- 2008/05/16 00:00大口 余野
- (愛知県丹羽郡大口町) 私は初めて訪れる地だが、父は知人のいる地のようだった。最寄り駅は名鉄犬山線柏森駅である。ここは隣町扶桑町であり、大口町域には駅が無いのである。そして駅から東へ暫く歩くと、大口町余野(よの)地区に差し掛かる。 小口地区へ向かう途中には、二つの寺院が隣接しているところがある。臨済宗の大龍山徳林寺と福新山全徳寺である。徳林寺は『尾張志』に、「昔、当村ノ住士小池与八郎が妻山姥にて福 [続きを読む]
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- 2008/05/15 03:00“ITALY MURA”Ruins
- (名古屋港イタリア村跡 名古屋市港区) 昨年開港100周年を迎えた名古屋港は、「特定重要港湾」に指定され、日本に6港しかない「スーパー中枢港湾」であるが、横浜港や神戸港に比べ賑やかさがない。港にある様々な施設も、以前より衰退しているように思えてならない。それは、名古屋港が商業港としてよりも工業港にウェイトが高いのと、港と市街地の間にやや距離があるためである。 ガーデンふ頭にある [続きを読む]
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- 2008/05/14 00:00那覇をあとに
- やんばるからの次の日、帰郷の朝を迎えた。昼前にはこの地を離れるため、那覇の街を漫ろ歩き、そして沖縄県立博物館へ向かった。常設展「海と島に生きる」で、「シマの自然とくらし」「ニライカナイの彼方から」「海で結ばれた人々」「貝塚のムラから琉球王国へ」「王国の繁栄」「薩摩の琉球支配と王国」「王国の衰亡」「沖縄の近代」「戦後の沖縄」「沖縄の今・そして未来へ」を見学し、そこで学習した琉球文化を脳裏に焼き付け [続きを読む]
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- 2008/05/13 00:00山王祭屋台曳き揃え 五臺山
- (春の高山祭 岐阜県高山市 国指定重要民俗文化財) 屋台が曳き揃えられている神明町通りを歩いていると、小雨が降りだした。ここでも私の負の能力が発揮されたようだ。 (円山応挙が下絵を描いた獅子牡丹の刺繍幕) (京都御所用車師中川万吉作御所車と、信州諏訪立川和四郎作の飛獅子彫刻)(宮内省帝室技芸員幸野楳嶺原作、西陣織雲龍昇天図見送り幕) 曳き揃えられている八台の内、上二之町中組 [続きを読む]
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- 2008/05/12 00:00名古屋城 平成二十年
- (金城 名古屋市中区/北区 国指定特別史跡 重要文化財 旧国宝 日本100名城44番) 大高から名城公園界隈にやってきた。公園が閉園時間間近であったため、名古屋城の北西側の外周を歩いた。公園内を歩くだけでは感じ取れない、名古屋城の雄大さを改めて感じ取ることができた。 (重文 戌亥隅櫓(清洲櫓)) (西丸石垣)(辰ノ口水門跡石垣) (正門) この後は、堀川五条 [続きを読む]
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- 2008/05/11 03:00今帰仁城
- (なきじんぐすく 北山城 山北今帰仁城 沖縄県国頭郡今帰仁村今泊 世界文化遺産 国指定史跡 日本100名城98番) 本部から「氷ぜんざい」を持ったまま今帰仁に向かう。思いのほか起伏の激しい本部半島を進むと、標高100mにある今帰仁城跡に辿り着く。やはりこの地も、世界遺産登録後に観光地化されたところのようであった。早速、この地で先程の氷ぜんざいを食した。 調査及び整備が行われている外郭から、復元された平郎門(正門 [続きを読む]
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- 2008/05/10 00:00山王祭屋台曳き揃え 神明町通り
- (春の高山祭 岐阜県高山市 国指定重要民俗文化財) からくり奉納場所から、神明町通りに差し掛かる。ここには、お旅所前の三番叟、龍神台、石橋台、神楽台以外の八台が揃えられている。崑崗台(こんこうだい)片原町屋台 当初は、「花てまり」「林和靖」と呼ばれ、その後、中国の金産地、崑崗から、崑崗台と改められた。故に、金の御幣、宝珠等が使われている。平成13年に解体修理が行われている。 (トップ写真含む)恵比 [続きを読む]
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- 2008/05/09 00:00大高城
- (名古屋市緑区大高町 国指定史跡) 築城に関することは伝わっていないが、南北朝時代には土岐氏臣池田頼忠が居城し、室町時代後期からは花井氏、水野氏が居城した。 天文十七年(1548)今川義元臣野々山政兼が攻め入ったが、ときの城主織田信秀臣水野氏が阻止している。然し、天文二十年(1551)信秀が末森城で没すると、織田氏から離反した鳴海城主山口(大内)教継の企てによって、大高城は今川氏の支配下となった。 今川氏 [続きを読む]
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- 2008/05/08 18:42薫風が吹く
