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- 2008/06/10 00:00山王祭 獅子舞
- (春の高山祭 岐阜県高山市) 夜祭の翌朝、宿泊先
から町並みに向かうと、神楽台、警固、闘鶏楽及び 雅楽、獅子舞の行列があった。   ; &nb sp; & nbsp;... [続きを読む]
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- 2008/06/09 02:00太田川と城下延城橋
- (二級河川太田川潜り橋 静岡県周智郡森町) 太田川は、標高881mの森町大日山より発し、44kmの延長を経て遠州灘に注ぐ。そこには秋葉街道城下の町と、太田川を隔てて対岸の向川原及び向天方を結ぶ沈下橋がある。(太田川潜り橋と背後の城ケ平) かつては城下から佐野郡居尻村(掛川市居尻)の大尾山顕光寺へ至る蔓畝(つるね)街道(大尾山参道山道)が分かれ、この橋が利用された。然し、次第に周辺道 [続きを読む]
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- 2008/06/08 00:00竹鼻 平成二十年
- (岐阜県羽島市竹鼻町) 竹鼻別院から暫く振りの町並みを歩いてみる。美濃路の起宿から大垣宿に至る脇往還であった竹鼻街道の、そのオアシスとして栄えた宿の風情を感じながら、一回りをしてみた。 (聞得寺) 先回訪れたときと表情が違う気がした佐吉仏を参拝し、県指定重要文化財ともなっている、江戸時代末期の大和絵作家浮田一恵の天井絵「雲龍」のある曹洞宗真如山本覚寺を訪れた。&nbs... [続きを読む]
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- 2008/06/07 01:00大峯奥駆道 水分神社
- (大峯山七十五靡七十二 奈良県吉野郡吉野町 世界文化遺産 国指定重要文化財) 閼伽井から更に下っていくと、吉野八社明神の牛頭天王社跡、吉野城の堀に架かった橋であった丈之橋跡があり、その近くには吉野水分(みくまり)神社が鎮座する。 水分神社は平安時代の延喜式神名帳に名が見える、いわゆる式内大社であり、水を司る「天之水分大神」(あめのみくまりのおおかみ)を祀る。当初は吉野山奥の標高858m... [続きを読む]
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- 2008/06/06 00:00山王祭 夜祭
- (春の高山祭 岐阜県高山市 国指定重要無形民俗文化財) 日が沈み、夜祭が始まった。それぞれ100個の提灯が灯された屋台が、高山市政記念館前から中橋、御旅所前、本町、筏橋、さんまち通り、上一之町、安川通り、上二之町の順に巡って行く。 屋台囃子を演奏する雅楽と獅子舞の行列の後ろには、屋台の先導をする神楽台が続き、その上に乗る楽人が118cmの太鼓を叩き、笛を吹く。 ... [続きを読む]
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- 2008/06/05 03:00秋葉街道 城下
- (静岡県周智郡森町天宮・城下) 旧周智郡役所を利用している森町歴史民俗資料館を後にし、北に向かうと天宮(あまのみや)神社が鎮座する。天宮神社は、欽明天皇年間(509-571)に筑紫国宗像(むなかた)神社より勧請したのが始まりとされ、田心姫命(タキリビメノミコト)、湍津姫命(タギツヒメノミコト)、市杵嶋姫命(イチキシマヒメノミコト)の宗像三女神を祀る。この天宮神社の境内で江戸末期に七歳の石松を森の五郎が拾い... [続きを読む]
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- 2008/06/04 00:00竹鼻別院の藤
- (岐阜県羽島市竹鼻町 県指定天然記念物) 竹ヶ鼻城跡に隣接して、浄土真宗の竹鼻別院が存在する。 竹鼻別院は、明治19年から呼ばれるようになった院名である。嘉禎元年(1235)親鸞が関東からの帰途、三河の柳堂で教化したとき、葉栗郡門間庄、河野通勝等九人の者が教えを受け、木瀬(岐南町三宅)に草庵を結び親鸞を迎えた。これを「河野九門徒」と言い、濃尾真宗門徒の始まりであり、この草庵が竹鼻別院の前身とされる。  [続きを読む]
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- 2008/06/03 13:59吉野 閼伽井
- (奈良県吉野郡吉野町) 高城山から更に下ると、閼伽井(あかい)の清水がある。閼伽(あか)は、霊地の水、仏前に供える水のことであり、密教修験道の六種供養(供物)の一つである。また、閼伽はサンスクリット語のargha(アルギャ:価値ある物)の音写で、功徳水を意味し、閼伽に井で、仏心の水を汲む井戸となる。※六種供養:閼伽、塗香(ずこう)、華鬘(けまん)、焼香、飯食(ぼんじき)、灯明 大峯奥駆道を下り、水分神社... [続きを読む]
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- 2008/06/02 22:30山王祭 からくり屋台
