demian さん

demianさん: 晩秋行路
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プロフィール

ハンドル名demian さん
ブログタイトル晩秋行路
サイト紹介文ドイツ文学を中心とする読書の軌跡を、気まぐれに残していきます。
参加カテゴリー
更新頻度情報提供40回 / 625日(平均0.4回/週) - 参加 2006/10/04 16:50

demian さんのブログ記事

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  • 2006/11/24 00:37ドロステ=ヒュルスホフ『ユダヤ人のブナの木』
  • ドロステ=ヒュルスホフは、19世紀前半に活躍したドイツの女性作家である。活躍した、という表現は不適当かもしれない。なぜなら、彼女はその一生を、ヴェストファーレンの田園地帯のヒュルスホフ城や親族の荘園などで過ごし、人間関係もごく限られていたからである。高名な作家の伝記にありがちな、都会での文士や芸術家らとの華やかな交流、と言ったものは、彼女には無縁であった。閉ざされた環境において、読書に親しみ、自... [続きを読む]
  • 2006/11/23 02:19ヤコブセン『ここに薔薇があるとよかった』
  • リルケがヤコブセンを非常に高く評価し、その影響を受けてもいたということは、私は以前から知っていたが、実際にヤコブセンの作品を読んだことはなかった。しかし、リルケが絶賛しているのであれば、きっと素晴らしい作家であるに違いないと思い、まず『ここに薔薇があるとよかった』という短篇を読んでみた。ここには小説らしいはっきりした筋はない。確かに二人の登場人物の会話はあるが、とりとめのない、断片的な会話である... [続きを読む]
  • 2006/11/19 19:30マイヤァ抒情詩集
  • 私にとって、ホーフマンスタールの文学批評は、読書の羅針盤となっている。私がコンラート・フェルディナント・マイヤーの名を知ったのも、ホーフマンスタールの批評によってであった。ホーフマンスタールは、マイヤーの詩のうち、一部の作品を第一級のものとして高く評価している一方で、厳しい評価を下している作品も少なくない。今回、『マイヤァ抒情詩集』を読んで感じたことは、ホーフマンスタールの批評は理解できるが、い... [続きを読む]
  • 2006/11/18 00:18シャトーブリアン『アタラ』『ルネ』
  • シャトーブリアンと言えば、セナンクールとともに、フランスのロマン主義文学の始祖の一人として有名である。彼はナポレオンの時代に生き、外交官や外務大臣として活躍したこともあった。しかし、今日の我が国では、その作品はほとんど知られていない。フランス文学史を紐解くと、代表作として『キリスト教真髄』などわずかな作品の標題が紹介されてはいるものの、実際にそれらを読んだことのある人は少ないだろう。名のみ高く、... [続きを読む]
  • 2006/11/07 23:51ハウプトマン『ソアーナの異教徒』
  • ハウプトマンは第2次世界大戦前には我が国でも盛んに読まれた作家であるが、どういうわけか、今日ではほとんど知られていないに等しい。書店の店頭からハウプトマンの作品が消えて久しい。それゆえ、ほとんどの人はハウプトマンの作品に接することなくその一生を過ごすのであるが、これは非常に残念であるとともに、勿体ないことでもある。なぜなら、ハウプトマンのように、微妙に移り変わる自然の色合いを詩的に表現し、そこに... [続きを読む]
  • 2006/11/06 01:58リイルアダン短篇集
  • 昔、ヴィリエ・ド・リラダンを非常に高く評価している人に出会ったことがある。そのときに、リラダンについて少し調べたことはあったが、実際にリラダンの作品を読むことはなかった。というのは、読みたい本はたくさんある中で、ドイツ文学を優先させるために、フランス文学を後回しにする傾向があるからである。しかし、今頃になって、書店でリラダンの短編集を見かけたのを機会に、読んでみようと思った。リラダンというと、名... [続きを読む]
  • 2006/10/27 23:23ビューヒナー『レンツ』
  • ビューヒナーの名は、我が国ではベルクの歌劇『ヴォツェック』(原題はWoyzeckだが、綴りの読み間違いで歌劇のほうはWozzeckと呼ばれる)の原作者として知られているが、一般的には、それ以上の理解がなされているとは言いがたい。その要因として、ビューヒナーがわずか24歳で夭折したために、残された作品が非常に少ないことが挙げられるであろう。しかし、妖しい光を鮮烈に放つ星のように、ビューヒナーの作品もまた、私たち... [続きを読む]