- 我が家のアジサイも蕾が出来始めた。こうなると、梅雨の季節も近づいてきたということだ。植物自体にも、癒し感やストレスはあるのだろうか。隣家のよく吠える犬の影響はどうなのだろう。いずれにせよ、ときは確実に進み、自然は素直にそれを現す。 [続きを読む]
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- 2008/05/08 00:00国頭 本部
- 中村家住宅のある北中城村を後にし、北中城ICから沖縄自動車道に入る。金武町(きんちょう)付近では、道路の両脇を米軍用地に挟まれ、開放的な地域ながら、開放されていない部分を実感した。自動車道の終わる名護市許田ICを降り、海辺の道の駅「許田」で昼食を摂った。 沖縄本島で最も面積の広い自治体である名護市の市街地に入ると、漁港があり、付近には周辺中心地というべき施設が林立していた。名護から採石場地帯を抜け、 [続きを読む]
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- 2008/05/07 00:00山王祭からくり奉納 石橋臺
- (春の高山祭 岐阜県高山市 国指定重要無形民俗文化財) 龍神台に続いて、上二之町上組、下神明町西組の屋台、石橋台(しゃっきょうだい)の奉納が始まる。 扇笠姿の美女が踊りながら、長唄「英執着獅子」(はなぶさしゅうちゃくじし)に合わせ、機関樋(屋台からせり出すレール)の先端に進むと打掛がめくれ、獅子に変身(美女の尻に獅子が付いている)して舞い始める。そして、最後に元の美女に戻り、牡丹の花を持って踊るとい [続きを読む]
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- 2008/05/06 00:00木曽川 兼山湊
- (岐阜県可児市兼山 県指定史跡) 古城山を下り、歴史民俗資料館の職員さんがお勧めと言っていた、木曽川兼山湊に向かった。 兼山は、金山城の時代からこの川湊を基に発展していった。然し、道路が整備され始めた明治時代以降は、次第に衰退し、やがて跡という言葉が付くようになった。 往時は賑やかであったであろう湊は、その暮れる日が如く、寂しく長い影を映し出していた。... [続きを読む]
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- 2008/05/05 00:00琉球の古民家
- 中城からは、沖縄在住の知人の方によるご案内での移動となった。中城城から程近いところには、国指定重要文化財の中村家住宅があり、戦前の木造建築を残す貴重なものである。 中村家は、中城城主護佐丸盛春が座間味城よりこの地に移った際に、同行した賀氏がその後の護佐丸自害後もこの地に残り、間切(まぎり:村)の庄屋となって続いた家である。 琉球王国時代には茅葺であったという屋根は、明治時代以降、台風にも耐える漆... [続きを読む]
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- 2008/05/04 00:00山王祭からくり奉納 龍神臺
- (春の高山祭 岐阜県高山市 国指定重要無形民俗文化財) 三番叟に続いて、上三之町中組の屋台、龍神台の奉納が始まる。錦袋に入った壺を持った唐子が謡曲「竹生島」に合わせ、機関樋(屋台からせり出すレール)の先端に進み、壷を置いて引き返すと、壺の中から赤ら顔の竹生島の龍神が紙吹雪をあげて現れ、荒々しく怒り舞うというからくりである。 続いて、石... [続きを読む]
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- 2008/05/03 01:30金山 烏峰城
- (岐阜県可児市兼山 県指定史跡) 兼山小学校の建物を利用した兼山歴史民俗資料館に立ち寄り、兼山城主森氏の遺品を観覧すると共に、兼山の歴史についてお尋ねした後、標高277mの古城山に向かった。(鬼門除けの六角堂) (出丸跡)(三の郭跡) (古城山拂下記念碑) 金山城は、烏峰城として、天文六年(1537)斎藤正義によって築城された。然し、天文十七年(1548)土岐康貞が、久々利城に正義を花見名目で招き、謀... [続きを読む]
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- 2008/05/02 00:00琉球の墳墓
- 沖縄の墓所形式は、亀甲型、破風型及び屋形型といった、住居を成した形式が殆どである。その形は、遺体及び遺骨を納める言わば厨子であり、内部には広い空間を持っている。 亀甲墓(かーみなくーばか)は、斜面や崖面に横穴を開けて造られた、それまでの形式「堀込墓」を踏襲するものであり、屋根にあたる部分が亀の甲羅の形状を成している。また、死後に母の胎内に戻るという意味合いも持っていて、最古とされるのは、首里伊江 [続きを読む]
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- 2008/05/01 00:00山王祭からくり奉納 三番叟
- (春の高山祭 岐阜県高山市 国指定重要有形民俗文化財) 午前10時半に高山へ到着。道中、雪の残る場所が幾つかあったが、高山の気温も8℃であり、曇天で寒かった。 先ずは観光案内所で市内の施設に入館できる「通行手形」をいただき、日枝神社お旅所前にある、からくり奉納場所へ向かった。到着直後は、まだ隙間のあった奉納場所も、みるみるうちに多くの人で埋め尽くされ、と同時に太陽が顔を出し、そして日差しが強くなり気温 [続きを読む]