- (春の高山祭 岐阜県高山市 国指定重要無形民俗文化財) 町並みを歩いた後、高山市政記念館前付近にやってくると、夜祭の準備のために龍神台、三番叟、石橋台が並んでいた。(三番叟) (龍神台) その内、石橋台の綱方から、「光の当たり具合がいいから、からくりをしよう」ということになり、この場所で急遽演じられた。 (石橋台) 扇笠姿の美 [続きを読む]
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- 2008/06/01 00:00旧周智郡役所
- (静岡県周智郡森町森 町指定文化財) 春野町が浜松市となり、周智郡として唯一残った森町を訪れた。「天浜線」遠州森駅を降り、駅でレンタサイクルした。そして先ず、旧周智郡役所を移築した歴史民俗資料館に訪れ、この町のこれまでを知った。そこでは、役場から移籍して数日という館長さんからお話しを聞き、町の実状を知ることができた。平成の大合併で、隣市袋井と合併する予定であったが、「森町」のプライドが強く、ご和讃... [続きを読む]
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- 2008/05/31 16:00竹ヶ鼻城
- (岐阜県羽島市竹鼻町) 二年振りに羽島竹鼻に訪れる。この時期は、竹鼻別院の藤の花咲く頃であり、付近は活気に溢れていた。 竹ヶ鼻城は現在、市街地となっており、往時の面影は全く無い。金沢城兼六園成巽閣に所蔵されている「四戦の図」屏風に竹ヶ鼻城と称する城が描かれており、その配置から推定され建てられた、「竹ヶ鼻城本丸之趾」の石碑が竹鼻別院西方にあったが、現在は羽島市歴史民俗資料館前に移されている。 ... [続きを読む]
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- 2008/05/30 23:00硫化水素発生
- 仕事でとある会社に向かっていたところ、「硫化水素発生事象のため、通行を規制します」と警察官が知らせていた。そこには消防車が並び、救急車で運ばれる人があった。 駅前のホテルでチェックアウト時間になっても下りてこない客がおり、部屋に入るとトイレに「硫化水素」と書かれた張り紙がしてあったのだという。 この宿泊客と、ホテル従業員が病院に運ばれたのだった。 マスコミが騒ぎ過ぎというのもあるかもしれないが、... [続きを読む]
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- 2008/05/30 00:00高城山 吉野城
- (鉢伏山 躑躅ヶ城 奈良県吉野郡吉野町) 大峯奥駆道沿いには、上千本以下を見渡せる、標高702mの高城山(たかぎやま)がある。元弘三年(1333)後醍醐天皇の皇子、大塔宮護良親王(おおとうのみやもりながしんのう)と北条幕府軍六万が戦い、その際親王が奥の詰城とした場所が、この高城山といわれている。 親王方であった金峯山寺の岩菊丸が北条方に密告したことにより、この詰城が真っ先に落ち、村上義光を... [続きを読む]
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- 2008/05/29 01:00飛騨高山 平成二十年春?
- (岐阜県高山市) 今回は高山到着後に、からくり奉納、神明町通り屋台曳き揃え、日枝神社等をまわった。また、それぞれの合間に各所に立ち寄った。 (三番叟屋台蔵と隣家火災現場)(宮川中橋)(江名子川) 先ず、江戸時代の商家であった日下部民藝館に訪れた。明治8年(1875)に大火に遭い、明治12年(1879)に再建された建物は、明治建築として初めて国指定重要文化財に指定されている。 &... [続きを読む]
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- 2008/05/28 21:00単なる老朽化ではないようだ
- 突然、冷蔵庫が唸り出した。今までに無いほどの音量で…そして次第に、庫内温度が上がりだした。これと前後して、テレビ、自転車が再起不能なほど故障した。これらは全て、平均耐久年数以下の10年未満のものであった。 それぞれ修理費用を確認すると、冷蔵庫は購入金額の90%,テレビは40%,自転車は100%超えということであった。エコロジー促進の世の中とはいえ、これではいわゆるスクラップ&ビルド習慣を助長するようなもので... [続きを読む]
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- 2008/05/28 00:00木津用水
- 長泉塚古墳を更に北に向かうと、整備中の水路があった。木津用水(こっつようすい:合瀬川)である。木曽川犬山頭首工から水を引き、途中で新木津用水を分流し、名古屋で新川に合流する。慶安三年(1650)に完成した人工河川であり、濃尾平野東部を潤している。 (犬山頭首工) この後は、犬山へ向かった。... [続きを読む]
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- 2008/05/27 00:00岡崎城と五万石ふじ
