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- 2008/09/05 22:54新学年
- 9月新学年で、娘の友達のほとんどは皆3年生、休みの間は公園でも会うことができなかったが、学校がはじまると放課後は、いつも公園に同じメンバーが集まる。今日一日で、私たちはまたスリランカなので、久しぶりと会っても、また当分さよなら、となる。本音ではこちらで過ごしたい、でも、娘には、今大変でも、厳しい条件で勉強しないと、あとで苦労するので、 と言う説明で、なんとなく納得しているようだ。 スリランカであと... [続きを読む]
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- 2008/08/29 22:56ニューヨークの日本
- ホーボーケンにいる間、日本はすぐ身近な感じである。考えればやはりユニークな、日本スーパーとフードコートと三省堂のあるモールは、土日など車を止めるのが大変な込みよう、セルフサーブで食事しながら、日本のテレビが大写し、ただの日刊日本紙をひととおり読むのも、結構時間かかる。これは、ハドソンのこちら側、アパートから15分で行ける。日本のテレビの録画したDVDは2時間分、4ドルで、手に入る。川を渡って、マン... [続きを読む]
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- 2008/08/22 05:14ホーボーケンで蝉の鳴き声をきく
- アメリカに戻っている時も結局 母子で過ごすことが多い。お友達の多くは旅行中、息子はアリゾナで今週はバンクーバーの学会に出張中、夫もけさ、サントドミンゴに出張にでかけた。ずっとお天気であるが、家の前の公園もひっそり、部屋からは蝉の鳴き声で、よけい、夏の終わりを感じさせる。来週からは、大学は新学期、そろそろ新入生のオリエンテーションで、若い子が目立つ。息子はもう大学院2年のうえ、長年のガールフレンドが... [続きを読む]
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- 2008/08/20 01:23フィラデルフィアでの数日
- ニューヨーク、ニュージャージーに縁があって20年近くといっても、となりのペンシルベニアはいつも通りすぎるだけになっていた。先週末、セミナーで教える夫に付いて フィラデルフィアに行って来た。アメリカの誕生地であるが、首都のワシントンDCに比べると、その重要性は忘れられがち。 独立戦争中から要人が集まり、独立宣言の準備をし、首都の完成までの20年ほどは、首都であった。新政治にはもともと印刷業者だった、避... [続きを読む]
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- 2008/08/12 22:31とまらない 娘の咳
- スリランカから休暇でアメリカに戻っているのに、飛行機のなかから始まった鼻水そして咳は いっこうに止まらず 数日すぎたら、喘息の発作になってしまった。長距離の旅は無理なのか。こちらへ来て、好きなものを食べていても、体重が減り、元気もなくなっている。汗かいて、虫にさされて、長い学校での一日で苦労している時のほうが、気管が充分に開くというか、体をよけい動かしているようだ。アメリカに戻ると、快適なカウチで... [続きを読む]
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- 2008/08/08 21:16ゴールの家
- ゴールには、94歳(だと思う)の義母が住んでいるので、夫がスリランカに来るとかならず皆で会いに行く。娘一家(義理の妹家族)が一緒なので、身の回りのことは心配ない。厄介家族も近くにいるので、娘と私だけでは行かない。家は、ゴールロードに面し、裏はテンプラーロードで、駅から歩いて3分、ゴールフォートも、散歩していくのにちょうど良いという立地。昔は、塾をやっていたので、知る人も多い。ゴールもとなりのウナワ... [続きを読む]
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- 2008/08/07 10:25のんびりと夏休み
- アメリカの夏休みは、6月半ばから9月初めまでと長いので、デイキャンプやサマープログラムなど充実している。遊びとスポーツが中心で勉強キャンプなどはないようだが。どこへも行かなくとも、図書館プログラムや数ある公園、ハドソン川ぞいの広場など遊べる空間が盛りだくさん。スリランカで7月末まで勉強、期末試験に加え、日常生活での緊張で少し疲れ気味であったので、ホーボーケンに戻ったらそのリラックスした休みの日々に... [続きを読む]
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- 2008/08/05 19:44 ボレッラからニューヨークへ
- 日曜は、日本語訓練の私には最後の授業。サミットで道の封鎖がしばしばなので、その晩空港へ向かうわたしにしても 遠くの家まで帰る学生もあまり落ち着かない。午前の部で、終了にし希望者は別の先生を聴講とした。終わりの頃、突然大きな、包み紙で包装された、プレゼントを貰う。先生にわたしたちは プレゼントをあげます、と習いたての日本語で、言われ、本当ですか、どうもありがとう、皆さんからプレゼントを貰いました、... [続きを読む]
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- 2008/08/02 02:42SAARCの最中
- 今日から更に厳重な警戒態勢のコロンボ、明日あさってがメインの会議なので、主要の面々は今日 カトナヤケ空港に到着、そして10日前から来ていた、息子は反対に、日本に向け出発。 送ると行き帰りの検問などが面倒なので、タクシーで行ったが、なにもチェックされず、かかった時間も普段どおりだったそうだ。私と娘もあさって、コロンボを出る。まだ夫がこちらなので、多少気は楽であるが、何事もなく(前回は、空港まで行った... [続きを読む]
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- 2008/07/23 20:5725年前の今日カナッタで