  • 2006/10/25 22:27ベーア=ホフマン『ゲオルクの死』
  • ベーア=ホフマンは、シュニッツラーと同世代の作家であるばかりでなく、シュニッツラーと同様に、ウィーンで活躍したユダヤ人であった。もう少し若い世代には、やはりウィーンで活躍したユダヤ人、ホーフマンスタールがいた。彼らは「若きウィーン」と称され、ドイツ文学の中でも独特な地位を示している。彼らは、技法の面では象徴主義の影響を受けて、それまでにない斬新な修辞法を駆使した。主題の面では、夢の世界をきわめて... [続きを読む]
  • 2006/10/20 23:21シュニッツラー『夢小説』
  • アルトゥール・シュニッツラーは、かつて我が国でも人気のある作家であったが、今日ではその多くの作品が忘れられてしまった。もっとも、我が国の場合、ドイツ語圏作家で主要作品が一通り文庫本で読めるのは、ゲーテとヘッセくらいであるから、「忘れられた」のはシュニッツラーだけではない。ドイツ文学史に必ず登場する高名な作家であっても、その作品の日本語訳版を読むためには、古書店で高い金額を支払わねばならないというの... [続きを読む]
  • 2006/10/15 22:37ローデンバック『死の都ブリュージュ』
  • 『死の都ブリュージュ』といえば、ベルギーの象徴主義的な作家ローデンバックの代表作として有名だが、私がこの作品を知ったのは、コルンゴルトの歌劇『死の都』によってであった。コルンゴルトは少年時代よりその才能をマーラーに激賞され、ハプスブルク帝国末期のウィーンで時代の寵児となったが、ハプスブルク帝国の崩壊、ナチスの台頭の後、ユダヤ系であった彼はアメリカへ渡らざるを得なかった。その後はアメリカで映画音楽の... [続きを読む]
  • 2006/10/12 00:50ペイター『ルネサンス』
  • 私がウォルター・ペイターの名を知ったのは、ホーフマンスタールの批評によってであった。ホーフマンスタールは、彼自身の美学に合致したさまざまな作家や作品を批評しているが、批評そのものが美しい修辞に彩られており、彼の精妙にして抒情的な詩的散文の数々の延長線上にある。そのようなホーフマンスタールが、ペイターに関心を持ったのは、当然のことだったのだろう。なぜならば、ペイターは、サント=ブーヴによって始められ... [続きを読む]
  • 2006/10/10 22:56クライスト『ロカルノの女乞食』
  • クライストはツヴァイクが高く評価した作家であった。その極めて劇的な表現、感情の振幅の大きさ、筋肉質の文体に、ツヴァイクは惚れこんだのであった。クライストの人生もまた、その作品に劣らず、劇的であった。少年時代に両親を失い、ゲーテに勝る名声を得ようとしてひたすらに作品を書き続け、その一方で同性愛者として苦悩し、フランス革命の余波による政情不安のさなかに政治的活動に身を投じた。そして34歳の若さで自殺し... [続きを読む]
  • 2006/10/10 00:22ホフマン『ファールンの鉱山』
  • E.T.A.ホフマンといえば、現実と幻想の間を自由に往来する作風で有名で、ドイツ・ロマン主義の作家の中でも特に有名な一人である。しかし、その名声に対して、現在日本語版が店頭に並んできる作品は意外に少ない。これは残念なことである。ホフマンの作品は、筋書きの展開の大胆さ... [続きを読む]
  • 2006/10/09 01:37ハウプトマン『ハンネレの昇天』
  • ドイツの作家ゲルハルト・ハウプトマンの戯曲『ハンネレの昇天』を読んだ。ここには、一人の少女の死が書かれている。そして、その死は、あまりにも美しい。美しい、と言ったら、まるで死を肯定しているように誤解されるかもしれない。だが実際には、過酷な日々から、一条のわずかな光の... [続きを読む]
  • 2006/10/04 01:22ブログを始めるにあたって
  • 今まで、個人がホームページを持つことがはやっていたころにも決してホームページを持たず、ブログがはやっても自分には縁がないと考え、インターネット上において自ら情報を発信するということにおいて非常に消極的であったが、最近になって、自分のブログを持ちたいと思うようになった... [続きを読む]
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