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- 2008/04/30 00:00可児 兼山
- (岐阜県可児市兼山) 中山道伏見宿から兼山道を通り、この地に差し掛かる。兼山は、平成17年の合併までは日本で二番目に面積の狭い町であったが、城下町時代に整備された木曽川の水運で栄え、明治22年(1889)に町制を施行し、明治18年(1885)には木造三階建ての兼山小学校を建てるなど、豊かな町であった。(旧兼山小学校 街道側)(旧兼山小学校 木曽川側) 現在の木曽川兼山ダムの南から兼山の町並みは始まり、寛永十九年( [続きを読む]
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- 2008/04/29 01:30「Nakagusuku plateau hotel」
- (中城高原ホテル 沖縄県中頭郡中城村伊舎堂) 中
城城跡公園内には、放置されている構造物がある。 これは、昭和50年(1975)国頭郡本部町で開催された 、沖縄国際海洋博覧会の来訪者を睨んで建設された 、未完成の宿泊施設である。設置者が建物完成前に 資金繰りが悪化し、建設中止となったが、一部施設 はプレオープンしていたようである。 & nbsp; この構造 物は... [続きを読む]
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- 2008/04/28 00:00造幣局 桜の通り抜け
- (大阪市北区天満) 奈良の宿泊先から生駒線、環状線を経て、東西線大阪城北詰駅を降りる。間もなくして、大川(旧淀川)の向こうに人だかりが見えた。川崎橋を渡り造幣局の南門前に着くと、桜の木の数よりも多い人たちが蠢いていた。 明治16年(1883)から行われている伝統行事は、「通り抜け」というだけあって、戻ることはできないため、ひたすら後ろを意識しながらの観覧となった。この日は既に、巷の桜の [続きを読む]
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- 2008/04/27 00:00中山道 伏見宿
- (岐阜県可児郡御嵩町) 可児川を渡ると、中山道五十番目の伏見宿に差し掛かる。この地は可児市に両側を挟まれた御嵩町。産廃場問題や、古くからの宿場を要する伝統あるまちでもあるため、平成の大合併の際ご和讃となったところである。古い町屋もみられるが、早くから街道が幹線道路となったため、往時の面影は少ない。また、町も隣宿御嶽に主体を置いているようだった。ただ、兼山道との角に、宿場モニュメント的な場所を設けて... [続きを読む]
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- 2008/04/26 06:00中城城
- (なかぐすく 沖縄県中頭郡中城村泊/北中城村大城 世界文化遺産 国指定史跡 日本100名城99番) 私に似合う、小雨の日となった。泡瀬東線バスに乗り、東海岸を北上する。このとき気づいたのが、第一※※、第二※※のバス停名が結構あることを。本土では、近隣するバス停名は、東※※、南※※等方角で示すが、沖縄は面積が狭いことや、地名が人名に関連することもあってか、数字で示されているようだ。 中城湾に面する「久場崎」に [続きを読む]
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- 2008/04/25 00:00金沢の山桜
- (愛知県豊川市金沢町小山下 市指定天然記念物) 私の家から、豊川(とよがわ)を渡り、東山の丘陵に上がると、この桜はある。地目は墓地であり、墓碑の横にこの桜が植わっている。 300年を超す古木であるため、近年、枝分かれする半分が台風で折れ、少々弱ってしまったが、「金沢ヤマザクラ保存会」の人たちの努力により、春になるとその健在さを見せてくれる。 ... [続きを読む]
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- 2008/04/24 00:00可児川 化石株
- (平貝戸珪化木 岐阜県可児市平貝戸 市指定天然記念物) 明智城跡から北に向かい、可児市広見東公民館で地区のことを尋ね、明智駅東の天神神社を経て、御嵩町伏見地区との境を成す可児川に辿り付いた。 八百津線鉄橋跡に程近い可児川の流路内には、1900万年前の木の株の化石化したものが露出している。凡そ、3m×2mの直径がある木の根元の部分で、その他付近は、泥岩、砂岩層に混ざる、ウリノキ、カエデ、コウホネ、サンショウモ [続きを読む]
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- 2008/04/23 00:00園比屋武御嶽 石門
- (そのひゃんうたき 沖縄県那覇市首里真和志町 世界文化遺産 沖縄県指定史跡) 首里城歓会門と守礼門との間にあるこの石門は、園比屋武御嶽の石門で、正徳(中国明代)十四年(1519)第二尚氏尚真王のときに、竹富島の西塘(にしとう)という人物によって造られたという。そして、国王が各地を巡航する際に必ず拝礼したのが、この御嶽であり、王家尚氏ゆかりの島である沖縄本島北側の離島、伊平屋島の神「田の上のソノヒヤブ」を... [続きを読む]
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