- 今日は厳戒がなされていてしかるべき日、今から25年前、コロンボ ボレッラのカナッタ墓地にてのちに国内中の暴動となる、はじめの暴動事件がおきた。ジャフナでテロリストに攻撃されなくなった警察、兵士の葬儀に集まった中から、タミール人に対する、非難の声があがり、たた通りすがりでも引っ張り出しての尋問からエスカレート、 今当時のことを思い返しても、寒気がする。(私はスリランカ人の婚約者とイギリスで生活してい... [続きを読む]
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- 2008/07/17 21:30お休みの一日
- 週末でない日が休みだと得した感じだ。朝もわさわさと子供を学校に送り出すことないし、家の中を多少は綺麗にできる。なによりも洗濯をして干すのを、いつものようにあせらなくていい。普段は、朝六時半ごろまわし、7時45分にでき、仕事にでかける8時までに干す。その間、子供をヴァン乗り場まで連れて行ったり、朝ごはんを食べたりして、ばたばたしている。先月から、 週末もフルに働いているので、週末はもっとあわただしい... [続きを読む]
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- 2008/07/14 20:15ビューティフル ネーム
- 昨日の日本語クラスで、みんなが気に入ったのは、この曲。多少わかる言葉もあるし、覚えやすく歌いやすい。1979年のゴダイゴのヒット、わたしが、初めてスリランカを知った頃。学生たちのほとんどは生まれてもいない。そう思うと、かれらがあこがれの日本を代表する歌ではないが、いい音楽は時代を超えるものだと思う。ビートルズのように。いくらでも学生が集まるので、となりで教えているのに、更なる教室の増築中。でガンガ... [続きを読む]
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- 2008/07/13 10:59ヨーヨー、ラムネに金魚すくい
- まさか、スリランカで本格的な日本のお祭り気分を味わえるとは、、昨晩の盆踊り コロンボ2008は大盛況。偶然あった浴衣(もう、十何年もしまってあった)を着た、娘は行く前からすごい期待だったが、それは、期待以上で来年も来る、という。 アメリカでもスーパーの駐車場であるのだが、アメリカ人への見世物のような感じがある。こちらは、日本人は顔パス、ローカルは家族以外、招待状がないとはいれないし荷物チェック。 ... [続きを読む]
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- 2008/07/09 18:38念願かなってエスメラルダ
- ピタコッテ、つまりスリジャヤダナプーラコッテの裏にあたる場所にあるケーキ屋さん、前からどういういきさつでそこにお店を開いたのかなどは、ブログで知っていたが、実際買いにいったことがなかった。昨日の娘の誕生日、ようやくその店エスメラルダに、三輪でとことこケーキを買いにいった。外に、日本語でお店の名前、小さな店だけど、車もとめられる。中は、日本の手作りケーキ屋、ひとりでお店やっている、若い日本人の女の人... [続きを読む]
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- 2008/07/02 20:08集合場所コロンボ
- あと三週間もすると、我が家はひさしぶりに4人一つ屋根の下に生活。たったの10日ほどだが、けっこう大変な 計画だった。先ずは、今アリゾナから香川県に夏の間仕事に来ている息子、アメリカに戻る前、東京の祖母と会って、成田へ向かい、スリランカ航空の直行便でコロンボへ。 切符の手配は、インターネットで日本の会社を使う。今、 Eチケットが入ってきた。夫のほうは、マレーシアである、仕事のため、ニューアークからシ... [続きを読む]
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- 2008/06/30 19:39みんなの願いはただひとつ
- 明るい将来への希望こそが、 日常を動かす原動力、でも、それが、あんまり遠くだと何かにすがりついてしまう、例え夢をみているだけだとしても。今、週末にしている仕事は、日本 に、とにかく行きたい、スリランカのヤングアダルトの日本語特訓なのだが、200人ぐらいいる 学生のうち、何人が夢をはたせるだろう。教え始めて数週間たつと、だいたい誰が その夢に遠いかが見えてきてしまう。二日で15時間の特訓だし、高額な... [続きを読む]
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- 2008/06/19 21:09スリランカのマクドナルド
- コロンボから国会議事堂の方へ向かっていくと、ラージャギリヤとの 境界のところに、大きなマクドナルドが目に付く。 毎日、その横を最低2回は通るが、立ち寄ったことは、最近までほとんどなかった。ここまで来て、というのと、別にハンバーガーを食べたくなることもないからだった。しかし、このごろボーイの 休みが多いので、仕事で朝から家にいないと 帰っても食べる物がない。それから、どこでも売ってる ランチパケット... [続きを読む]
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- 2008/06/17 19:16ラマーサーリ
- 明日は、 ポソンポヤ、スリランカに仏教が伝えられた、記念日。 アショカ王の息子のマヒンダ僧侶が ミヒンタレーの山に突然現れて、当時の王と問答して、 王を仏教徒にしたと言われる日。 仏教校に 通う娘はそのため、今日は、一日中、白サリーで説教を聞き、最後に ダーネ(持ち寄った食べ物で昼食会)があった。さて、去年はこの時期も ウェサックのときもスリランカでなかったので、まだ白サリーを作ってなかった。(... [続きを読む]
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- 2008/06/13 21:19雨季はどこへ?
