分寺の歴史についてはこのくらいにして、周防(すおう)国分寺について学んでいこう。ここまで見てきたとおり、どこの国分寺も栄枯盛衰を繰り返し、その過程で少しずつ境内が移動している。しかし、周防国分寺の伽藍は、いまでも奈良時代の創建時の位置に立っており、全国的にきわめて珍しい。平成9年から16年にかけて行われた金堂の解体修理の過程での発掘調査で、金堂は奈良時代創建当初の金堂の上に再建され、創建当初から、そ... [続きを読む]
  • 2007/11/07 11:21<周防国分寺と阿弥陀寺参拝>2 國分寺の研究?
  • 国分寺は、聖武天皇の勅願によって諸国に68ケ寺建立された官立の寺院。『国泰らかに人楽しみ、災除き福至る』と聖武天皇が詔勅に述べられたように、国民の幸せを祈念され、当時流行っていた疫病や戦乱から国民を守り、五穀豊穣の世となるようにと諸国に建立された。創建当初、国分寺は、寺域2町四方、その中に、南大門・中門・回廊・金堂・講堂・七重塔・食堂・経蔵・鐘楼・僧坊などの七堂伽藍があった。また、当初本尊は丈六の釈... [続きを読む]
  • 2007/11/06 13:53<周防國分寺と阿弥陀寺参拝>1 國分寺の研究
  • 朝日新聞愛読者企画・備後国分寺住職と巡る日本の古寺巡りシリーズ第3回晩秋の防州をゆく周防国分寺・東大寺別院阿弥陀寺という企画で、今月14日と26日に両寺を参拝する。これまで室生寺、三千院など東に向けてバスを走らせたが、今回は西に向かって歩を進めていく。周防国分寺は、創建時の金堂の位置に現在の本堂が建つ誠に貴重な国分寺であり、多くの古い仏像を蔵している。阿弥陀寺は、鎌倉期の東大寺再建に奔走した重源上人ゆ... [続きを読む]
  • 2007/10/19 07:59大覚寺の研究3
  • それでは次に、大覚寺の建物と文化財について触れておこう。現在大覚寺の境内は、18万?約5万5千坪あり、先に述べたように南北の講和会議が行われた正寝殿(重文)、後水尾天皇の紫宸殿を移築したと言われる宸殿(重文)が境内中心部に位置している。それぞれには、狩野山楽など狩野派の画家によって描かれた桃山時代の障壁画、金地に極彩色で、あるいは墨絵で描かれ、また、尾形光琳や渡辺始興らの名筆になる建具などすべて重文に... [続きを読む]
  • 2007/10/18 08:52大覚寺の研究2
  • その後両統迭立の和談が調い、後宇多帝の第二皇子後醍醐天皇が即位すると、天皇親政の理想を掲げ、討幕運動を起こし、足利尊氏、新田義貞が参戦して、1333年に幕府を滅ぼし、天皇親政の建武の新政を実現する。治世の権を息子に譲り、後宇多法皇は大覚寺の再興に尽力され、元享元年(1321)ごろから「大覚寺伽藍古図」に見るような、現在地を南端として、北は山裾に至る広大な地に、金堂、御影堂、心経堂、講堂、さらに沢山の... [続きを読む]
  • 2007/10/16 08:40大覚寺の研究1
  • 大覚寺は今年、中興後宇多法皇の入山700年を迎え、10月24から26日にかけて大法会が行われる。24日に38名の檀信徒とともに参詣する。この機会に、ここ國分寺の本山でもある大覚寺とはいかなるお寺なのか、ここにまとめておきたいと思う。大覚寺はいうまでもなく、旧嵯峨御所嵯峨山大覚寺・真言宗大覚寺派の大本山である。大同4年(809)に即位した嵯峨天皇は、都より離れた北野の地をこよなく愛され、壇林皇后との... [続きを読む]
  • 2007/10/14 09:16『般若心経は間違い?』を読んで3
  • はたして、私たちはこの般若心経をどのように受け取るべきなのであろうか。毎日お唱えしてきた心経が、まったくもって、価値のない経典であったとも言い難い。これからも唱える機会がある。また写経もなされるであろう。そこで、私がかつて解釈した「般若心経私見」に述べたように、心経は、観音菩薩がサーリプッタ尊者に話された内容であって、私たち凡夫にとっては、空を悟るために、無とされたお釈迦様の根本教説をとても大事な... [続きを読む]
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