- (愛知県岡崎市康生町 市指定天然記念物) 岡崎城が五万石であったことから、廃藩後に植えられた三株一組、七組のノダフジは「五万石ふじ」と呼ばれるようになった。当初、本丸付近にあったものを現在の乙川、伊賀川畔に移植し、約400坪の藤棚が設けられた。 花の密度が濃く、晴天でも鬱蒼とした藤棚の下は、ふじの香りが漂っていた。 ... [続きを読む]
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- 2008/05/26 00:45水の季節 近し
- 雨が止み、少しずつ天気が回復し始めた。 庭のあじさいも、花が大きく育ってきていた。 南の沖縄地方は例年より遅く梅雨入りしたようだが、私の住む地方も、それほど遠くないうちに梅雨入りをするような、そんなふうに感じたときであった。 ... [続きを読む]
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- 2008/05/26 00:00大峯奥駆道 吉野山
- (奈良県吉野郡吉野町) 金峯神社から高城山へ向けて歩みを進めた。標高700mの辺りは、奈良時代からの修験者の道として、言い表せない程の雰囲気を持っていた。 [続きを読む]
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- 2008/05/25 00:00崑崗臺曳行
- (春の高山祭 岐阜県高山市 国指定重要民俗文化財) 日枝神社から戻ってみると、曳き揃えられていた神明町通りから片原町の屋台蔵を経て、崑崗台(こんこうだい)が夜祭のために曳行されていた。狭い道を通る屋台も、また違った面持ちがあった。 (関連記事:飛騨高山平成二十年春?)... [続きを読む]
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- 2008/05/24 18:00大口から扶桑へ
- (愛知県丹羽郡大口町/扶桑町) 小口城を後にし、暫く五条川沿いに歩く。「水神」「暴水流亡各霊墓」と刻まれた石碑が視野に入った。今は穏やかに流れる五条川ながら、ときに暴れ川となることを示していた。 北に歩を向ける。わかしゃち国体記念運動公園を過ぎ、上小口白山神社を経ると再び扶桑町に入る。周囲は住宅地ながらポツンと森の場所があった。そこには長泉塚(ちょうせんづか)古墳が存在する。  [続きを読む]
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- 2008/05/23 00:00名古屋市東区の寺院
- (写真は建中寺御成門:正徳四年(1714)市指定文化財) 徳川園からその徳川氏に縁の深い建中寺に差し掛かる。浄土宗徳興山崇仁院建中寺は、慶安四年(1651)尾張藩初代徳川義直の菩提を弔うため、その子光友によって創建された。往時は石垣と堀に囲まれ、四万八千坪の敷地があったという。 (本堂 天明七年(1787)市指定) (経蔵 文政十一年(1828)市指定)(三門 慶安五年(1652)市指定)(総門 慶安五年(... [続きを読む]
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- 2008/05/22 01:00大峯奥駆道 金精大明神
- (大峯山七十五靡七十一 金峯神社 奈良県吉野郡吉野町 世界文化遺産) 吉野から熊野へ至る170kmに及ぶ修験者の道、大峯奥駆道(おおみねおくがけみち)は、奈良時代に役小角(えんのおづの:役行者)が開いたとされ、その途中には靡(なびき)と呼ばれる拝所及び行所が置かれた。その内の一つに、金山毘古命(カナヤマヒコノミコト)を祀る金峯(きんぷ)神社があり、社殿東側には義経と弁慶が追ってから隠れたという「隠れ塔」が... [続きを読む]
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- 2008/05/21 00:00飛騨山王宮 日枝神社
- (山王権現宮 岐阜県高山市城山 旧県社) 屋台の出ている宮川周辺から、その山王祭の中心である日枝神社へ向かった。境内は御旅所への神輿渡御によって静まり返っているように感じた。 (樹齢千年の大杉) 永治元年(1141)三仏寺城(高山市三福寺町)の飛騨国司平時輔が、狩の際に狼を仕留めようと矢を放ったところ、その狼はおらず、杉の大木に矢が突き刺さっていたという。平時輔は「大山 [続きを読む]
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- 2008/05/20 01:00小口城
- (おぐちじょう 大久地城 箭筈城 愛知県丹羽郡大口町小口 町指定史跡) 余野地区を取り巻くように小口地区が存在する。そこには小口初代城主織田広近の五輪塔がある臨済宗吉祥山妙徳寺があり、その東方には小口城跡がある。 江戸時代後期の記録『尾張徇行記』には「此城跡ハ下小口ト中小口ノ間、幼川(五条川)ノ西岸ニアリ」と記す。往時は二重の堀、土塁を廻らした城郭であったが、土塁の一部以外あまり面影がない... [続きを読む]
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