- 先週の洪水から一変して、雨季のわりに雨が降っていない。 かといって、晴れ上がっているのでもないが、湿度は高いし、じっとしていてもじわっと汗がでる。洗濯物はなんとか乾いてくれるので、助かる。スリランカらしい日々、そして現地の一般の人の生活と同じになって きている。朝は夜明け前に起き、子供を学校に行かせる支度をして、 スクールヴァンに送り出してから、自分の朝食を済ませ、仕事場に出かけるスリーウィーラー... [続きを読む]
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- 2008/06/06 19:26限りなく続くテロ
- 昨日からコッテの国会からコロンボに向かうメインの道の警備が厳重になっていた。今までにない緑のベレー兵士が加わって。 久しぶりに パスポートも見られた。 にもかかわらず、今日はモラトワで通勤乗客で 一杯のバスが 道端の爆弾の破裂で、たくさんの 人が犠牲となる。このあたりは、郊外でほぼ皆毎日コロンボ方面にむかう。警備は主に表通りだったから、ちょっと田舎にはいると手薄なのをテロリストは、知っているのだ... [続きを読む]
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- 2008/06/04 11:35雨たまに晴れ
- 本格的な雨季に入った。 いったん降り出すと限度なく降り続く雨。湿度も高く、 室内の洗濯物は なにも 乾かない、それに、ソーラーパネルでの お湯も出るはずなく、 髪を洗いにくい。朝夕は、けっこう 涼しくなるし。 久しぶりに顔を出した太陽、急いで簡単な洗濯、出かけるので洗濯機を待っていられない。ゴールの方では、洪水で大変そうだが、このあたりも湿地なので、あちこち家が浸水している。そこに、ごみが浮き沈... [続きを読む]
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- 2008/05/28 11:41無差別テロ
- 今年になって、スリランカのテロはますます 悪質になっている。爆弾をしかけるのは、いったい誰なのか。必ずしもそれとわかるタイプではない。雇われて、仕掛ける シンハラ人もいるのだし、年恰好だけでは、全くわからない。知らない人は皆、怪しいということになると住みにくいが、家族と自己防衛のためにはそんな見方をしなくてはいけない。 http://www.pubanzen.mofa.go.jp/info/info4.asp?id=6#spot ... [続きを読む]
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- 2008/05/26 14:30新しいお手伝いはタミール女性
- もうじき新しいお手伝いが来る。今のボーイはもともと夜警だけしていたのだが だれもいなかったので、何でも屋の お手伝いとして 一年半前から働いている。嘘のつけない、控えめな子なのでとくに不満もないのだけど、やはり食事は飽きがくる。それに、娘の食べられる物、は作れない。 知人の紹介で、こんどくるのは プランテーション出身の タミール人。シンハラ語は大丈夫だし、何より、娘にイドリーとかトーセイ、インデ... [続きを読む]
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- 2008/05/22 10:40大丈夫かな?
- 学校二日目、今日もまた12時起き、それにねたのは夕方六時だったから、大人並しか寝ていない。暗くした部屋で お話したり、起きて何か食べたり、明け方ころまで 過ごし、免税で買った、キーボードを開けて、さっそく試し弾き、学校に行く時間には、もう疲れが見える。でも、家で昼寝も困るので、表通りまで、文句言いながらの娘を送っていく。セカンドレーンはあいかわらずきったない。 きのうごみ集めに来たのに、そこらじゅ... [続きを読む]
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- 2008/05/21 22:48ウェサックが 終わって
- ウェサックの日にスリランカに戻ったものの、昼夜反転した数日は、見物どころではない。昼寝て、夜中に起きる夜光虫のような娘、私は毎日数時間の睡眠、それでも、ハウスボーイのおかげで、我が家のルーフトップには、見事な、ランタンが出来上がり、 暗くなると、電気をともす。 夜中もこの二日は、ボーイが ケラニヤ寺見物に出かけたので、家中かけまわっていても、気にしなくて 良かった。今朝から、学校通学再開、大変で嫌... [続きを読む]
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